7.副団長ミホンの決断!!

「木下君~」


 授業中美穂は隣に座る拓也に小声で言った。


「なに?」


 拓也は少し顔を美穂の方へ向けて教師に気付かれないよう同じく小声で返す。美穂が言う。


「教科書忘れたの。ちょっと見せて」



 そう言って美穂は拓也に申し訳なさそうにはにかむ。すべてを言わなくても表情や仕草だけで相手に気持ちを伝える。陽キャスキルのひとつである。

 そんな美穂を見て正直に可愛いと思った拓也が、恥ずかしさを隠す様にそっと教科書を渡す。



「サンキュー」


 美穂は身をかがめる様にして教科書を受け取ると笑顔で答えた。

 一番後ろの席。拓也と美穂のやり取りは誰も気付いていない。拓也は他の陽キャ達が集まって来ないこの授業中だけは、美穂との距離が実際の距離と同じぐらい近く感じることができた。



(ん?)


 しばらくして美穂から無言で教科書が返って来た。

 ちらりと彼女を見てから同じく無言で受け取る拓也。そして返って来た教科書に何やら小さな紙きれが挟まっていることに気付いた。本を開きそれを見る拓也。



『タク、って知ってる?』


 紙にはそう書かれていた。

 固まる拓也を見ながら美穂が小声で言う。



「ねえ、もう一回教科書見せて」


 小悪魔的な笑みを浮かべる美穂。

 拓也はすぐにその紙きれの下に『知らない』と書いて教科書ごと返す。美穂はその教科書を受け取り、少し微笑みながら授業を受ける。




「はい、じゃあ今日はここまで」


 担当の教師が授業の終わりを告げる。

 そして美穂は拓也の方を見て教科書を差し出しながら言った。



「サンキュー、っ!!」


「え?」


 美穂はそう言って拓也に教科書を返すと、他の女子と笑いながら教室を出て行った。






(はあ、また集まって来てる……)


 昼食、昨夜の夕食の残りの弁当を広げた拓也の耳に、隣に座る美穂の周りに集まって来た陽キャ達の声が聞こえて来た。一番後ろになった美穂の場所が心地良いのか、最近は毎日のように陽キャ達が集まって来るようになった。


 陰キャの拓也としてはこの上なく迷惑な話だ。そんな拓也の気持ちなどお構いなしに隣から笑い声と共に話が聞こえて来る。



「ねえ、美穂って家に帰ってから何してるの?」


 クラスでもイケメン、そして同じ陽キャの足立あだち龍二りゅうじが弁当を食べながら美穂に尋ねる。美穂は手作り弁当を食べながら答える。



「ゲームとかアニメとか観てるよ」


「どんなの観てるの?」


 聞かれた美穂がちょっと考えてから答える。



「う~ん、最近だと『暗殺少女リリルカ』とかかな……、知ってる?」


「暗殺少女……?」


 陽キャ達はみな首を傾げて黙り込む。

 それが聞こえた拓也が思う。



(暗殺者として育てられた少女が極悪非道人と言われる男を殺しに向かうが、実はその男が善人であり、更に前世で愛を誓っていたと言うラブコメ。面白いアニメだがかなりマイナー。中途半端な奴では知らないはず)


 拓也は美穂の意外な一面に驚きつつも、何故かちょっと嬉しくなりなって弁当を食べる。



「暗殺少女リリルカ、面白いよね!」


 意外にもその言葉を発したのはイケメン陽キャの足立龍二であった。拓也は本当にこんなイケメンがあのマイナーアニメを知っているのか、と耳を澄ます。



「リリルカ、健気でいいよね。最初は暗殺ロボットみたいだったけど、だんだん人の心が芽生えて行くところとか。レイニーも強くて超カッコいいし!!」



(……知っている。あいつ、間違いなく観ている)


 拓也の弁当を食べる箸が止まる。

 予想に反し龍二は『暗殺少女リリルカ』の細かな設定などを熟知していた。間違いなく観た者でしか分からない情報。拓也は少し複雑な気持ちになった。美穂が答える。



「そうよ、そうそう。リリルカが可愛くって! マジ、応援しちゃうよね~!!」


 楽しそうに言う美穂に周りの陽キャ達が続く。



「えー、何それ? 面白そう!! 龍二君、私にも教えてよ!」


「いいよ! 今度うちに来て観る? いつでも見放題だから!!」


「本当ぉ? いいねえ! 今度みんなで観ようよ!!」



 拓也は隣で交わされる会話を黙って聞く。

 どんな内容の会話でも陽キャ同士では簡単に会話になってしまう。



(俺が同じこと言ったら『キモッ』とか思うくせに。イケメンだったら何でも許されるのか?)


「美穂も一緒に行くよね?」


 陽キャの女が美穂に尋ねる。美穂が答える。



「うん、そうだね」


 再び盛り上がるアニメ鑑賞会の話。すっかり龍二の家で、皆で行う方向で話が進んでいる。



(そんな簡単に男の部屋に上がるのか? イケメンだからか!? 軽い女だと思っていたけど、やっぱりそうか!!)


 そう思いながら拓也は少し首を横に向けて美穂を見ようとする。しかし美穂の横に座った別の人に隠れて見えない。拓也が思う。



(あれ、俺、何でこんなに苛ついてるんだ? あいつは、住む世界が別なはずなのに……)


 自分でもよく理解できない感情に戸惑いつつ、拓也は見えない美穂の顔を見つめた。






 自宅マンションに帰った拓也。

 誰もいない部屋の電気をつけカバンを机に置く。先に明日の準備をしておこうと教科書を取り出し、中に挟んであった紙切れを見つめた。


『サンキュー、団長!!』



(団長、か……)


 正直に言うと頭の中では未だに『ワンセカ』の副団長ミホンと、教室の隣にいる陽キャの涼風美穂が一致していなかった。ミホンはミホン、美穂は美穂。美穂がミホンである姿がイメージできない。拓也は『ワンセカ』を立ち上げる。


 最近少し混乱していて集中していなかったがレイド戦も大詰めを迎えている。各団員が精いっぱいの力で強くなっていくレイドボスに挑む。拓也はパテを揃えると出撃のボタンを押す。



『団長っ、待ってました!!』

『団長に合わせるぞ!!』


 細かな連携は取っていないが、団長タクが参戦したことで急に盛り上がるチャットルーム。そして状況を確認して拓也の攻撃が炸裂する。



(えっ、うそっ!? 事故ったあああ!!!???)


 ボスと戦う拓也のパテの魔法役に攻撃が集中し序盤で落ちる。魔法役が落ちたことでバフと呼ばれる味方へ強化魔法を掛けることができなくなり、その後は波で崩れる砂城の様にパーティが崩壊していく。



「マジかよ……」


 スマホを握る拓也の手に汗がにじむ。すぐにチャットに書き込んだ。



『ごめん、事故った』


 その一言ですぐに状況を理解した団員がリプを返す。



『大丈夫、ドンマイ!!』

『事故は仕方ないですー』


 そしてわずかに残ったレイドボスの体力。誰かが参加権を犠牲にして削らなきゃならない。チャットルームに一瞬の静寂が広がる。それを副団長ミホンが破った。



『私、狩っておくね』


 狩っておく、つまり拓也の残したレイドボスに自分の参加権を使って処理すると言うこと。



『ありがとう、ミホンさん』


 拓也が書き込む前より先にミホンはレイドボスを狩り取っていた。チャットルームに顔を出したミホンが答える。



『いえいえ、団長にはいつもお世話になってますから。それよりももっとちゃんと話して欲しいなあ』


 意味深な副団長ミホンの発言。やや戸惑う団員に対し、拓也は何故か罪悪感を感じながらも無言を通した。




 そして翌日。拓也は朝起きて『ワンセカ』を立ち上げてから、チャットルームの異変に気付く。そして会話履歴を確認し、ミホンの書き込みを見て手が止まった。




『私、副団長ミホンはワンセカを引退します』



 静かな爽やかな朝。

 それとは対照的に団長拓也の心は激しく鼓動した。

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