第二十四章 神と魔王の同盟

――神界。


「カリモーチョに加えてオペレーター達も死んでしまいましたか…」


ゼウスが悲しそうに<怨恨>のモスコミュールに言う。


更にゼウスは静かに続ける。


「あなたはこれより勇者を呪ってください。私は魔王ブッドレアに会いに行ってきます。万が一にも私達に攻撃されては困りますからね。」


そう言われてモスコミュールは頭を下げた。


ソルティドッグの<儀式>の力を使って念のために効果を高める必要があると、モスコミュールは考えた。


「なるほどね。アタシはいいわよ。でも勇者が完全にアタシ達の敵になったことをゼウス様はどう感じてるのかしらね?」


話をきいたソルティドッグがモスコミュールに訊くが、モスコミュールは肩をすくめただけだった。


「アタシの力とあなたの力で人族は全滅したわ。最終的には人族を全滅させるつもりでいたらしいからこれはいいけど、取り敢えず魔族の全滅が先って話だったわよね?」


「オレには、ゼウス様のお考えが分からん。」


ソルティドッグの意見に、そう一言だけモスコミュールは返した。


実際、当初の予定では<呪い>の力で人族を飼い殺し状態にしておき、人族に勇者を説得させて魔王や魔族を滅ぼさせる計画だった。


魔王の強さは特別で、ゼウスをもってしても倒せない。


勇者は魔王を倒す存在なので、その勇者に魔王を倒してもらってからゆっくりと人族を滅ぼし、この地を神の地とする計画だった。


しかし蓋を開けてみれば、人族は全滅し勇者は魔族と仲良くなり、神に敵意を向けていた。


「そのために<謙虚>がゼウス様に同行したらしいわ。」


暗闇から突然声がした。


ビクッとして振り向くと、親指を噛みながら<不殺生>のマティーニが顔を出した。


「マティーニ。珍しいわね。」


ソルティドッグが驚いたように言う。


「あなたに用はないわ。<怨恨>あなたの力でウチのサイコ君に呪いを付与しろと命令よ。」


イヒヒと不気味な笑みを浮かべながら熊のぬいぐるみを持っている。


ブツブツと熊のぬいぐるみに話しかけている様子が非常に不気味だ。


「そのぬいぐるみに呪いを?」


怪訝そうにモスコミュールが言うと、突如マティーニが大声を出した。


「ぬいぐるみじゃないわ!サイコ君!勝手に変な呼び名を付けないで!」


唾をまき散らしながら両目を見開いて叫ぶ。


「わ…悪かったよ…そのサイコ君に呪いを付与すればいいんだな?どんな呪いだ?」


引き気味にモスコミュールが訊くと、イヒヒと不気味な笑みを漏らした。


――死ぬ呪いに決まってんじゃん。



ワイらを襲ってきた<神の軍勢>はひとまず倒した。


「これかも<神の軍勢>は俺たちに攻撃してくるのかな?」


素朴な疑問だった。


「くると思いますよ!勇者殿は今、神たちと完全に敵対しましたからね。」


ミシシッピが自信満々に応える。


「アタイらの実力を知らしめる時が来たね!」


パンッと片手のひらにもう片手の拳を叩きつけてチラコンチネが言う。


「タローのことはダリアが守るから安心するのだ!」


ダリアが引っ付いてくる。


まな板の胸が悲しい。


「それよりも驚きなのは勇者様のスキルです。」


ワイがダリアの無い胸とはいえ、それでも女の子にくっつかれてオロオロしているとワチワヌイが言った。


スキル?


「勇者様のスキルは、感情が高ぶった時に仲間のステータスを上昇させる力のようですね。」


にこりと微笑まれた。


「それってすごいの?」


ワイの質問に答えたのは、魔法に長けているミシシッピだった。


「凄いなんてものではありませんよ!本来あり得ませんからね。魔法を使わずに仲間のステータスを上げるなんて。チートもいいところですよ。」


マジか!やっとワイにもチート能力が手に入った!


この力があれば神とかも怖くないんじゃね?


「でもさぁ、それって自分には効果ないんでしょ?結局勇者1人じゃ弱っちいってことじゃん?」


元も子もないことをチラコンチネが言ってくる。


このメスネコめ~。


「だーかーらー!タローはダリアが守るから強くなる必要はないのだ。」


ぽーと頬を膨らませてダリアがワイのことを庇ってくれる。


男しては情けないが、頼りになるなぁ。


「アタイも助けてあげようか?ほれほれ。」


後ろから胸を頭の上に乗せてくる。


その姿を見てダリアが、あ!と声を出してチラコンチネをワイから突き放した。


そのままチラコンチネの胸を揉みながら、泥棒猫ー!とか言っている。


「相変わらず元気ですね。」


胸元でタイニーが微笑みながら2人を見た。


「元気ではナク、緊張感ガないだけダ。」


トラガスがもっともなことを言う。


確かにそうなんだよな。


これから神と名乗る奴らと戦うことになるのに…


そういえば気になることがある。


「カルドン達人族は、<呪い>の力で死んだと言っていたけど、何で俺は死んでないんだろ?」


ワイは人族という種族ではないのか?それにダリアもだ。魔族とハーフだからか?


「さぁ。何でだろうね?勇者だからじゃないの?」


チラコンチネがダリアに相変わらず胸を揉まれながら、適当に返事をしてくる。


ミシシッピも分からないと肩をすくめるだけだ。


「それが聞きたいのはこっちよ。」


知らない声がする。


少女が立っていた。いや、人族は死んだはず。


敵…か?


「だなぁ。スクリュードライバー達を回収しに来ただけなのに、やられちゃってるし。その上戦闘準備満々みたいで。僕戦いは得意じゃないのに。」


もう1つの声がしたと思ったら、少年が現れた。


「少年と…少女?…」


ワチワヌイが呟く。


いやでも待てよ。さっきスクリュードライバーって言わなかったか?それってワイらが倒した<神の軍勢>の1人じゃなかったか?


「見た目は人族だけど、れっきとした<神の軍勢>の幹部よ。勇者には人族っていう限定は効かないのかしら?これはモスコミュールに報告が必要ね。」


少女がつかつかと歩み寄ってくる。


「ねぇねぇホワイトレディ。スクリュードライバー達が死んでるなら僕が一緒に来た意味あるの?」


少年が少女をホワイトレディと呼んだ。


「私に言われても困るわよジンバック。それよりも勇者が生きてることは驚きだわ。」


ホワイトレディが少年をジンバックと呼んだ。


「んー。とりあえず僕たち今は君たちと戦うつもりはないんだ。」


ジンバックがワイらに言う。


「なラ何故ここにいル?」


トラガスが言うと今まで明らかに敵意がなく、にこにこしていたジンバックの表情が変わった。


「僕らに話しかけるなよ!下等生物が!」


両目を見開き、今までとは思えない話し方だ。


「やめなさいよ。ごめんなさいね。ジンバックは、神の一族を最上だと思ってて、魔族と勇者が唯一対等かちょっと下くらいに考えているの。」


ホワイトレディが頭を下げた。


今まで会ってきた<神の軍勢>にしては、低姿勢だ。


「えぇと、何でここにいるの?」


勇者のワイなら平気だろうと思って質問してみた。


「さっきの話聞いてなかったの?」


お、話し方が戻った。


どことなくバカにされているような気がするのは気のせいか?


「スクリュードライバー達を回収しに来たんだよ。ホワイトレディの力は<空間転移>だから。簡単に言えば自由に場所を行き来できる力だよ。」


ワイが空間転移と聞いてピンと来なかったのを見て、付け足してくれた。


「タローが生きていたら問題なのか?」


ダリアが胡散臭いという風に訊く。


「これはこれはくそブッドレアのお嬢様。勇者は僕たちの認識では人族だからねぇ。人族はみんな死んだはずなのに生きてたからちょっとビックリしただけだよ。」


ジンバックが両手をおどけたように広げて大袈裟にお辞儀をする。


ってことはワイが生きてることは、<神の軍勢>にとっては予定外ってこと?


「ま、多少は驚きはしたし勇者が生きてたことは想定外だけど、私らにとって一番の想定外はスクリュードライバー達が死んだことよ。」


ホワイトレディが頭の後ろをポリポリ掻きながら言う。


つまり結局は何?戦うの?ワイが死んでいないのが想定外だから殺すの?


「とりあえず僕たちは帰ろうと思うんだけどいいかな?」


ジンバックが両手を合わせた後に広げる。


そしてホワイトレディに、いいよ。と言った。


「次に会う時は敵同士。仲間を殺された恨みとかそういうのはないけど、戦う時はよろしくね。」


ホワイトレディが片手を振って、さよなら。と言った。


チュン――


何かがワイの耳をかすめた後に音がした。


「こいつラを逃がスことは危険ダ。」


トラガスがレーザー砲を撃ったのだと後になって知った。


危険って?


「勇者ってバカなの?好きなところに移動できる力よ?アタイらの寝込みを襲うこともできるってことよ?」


チラコンチネがやや怒り気味で言う。


確かに言われてみればそうだ!


「あれ?ヤル気ぃ?」


にやりと笑ってジンバックが言う。


ジンバック・ホワイトレディとの戦いが始まった。



魔王城――


ゼウスはブッドレアに会いに行った。


「何の用だ?」


ブッドレアがゼウスに問う。


ゼウスは微笑している。


「今日は取引に来ました。」


「取引だと?ワシがお主との取引に応じると思うのか?」


大斧を手にブッドレアが威嚇する。


「まぁそう言わずに聞いてくださいな。カリモーチョのことは謝ります。それを踏まえた上で取引に来ました。私達<神の軍勢>はこれより勇者サイドと本格的に対立することになりました。」


「そんなことは分かっておる。」


「私達は<呪いの力>を使えます。」


斧で切りつけようとしたブッドレアの手が止まった。


「そこで俺の出番ってわけだ。」


<謙虚>のカシスウーロンがゼウスの後ろからブッドレアに声をかける。


「俺たち<神の軍勢>は魔王の娘に呪いをかけないことを約束する。その代わりに魔王は俺たち<神の軍勢>と勇者との戦いに参戦しないことを約束してほしい。」


「ワシを殺したいのではないのか?」


ブッドレアが言う通り、神たちは魔王ブッドレアを倒すことこそが最上の目的だったはず。


ふふと笑いながらゼウスが答える。


「本当ならそうしたかったのですが、残念ながら勇者が私達の敵となってしまった以上それは叶わないでしょう。それよりも私達は勇者との戦闘に目を向けなければいけなくなりました。」


「そこにワシが優勝の味方になられたら勝ち目がないわけか。」


「もちろんあなたには私達のこの取引を応じる必要はないのですが」


「<呪いの力>か。」


ゼウスの言葉を遮ってブッドレアが言う。


言い終わって鼻をフンと鳴らした。


「娘の命を助ける根拠は?」


「俺の力は<契約>。俺の力で娘を呪わないことを約束するから、そちらには勇者の味方にならないことを約束してほしい。」


カシスウーロンが頭を下げる。


言い方とは裏腹に非常に謙虚な態度だ。


その姿を見たブッドレアは息を吐いてから、よかろうと言った。


ここに、勇者の知らないところで魔族と神の同盟が成立した。



ダリアとチラコンチネがジンバックに向かってパンチを叩き込もうとする。


「僕の力は戦い向きじゃないんだってば。」


軽々と避けながらジンバックが言う。


「悪いけど、勇者と魔王の娘以外は倒させて貰うわよ?」


<空間転移>の力で、突如ダリアとチラコンチネの前に現れたホワイトレディが言う。


「「!!」」


驚きながらも2人は、ホワイトレディの短剣での攻撃を辛うじてよける。


しかし――


ダリアとチラコンチネはダメージを受けて切られていた。


いや、それどころかワイもミシシッピもワチワヌイもトラガスも1もティムもタイニーもダメージを受けていた。


全員が均一のダメージを受けていた。


「なるほどね…避けても無駄なわけだ。」


ミシシッピが納得したように言う。


解析しながら回復魔法で全員の傷を癒すのはさすがだ。


「あのジンバックとかいう少年。攻撃を確実に当てることができる補佐的な力を持っているんだろうね。」


同時に全員の肉体を硬質化する魔法もかけた。


「避けることガできないなラ、その前ニ倒すしかナイ。」


トラガスが、レーザー砲を構える。


「攻撃態勢:起動。」


1も攻撃態勢を取る。


この2人の攻撃を避けられるわけがないだろう。


「私の前ではどんな攻撃も無意味よ。」


ホワイトレディが片手を前に出して言う。


「それに僕の力が分かってないんだろ?」


にやにやしてジンバックが言う。


あのにやにや顔がイラつくなー。


「勇者殿、前みたいに感情を高ぶらせることはできませんか?」


ミシシッピが無理な注文を言ってくるが、無理だ。


1とトラガスのレーザー砲は、やはりホワイトレディの力の前ではあまり効果がないようだ。


「前みたいに陽動が必要ですね。」


ワチワヌイがワイに言ってくる。


よし、それならば。


「ティム!」


ワイはティムを呼んでその上に乗る。


「ドラゴンが上に人を乗せるのか!」


ジンバックが驚いた声を出す。


そのままホワイトレディに突っ込む。


狙いは当然転移の力を使わせること。


ワイの考えでは、転移した瞬間に連続で転移はできないと見た!


更にジンバックの方にブレス攻撃をして、攻撃を当てる力?みたいのを使えないようにしておくことも忘れない。


ブレスで煙幕をあげておく。


「うわっぷ。なんだよこれ!勇者が本当にドラゴンを操ってるのかよ。」


煙幕のおかげでどうやら力を使えないようだ。


「一時退避しときましょ。」


狙い通りホワイトレディが、転移の力を使った。


ちょっと違ったのは、ホワイトレディが移動するかと思ったらジンバックを移動させた。


それほど重要な力なんだろうか?


「まぁでもそれなら<空間転移>の力を潰させてもらおうか!」


ティムがホワイトレディに噛みつこうとした瞬間――


ボグッ。


何かに殴られたような感覚。


その一瞬のスキをついてホワイトレディに逃げられた。


「どうやら攻撃を必ず当てる力とは違うようだね。」


そう言うミシシッピを見ると、ミシシッピも何かに殴られたような感じだ。


やはり全員が攻撃を受けていた。


「あいつの力が分からないと危険なのだ。」


ダリアが焦るように、いつ致命傷の攻撃をされるか分からないのは脅威だ。


「どんな力か分からないならば、本人に聞けばいいだけです!」


タイニーがジンバックをロックオンする。


よし、ワイ達は援護だ。


「アタイとダリアは転移の女を狙うよ!」


チラコンチネが走り出す。


1がマシンガンでジンバックを撃つ。


「援護スル。」


トラガスはチラコンチネとダリアを援護するようだ。


そうしている内にもミシシッピの魔法がかかり、ダリアとチラコンチネの体が軽くなる。


ワイは再びブレスの煙幕でジンバックの視界を奪う。


「そう何度も同じ手が通じると思ってるの?」


煙幕の中でもパンチの攻撃はできるようだ。


「相手の動きを封じた方が早そうですね。」


ミシシッピが、動きを遅くなる魔法をジンバックにかける。


「くそ!なんだよこいつら!」


ワイらの連携に嫌がるジンバックを助けるためにホワイトレディが<空間転移>で煙幕の中に入ってくる。


「なかなか厄介なようね。」


そう一言言って<空間転移>で逃げる。


去り際にジンバックがナイフで全員に再び攻撃をしてきた。


「次会った時には完全に殺してやるから!クソ虫どもが!」


捨て台詞と共にジンバックとホワイトレディは去っていった。


ワイらもすぐには動けない。


最後のジンバックの攻撃はかなり強かった。


今までの攻撃は、たぶんワイとダリアがいるから手加減していたのだろう。


最後だけ逃げるために死なない程度の重傷を与えてきたんだろう。


ワイも含めてみんな暫くは動けなかった。

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