第11話
時刻は早朝。
鎮まり返った澄んだ空気に響く小鳥の囀りが耳に心地よく、爽やかな朝日に朝霧に濡れた花木が瑞々しい輝きを放つ。
こんな日はまさに、まさに絶好の!
「ランニング日和ね!」
「……そこは散歩日和と言うべきです、お嬢様」
タンタンタンと一定のリズムを刻みながら小路を走るわたくしの言葉に、アレクからの容赦ないツッコミが入るのはいつもの事だ。気にしたら負け、ってよく出来た言葉よね。
わたくし達の通うルディア学園は、先生も生徒も完全全寮制となっている。まあ、乙女ゲームあるあるよね。
そしてお金持ち学校なだけあり、寮舎もそれはそれは広大な上に趣向を凝らした趣となっておりまして。
とても素晴らしい建物なのだけれど、ただの寮にこれお金の無駄遣いじゃあないかしら、なんてたまに考えたりもするのは自分だけの秘密だったりする。
……話が逸れたわね。
そんな立派な寮舎には、相応の庭もついているのは言うまでもないだろう。
お休みの日にわざわざ外へ出なくても良いようにと、噴水の楽しめる中庭から芝生で出来た運動の出来るコーナー、ちょっとした木々の並ぶ林、それに沿う散歩コースとなるいくつもの小路……。まさに至れり尽くせり、という具合なのだ。
つまり、何が言いたいかっていうと。
「少し奥行った所に行けば、人気の少ない絶好のランニングコース……なのだけれど」
今日は先客がいらっしゃったみたいねぇ。
わたくし達の目の前、いつものランニングコースには、見慣れない服装の壮年の男性──言うなれば不審者が一人、ぱったり行き倒れていた。
***
「いやぁ、嬢ちゃんありがとな、助かったぜ!」
あれから暫く。
わたくしの寮室には三人の姿があった。
一人はわたくしの背後でピリピリとした殺気を出す、不機嫌を全面に醸し出すアレク。
二人目は、そんなアレクに内心冷や汗ダラダラながらも笑顔を絶やさないわたくし。
そして三人目が、そんなアレクを気に留めること無く頬に食べかすをつけながら、大口でご飯を平らげていく男性。
つまりは先程わたくしのランニングを邪魔していた不審者その人である。
「それにしても、ここは広いなぁ……国からの届け物を持ってきただけだっつーのに、すっかり道に迷っちまった」
「あら、お届け物の最中でしたの?急いだ方が宜しいのではなくて?」
「ああいや、届け物は済んだんだ。ありがとな、嬢ちゃん」
口元についた食べかすを親指で拭い、反対の手でぽんとわたくしの頭を撫でる男性に、思わず少し固まってしまった。
……まあ、その手は直ぐにアレクに叩き落とされていたけれど。
公爵令嬢であるわたくしに、このように接してきた方なんていたかしら。
……少なくとも、こんなふうに頭を撫でられたのは、『私』の時以来な気がする。
何処と無く座りの悪いむず痒さを感じながら、アレクと言い合う男性をチラリと盗み見た。
歳の頃は三十代半ばくらいだろうか。
顔に刻まれた皺と、無精髭のせいかもう少し年嵩だと言われても納得出来てしまう風貌だ。
だが、顔立ちはとても整っているし……何かしら、こう、大人の色気ってこういう事なのかしら。
アレクよりも少し灰色寄りの黒髪は適当に纏められて、深い金色の瞳は気だるげに細められている。
紛うことなきイケメンですありがとうございます。
ジーク様やアレクでイケメンには慣れているけれども……また違ったタイプの美丈夫に、微かに火照った頬を落ち着かせるべくため息をひとつ吐き出した。
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