6.陰キャの勘違い!?
(あんな美少女が俺に話など……、ええっ!?)
自宅マンションに近付いた拓也の前に現れたその美少女は、躊躇うことなく近付きそして言った。
「久しぶり、拓也」
少し緊張した顔の美少女。
拓也は突然美少女に声を掛けられ体が固まって動けなくなる。
(だ、誰だ!? 俺の名前を知っている……?)
黒髪の奇麗なポニーテールの美少女。白く色っぽいうなじ。自分を見つめる瞳。
見たところ同じぐらいの年齢か。拓也は脳にある美少女記憶媒体にアクセスする。
(いない、いない、いない!? だ、誰だ……?)
各種ラノベ、ギャルゲー、アニメなどから思いつくまま美少女を引っ張り出すが、どれも目の前の女の子と一致しない。そして直ぐに思う。
(な、何をやっているんだ、俺は!! 目の前のはリアルの女の子。二次元の世界で検索してどうする!!)
「……あれ、もしかして、分からないの?」
女の子が少し悲しそうな顔をする。
その瞬間、拓也の脳にひとりの少女の映像が繋がった。
「あ、
その言葉を聞き、玲子と呼ばれた美少女に笑顔が戻る。
「そうだよ、久しぶりだね。拓也」
拓也と同じマンションに住む、いわゆる幼なじみ。子供の頃はよく一緒に遊んだのだが、小学校高学年、そして中学に入る頃にはほとんど会話をすることはなくなっていた。
(こいつ、本当に奇麗になったな……)
拓也は目の前の玲子を驚きと共に見つめる。
子供だった玲子は成長と共にどんどんと奇麗になっていき、同時期に陰キャになりつつあった拓也にはそれがまぶしくて仕方なかった。
毎日のように玲子に集まる男子達。そんな彼女を横目に、拓也は自然と距離を取るようになっていた。
「ど、どうしたんだよ、急に……」
拓也は少し照れながらぶっきらぼうに言う。玲子が答える。
「ううん、偶然だよ。久しぶりに会って声かけちゃった。……迷惑だったかな?」
(そんなことはないんだが……)
そう思いつつも昔より更にまぶしさが強まった玲子に、あえて興味なさそうなフリをして言う。
「そんな事ないけど、急だからちょっと驚いた」
必要以上に緊張する拓也。思ったことが上手く言葉にならない。玲子が尋ねる。
「高校、どこなの?」
玲子は自分とは違う拓也の制服を見ながら言った。
「
「そっか、私とは違うんだ……」
拓也は幼馴染でありながら、そんな事も知らぬまま時間が過ぎていたのかと改めて思う。
拓也が玲子を見つめる。可愛いポニーテールに目がいくが、いつの間にかしっかりと胸も成長し立派なひとりの女性に変貌している。自分から距離をとっていた拓也は、彼女を姿を見て少し気まずくなる。
「全然、話してなかったもんね」
それを知ってか知らぬか玲子がこれまでの空白を意識するような言葉を投げかける。拓也は何故か外堀を少しずつ埋められていくような感覚を覚えた。
「あ、当たり前だろ。もういい歳なんだ。昔みたいには、できないよ……」
玲子は少し悲しげな表情で小さく答える。
「そう、そんなふうに思ってんだ……」
(『そんなふう』? そりゃそうだろう。これだけ綺麗になって、俺とは全く別の世界に行き、ただ幼なじみだからってガキの頃みたいに一緒に遊んだりできるはずがない! 今だってきっと偶然会ったから声を掛けなきゃいかんと思って……)
「ねえ……」
「ん、なんだ?」
玲子はスマホを取り出して拓也に言う。
「Rain(レイン)、やってる? 連絡先教えて」
「あ、ああ、いいよ」
拓也はカバンからスマホを取り出すと、Rainを開いて見せる。玲子は素早くアドレスの交換を終えると笑顔で言った。
「また連絡するね。久し振りに会えてよかったよ!」
「あ、ああ……」
玲子は嬉しそうに小さく手を振ると、そのままマンションの方へ走って行った。
幼馴染みとは言え何年も話もしていない上、美少女の玲子と話すことに終始緊張していた拓也。ひとりになってようやくいつもの慣れ親しんだ風景が目に入って来る。
(なんか緊張したな……)
拓也はふうと息を吐くと玲子と同じマンションへ入って行く。そして今更ながらスマホを自分の手に汗が出ていることに気付いた。
ただ会話の途中から玲子の頬が赤く染まっていた事には結局最後まで気が付かなかった。
「木下君っ」
翌日も教室の自分の席に座ると隣の美穂が話しかけて来る。
斜め下から覗き込むような姿勢。奇麗な髪がはらりと揺れる。たったそれだけで陰キャには相当なダメージを受けるのだが、自分の名前を呼ばれるのだから心臓に対する負荷は計り知れない。
「なんだよ……」
拓也は校舎に入る前に『
「今日から新イベだね。私ね、絶対にさあ……」
少し斜め前を向きながら美穂の話を聞く拓也。
しかし拓也にとっては美穂の周りに集まっている他の陽キャ達のオーラが強すぎて、彼女の話が耳に入って来ない。
見なくとも分かる明らかに美穂とは違う自分に向けられる視線。『お前は仲間じゃない』と言う無言の圧が凄い。
ほとんど返事をしない拓也に話しかける美穂に、同じ陽キャの
「あれ、美穂って、木下のことが気になったりするの?」
美穂が龍二の方を振り向いて言う。
「え、なんで?」
「だって、よく話しかけてるじゃん」
拓也は体が固まりながらその言葉を聞く。美穂が言う。
「やだぁ、そんなことないよぉ。席が隣だからだし」
美穂の前に座っている
「美穂が木下に? あり得ないでしょ、そんなの」
そう言って呆れた顔をして笑う。
それを皮切りに陽キャ達がきゃっきゃ騒ぎ出す。美穂もほかの陽キャ達に立て続けに質問され、それに答え始める。
拓也はわずか数十センチと言う距離にできた陽キャ達の厚い壁を感じながら思う。
(俺、なんで少し悲しんでいるのかな……)
絶対交わることのない陽キャ達。
すぐ隣のグループには死んでも交じることはないだろう。それでも何かを期待していた拓也はそれが間違いだと言うことに改めて気付いた。そして自分に強く言い聞かせる。
(変な勘違いするなよ、絶対に!!)
(木下君……?)
陽キャに囲まれながら拓也を見つめていた美穂は、初めて見せる拓也の思いつめたような顔を見て心配そうな表情を浮かべた。
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