第十二話 二つの祠

 人を正気たらしめてきたのは、何あろう神秘主義である。神秘主義の功績、それは即ち人は理解し得ないものの力を借りることで、初めてあらゆるものを理解することが出来るということである。


――ギルバート・キース・チェスタートン

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 假藏かりぐら學園がくえんでも頂点を狙える上位の不良二人、眉無し巨漢の尾咲おざきもとむと半分刈り上げた赤髪ロングの相津あいづ諭鬼夫ゆきおは取り巻きの男女に外させ、華藏はなくら學園がくえんからの訪問者・真里まり愛斗まなとと三人だけになった。

 彼等が囲み見詰めているのは校舎裏にひっそりと建てられた小さなほこらで、丁度華藏はなくら學園がくえんの奥にある立ち入り禁止の山道の先に建った物と同じ様な佇まいをしている。


「このほこらおれ達にとってサシの勝負を付ける絶好の場所なんだ。」

「昨日、おれ達二人はいつも通り、此処ここでケリを付けるつもりだった。」

「はは、そうなんですか……。」


 普通に学校で殴り合いの決闘を行おうとしていたと話す二人の不良に、愛斗まなとは余りの世界の違いを感じ苦笑するしかなかった。


「しかしな、とんだ水が入った。」

真里まりちゃんの事を信用して話すが、絶対に言うなよ? もし裏切ったら、何年掛けてでも落とし前を付けさせるからな。」


 尾咲おざきは声色を低めて愛斗まなとを脅した。


「聞かれちゃまずい事なんですか?」

「まあ、そうだな。」


 相津あいづ愛斗まなとの質問に頷き、思い出した様に尋ねる。


「そういえば真里まりちゃんよ、華藏はなくらの方で行方不明になった生徒とか出てねえのか? 中坊で四人程よ。」

「中等部で……四人……?」


 愛斗まなと相津あいづの質問から直ぐに一昨日愛斗まなとの前に死体となってあらわれた生徒會せいとかい役員達の事に思い当たった。その中の半数以上、丁度四人は中等部の生徒だ。


「心当たり有るらしいな。」


 愛斗まなとの瞠目が尾咲おざきに答えるまでも無く確信を与えたらしい。


「確かに……中等部から四人居なくなっている筈だ、という状況はあります。しかし、何故貴方あなた達がそれを?」

「引っ掛かる言い方だな。どうやらそっちも訳有りっぽいと見た。」

「良いか、絶対言うなよ?」


 相津あいづが改めて愛斗まなとに釘を刺す。話し始める前から非常に不穏な空気がほこらを中心に渦巻いている。


「話を戻すが、おれ達は此処ここで対マンを張り、決着を付けるつもりだった。しかし、このほこらの傍には妙な物が転がっていたんだ。」

「その妙な物というのが……。」

流石さすが華藏はなくら生徒會せいとかい、察しが良いな。てめえん所の中坊の死体だよ。」

「男が三人、女が一人だったな。」


 やはり中等部生徒會せいとかいの四人だ!――愛斗まなとは少ない情報の中で不思議とそう確信した。


 華藏はなくら學園がくえん假藏かりぐら學園がくえん、起源を同じくする二つの學園がくえんに存在する、謎のほこら。そこで共通して起きた、死の薫る怪奇現象。愛斗まなとにはそれが無関係とは到底思えなかった。


「その死体はどうしたんですか?」


 愛斗まなとほこらに軽く触れながら尋ねた。

 尾咲おざき相津あいづは互いに顔を見合わせ、肩をすくめている。


「死体を見て、すぐにほこらは妙な闇に包まれた。おれ達はそれに呑まれたんだ。」

「そこから先は記憶にねえ。気付いたら放課後だった。死体もその場から消えていて、変な夢を見たと思った。」

「だが、舎弟共に話を聴けば昨日、假藏かりぐら華藏はなくらが繋がったと言うじゃねえか。しかも、向こうにも似たようなほこらが在ったと。」

真里まりちゃんの暴れっぷりもその時に聞いたぜ。華藏はなくらも侮れねえと思ったもんだ。」


 尾咲おざきが乱暴に愛斗まなとの肩を叩いた。痛みに顔を歪め乍らも、愛斗まなとは考える。


假藏かりぐらも異変に巻き込まれた立場はそう変わらないのかも知れないな。まあ、それに乗じてぼく等の學園がくえん生活を侵略して来たのは許せないけど。)


 愛斗まなとに、二人と話す動機がはっきりと出来た。


(ひょっとすると、假藏かりぐらにもこのほこらに関して何かいわくが伝わってるんじゃないか?)


 彼は思い切っていてみる事にした。


「御二人はこのほこらがどういう物か、何か聞いた事は?」


 愛斗まなとの問いに、二人は首を傾げる。


「さあ?」

「入学した頃にはとっくに喧嘩の定番スポットだったからな。」

「そうですか……。」


 少し期待外れの答えだったが、何も情報が無い訳ではない。彼等にとってこのほこらは決闘場である。今は薄れていても、かつてはそうなった事に何か意味があった筈だ。


尾咲おざきさん、相津あいづさん、実はぼくもお二人と同じような経験をしたんですよ。」

真里まり君、どういうつもり?』


 憑子つきこが割って入り、愛斗まなとを問い質して止めようとする。


『まさか、あの事を他言するの? こんな奴等に? 正気?』

「御二人はぼくに決して知られたくない秘密を喋ってくれた。だからぼくの方も、包み隠さず話しておきたいんですよ。」


 愛斗まなとは考える。今後、「學園がくえんの闇」を解き明かすには華藏はなくら學園がくえん側だけのアプローチでは片手落ちであろう。恐らくは、假藏かりぐら學園がくえん側にも何らかの秘密が隠されている。


「御二人が見たという死体、ぼくの見立てが正しければ、それは中等部生徒會せいとかいの四人です。そしてもう三人、ぼく以外の高等部生徒會せいとかいの役員も皆ぼくの前に死体となってあらわれ、そして消えてしまったんです。華藏はなくら學園がくえん側のほこらの前で。」


 愛斗まなとの告白に、尾咲おざき相津あいづは眉間に皺を寄せて聴き入っていた。


「それに、妙なのはそれだけじゃない。本当に消えてしまったんですよ。生徒會せいとかい役員達の事が、華藏はなくらの生徒の中から。もう教師も、生徒も、誰一人としてぼく生徒會せいとかい役員だった事すら覚えていない。」

「いや、それは別に普通だろう。」

おれ達だって自分の学校の生徒會せいとかい役員なんて中坊の頃から知ってた時ねえし。」


 愛斗まなとは彼等のツッコミに引きった笑みを浮かべる。やはり住む世界の常識が愛斗まなとと彼等では大きく違う。


かくぼくもこの事は秘密にしておいて貰いたいです。お互いにお互いの秘密を共有しましょう。貴方あなた達がぼくに話してくれたのは、自分達が経験した奇妙な出来事をそのままにしておいたら寝覚めが悪いからでしょう? ぼくも同じです。この謎、解き明かしたいと思っている。」

「いや、別におれ達は解き明かそうだとか、そういうのは……。」

「確かに良い気分じゃねえから話したってのはその通りだがよ……。」


 愛斗まなとはポケットからスマートフォンを取り出した。


「もう授業が迫っているのでぼくは戻ります。でも、御二人とはまだもう少し話がしたい。出来れば連絡先を教えて頂けますか?」

「何だ、華藏はなくら生は真面目だな。」

「ま、別に減るもんじゃねえから良いけどよ。真里まりちゃんはイカレてる所もあるが悪い奴じゃなさそうだしな。」


 こうして、愛斗まなと假藏かりぐらで名を馳せる二人の大物不良、尾咲おざきもとむ相津あいづ諭鬼夫ゆきおの二人と連絡先を交換した。

 そして帰る方法を二人に確認した所、往きと同じくほこらの観音開きを開放して華藏はなくらへ通じるという事が判った。


「じゃ、また何か有ったらいつでも連絡しろよ。」

「秘密を握り合ったからには五分の友達だからよ。」

「有難うございます。近い内にまた宜しくお願いしますね。」


 愛斗まなとは二人に別れを告げ、華藏はなくら學園がくえんは自分の教室へと戻った。




☾☾☾




 放課後、愛斗まなとは再び假藏かりぐら學園がくえんを訪れた。覚醒剤の件で因縁の二人、伊藤いとう藤之進ふじのしん則山のりやま正行まさゆきを問い質す為だ。

 しかし、二人は捕まらなかった。早速尾咲おざき相津あいづに尋ねてみると、どうやら不良カースト下位の生徒は弄ばれ続ける事を嫌い終業の鐘が鳴ると逸早くそそくさと帰ってしまうらしい。


 仕方無く、その日は二人の追及を諦め、愛斗まなと華藏はなくら學園がくえんからバスに乗って帰路に就いた。例の如く、窓には華藏はなくら月子つきこの横顔が映っている。


『覚醒剤の件で伊藤いとう君と則山のりやま君に話を聴けなかったのは残念ね。真里まり君の行動が遅いから先に帰られてしまうのよ。』


 相変わらず憑子つきこの評価は理不尽に厳しかった。普通に考えて、終業の鐘と同時に帰宅されては華藏はなくら學園がくえん側から山道へ入りほこらを通って假藏かりぐら學園がくえん側に行ったとして、間に合う訳が無いのだ。

 しかし、愛斗まなとにとってそれは別にどうでも良かった。最早憑子つきこの理不尽さ、身勝手さに対して何かを言う気にはなれなかったし、それよりももっと重要な気掛かりが有った。


憑子つきこ會長かいちょう何処どこまで計算通りですか?」


 愛斗まなとは頬杖を突き、余り感情を込めずに素っ気なく窓に映る月子つきこの肖像へと問い掛けた。彼女は意外な質問に驚いた様に瞠目どうもくしている。


ぼくが気付かないと思っていましたか? そこまで愚鈍だと思われていたのはショックですよ。」

きみ、何が言いたいの?』


 月子つきこの切れ長の目が鋭く愛斗まなとを睨む。然し、愛斗まなとは動じず、かと言ってそれ以上語ろうともしない。

 彼女は根負けした様に溜息を吐くと、眉を上げて静かに問い直す。


『じゃあ答え合わせをしましょう。きみは何に気が付いた?』

「そうですね……。まず、ほこらが二つ在った事がそもそも意外でした。」


 愛斗まなと憑子つきこの軟化に応える様に、少しずつ自分の考えを開示していく。


「そしてそれは、華藏はなくら學園がくえん假藏かりぐら學園がくえんが繋がらなければ判らなかった事です。恐らく、誰も知らなかったでしょうね。唯一人、貴女あなたを除いては。」

『ええ、知っていたわ。それで?』

貴女あなただけは、華藏はなくら學園がくえん假藏かりぐら學園がくえんに同じほこらが在る事を知っていた。それは貴女あなたが両校の経営者だから。そして貴女あなたほこらについて、こう仰いましたね。異界に通じている、と……。」

『そうね。』

憑子つきこ會長かいちょう、はっきりさせましょう。貴女あなたが仰っていた『學園がくえんの闇』とは、この二つのほこらの秘密に大きく関係している。そして、二つの學園がくえんが繋がらなければ両方の存在が知られることは無い。」


 窓に映る月子つきこは何かを悟ったように目を閉じた。


『つまり、きみはこう言いたい訳ね。そもそも二つの學園がくえんが繋がった事自体が私の仕込みで、全てはきみ假藏かりぐら學園がくえんへ行かせる為の下準備だった、と……。』

「違いますか?」

『そうね、当たらずも遠からず、といった所かしら……。』


 憑子つきこは窓の向こうから流し目で愛斗まなとに視線を送って答えた。


流石さすがに何もかも私のコントロール下にある訳ではないわ。だったら、今私はこんな状態になっていない。でも、こうなる事は予想が付いていた。そして、きみ假藏かりぐらへ行かせる必要があったのは正解ね。何故なぜならば〝學園がくえんの闇〟とは、かつ華藏はなくら學園がくえん假藏かりぐら學園がくえんの場所に在った頃から続く物だからよ。』

會長かいちょうそもそ貴女あなたが『學園がくえんの闇』に拘る理由は何ですか? 確かに今回の事態は酷い物です。華藏はなくら學園がくえんにとって未曽有の災難だと言って良い。でも、ぼくにはどうしても貴女あなたが藪を突いて蛇を出した様に思えるんです。」


 しばしの沈黙が月子つきこの姿越しに透けている窓の景色と共に流れた。


『それはわたしの生きる意味そのものだからよ……。』

「どういう事ですか?」

『それだけの価値が有るの。〝學園がくえんの闇〟を解き明かし、討ち滅ぼす事にはね。命を賭ける程の価値が……。』

「それで、生徒會せいとかいの役員を皆生贄にしちゃった訳ですか?」

『それは違うわ!』


 再び月子つきこの眼が愛斗まなとを睨み付ける。しかし、その眼には先程とは違う悲壮感が宿っていた。


『役員の皆を巻き込んでしまったのは確かにわたしのミスよ。でも、誓って故意じゃない。きみに協力願ったのも、本当に悪い様にするつもりは無かった。けれども邪魔が入ってしまった。わたしが想定していた以上に、敵は狡猾で邪悪だったのよ……!』

「敵……?」


 雲の影が月子つきこの像を覆う。その薄闇を纏ったかの様な不穏さを漂わせながら、憑子つきこ愛斗まなとに重大な事を告げようとしていた。


假藏かりぐら學園がくえんで一時的に見つかったという死体の話を聴いて確信したわ。奴等は近い内に、闇と共に華藏はなくら學園がくえんへ舞い戻って来る。』

「それが、『敵』ですか? 一体何者なんです?」

『気付かないかしら? 犠牲になった生徒會せいとかいの役員はわたしを含めて全部で七人。』


 憑子つきこの指摘に、今度は愛斗まなとが瞠目した。


「でも、假藏かりぐら生が見たのは中等部の役員四人だけ……!」

『そうよ。つまり、わたし達高等部生徒會せいとかい役員の死体は今尚闇の中。そう、〝闇の中に居る〟のよ……。』


 愛斗まなとの脳裏に月子つきこを含めた三人の先輩の姿が浮かぶ。何れも愛斗まなとの事を無能と蔑み続けたいけ好かない連中だが、そこまでの、死んで良い程の悪人ではなかった。

 しかし憑子つきこはどうも彼等を警戒している様に思える。まるで「敵」と名指ししているのは彼等の事だ、と言わんばかりの話を匂わせている。


「先輩方は戻って来ると言っているんですか? そして、彼等はぼく達の敵だと……。」

『彼等だけじゃないわ。もう一人居るでしょう? 消息不明になっている男が。』

聖護院しょうごいん先生……‼」


 愛斗まなと華藏はなくら月子つきこの口から出た言葉に誘われて夜のほこらで奇妙な目に遭わされたあの夜、あの場に居合わせて何らかの儀式を執り行おうとしていたのは、華藏はなくら學園がくえんの数学教師・聖護院しょうごいん嘉久よしひさであった。彼も又、あの夜以来消息を絶っている。


『恐らく、近い内に敵対する事になるでしょうね。二つの〝逝徒會せいとかい〟が……。』

「それも『學園がくえんの闇』と関係が?」

『そうよ。彼等の力こそは正に〝闇の力〟。間違い無くそれを手に入れているでしょうから……。』


 愛斗まなとは指で眉間を押さえた。想定外の情報に、頭がどうにかなりそうだった。そんな彼を見兼ねてか、憑子つきこは再び溜息を吐いて彼に言い聞かせる。


『まあ、それは少し先の事になるでしょう。今は引き続き、覚醒剤の件を調べなさい。此方こちら此方こちらで、看過できない問題よ。』

「ええ、そうします。その方がぼくも気が楽だ……。」


 気が付けば、憑子つきこの我が儘に振り回された結果降り掛かった案件がまだマシな逃げ場に変わっていた。

 この日の調査は一先ひとまずこれにて幕を下ろした。




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