第二十章 猫の里で
魔王城で大きな衝撃があった。
「いきなりとはご挨拶だね。」
カリモーチョが背中に羽を生やして空を飛びながら言う。
「それがお主の力か。<変身>だな?」
大斧を掲げながらブッドレアが睨む。
さらにブッドレアが続ける。
「<土砂>か…<災害>チームの生き残りが。残りの命を大切にしておればいいものを。」
大斧を振り下ろす。
その衝撃だけで地面がぱっくりと割れそうだった。
「確かにボクは<災害>チームの生き残りだし、戦闘向きの力じゃない。というか戦闘向きの力はほとんどあんた達との戦争で殺されたけどね。」
カリモーチョが腕を針に変身させてブッドレアに突き刺そうと素早く動く。
「でもね。ボクの力を見くびらないで欲しいな。」
いつものひょうひょうとしたトーンから真面目な声色に変わって、渾身の力でブッドレアを突き刺す。
――ガキンッ!
「!?」
カリモーチョの針が折れた。
「確かに使い方によっては、戦いに使える力なのかもしれん。だがワシにはほとんどの物理攻撃が効かぬ。ほとんどの魔法も効かぬ。残念だったの。災害チームの中では最強と言われた<隕石>との戦いがワシは楽しかったがのぅ。」
大斧でカリモーチョを一刀した。
人間からしたら圧倒的な力を誇る<神の軍勢>だが、魔族の王の前では無力に等しかった。
●
――りんご市。
<神の軍勢>の幹部、<性欲>のスクリュードライバーは、ギルド長を待っていた。
コンコン。
短いノックの後にギルド長が入ってきた。
取り繕った笑顔を顔に貼り付けている。
「お待たせしました。急な来訪で、何か不都合でもございましたか?」
「知れたことよ。俺様が来たのは不都合があったからだ。でなければわざわざ出向かん。こんな辺鄙な場所まで。」
大陸の北方にあるりんご市は確かに辺鄙かもしれない。
とはいえ、田舎かと言われたらそうでもない。
<神の村>から遠いというだけで辺鄙扱いされてしまったことに、ギルド長はちょっとムッとした。
しかしここは大人の交渉術。
下手に出て、ご機嫌を取らねばならない。
「左様でございましたか。わざわざお越しいただきありがとうございます。おっしゃって下されば、我々の誰かをそちらに向かわせますので、以後はそのようにしていただければ、お手を煩わせることもないかと思います。」
ギルド長が社交辞令を述べる。
神が来た方が早いから、向こうから出向いていることも知っているし、以後なんてあって欲しくない。
「安心せよ。俺様が今日来たことは、お前たちにとっては悲報ではあるが、最悪の絶望というわけではない。俺様の主であるゼウス様は、お前たち人族をお許しになるそうだ。」
ここでスクリュードライバーは一言間をおいた。
ギルド長の表情が変わるのを観察しているかのように、じっと顔を見つめる。
『…許す…我々人族の企みがバレたとでもいうのか?いやカマかけの可能性もある…』
ギルド長は黙ってスクリュードライバーの次の言葉を待った。
「我ら<神の軍勢>の中には、<呪い>の力を使える者がいる。今、そいつの力が開放されようとしている。呪いには、誰にどんな呪いをかけるのかを正確に伝える必要があるらしいのだ。で、俺様が聞いた情報をお前ら人族に伝えるように言われたのだ。呪いの種類は死の呪い。対象者は人族全員。発動条件は、神に逆らった場合。だそうだ。」
ニヤリと笑ってスクリュードライバーは再びギルド長の顔を見る。
自信満々、無表情を貫こうとしていた人族が、恐怖の顔をするのを楽しむかのように。
「わ…私共は…」
精一杯振り絞ってギルド長が言葉を出す。
「今までもこれからも、神に逆らうつもりなどございません。」
顔中汗だらけだ。
「その言葉、信じるぞ。それでは俺様は他の街にもこのことを伝えねばならないから失礼するよ。何しろ誰か1人でも反抗的な意志を見せれば、その瞬間人族は呪いによって根絶やしにされてしまうからな。それは我々神も望んでおらん。」
ニヤリと笑ってからスクリュードライバーは、その場を後にした。
●
一方のオネェ受付は、<神の使者>と名乗る者と会っていた。
その内容は、神殺しについての詳細。
勇者を手懐けて、<神の村>へ誘導し、最高神ゼウスを殺してもらう。
<神殺し>の汚名や何等かの被害や呪いなどは全て勇者に被って貰う手筈になっていた。
「勇者は今、みかん町にいると情報があったわ。」
「順調に<神の村>へ向かっているようだな。確か<神の村>へ勇者自ら向かうんだったな?」
使者が訊いてオネェ受付が頷く。
「ただ1点注意して欲しいの。今どういうわけか<神の軍勢>がこの街にやって来たの。私たちの企みがバレたとは考えにくいけど、バレているんだとしたらまずいわ。」
「何?…神殺しがバレたとするとまずいんじゃないのか?」
そんなことを話していると、ギルド長が部屋に入ってきた。
「その通りだ。」
スクリュードライバーとの会話をギルド長は2人に聞かせた。
「呪い…私たち人族を飼い殺しにするつもりなのね。」
オネェ受付が悔しがる。
「だが1ついいことが分かった。」
ギルド長が2人に言う。
「幸か不幸か、今君たち2人は神殺しについての詳細を話していた。それなのに呪いが発動していないということは、まだ呪いは完成していないか、呪い自体が嘘だということだ。」
「もしくは呪いがまだ小さいか。」
と使者がもう1つの可能性をつけ足した。
更に使者が続ける。
「まず、嘘ということはないだろう。わざわざ忠告をしてくるのに、バレる嘘をつく必要がない。呪いは本当にあるがまだ発動していないと取るのが妥当だな。」
「となると我らがやることは1つだな。」
ギルド長がテーブルを軽く叩きながら立ち上がる。
使者がそれに続いて立ち上がり、あぁ。と頷いた。
「呪いが発動するよりも前に神殺しをしてもらうのね?」
オネェ受付も立ち上がった。
3人は黙って頷いてその場を離れた。
急いで勇者に神殺しをしてもらうこと、神殺しを知っている者に時間の猶予がなくなったことを伝えるために、迅速に行動を開始した。
全てがゼウスの手のひらの上で転がされていることに気が付く者は、誰1人としていなかった。
●
――猫の里。
<小人の帝国>の南方に位置する草木で作られた家々が特徴的な里だった。
住んでいる種族は、猫人族。
人間に猫耳と尻尾を加えたような、オタク向けの里だ。
しかも女性が多い!
ワイのテンションも当然上がる!
「うおぉー!ネコミミ!」
「タローは変な奴なのだ。」
呆れたようにダリアに言われるが、仕方ないじゃないか。
ネコミミは男の憧れだろうよ!
「勇者様。私共小人族の方が優秀ですよ?」
タイニーも何故か怒ってるけど、ワイのテンションはそんなものでは下げられない。
「ようこそ勇者ーダリアー。」
気さくな感じで猫人族に迎え入れられた。
女性は胸元と腰回りを布で隠しているだけの服装、男性は腰回りのみを隠していた。
何とも開放的な種族なことか。
チラコンチネと名乗った褐色肌の女性が里を案内してくれた。
「この里は、草木で覆われているけど、アタイらは身体能力に自信があるからさ、色んな仕掛けを作って暮らしてんだ。例えばそこ。」
ワイの目の前の地面を指さされた。
ドシン!
落とし穴がった。
「家の中も壁かと思ったら隠し扉だったとかがたくさん。」
忍者屋敷みたいな感じか?
ケツをさすりながら穴から這い上がる。
「落とし穴があるなら先に言って欲しいな。」
「大丈夫か?タロー。」
ワイは平気だけどタイニーは?
懐を見ると、笑顔で微笑まれた。
「心配してくださってありがとうございます。」
「タロー!また他の女とイチャつくのか!許さないのだ!」
ダリアがいちなり怒って来る。
「何?勇者ってそんな感じなの?ならアタイも混ぜて貰おうかな♪」
なかなかボリュームのある胸をワイの腕に押しつけてくる。
実にいい感触だ。
「あ!タロー!また喜んでるな!」
ダリアに叩かれた。
そりゃ喜ぶでしょ。
まぁ口には出さないけどね。
「よ、喜んでないって。」
これ以上叩かれたくないし、ここは紳士キャラでいこう。
「勇者様。顔がにやけていましたよ?」
こらタイニー!そういうことは言わなくていいの!
「むぅー。」
あれ?怒られるかと思ったらふくれっ面になった。
え?涙?え?
「あぁー勇者泣かしたー。」
チラコンチネがそれを言うか?
「悪かったよダリア。」
とはいえ女の子を泣かせたとなっては、ワイの立場が危うくなる。
「タローはダリアのことが嫌いなのか?」
「嫌いなわけないだろ?」
「なら好きか?」
えぇー?ここで聞く?
みんないるじゃん。
好きだけど恥ずかしいし言いにくいなぁ。
涙目で上目遣いをしてくる。
どこでそんな技覚えたんだ!
「す…好きだよ…」
急にダリアが笑顔になった。
「良かったのだ。これからはずっと手を繋いでいたいのだ。」
そう言って手を差し出してくる。
あぁ手ね。
まぁ最近は手を繋ぐこともドキドキしなくなったしな。
ダリアの手を握ると、チラコンチネとタイニーに何故か笑われた。
「勇者はダリアには絶対勝てないねー。」
「そりゃあ、俺の戦闘力なんて0だからね。」
「そういうことじゃありませんよ?分からないのも無理はありませんが。」
はぁと何故かため息をつかれた。
何でこんなにワイが呆られてるの?
ふてくされて、ダリアと繋いでいない方の手をポケットに入れた。
!
「あー!」
思わず叫んでしまった。
ドワーフから貰ったミニロボット――タロウサン――が壊れていたのだ。
さっき落とし穴に落ちた時だろうか?
「あぁ、多分機械たちが直してくれるんじゃない?早く直したいならとりあえず族長に挨拶して、<廃屋の街>に向かうといいよ。喜んで直してくれるんじゃないかな?とゆーか、ずんぐりむっくりが作ったやつなんかアタイなら信用できないけどね。」
簡単に言われたけど、男のロマンが壊れたんだよ?ワイの心の傷は?
なんかこの里、男の肩身が狭い気がする。
こうしてワイ達は、族長がいる屋敷に案内された。
●
族長がいる屋敷に案内され、猫人族との契約もすんなりと通った。
首飾りに呼びかければ助けてくれるらしい。
見返りは面白そうなものというざっくりしたやつ。
猫人族って、ほんと猫みたいなんだな。
「勇者様。これからどうされますか?」
胸元でタイニーが訊いてくる。
とりあえず当初の目的ではこの後<遠吠え岬>へ向かって犬人族を仲間にすること。
「みかん町を出てから結構時間かかっちゃったしなー。でも途中で放棄することはできないしとりあえず犬人族に会いに行くよ。」
というのも、先ほど族長と会った時に聞いた話によると、<神の軍勢>の動きが活発になってきているらしい。
動物の勘とでもいうのか、何やら嫌な空気が世界を覆っていると言うのだ。
「嫌な空気ってのが何なのかは分からないけど、とりあえず今はできることを少しずつやるしかないかな。」
そう言うと、そうですか。とだけタイニーは言った。
どことなく表情が暗い気がする。
そういえば今朝はダリアもなんか暗い。
「なんかあったのか?」
ダリアに聞く。
「タロー。例えばなんだが、魔族と人族のどちらか片方を滅ぼさないといけないとしたら、タローはどっちを滅ぼすのだ?」
「そんなの選べないよ。人族にはカルドンとかグラジオラスもいるんだし。でも魔族にはダリアがいるからな。」
答えにはならない答えを言う。
実際そういうことが起こらないとも限らないけど、交渉次第で何とかなりそうな気もするしね。
「じゃあ、タローの命を使えばその両方が助かるなら?」
「えー?俺も死にたくなしなぁー。かっこいい物語の主人公とかなら、俺が死んで世界を救う!みたいなこともあるんだろうけど、俺にはそんな度胸もないし、やっぱり選べないなー。」
とゆーか、死ぬのは嫌だしワイが死なない選択をする。
ダリアはそうか。とちょっと暗い表情をした。
?ワイが死ぬ選択をすると思ってたのか?
「勇者様。ここは死んでもお前のことは俺が守ると言うべきところですよ。」
とタイニーに言われたが、そんなこと言ったこともないし思ったこともない。
「お待たせー。」
後ろから声がした。
チラコンチネだ。
タイニー同様に、一緒に旅に付いてきてくれるらしい。
「ん?どったの?」
ダリアが暗いのを見てチラコンチネが訊く。
ワイが止める間もなく、タイニーが説明してしまい、こっぴどく怒られた。
「勇者ってほんと女心が分かってない!女は男に甘えたいし頼りたいの!」
「え?でも普段は俺がダリアを頼ってるんだけど。」
「普段はどうでもいいの!いざという時の話よ!じゃないと安心できないでしょ?」
すげー怒られた。
家でオトンがオカンに怒られている時みたいだ。
でも確かにいざワイを叱るって時には、オトンが召喚されることもあったし、夫婦とか男女ってきっとそういうもんなんだろうな。
「悪かったなダリア。」
素直に謝る。
ダリアのふくれっ面は直らない。
ぐ。くっそー。
「もしも俺が死ぬことでダリアが助かるなら、俺が命をかけてでもダリアを助けるよ!」
何でこんな照れくさいこと言わなきゃいけないのさー。
ダリアがにっこりした。
「それでこそタローなのだ!」
タイニーは、素晴らしいですわ。
と言い、チラコンチネはよし!とか言ってる。
そしてなんとダリアはワイの頬にキスをしたのだ。
「ダリアは本当にタローのことが大好きなのだ!タローが死なないおまじないなのだ。」
タイニーとチラコンチネは、猛烈に頷いていた。
たまにダリアのこの真っ直ぐなところが、凄く羨ましくも眩しくも感じる。
ワイの心の中には、自分の命を投げ出してまでダリアを助けようとする気持ちがない。
そんな後ろめたさが、胸にチクリと刺さる。
ワイは、魔族と人族のどちらかを選べるのだろうか?
自分の命と世界全ての命を天秤にかけられるのだろうか?
そんな重要な選択なんてしたくない。
しないでなんとか済むはずだ…
風が里の草木の匂いを運んできて、ワイの不安を一緒に連れ去ってくれた気がした。
今はまだ大丈夫。
今はまだ――
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