異世界だと、説明は難しいよね~迷宮管理者と次元の魔女 未来IF~

夕闇 夜桜

異世界だと、説明は難しいよね


 黒混じりの紺色髪の女性が、とある場所を訪れていた。


「お久しぶりです。お祖父様、おばあ様」

「ああ、久しぶりだな。キソラ」

「あら、いらっしゃい」


 黒混じりの紺色髪の女性――キソラが挨拶をすれば、彼女を出迎えた『お祖父様』と呼ばれた男性と『おばあ様』と呼ばれた女性がそう返事をする。


「それにしても、いきなりどうした」

「事前連絡無しに、突然すみません。ちょっと近場に来たので、ご挨拶でも、と」

「そうか」


 別に間違ったことは言っていない。

 というのも、所用で近辺に来る予定があって、帰宅までの時間に余裕があったので、祖父母の家に立ち寄ったのである。


「みんなは元気か?」

「はい。兄さんたちの方も、みんな元気みたいです」


 それに納得したのか、男性は小さく頷く。

 もうすでに、それぞれが家庭や家族を持って居たため、以前のように子供や孫たちが立ち寄ることが出来なくなっていたのだ。

 まあ、祖父母の家――エターナル家は、城勤務の騎士団にも所属したことがある貴族でもあるため、親族であっても、屋敷関係者の許可がない限りは平民であるキソラたちが容易に会えるはずも無いのだが、屋敷関係者が彼女の人となり等を知っていたこともあり、室内へと通したのである。


 ――さて、ここからどうしよう?


 けれど、キソラは思案する。

 確かに用事があって、そのついでにこの家に寄ったというのは嘘ではない。嘘では無いのだが……


 ――まさか『米寿』で来たなんて、言えない。


 キソラは異世界転移者であり、現地転生者でもある。

 前世どころかその三つ前からの記憶がある彼女は――前々々々世での記憶ものではあるが――八十八歳が『米寿』と呼ばれる文化を知っていたこともあって、八十八歳という、この世界の人間にしては長生きに入る年齢になった祖父母の様子を見よう、となったのである。

 だが、問題はこの『米寿』をどう説明するのかである。

 そもそもキソラは祖父母には転移者や転生者であることを告げてないため、この世界に無いはずの言葉を下手に出すとややこしいことになるのは、簡単に予想できる。


「キソラちゃん、良かったらこれ食べて」

「ありがとうございます」


 祖母から出されたお茶と菓子に、口を付ける。


「……本当は」

「うん?」

「何か贈りたかったんですが、良いものが思いつかなかったので、こうして顔を見せに来たんです」


 キソラの言葉に、祖父母が顔を見合わせる。


「別に気にしなくていいのに」

「そうだぞ。こうして顔を見せに来てくれるだけでも、良いんだし」


 それでも、裏でこっそりと色々とやってくれた人たちなので、お礼の一つぐらいしたかったのである。


「私たちは、貴方たちが元気で居てくれるだけで良いんだから」

「あの二人だって、そう思ってるはずだしな」


 あの二人というのは、きっとキソラたちの両親のことだろう。


「……そうですね」


 そして、その気持ちが分からない訳ではないので、この場はキソラが折れるしか無いのだろう。


 ――喜ばせるつもりが、慰められたなぁ。


 本人たちにその気がなくても、そんなような気がしてしまったのだから仕方がない。


「あれ、キソラ来てたの?」

「お邪魔してます」


 その後、近況とかを話し合っていれば、どこか疲れた様子の従兄であるルクトールが姿を見せたため、キソラは軽く挨拶する。


「ルト兄、何だか疲れてる?」

「……まあ、いろいろとな」


 遠い目をしているのを見ると、あまり触れない方が良いのだろう。


「……それで、今日は泊まってくのか?」

「いや、帰るよ」


 どことなくそうしてほしそうな気配を感じたが、キソラとて家に帰ってやらなければならないことがあるのだ。けっして、嫌な予感を感じ取ったからではない。


「……」

「……」

「……」

「……」


 片や、残ってほしい。

 片や、何が何でも帰る。

 ……とまあ、こんな感じで視線で会話しているのかのように互いに見つめ合うが、『どうやら無理らしい』と先に判断したのはルクトールだった。


「ハッハッハ。キソラにチビたちの相手してもらおうかと思ってたみたいだが、残念だったな。トール」


 祖父の言葉に、ルクトールが「いちいち言わないでくださいよ……」と呟きながら、肩を落とす。

 それを見て、『ああ、やっぱりそうなんだ……』と何となく思うキソラだが、時間を確認したことで立ち上がる。


「そろそろ帰らないと遅くなりそうなので、失礼します」

「あらそう?」

「また何かあったら来いよ。お前たちなら、いつでも歓迎だからな」

「ありがとうございます」


 祖父母からの言葉に、キソラは軽く会釈する。


「ルト兄?」

「途中まで送る」


 屋敷を出ても付いてくる従兄にキソラが疑問を投げ掛ければ、そう返される。


「……ルト兄、さ」

「何だ」

「気遣ってくれるのは有り難いけど、自分の立場、分かってる?」


 キソラとしては女扱いが嬉しくない訳ではないが、ぶっちゃけ、世界最強の一角として名を連ねている自分よりも、貴族子息であるルクトールに何かあれば大変なので、彼の帰路が心配になってしまう。


「分かってるが?」


 冗談なのか、本気なのか。これはどう捉えるのが正解なのだろうか。


「……」

「……」

「……」

「……まあ、その言葉を信じるよ」


 もし、彼の身に何かあれば、キソラの責任になりかねない。

 そのため、何事にも対処できるようにと、キソラはこっそりルクトールに魔法を掛けておく。


「もう、ここまでで良いよ。これ以上はルト兄が戻るの、大変になるし」

「そうか」


 キソラの制止に、ルクトールの足も止まる。

 正直、今ここで止めなかったらどうなったのかは見てみたかった気もするが、その興味と命を天秤には掛けられないので、『もうここまでで良い』とキソラが告げれば、ルクトールもそれを理解したのか、そのまま解散することとなった。


 ――その後、『祖父母がルクトールの不在中、彼の子供たちから襲撃を受けた』だとか、『ルクトールが家への帰り道でちょっとした事件に巻き込まれかけた』だとか、『祖父母宛に子供・孫一同から贈り物が届いたりした』だとか、まあいろいろとあったみたいだが、それはまた別のお話である。


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