第二十六章 人形の洞窟
…<ラベンダー平野>ってこんな感じだったっけ?
<みかん町>を出たワイは真っ先に疑問に思った。
<ラベンダー平野>と言えば、前回<神の軍勢>と戦った場所だし、ワイとティムが何度も野営した場所でもある。
最近のワイの第二の故郷と言っても過言ではない。
そんなワイが見間違えるわけがないし、記憶を失うわけもない。
間違いない。
確実にここは<ラベンダー平野>ではない。
だって、平野なのに目の間には巨大な洞窟が出現してるんだもん!
「明らかに敵に罠だよな?」
ワイがみんなに言うが、なぜかこれが受け入れられない。
「罠?誰の?<神の軍勢>?何で?わざわざこんな罠はることないでしょ?攻めて来ればいいんだし。」
「私も気まぐれさんと同じだと思います。」
タイニーもか!
「なぁなぁタロー。探検しないのかー?」
能天気なダリアは放っておくとして、パラナはどう思うんだろう?
「私もこれが罠とは思えませんが…以前になかったのだとしたら、天変地異かなんかで出来たのではないでしょうか?」
小首を傾げてくる。
えぇー。だって天変地異が起きた様子なかったじゃん?
それともこの世界では、昨日なかったものが突然現れることが日常茶飯事なの?
「行きましょう!勇者様。」
ワチワヌイに至ってはワクワクしてるし。
「報告。罠の気配は皆無。」
1が言うが、そもそも罠の気配があったら罠じゃないんだって。
洞窟を通らないルートもあるんだけど、なんかみんな洞窟に入る気満々なんだよなぁ。
これが罠で全滅とか嫌なんだけど…
「タロー!早く早く!」
えぇい!
こうしてワイらは、明らかに罠だと分かる洞窟に足を踏み入れた。
●
中には灯かりが無かった。
ワイら全員が洞窟に入ると自動的に入口が閉まった。
「しまった!罠だったのか!」
とかチラコンチネが言っているし、タイニーとかワチワヌイはかなり動揺してるけど、ワイ言ったよね?
「それにしてもタローはさすがなのだ。これを罠と見破るとは。ダリアと結婚する男はこうでなくてはいけないのだ!」
ダリアはなぜか自慢げだけど、罠を見破ったのと結婚も関係ないし。
「勇者様これを。」
パラナに渡されたのは、小瓶に入れた小さな炎だ。
魔法で出したものらしい。
これで灯かりが無くても安心だ。
「ダリアが先頭を歩くのだ。」
スタスタとダリアが先に行く。
「危ないよダリア!」
チラコンチネが後を追う。
その後ろにワイとパラナ。後方には、ワチワヌイと1とヘリックスが控えている。タイニーはワイの懐で、ティムは低空飛行しながらダリア達と共に先頭にいる。
突如目の前に人形が現れた。
日本人形だ。こういう暗がりにあると凄く不気味だ。
しかも、人形に怪しげな灯かりが不気味に当てられているから、尚更気味が悪い。
「日本人形か…俺がいた世界にはこういうのがあったりしたな。」
しげしげと眺める。
「タロー…気持ち悪くないのか?」
ダリアはこういうのは苦手なようだ。
まぁ気持ち悪いけど、怖いもの見たさというかワイは比較的ホラーものとか平気だからな。
手に取ろうとするとパラナが止めた。
「危険です。」
「人形が?大丈夫だって。俺のいた世界にはいい意味で使われることの方が多かったし。」
そう言いながら人形を手に持つ。
瞬間、人形の口が裂けてギザギザの歯をカチカチと鳴らした。
「うわっ!」
あまりの気持ち悪さに放り投げてしまった。
「どうしたのですか?」
タイニーが訊いてくる。
「いや、いま人形の口が気味悪く変化したんだ。」
「私には何も変化が無かったように見えましたが?」
え?
周りを見渡す。
「だから危険だと言ったのです。」
やれやれとパラナに言われてしまう。
ワイにだけ見えた?手に持った者にだけ見えたってこと?
ふと、人形を投げた先を見ると人形が失くなっていた。
「あれ?人形は?」
ワイの言葉に全員の顔が引きつる。
「タロー?大丈夫か?」
「人形あそこにあるじゃん。」
「やっぱ気味悪いですね。さっさとここを抜けましょう。」
ワイに何かかかったってことか?
「タイニー。念のためティムの上に乗って俺から離れてた方がいいかもしれん。」
そう言ってワイはタイニーをティムに乗せた。
ワイに見えなくなった人形、ワイにしか見えなかった口。
今のところ変化はこれだけ。
これから何かあるのか?
それにしても…
――イヒヒヒヒヒヒッ。
洞窟全体から響いてくる、頭が割れそうな甲高い不気味なこの笑い声は何なんだ?
さっきからやかましい。
みんなはよく平気だな…みんなには聞こえていない?…
――そうだよ。
「――!」
耳元で声がして後ろを振り返る。
さっきの人形の気配がした。
「どうしました?」
ワチワヌイが驚いてワイを見る。
心臓の音がうるさい。
気がつくと、笑い声が聞こえなくなっていた。
「何でもない。早く洞窟を抜けよう。」
冷や汗が止まらない。
やっぱりこの洞窟は何か変だ。
●
「あーあー。もう呪い切れちゃったね。」
大きな鏡を見ながら残念そうにジンバックが言う。
「直接触れてないから、いくら儀式で強くしても限定的な効果しか得られないわ。」
片手を振りながらジンバックに応えるのは、<色欲>のジントニック。<記憶>の力を持ち、触れた者の記憶を改ざんする能力を有する。
かつてコピー人形にあたかも生きていた時のような記憶を植え付けて、スカーレットを襲わせた張本人だ。
ただ、コピーを作る力と変身させる力があってやっとまともな人族を作れる。
ジンフィズの言う通り、戦闘に特化した力ではない。
「それにしても考えたよねー。<儀式>の力で<呪い>の力と<記憶>の力を強力化して人形にその力を入れる。人形に触れた者を呪って、その力を伝達して記憶を改ざんする。口が裂けて見えたように記憶を改ざんしたり、そこに人形がないように記憶を改ざんしたり、ほとんど幻術と変わらない使い方ができるんだね。」
両手を頭の後ろに組みながらジンバックがジントニックに言う。
「相手に触れさえすれば、自由に操ることができるのが私の力だからね。」
「だが、その分消耗も激しいし集中力が必要なのだろ?」
隣で人形を増やし続けているのは、<傲慢>のシャンディガフだ。<複写>の能力を持っており、触れたもののコピーを作れる。
物を増やすことができるオペレーターの力との大きな違いは、どんなものでもコピーができる点だ。
オペレーターは単純なものしか増やせない。その代わり一度に大量の数を増やせた。
一方の<複写>の力は、一度に1つしか増やせないが、<呪い>と<記憶>の力がかかった人形をそのままに増やすことが可能だ。
「あなたがいてくれれば、私は一度力を使えばいいから楽ね。」
後は呪いが自動で記憶改ざんをしてくれるというのが、ホワイトレディが考えた筋書きだ。
これを続けて勇者達のチームを分断するのが目的。
「ま、洞窟に入って来なくても同じだったけど、入ってくれてより効果が高められたわ。」
ホワイトレディが得意げに長い髪を掻き上げた。
「後は戦闘部隊が適度に分断してくれるでしょ。」
ジンバックがにやりと笑う。
早くクソ虫を殺したいなーとポツリと言った。
●
おかしいだろこの洞窟!
不気味な人形があったのもそうだけど…
「チラコンチネ!」
ダリアが叫ぶ。
「分かってるよ!」
声に反応してチラコンチネが横っ飛びに飛ぶ。
間一髪。
さっきまでチラコンチネがいた場所に、茶色い毛むくじゃらの物が地面に突き刺さる。
闘技場を思わせる開けた場所で、この見た目だけは可愛いクマのぬいぐるみとワイ達は戦っていた。
部屋に入った瞬間にぬいぐるみは襲ってきたのだ。
おかしいだろ!
ぬいぐるみが襲うか?
「イヒヒ。ウチのバイオレンス君強いでしょ?」
ボサボサ髪に顔も腕も服を来ていない部分に縫ったような後がある、明らかにヤバそうな女が言う。
<神の軍勢>なんだろうけど、反応している暇はない。
このクマ、でかくて早くて破壊力抜群なんだ。
「イヒヒ。みんなバラバラになっちゃえばいいんだよ。」
あの笑い声、ワイがさっき頭が割れそうになった笑い声はあいつの声か!
「なぁに?どうしたのソシオ君。ん?君もみんなと一緒に遊びたいの?いいよ。行ってきな。」
手に持つドール人形と話してやがる。
ドールがこちらを向いてケタケタと笑い出した。
「よそ見をしていいのか?」
クマが喋った。
思ったより低くて渋い声だ。
「タロー!」
思いっきり殴られた。
パラナの魔法が無ければ死んでいたかもしれん。
ワイの体の外側に、薄い壁みたいのを作ってくれていた。
でもそれももう割れたな。
もう一度かけてもらおうとパラナを見ると、ドールに捕まっていた。
ドールは腕だけを伸ばして、パラナに巻き付いていた。
「砲撃。」
1がドール本体にレーザー砲を放つ。
激しい音がして煙が上がる。
まともに当たれば無事では済まないだろう。
「はぁ!」
クマにはヘリックスが向かう。
見た目通り肉弾戦が得意なようだ。
ん?いや、やっぱりドワーフ族だ。
技術力ではピカイチの噂通り、ヘリックスは体内に兵器を隠し持っているようだ。
パンチをしながら腕から細い機関銃みたいのを出して撃っている。
しかし、効いていなかった。
絶対におかしいだろあのクマ!
ヘリックスの腕が機関銃だったら、クマの腕は芝刈り機みたいな回転する刃が出ていた。
「命を粗末にするな。」
そう言いながら物凄いスピードでパンチを繰り出している。
受け間違えると、回転刃でやられる。
ダリアとチラコンチネも回り込んで戦おうとしているが、3人相手でもクマは余裕そうだ。
ケタケタという音がしてドールを見るとドールも無事だったようだ。
1のレーザー砲を、パラナを捕まえていない方の手をかざしただけで防いだようだ。
どうやら特殊なもので作られているようだ。
ドールにはワチワヌイと1とティムが連携して戦うようだ。
ワイは今のうちにパラナを助けるとしよう。
「勇者様。」
パラナの元へ向かおうとしたワイに、懐からタイニーが呼びかける。
「なんだ、もう戦闘は始まっていたのか。」
パラナの隣に敵の増援が現れた。
「…<豪雪>。邪魔しないで。」
つぎはぎ女が物凄く嫌そうな顔をした。
●
目まぐるしい展開だった。
突如開けた部屋に出たと思ったら、クマのぬいぐるみに襲われ、つぎはぎだらけの女が現れたと思ったら今度はドール人形も襲ってきた。
そして次はダンディーなおっさんが現れた。
「どれ、俺も戦いに参加しようではないか。」
そう言って攻撃しようとしてきたところを、つぎはぎ女が止めた。
「邪魔しないで<豪雪>。」
「邪魔とは失礼な。俺はただ、君を手伝ってやろうとしているだけなのに。」
「誰も手伝って何て頼んでない。」
「それではなにか?俺は勝手に出しゃばってきただけだとでも?」
…?なんか分からんが、勝手に言い争っているぞ。
つぎはぎ女の意識が、ダンディーおっさんに向いたからか、クマもドールも動きが止まった。
今の内だ。
ワイはみんなに合図してそっとこの場を後にした。
念のため、パラナが幻影の魔法をかけたが、時間が経つと消えてしまうらしい。
魔法を使えないワイには原理はよくわからん。
それにしても…
「強すぎたのだ。」
ある程度距離を置いてからダリアが言う。
そう。前回戦ったやつと違ってかなり強かった。
しかもあれは本体ではなく本体が操っているぬいぐるみやドールの強さ。
「本体はもっと強いってことかな?」
「おそらくはそうでしょう。操っているものより弱ければ、反乱を起こされかねませんから。」
チラコンチネの問にパラナが応える。
うげー。とチラコンチネがげんなりした顔をする。
「とりあえずこの洞窟から脱出しましょう。魔法の効果が弱まる何かをかけられています。」
タイニーが言う。
そうなの?魔法を使えないワイにはさっぱりだ。
「出来れば勇者の力を使って戦いたいな。」
そんなこと言われても、簡単に感情をコントロールなんてできない。
何とかボールの漫画みたいに、冷静に怒ればスーパーなんとか人になれるわけでもないし。
「でも、勇者様の力が自由に使えるかどうかで、私達の勝率はかなり変わると思います。」
ワチワヌイに言われるが無理なものは無理。
「まぁ、努力してみるよ。」
そうは言ったが、急に怒れとか無理だと思うな…
洞窟は3つの別れ道になっていた。
どれを選んだものか…
というか、行き先が何となく分かってしまうのが嫌だ。
それぞれに看板が立っていて、日本人形の絵、クマのぬいぐるみの絵、ドール人形の絵が描いてある。
「行き着く先にこれがいるってことだろうねぇ。」
チラコンチネが軽く舌打ちをする。
「クマは勘弁なのだ。あれを倒すのは難しい。」
珍しい。ダリアでも倒せないと諦めることがあるのか。
「ドールは、上手に対応すれば何とかなるかもしれません。」
パラナの言葉を聞いて、ドールの道を選ぶことにした。
この選択が吉と出るか凶と出るか…
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