第12話
「さて、そろそろ帰るかな」
ご馳走さん、とカラリと笑い立ち上がる男性に、はたと意識が引き戻される。
あらいけない。熱を覚ますのに必死になってたわ。仮にもお客様の前だというのにはしたない。
慌てて立ち上がろうとすると、男性は「ああ、いいんだいいんだ」と片手でそれを制し、言葉を続けた。
「飯を恵んで貰えただけで充分だ。見たとこ、いいとこのお嬢さんなんだろ?俺なんかに畏まんなくていい」
「あら、どんなお方だろうと、自ら招いたのならお客様に変わりありませんわ」
お客様には最高のおもてなしを持ってお送りするのも、淑女の嗜みでしてよ。
にこりと笑い、軽く膝を折り頭を下げる。
膝を着くことは決してしてはならないけれど、どんな方にも敬意は忘れず、お客様には礼を持って接すること。
これぞ美しいホストの対応!
ああ、わたくしの『ユリア』ってば、今日も本当に素晴らしい!!
「………ははははっ!」
一人悦に浸っていると、豪快な笑い声にそれを吹き飛ばされた。
……本当に、今生ではまわりにいなかったタイプだわ。こんなふうにお腹を抱えて笑う方なんて、男性でも女性でもいなかったもの。
「いやぁ……嬢ちゃん、面白いなぁ。金持ちのボンボン共なんざ、全員傲慢な輩ばっかだと思ってたんだが……」
「あら、随分と失礼な偏見をお持ちですわね?」
「悪い悪い。今日で認識は変わったんだ。勘弁してくれ」
笑いすぎたのか、滲んだ涙を拭いながら、からからと笑う男性が立ち上がり、窓へと近づく。
改めて見るその風貌は、この国では極めて異質だ。
一番近いのが……そうね、わたくしが『私』であった頃によく見ていたような、黒い忍者装束というところかしら。
ただ、足元が膝下までのロングブーツだったり、装束の上にコートの様なものを羽織っていたりと、所々この国らしい洋装も折り込んでいるようだけれども。
開け放った窓から吹き込む風に、ふわりと男性の黒いマフラーが宙を踊って。
「この恩は、いつか倍にして返そう。
──ラピス嬢」
──ガッ!!
彼の呟きと共にアレクから放たれたナイフが空を裂くと同時に、男性の姿は風に溶けるように消えてしまった。
……ところで、ついさっきまで男性の額のあった場所を通過し、窓枠へと突き刺さっているナイフは見ないふりをしていいかしら。
ついでに、背後で聞こえる機嫌の悪そうな盛大な舌打ちも。
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