第十七章 ようこそ異種族の世界へ

<ラベンダー山脈>は険しい山々が連なっている。


強いであろうモンスターは、明らかにパワーアップしているダリアとティムで苦戦せず倒せている。


「なーなータロー。やっぱり襲ってくるモンスターは悪なのか?もしモンスターが悪なら魔族は悪になるのか?」


<ラベンダージャガー>を倒しながらダリアが訊いてくる。


「んー。難しいよな。モンスター達にとっては、縄張りを荒らされたり、食糧捕獲のために俺たちを襲うわけだろ?それに対して俺達もやらなければやられてしまう。だから戦闘をする。ここに善悪はないと俺は思う。」


ふむー。とダリアは首を傾げる。


ただ、やっぱり人族の一方的なやり方はワイは認められない。


食糧のためでもなければ、縄張り争いでもない。単純に危険だからというだけで駆除する。


それも本当に危険かも分からないのに。


そしてそんな自分達の行動を正当化しているのはちょっと違う気がする。


もちろん魔族が街を襲っているのであれば、ある程度の駆除は仕方ないのかもしれないけど、山を破壊したり子供まで殺すのはやりすぎだろう。


「ま。俺の個人的な考え方だけどね。やっぱり一方的に駆除ってのは嫌だな。害があっても共存する道があるかもしれないし。神の軍勢とやらも魔族を滅ぼしたいみたいだけど、共存の道くらいあるだろう。」


ティムの炎でジャガーの肉を焼いて頬張る。


「タローは魔族を滅ぼしたいのか?」


キョトンと聞かれる。


「まさか。ダリアの一族だろ?滅ぼしたいって思うわけないだろ。」


うへへー。とダリアが笑った。


闇が深くなってきた。


ワイが見張るからと、ダリアとティムを寝かせる。


ティムはかなりでかくなっている。しかも野生が残っているから、ちょっとでも敵が現れるとすぐに目を覚ましてくれる。


ふと思う。ティムの背中に乗れるのでは?と。


もう大人3人は乗れるほど大きくなっているし。


それにモンスターもティムを見かけると襲って来なくなる。


翌朝、ダリアにティムの背中に乗る作戦を話してみた。


「あのなタロー。ティムは確かにタローに懐いているけど、さすがにドラゴンは人を乗せないと思うのだ。」


と言われてしまった。


「そうなのか?ティム。」


ドラゴンに話しかけても無駄だと思うだろ?


驚くかもしれないけど、ティムはある程度言葉を理解してるんだ。


ぐるると言いながら頷いた。


ワイのことを乗せる気はないようだ。残念。


山脈を超える道は順調だった。


食糧もジャガーやら野菜やら木の実やらを食べれるので、問題もない。


ティムはたまに鳥まで捕まえてくる。


非常に役立つ。


ティムがかけてくれたロープを手繰りながら険しい山を登る日々が続く。


時折ティムに乗ろうと練習するが、何度も落とされた。


どうやらドラゴンは背中に何かが乗ることを嫌うようだ。


でもやっぱり一度はドラゴンに乗ってみたいものだ。


上からダリアが手を出して上がるのを手伝ってくれる。


「ありがとう。」


開けた土地で少し休憩にすることにした。


みかん町を出てから何週間経っただろうか?


「ダリアは、この旅が終わったら何がしたい?」


ふと思った疑問を投げかけてみた。


「結婚!」


即答だ。


ダリアはずっとブレないな。


「そうだな。それもいいかもな。」


なんて口に出してしまった。


ダリアがぼーっとこっちを見た後、頬にキスしてきた。


「タロー!初めてダリアと結婚するって言ってくれたのだ。」


「いやいやいや。結婚するとは言ってないよ?いいかもなって言っただけだからな?」


それにダリアこそ、キスするなんて初めてのことじゃないか。


ワイらのやり取りをティムが、微笑ましく見ていた。



みかん町ではカルドン達が情報を集めていた。


「どうだ?」


カルドンがグラジオラス・ローゼル・ヒゴタイに問う。


3人とも首を横に振る。


「まぁこの町は小さいからな。情報がなくても仕方ないが、それにしても魔族についての記述があまりにも少ないな。」


カルドンが口元に手を当てて考える仕草をする。


「僕たちは許されないことをしてるんだよね…」


ヒゴタイが俯きながら言う。


それに応えたのはローゼルだった。頷きながらローゼルが言う。


「そう。自分たちの幸せのためだけを考えている。他人なんてどうでもいいって考え、それが人族で人族らしいからなんだってさ。ウチらは勇者を傷つけて苦しめることを知ってて行動を共にしてたんだから…」


「チーゼルも言っていただろ?人族が長年求めていた勇者が今やっと現れたんだ。我々人族は勇者を利用して神になる。」


カルドンが慰めるように言う。


「ただ、勇者があれ程いい奴だったとは予想外だったな…」


と付け加えた。


「私は、勇者様を裏切ることはやはりできません…」


グラジオラスが言うと、カルドンが頷いた。


「俺も気持ちは同じだ。だが俺は自分の幸せを優先したい。すまないなグラジオラス。俺と君の幸せが俺には何よりも大事なんだ。」


カルドンの言葉を聞いてヒゴタイもローゼルも頷いた。


「僕も太郎ちゃんもダリアちゃんも好きだけど、やっぱり自分の命が一番大切。」


「ウチも。勇者には悪いけど死にたくない。最後にいい思い出ももらったし、ウチらの神殺しを勇者にしてもらいたい。」


ローゼルの言葉にカルドンは、それが普通だ。と言った。


「カルドンさん。」


4人のところにギルド長がやって来た。


「やっぱり魔族の情報は全然なかったよ。人を襲うということも書かれてなければ、危険とも安全とも書かれてない。分かっているのは、魔族がこの世界で一番最初の生物ってことだけだ。」


「やっぱりウチらが親から代々聞いてきた話しと一緒だね。この世界の成り立ちについての話しと。」


ローゼルが、ギルド長の話を聞いてカルドンに言う。


「あぁ。そしていつか勇者がこの世に現れた時、魔族を滅ぼして人族が安心して暮らせる世がやって来るって話だったな。」


カルドンが頷く。


「で、神についてなんだが、見たという人もいなければ、神なんて創造上のものだとする人がほとんどだな。特別な宗教などでは、神の存在を認められているが、見たとか話したなんて人は1人もいねぇ。一応、<神の村>には神がいるという噂はみんな聞いているみたいだが…」


ギルド長が一番の報告をするが、やはり神の軍勢とやらの存在については分からなかったようだ。


「でも変だよね?それなのに、僕たち人族は勇者が現れた時に歓喜したんだよ?これで神を恐れる心配がなくなったって。」


ヒゴタイが声をひそめて言う。


「勇者という存在が何なのか。知らなければいけないかもしれませんね。」


ヒゴタイの言葉を受けてギルド長が言う。


「私が聞いたのは、勇者という存在は魔族を滅ぼすのが責務だということだけでした。でもマスターから聞いた人族の願いを聞いて、少しその見方が変わりました。」


とグラジオラス。


人族の願いこそが神殺しなんだと付け加えた。


ところが、先ほどのギルド長の話によれば、その神殺しすべき神という存在がいないのでは?となっているのが現状だった。


「俺たちの仲間が<神の軍勢>と名乗る者に殺されたわけだが、それすらも魔族の策略という線もあるのか?」


カルドンが疑問を抱くのも無理ない。


「そもそもなんで人族は神殺しをしたいんだ?神が創造上のものなら、神殺しも創造上で行って人族を神と勝手にすればいいんじゃないのか?」


カルドンの言葉にギルド長がはっとした顔をする。


「そういえば、我々人族が神を生み出したという言葉をよく聞きますよね?創造上ではできない何か原因があるってことですかね?」


「やっぱり、勇者たちと一緒に<神の村>に向かうのがベストっぽいね。で、ウチらの目で見定めるのが最適だよ。」


ローゼルは結論を先延ばしにしたいと言う。


「僕はもうこれ以上太郎ちゃんを苦しめたくないよ。ここでお別れするのがいいと思う。」


ヒゴタイはここで太郎たちと別れて、自分たちは自分たちの生活に戻りたいと言う。


カルドンとグラジオラスはまだ結論を出せないでいた。


不穏な空気が辺りを包んだ。



<神の村>――


ダリアが覚醒してからというもの、この村では頻繁に<生贄の儀式>が行なわれていた。


村一番の美人を供物として神に捧げていた。


元々神を信仰していたこの村は、周囲をぐるりと畏敬山に囲まれた隔絶された地域だった。


神の信仰が先なのか、隔絶された地域だから神の信仰が始まったのかは不明だが、この村では確かに神の存在を認めていた。


そして生贄に捧げられた女性は実際に翌日には生贄の祭壇から居なくなっていた。


このことから、この村では実際に神を見たことがなくても、神はいるものとして信じられてきた。


そして村の一部の者達は、実際に神の存在を知っていた。


<神の軍勢>たちだ。


軍勢の一部と村の上層部は定期的に秘密裏に会合をしていた。


軍勢から要求されることを呑まなければ、<神の怒り>に触れることとなる。


過去に数度あった、火山の噴火や大地震などが<神の怒り>だった。


だから、今回のダリアの覚醒も怒りに触れたのだと思った。


何もしていないのに?


いや、村人たちはしていた。


神に逆らっていた。


偶然にも、ダリアの覚醒があった数日後に、上層部の1人が寿命でこの世を去った。


村の上層部は、怒りに触れたと思った。


そして村人の1人を上層部に選別した。


「今日お主を呼んだのは他でもない。この村の秘密、いやこの世界の秘密を教えるためじゃ。」


年老いた女性が、新たに上層部へと選別された中年男性へと語りかける。


「儂ら村人は、神を崇拝しておる。しかし誰も神を見たものはおらぬ。なのになぜ崇拝するのか?しきたりだから?伝統だから?違う。本当に神はおるのじゃ。」


そう前置きをして、老婆は神の存在について語った。



――遠い昔。


この地には魔族が悠々自適に暮らしていた。


支配も隷属もない。自由で明るい世界。


そこにエルフやドワーフなど人族以外の異種族がやって来た。


心の広い魔族は、異種族の居住を放置し、共に仲良く暮らしていた。


大陸は、エルフ達異種族の技術と魔族の魔力で栄華を極めた。


黄金郷。そう呼ぶのにふさわしかったのだろう。


数百年数千年以上遅れて人族がやって来ると、その知能で次々に土地を支配していった。


力ある魔族達は討伐され、魔王ブッドレアは城に隔離された。


野に下った魔族達はモンスターと呼ばれるようになった。


エルフ達は、<異種族の世界>と呼ばれる隔絶された地域へと追いやられた。


こうして人族は、台頭してすぐに土地の支配権を人族の物としてしまった。


更に知能ある人族は、モンスターや異種族を捕まえては実験を繰り返し、やがて神となる存在を作り出した。


最高神ゼウスだ。


神すらも自分たちの意のままに操れると思った人族は、<神の軍勢>の前に見事に敗れ去り、奴隷のごとき扱いを受けた。


<神の軍勢>は地域の覇権をかけて魔族と争い、魔族に負け、奴隷である人族にこう命令した。


――いつしか勇者を名乗る者が現れし時、魔族を滅ぼさせよ。


命令を守らせる人質として、数百人の人族が山に囲まれた<神の村>へと連れてこられた。


以降、人族は奴隷として神たちの命令を聞いている。


しかし人族は気づいてしまった。


神でも勝てない魔族を勇者が倒せるならば、勇者をたぶらかして神を討つことも可能であることに――


そして今、神が現れた。


人族は歓喜した。


――人族を自由に導く勇者が現れた。今こそ勇者によって神殺しをさせん!



「これが勇者だけが知らずに、他の人族が知っている真実じゃ。」


老婆が最後に付け加えた。


「オラは…勇者は元々は魔族を滅ぼす者だと教えられただ。」


中年男性が言うと、老婆はそうじゃ。と頷いた。


「んだども、ババ様が言うように、勇者がオラ達を自由にしてくれる。神殺しをしてくれる。とも聞いていただ。」


再び老婆が、そうじゃ。と頷いた。


「儂らは、勇者を使って神を殺してもらう。そして儂ら人族がこの地の支配者となる。先祖達の願いを叶えるために、こうして語り部を受け継いでいくのじゃ。」


老婆に言われて中年男性は、ゴクリと唾を飲み込んだ。


事の重大さが理解できたようだ。


人族は悪意に満ちていた。その悪意を持って他の種族を殺せる狡猾さも持っていた。


人族は支配者になりたかった。


そのための手段を揃えていた。


人族の目的、それは勇者を使って神も魔族も滅ぼすこと。


そのために、何代にも渡って語り部が目的と意志と執念を伝えてきた。


今日ここに、人族の語り部がまた1人産まれた。



<ラベンダー山脈>を超えると、開けた土地に出た。


少し歩くと巨大なドームが見えてきた。


<ドワーフの洞窟>だ。


洞窟と表現するにはあまりにも巨大すぎだろ。


「ここから先は、<異種族の世界>と呼ばれているのだ。」


ダリアがそう説明してくれた。


南に川、東に海、西に山脈、北に森(<エルフの森>)。


これらに囲まれた地域をさすってカルドンが言ってたな。


確か<エルフの森>で、ダリアと一緒なら通れるとか言われたっけ?


「確か、<ドワーフの洞窟>から<小人の帝国>を通って<猫の里>に赴いて、<遠吠え岬>へ向かって<廃屋の街>を通って洞窟に帰るルートがいいってカルドンが言ってたよな。」


ワイがそう言うとダリアが隣で頷いた。


ここは人族がいないので、ティムも街中に入れるかもしれない。


まずは<ドワーフの洞窟>で味方になってくれるかの交渉だ。


ワイとダリアとティムは洞窟へと入って行った。

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