5.また美少女、だと!?
静かな電車の車内。まばらな乗客。
拓也は突然現れた本物の
「ど、どうして、ここに?」
美穂は後ろに手を組んで笑って言う。
「どうしてって、私も電車で帰るんだよ。今日は偶然」
美穂は必要以上に拓也に近付いて話す。そして拓也の肩の辺りを触りながら言う。
「へえ~、木下君って結構、背あるんだぁ」
陽キャの特徴、遠慮なく他人に触る。
しかし陰キャである拓也には、美穂に、学年一の美少女に触れられるだけで体が
「で、電車だったの? 毎日?」
拓也は既に知っている答えを聞くために、小さな声で美穂に尋ねる。美穂ほどの美少女、稀に同じ電車に乗って来るのを拓也は知っている。尋ねられた美穂が拓也を見つめて答える。
「そうだよ~、ほんと偶然」
そいうと美穂は拓也と同じく電車のドア付近の壁にもたれ掛かる様にして外の景色を見た。
皆、見ないようにしてはいるが、確実に向けられる他の乗客からの視線。それを知ってか知らぬか美穂は壁にもたれ掛かりながら、長く白い足を何度か組み替える。
美穂が動くたびに漂う甘い香りが拓也の鼻腔をくすぐる。美穂が拓也に言った。
「今日から新イベだね。新キャラも実装されるよね。『ワンセカ』ってストーリーはいいけど、また新キャラが実装されると(ゲーム)環境変わるから大変だよね~」
一方的にゲームの話をする美穂。それを聞きながら拓也が思う。
(新イベは明日からだろ!? 間違えてる? わざと? 経験豊富な副団長ミホンならそんなことはあり得ない……)
美穂はお構いなしにどんどん話をする。
「で、さあ。新キャラのダレス、木下君知ってる? 私ね、リーク情報先に見ちゃってさあ、超強そうだったよ~、絶対引きたいっ!!」
美穂は拓也の前でひとり興奮気味に話す。同じく事前のリーク情報を見ていた拓也が思う。
(ダレス!? ザレスの間違いだろ? 話が全体的に微妙に違っている。わざと? それとも本気?)
拓也は少しずつ違ったことを言う美穂の話を聞いて訂正したくなったが、その言葉を飲み込むようにして沈黙を続ける。美穂が続ける。
「新イベの開始って、今日の何時だっけ? 木下君覚えてる?」
「15時……、(あっ!)」
拓也はついに口が滑ってしまった。知らないはずのスマホゲームの情報を話してしまった。しかし美穂は直ぐ取り出したスマホを見て顔色を変える。
「うそぉ!! もう時間過ぎてんじゃん!!」
美穂は直ぐにスマホをいじり始める。しかし直ぐに大人しくなる。当然である、新イベは明日からだ。美穂が言う。
「あれ~、新イベ始まんないよ? もう一度立ち上げてみようかな」
未だ気付かない美穂。拓也の我慢が限度を超えた。
「新イベ、明日からだろ?」
「えっ? うそ!?」
改めて美穂が新イベの告知を見る。そして口に手を当てて大きな声で言った。
「ほんとだあ!! やだぁ! うそぉ!? マジで恥ずかしい!!」
美穂の大きな声に再び集まる乗客の視線。拓也はそちらの方が数倍恥ずかしかった。美穂はスマホをカバンにしまい拓也に近付いて腕を叩きながら言う。
「ありがとぉ、団長。ほんと恥ずかしいわ~」
その言葉に拓也が固まる。自然と『団長』と話に盛り込んでくるのはさすが陽キャ。会話に不自然さが全くない。そして違和感なく陰キャに近付きボディタッチをする。見事な『陽スキル』である。拓也が言う。
「俺、団長とかじゃないから……」
ここまで来てどれだけ誤魔化せるか全く自信がなかったが、それでも否定だけはする。認める訳にはいかない、その線を越えたら自分の学校生活が壊滅すると拓也は思った。
「えー、団長でしょ? フツーに受けてたし」
(うっ……)
客観的に見ればそうだろう。ここまで来れば自分が団長でないことの方がおかしい。拓也は徐々に外堀を埋められ、追い詰められながら何とか言葉を絞り出す。
「ほ、本当に知らないんだ……」
美穂は少し笑いながら下から覗き込む様に上目遣いで言った。
「本当に知らないの〜? ほんとかなあ?」
近い。
これまでで一番と言うほど美穂は拓也に接近して言った。
(う、うぐぐっ…… ち、近い、近過ぎるっ!!)
接近した美穂に、拓也はのけぞる様な姿勢となる。美穂は更に顔を近付けて言う。
「ねえ、木下君?」
拓也は更に背中を反らせて耐える。妙な姿勢にバランスが悪くなり背中も痛くなる。もし電車が少しでも揺れたら一緒に倒れてしまうかもしれない。体の痛みが辛くなってきた拓也が目の前の美穂に小さな声で言った。
「ちょ、ちょっと離れて欲しいんだけど……」
美穂はその言葉を聞き、小悪魔的な笑みを浮かべて言った。
「それって団長命令? それなら聞くよ〜」
(うっ、そ、それは……)
完全に追い詰められた拓也。これが陽キャの手のひらで転がされる陰キャの宿命。
その時、電車が少しだけ左右に揺れた。
ガタン!
(あっ!)
拓也に近付いていた美穂は、突然の揺れで姿勢を崩し拓也の腕を掴む。
【ご乗車ありがとうございました。間もなく……】
車内アナウンスで次の停車駅が告げられる。
拓也の前で屈むような姿勢になった美穂が上目遣いで笑顔で拓也に言った。
「駅、着いちゃった。私、ここで降りるね〜、じゃあまた明日。木下君っ!」
美穂はそう言うと笑顔で手を振りながら電車を降りて行った。
(駅、ふたつ隣なのか……)
拓也は消えゆく美穂を見つめながら、意外と家が近いことに驚いた。
「ふう……」
電車を降りた拓也はひとり大きく息を吐くと、自宅マンションに向かって歩き出した。
(意外と天然っぽいところもあるんだな……)
美穂のことを勝手に『完璧人間』と思っていた拓也は、ひとりで勘違いしあたふたする美穂を見てちょっとだけ楽しいと思った。
(俺、もしかして、楽しんでる……?)
学年一の美少女。
最強の陽キャである涼風美穂は、陰キャの自分にとっては油と水のはずだ。ただ思う。
(高レベルの陽キャって言うのは、陰キャの扱いも上手い)
慣れて来たせいもあるだろう。
それでも最初の頃の様な強い圧迫感は和らいできている。それでも拓也は自分自身に変な勘違いはしないよう言い聞かせた。
(俺は陰キャ。美少女はもちろん、女ですら逃げて行く存在。そう、あんな美人が話しかけて来る事なんて……)
拓也はそう思いながら自宅マンションの近くにいたポニーテールの美少女を見る。その美少女は拓也の顔を見ると真っ直ぐこちらに向かって歩いて来る。
(そう、こんな美少女が俺と話なんて……、え、ええっ!?)
その美少女は拓也の前まで来ると笑顔で言った。
「久しぶり、拓也」
拓也は再び電車の中で取った妙な姿勢となって固まり、背中が痛いと思いながら目の前の美少女を見つめた。
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