第二十五章 神の動向勇者の動向

神界――


「これでブッドレアは私たちに手出しできなくなりました。」


ゼウスが満足気に言う。


「ゼウス様。勇者と本当に敵対するのですか?こう言ってはなんですが、我々からしたら勇者よりも魔王の方が厄介かと。」


魔王城に付き添っていた<謙虚>のカシスウーロンが訊ねる。


「その通りです。勇者には呪いを理由に魔王を討伐に行って貰います。魔王を討たなければ呪いをかけて殺す。魔王を討てば呪いをかけずに生かす。と持ち掛けるのです。」


「なるほど…俺の力は使いますか?」


にやりとカシスウーロンが笑って訊く。


「必要ないでしょう。人族なんて所詮は自分の命が一番大切です。呪いをかけると言って脅すだけで、勝手に魔王を討ってくれるでしょう。」


なるほど。とカシスウーロンは一言残してその場を後にする。


夜風が怪しくゼウスを撫でる。



ホワイトレディとジンバックとの戦いで、暫く動けなかったワイは、文字通り満身創痍だった。


「タロー。生きているか?」


自分もボロボロなのにも関わらず、相変わらずダリアはワイの心配をしてくれる。


「あぁ。生きてるよ。」


応えながら仲間を見渡す。


みんな死ぬほどの傷ではないにしろ、かなりのダメージを受けていた。


「あのジンバックとかいうやつの力。かなり厄介なんじゃないか?」


ワイが隣で横たわったまま目を閉じて傷の回復に専念するミシシッピに言う。


「そうですね。仮にあの力が絶対に攻撃を当てられる力なら、距離とか関係ないですからね。」


魔法ではないので、実際にどんな力なのかは不明だが、それでもミシシッピが一番分析してくれそうだった。


そのミシシッピをもってしても、ジンバックの力は分からなかった。


加えてワイ達にはもう1つ問題があった。


「勇者様。これからどうしますか?その…言いにくいのですが人族は皆死んでしまいました。」


タイニーが言い辛そうに聞いてくる。


そう。ジンバックの力も厄介ではあるが、あれはこちらを殺す殺意がなかったので、今のところは脅威ではない。


脅威なんだけど脅威じゃない。


むしろそれよりも、人族が全員死んでしまったことの方が問題だった。


火も電気もガスも水も使えない街たち…


「これからはサバイバルか…」


ぼそりと呟いたが、誰にも聞こえなかったようだ。


「そうだな…これからは自分達で全部用意する必要ができちゃったし、とりあえず街の物を貰って<神の村>を目指すか…」


そこまで言ってワイは口を閉じた。


<神の村>へ行って何をする?


「タロー。神と戦うならパパに会いに戻らないか?」


ダリアに言われてはっとした。


そう言われてみたらそうだ。


わざわざ敵地に乗り込む必要もない。


みんながダリアを見る。


「それ賛成。」


チラコンチネだ。


隣でトラガスも頷いている。


「よし!魔王城に戻るか!」


こうしてワイ達はひとまず魔王城に戻ることにした。


ブッドレアを仲間にして、<神の軍勢>を徹底的に叩くつもりだ。


まずは<みかん町>で食糧などを調達する。


休んで傷を癒して、それから<ラベンダー湿原>に向かう。



「あのクソ虫どもがぁー!絶対に殺してやる!」


神界に戻ったジンバックがまだ怒っている。


「勇者を殺すことは許しませんよ。」


ジンバックに優しく諭すのはゼウス。


「しかしゼウス様!」


くってかかるジンバックを止めたのはゼウスではなく、<不殺生>のマティーニだ。


「ウチのサイコ君が完成したんだよ。<食欲>は黙って言うこと聞いてな。」


「マティーニもお待ちなさい。ジンバックとマティーニはジンフィズ・モスコミュール・ホワイトレディ・カシスウーロンと共に勇者の元へ行ってください。勇者に呪いをかけると脅して魔王を討って貰いましょう。勇者が言うことを聞かないならば本当に呪いをかけたり<契約>の力で強制的に魔王を討たせましょう。これで私たち神の勝ちです。」


ゼウスが優しく微笑む。


ゼウスに言われた後にジンバックは、足を踏み鳴らしながら歩く。


先には、ゼウスに名ざしされたジンフィズ・モスコミュール・ホワイトレディ・カシスウーロンがいる。


「ゼウス様に怒られてきたか。」


<豪雪>のジンフィズが軽い口調で言う。


「それよりも手筈を確認するぞ。」


ジンフィズの軽口を軽くいなして<謙虚>のカシスウーロンが言う。


「相変わらず堅物ねぇ。今回私は勇者の前に顔出さないわよ。近くまであなた達を運ぶことが仕事。私を見た瞬間攻撃的になられても困るしね。」


<潔白>のホワイトレディは白くて長い髪を片手で後ろにやりながら言う。


「それなら<食欲>も同じなんじゃない?勇者に半殺しにされたんでしょ?」


イヒヒと笑いながら<不殺生>のマティーニが<食欲>のジンバックをからかう。


「うるさいよ。僕は戦闘向きの力じゃないんだからしょうがないでしょ。僕は君たちみんなを一度に空間転移で移動できるようにするのが仕事。僕もホワイトレディと一緒に今回は影で見てるだけにするよ。」


やれやれと左右に首を振る。


「とにかくオレの<呪い>の力を知らしめて脅せばいいのだろう?やつの前に出るのはオレとカシスウーロンだけでいいのではないか?なぜこんな大所帯で行く必要があるんだ?」


<怨恨>のモスコミュールが他の5人に聞くが、誰もその応えが分からなかった。


「確かに私とジンバックは必要だとしても、マティーニやジンフィズが行く意味は何かしら?」


ホワイトレディが首をかしげる。


「もしかしてゼウス様は、僕たちを勇者と戦わせようとしている?」


ポツリと言ったジンバックに全員の視線が集まる。


「ゼウス様が必要なのは勇者のみ。魔王の娘は契約で呪えないけれど殺してもいいし、何なら人質として使える。」


カシスウーロンが一気に言い終えると、ジンフィズが後を引き取った。


「するとつまり何か?俺達は逆らう異種族どもを根絶やしにする権限を与えられたと?」


「むしろさぁ、勇者にどんどん絶望を与えればウチらに逆らう気も失くなるんじゃないかな?」


イヒヒと笑ってマティーニが言うが、あながち間違いじゃないと他の5人が思う。


「勇者の仲間になった異種族をも全滅させ、魔王の娘を人質にして勇者に魔王を殺させる。確かに一番効率的かもしれんな。」


ふむ。とモスコミュールが頷きながら言う。


「ということは、私もジンバックも隠れる必要はないってことね。」


にやりとホワイトレディが笑うと、ジンバックが大声で笑った。


「あのクソ虫どもを殺せるんだね!勇者さえ生きていればいいんだね?これを分からせるためにわざとゼウス様はこのメンバーを集めたわけだ!今に見てろよクソ虫ども!」


「戦力をもっと集めなくていいのか?」


堅物のカシスウーロンらしい考えだ。


確実に勇者以外を殺すならば、もっと戦力を集めてもいいだろう。


しかしジンフィズがそれを否定する。


「必要あるまい。魔族との戦争で戦闘向きの力があまり残っていない今、俺がいることは正に神の加護があるからに他ならない。俺がいれば負けはまずない。」


ジンフィズの力も決して戦闘向きの力とは言えない。


しかしジンフィズには、その力を戦闘に活かせるセンスがあった。


<神の軍勢>の中でもトップの実力を持っていることは確かだった。


「…いえ。あいつらの実力は間違いないわ。念には念を入れましょ。」


ジンフィズの力を知っていても尚、勇者一行の方が上だと考えたのはホワイトレディ。


「あんたの実力を疑っているわけではないの。ただ、念のためよ。」


反論しようとするジンフィズを遮って、そう付け加えた。


「誰を連れていくつもりなんだい?」


ジンバックの質問にホワイトレディは即答した。


「ソルティドッグ・ジントニック・シャンディガフにレッドアイよ。」


「ちょっと待て。数いればいいってものでもないぞ。レッドアイやシャンディガフならともかく、ジントニックには戦闘能力は皆無だぞ。身体能力も低いし殺されるだけだ。」


ジンフィズが否定する。


「<傲慢>との連携を考えているのかもしれないけど、ウチも反対。戦闘中にそう簡単に連携なんて取れないと思う。」


マティーニにしては珍しく仲間を心配しているようだ。


「心配しないで。考えがあるの。」


ホワイトレディの考えを聞いた他の5人は、なるほど。と頷いて、これなら確実に勇者以外を殺せると思った。



町で数日間休むと、みんなの傷も癒えて動けるようになった。


トラガスとミシシッピは一度自分達の居住区へ還るようだ。


「さすがに長時間外に出過ぎましたから。すぐに代わりの者が来ますので。」


そう言ってからミシシッピは、ミサンガへと吸い込まれるように消えた。


もはや見返りなどは不要となった。


それもそうだろう。人族が全滅し、神と本格的に戦闘が始まるわけだから。


トラガスもベルトへ吸い込まれるように消えた。


間もなく代わりのエルフ族とドワーフ族がやって来た。


驚いたことに2人とも女性だった。


相変わらずのハーレムルートに、ワイはかなり満足だ。


「勇者さん。よろしくお願いいたします。」


パラナと名乗ったエルフのお姉さんは、もう完璧だった。


出るところは出て、引き締まっているべきところは引き締まっている。


それでいて、体の曲線を強調するようなピッタリとした服装でエルフ特有なのか、露出度もある。


「タロー。」


ダリアの声が冷ややかだ。


あまりジロジロ見るのは辞めた方が良さそうだ。


「ヘリックスダ。」


筋肉隆々でかなり強そうなドワーフが名乗った。


対照的な2人が仲間になったものだ。


「とりあえず平野を抜けて砂漠へ向かう。パラナが、エルフの森を安全に通してくれるみたいだから、山脈を超えて異種族の世界ルートで魔王城へ向かおうと思うけどどうだろ?」


<ラベンダー湿原>を抜けるよりも安全なルートなはずだ。


皆異論はないようなので、とりあえず進路を東にとる。


人族がいなくなった町は静かすぎた。


異様な程の静けさに、何か幽霊的なものを感じずにはいられない程だった。


生ものの食材は全て腐り、ゴミは廃棄されないため、かなり匂いもきつかった。


それでも保存が効く食べ物だけ持てる分持った。


「本当に人族はみんな死んでるんだな。」


ポツリと言った一言に、チラコンチネが応えた。


「後から来たくせにでかい顔したからじゃん?バチが当たったのよ。」


フンと鼻を鳴らす。


「私もそう思いますわ。魔族や私たちのような種族とも仲良くなっていたのならば変わっていたのでしょうけど。」


ワチワヌイも頷く。


「ダリアはよく分からないのだ。でもタローも人族だろ?それならダリアは人族も好きだったのだ。それに、カルドン達はいいやつらだったのだ。」


ダリアはカルドン達の死を、ワイ以上に悲しんでいる。


ワイと一緒にいたからカルドン達は死んだ。


それでも、ダリアも他のみんなも一緒にいてくれた。


ワイはきっと、かなり恵まれた方なんだろうな。


ふと、生前の頃を思い出す。


彼女ができたこともなく、いわゆる陰キャと呼ばれる性格で、幼い頃にはいじめにもあったことがある。


そんな人生を呪い、もっと恵まれた人生になりたかったと思ったこともあった。


でも、カルドン達はどうだったのだろう?


勇者が来たら、魔族を殺すように仕向けろと教わって育ち、生まれながらにして神の奴隷。


なのにみんな明るくいいやつらだった。


思い出すと感情がまた爆発しそうだ。


「お?勇者。何か思い出した?」


チラコンチネがニヤニヤしながら言ってくる。


そうだった。ワイが感情を高ぶらせると、仲間のステータスが上がるんだ。


気持ちを隠せない――


「俺はやっぱり。神のやつらを許せない。人族がしてきたことは許されることじゃない。でも…ダリアが言ったようにカルドン達は本当にいいやつらだったんだ。」


「だから我々ハ勇者ノ助けヲするわけダガ?」


ヘリックスに言われた。


「あんまり一人で先走んないでよ?アタイらがついてるんだから。」


ポンと、チラコンチネがワイの背中を叩く。


「勇者様。1人で背負わずに私たちをもっと頼ってくださいな。」


タイニーがにこりと微笑む。


「警告。それ以上近づいたら撃つ。」


なぜか1がタイニーに警告している。


「あら?機械さんには感情がないと思っていましたが?」


タイニーがふふふと笑みを浮かべているが、どこか怖い。


「チビわさー。いつも勇者の傍にいんじゃん?こういう時くらい離れたら?」


チラコンチネがタイニーの首根っこを捕まえて、ワイの懐からタイニーを取り出した。


「や!やめてください。私たち小人族は他の種族に触れられることを嫌います。」


「なぁーに言ってんの!うりうりうりうり。」


嫌がるタイニーに、まぁまぁある胸を押し付けてチラコンチネがからかう。


タイニーの顔どころか体がチラコンチネの胸に埋まる。


実にけしからん!


「あぁん?勇者もやって欲しいの?ほれ、おいで。」


ワイの視線に気づいたのか、両手を広げてくる。


え?いいの?


――チュン。


ワイの耳元を何かがかすめた。


「警告。勇者は機械族のもの。」


1がレーザー砲を撃ちやがった。


「はぁ?勇者はエロい女が好きなの!んで、猫人族はそういうの気にしない種族なの!分かる?勇者に一番適してるのは猫人族。だいたい機械とか繁殖行為できないじゃん。」


「回答。穴を増やして変形すれば勇者の欲望は満たせる。」


おい!いくらワイでも機械は硬すぎて無理だぞ。


「否定。硬さは自在に変更可能。」


え?まじ?って心読めるの?


「タローは顔に出すぎなのだ。」


ポカリとダリアに叩かれてしまった。


なんかまた、ヘンテコなパーティーになったものだ。


みんなの気分が盛り上がったところで、町を後にした。


誰もいない町を、山脈から来た風が吹いて海へと抜けていった。

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