第十六章 それぞれのスタートとゴール
ダリアは何があったのかかなり強くなっていた。
以前にあった大きな空気の変化は、ダリアが覚醒したものだったことが分かった。
グラジオラスやカルドンたち魔法を使える者達は、巨大な何かが産まれたのだと思ったようだ。
戦い方自体は同じ素手で戦うだけだが、その破壊力が半端なかった。
本当に世界を滅ぼせてしまいそうだ。
「な?タロー。ダリアがいれば無敵なのだ。」
サソリをボコボコに倒してにこりと振り返りながら言う。
サソリが弱いわけではない。
ダリアが急激に成長したのだ。
それだけではなく、ローゼルの命中率、グラジオラスの魔力、カルドンとヒゴタイの魔法など、みんなが成長していた。
カルドンが購入した地図によると、みかん町は周囲を平野に囲まれている。その北には<レモングラス川>が流れている。
東側は平野・砂漠と続いて山脈がある。ワイらが歩いてきたルートだ。
西側は海。南側は草原、そして<レモンバーム河川>が横断している。
「この<レモンバーム河川>はどこからか渡れるようになっているはずだ。」
カルドンが言うように、この川が大陸を北と南に分けてしまっている。
もっともワイ達はその川を超えずに、山脈を超えて<異種族の世界>と呼ばれる地域へ向かうわけだが。
「あの、マスター。この海峡、船が通れるのではないですか?」
グラジオラスが地図を見ながら言う。
海峡と言うくらいだからそうかもしれないな。
まぁ今はまだ関係ない。
とりあえず異種族を仲間にするのが目的だ。
「みかん町の人に聞いたんだけどさー、やっぱ山脈を超えるのは難しいらしいよ。きちんとしたルートがあるわけじゃないし、あの山脈が、異種族と人族を分ける境界線の役割を果たしてるんだってさ。」
ローゼルが言う。
ワイ達は今、依頼をこなしたし先へ進むことにしている。
目指すは<ラベンダー山脈>だ。
強力なモンスターはいないらしいが、超えるルートが確立されていないらしい。
とりあえず食糧とかは確保したが通れるかどうか確認して、それからどうするかを決めようということになった。
どちらにしろ、<異種族の世界>に人間は入れない。
ワイとダリアで向かうことになるはずだ。
「俺が思うに、しばらくみかん町を拠点にしてしっかりと準備をするべきだろうな。」
山脈の地形を見てカルドンが言う。
急傾斜な場所だけではなく、一応歩けるとは思える。
ただ、何日で超えられるのかも分からない上に、護衛の数が減る。
いくらモンスターが少ないとはいえ、やはり心配なのだろう。
「でも準備って、どんなものを用意すればいいんでしょうか?」
素朴な疑問だった。
ワイとダリアの2人だけだと、そこまで大きな荷物は持てない。
戦闘用のアイテムも同じだ。
食糧と飲み物くらいしか持てない気がする。
それに自慢じゃないがワイは、体力に自信がない。
異世界での生活が長くなってきたが、それでも体力が上がっている兆候はない。
「そうだな。まぁ色々だ。町に戻ろう。」
珍しい。カルドンが歯切れの悪い返事をした。
グラジオラスがカルドンをチラチラ見ている。
何だ?隠し事か?
ワイの脳裏に<神の軍勢>の手紙の内容が過る。
―― 人間たちをあまり信用してはならない 。
まさか、カルドン達が裏切り?
こんなに長く一緒にいたのに?苦楽を共にしてきのに?
それは有り得ない。
でも、何かを隠していることだけは確かだ。
ワイはやや警戒しつつみんなと共にみかん町へと戻った。
●
ティムがかなり成長したおかげで、外に1匹だけ出してワイたち全員は街へ入れるようになった。
「悪いな太郎。俺たちは魔法の勉強などをするから、ヒゴタイと今夜の宿を探してきてくれ。」
カルドンに言われてワイは、とりあえずヒゴタイと街の中を歩くことにした。
何が悪いな。なんだ?
「太郎ちゃん。太郎ちゃんは今でもスカーレットちゃんのことを想ってる?」
歩きながらヒゴタイが話しかけてくる。
「どうなんだろう?忘れているのか?と聞かれれば忘れてはいないけど、でも今はもう前に進むことにしたからさ。」
素直な気持ちだった。
確かにスカーレットのことを忘れることは出来ない。
でも、いつまでも後ろばかり見ていられないのも事実。
それに、死んだのはスカーレットだけじゃない。アヤメもワイのことを好いていてくれていた。
「そっかぁ。僕もスカーレットちゃんもチーゼルちゃんもアヤメちゃんも好きだったなぁ。もちろん太郎ちゃんのことも。」
にこりと微笑まれる。
これはもしや!ヒゴタイちゃんとお付き合いできるフラグなのでは?
「ヒゴタイあのさ…」
「でもね。」
告白しようとしたらワイの言葉を遮ってヒゴタイが言う。
「僕は太郎ちゃんと付き合う資格なんてないの…」
え?どういうこと?
「僕は男なんだ。でも男の人が好きなの…おかしいよね?男なのに男が好きなんて…だからごめんね。僕は太郎ちゃんとは付き合えない。」
なんということだ!
いわゆる男の娘というわけか。
好きになりかけてた…いやもう好きだったのかもしれない。
これも失恋と言うのだろうか?
だから、ワイのことを好きな感じだったのに一向に告白してこなかったのか!
するとヒゴタイが、でもね…と言った。
「本当に太郎ちゃんのことが大好きだった。ううん。今も大好き。こんなにも人を好きになったのは人生で初めてだった。それにこんな僕を気持ち悪がらないで傍に置いてくれたのも太郎ちゃん達だったよ。ありがとね?」
チュッとほっぺにキスをして、照れ笑いをしてくる。
きっと、ヒゴタイはワイが知るよりも前からずっと悩んで悩んで辛い想いをしていたんだろうな…
ワイはずっと自分がハーレムになれることを考えていたけど、自分が死んだから後はどうでもいいという考えは間違っているんだよな…
スカーレットにもアヤメにもチーゼルにも彼女らの人生があって、ワイのことを好きになってくれて、ワイはその気持ちに真剣に正面から受け止めることはなかった。
そんなワイを好きだと言ってくれる人達、そして今でも好きだと言ってくれる人。一緒に居てくれる人。
ワイはもっと他人に目を向けなければいけないな…
「タロー!」
ちょっと考え込んでいたら、向こうからダリアの声がした。
あれ?1人?カルドン達は?
「なんかなー。買い出しを手伝って欲しいって言われたのだ。」
買い出しはワイとヒゴタイに任せるんじゃなかったのか?
やっぱなんかあるのか?隠し事?
「僕が見てくるよ。」
そう言ってヒゴタイがカルドン達の元に向かった。
これで、グラジオラス・カルドン・ローゼル・ヒゴタイと何かを相談するにはもってこいの形となったが、いくら何でも無理やりすぎるだろ。
色々戦術を学んだカルドンが、こんなあからさまなことをするかな?
すぐにヒゴタイがローゼルと共に戻ってきた。
やっぱり、相談事とかがあったわけではなかったのか。
よく考えればこれで、カルドンとグラジオラスが2人きりになれるしな。
「勇者。ちょっといい?」
そう思っていたらローゼルから声をかけれて、ワイはローゼルと2人きりになった。
「あのさ…ヒゴタイから聞いたんだけど、あの子が男って…」
「え?あぁ。さっき聞いた。」
ワイが頷く。驚いていないところを見るとローゼルも気が付いていたのだろうか?
「チーゼルがさ、教えてくれたんだ。みんなで下着を買いに行った時にね。」
そういえばチーゼルが死に際に、ヒゴタイを頼むと言っていたっけ?あれはそういうことだったのか。
「ヒゴタイは心は女でさ、ウチよりも女っぽいんだよ。下着もいっつも可愛いのつけてるし。」
へー。そうなのか。いくら男の娘とはいえ、顔も声も可愛いし、それはちょっと気になるな。
「チーゼルも同じだった。でもどうしても見た目は変えられない。だからあんなキャラになってただけ…」
それはワイも分かる。
チーゼルはああ見えていい人だった。面倒見もいいし、優しいし、母性とかそういうのがありそうな感じだった。
それが何だ?何か関係があるのだろうか?
ワイはローゼルの顔をチラリと見た。
俯いたローゼルは、口をキュッと結んでいた。
何か言いにくいこと?カルドンが何か企んでるとか?
もしかして、カルドンを裏切ってワイ達の仲間になってくれるとか?
「ウチも女だ…」
…?
ん?知ってるよ?
それよりもカルドンの計画は?
「勇者には…まぁこれはいいか。こんな無理やりな形で2人きりの状態を作ったのには理由があるの。カルドンが持ち掛けてくれた計画なんだ。ウチらはいつ死ぬか分からない。そしてそれは明日訪れるかもしれない。それならば、後悔ないようにしようって。」
「あぁ。それは分かる。俺もその通りだと思うよ。」
ワイは大きく頷いた。
何となくだが、ワイが想像しているものと話が違っていそうだ。
カルドンの計画は、つまりみんなが後悔しないように行動すること。
そのために自分はグラジオラスと2人きりになりたいってことだろう。
ヒゴタイはワイにカミングアウトをして、気持ちを伝えた。
ローゼルは?
それは――
「私は…勇者のことが好き!私と付き合って。」
…
静寂が訪れる。
そう。ローゼルはワイに告白をしようとしていることにはさっき気が付いた。
でもワイはさっきまでヒゴタイのことが好きで、そしたらフラれてそしたらすぐにローゼルから告白されて…
でもワイは今までローゼルの話し方とかで拒絶してた。
のに…
「分かった。」
空気なのか?何が決め手なのかは分からない。
でもワイはローゼルの告白を受けた。
ワイは人生で初めて彼女が出来た。
多分。スカーレットとは付き合ってなかったし。
「マジ?よっしゃー!」
目の前でピョンピョン喜んで飛び跳ねるローゼルを見たら、告白をオッケーして付き合って良かったと思えるしな。
●
有頂天になっていた。
スカーレットといい感じになった時依頼の高揚感を感じる。
人とはこんなにも簡単に感情が変わる生き物なのか。
「タロー。ローゼルと付き合ったのか・おめでとうなのだ!」
なぜか夕飯の時はみんなに祝福までされた。
スカーレットの時は怒られてたのに。
「言ったでしょ?カルドンの計画だって。あんた以外みんな知ってるのよ。ヒゴタイがあんたにカミングアウトすることも、ウチが告白することもね。みんなで話し合って決めたことなの。」
ローゼルが隣に座って笑ってくる。
ドッキリみたいなもん?
「で勇者。今夜だけどウチと一緒に寝る?」
ブー!
飲んでいたシチューを吐いてしまった。
「ねねねねねね寝る?一緒にぃ?」
声が上ずってしまった。
「何驚いてんのー?」
あははーと笑われる。からかわれたのか。
耳元で、勝負下着だよ♥
と囁かれてからは、食事に集中できなくなった。
「一緒に寝る寝ないは別にして、今夜は祭りがあるらしいから、2人で行ってくるといい。」
そうカルドンに言われて、早速ローゼルと向かうことにした。
「ローゼルは浴衣に着替えるからタローはちょっと待つのだ。」
ヒゴタイとダリアがローゼルの着付けに向かう。
「さて、すまなかったな。太郎、君をのけ者みたいな扱いにしてしまって。」
カルドンが素直に謝って来る。
こういうところで、大人だなと痛感させられる。
ワイは、チーゼルにもヒゴタイにも謝ることは出来なかったな。
そうだと言って、カルドンもトイレに向かい、何気に初めてグラジオラスと2人きりになった。
あぁ、これも計画か。
「勇者様…」
相変わらずのカワボだ。
「私は、勇者様のことがずっと好きでした。憧れの存在でもあり、目標でもあり、尊敬でもあり、私の全てでした。でも、こんな私に勇者様が振り向いてくれるはずもなく、そんな私を受け入れてくれたのがマスターでした。私は、今でも勇者様のことが好きです。でも、マスターと共に歩む道を選びます。」
ぺこりとお辞儀をしてくる。
「ありがとう。」
そんなグラジオラスに向かって手を差し出し、感謝の握手をする。
こんなワイを尊敬してくれて目標にしてくれてありがとう。
ローゼル達が戻ってきた。
カルドンも一緒だ。
ローゼルはいつもと違って髪をあげて両サイドでお団子にしている。
浴衣は意外と似合っている。
「どう?」
照れながらワイに聞いてくる。
こんな時に気の利いた言葉が浮かばないワイが情けない。
「いんじゃない?」
「太郎、そこは綺麗とか似合ってるよだ。」
カルドンに咎められるが、後の祭りだ。
ヒゴタイとグラジオラスが笑っている。
「気を付けるのだぞ。」
ダリアの声がワイとローゼルの後を追いかけてきた。
金魚すくいにヨーヨー釣り、射的に輪投げ、懐かしいものがたくさんある。
「あんたってあれだね。やっぱり優しいんだね。」
りんご飴を頬張りながらローゼルが言う。
「優しい?」
「ウチと付き合ってくれてるし、お祭りデートもしてくれる。」
「いや、俺は別に優しさで付き合ったりデートしたりしてるわけではないけど?」
そう答えると、ふーん。と曖昧な返事をされた。
なんだ?機嫌を損ねるようなことをしただろうか?
手か?手を繋げばいいのか?
だがワイの両手は金魚にヨーヨーにスーパーボール、射的や輪投げの景品で塞がっている。
ローゼルの両手はりんご飴とわたがしで塞がっている。
ワイがオドオドしてると、ローゼルが笑ってくる。
「別に無理に手を繋がなくてもいいっしょ。今は難しいこと考えないで、今を楽しもう。」
あれ?ローゼルってこんなに可愛かったっけ?
恋は盲目って言うけど、やっぱり好きになったり付き合ったりすると、マイナスの部分がプラスに見えちゃうもんなのかな?
お祭りを満喫したワイとローゼルは、夜遅くに宿に帰る。
ここらでちゅーか?
なんて思っていると、
「んじゃね。また明日おやすみ♪本当に夜に襲って来てもいいんだからね?」
ローゼルはウインクして部屋に戻って行った。
ワイも部屋に戻るとカルドンがいなかった。
あれ?まだ出かけてるのか?
でも眠すぎて考える余裕もなかった。
翌朝カルドンがグラジオラスと一緒に朝食の席に来た。
あぁ、一緒の部屋だったのか。
妙に納得する。
さて、今日は何をするんだ?
「ふむ。準備も出来たことだし、太郎とダリアは山脈へ向かうべきだろう。」
唐突にカルドンに言われた。
え?準備ってなんかしたっけ?
ダリアは、分かったのだ。
とか言ってるし。
町の入り口でカルドンに呼び止められる。
「太郎。君は勇者だ。俺は勇者一行として仲間になれたことに誇りを持っている。願わくば、君は君の心のままに進んで欲しい。道に迷った時に、勇者だからという理由で行動を取ることがないように。俺も最大限、君をサポートするよ。」
勇者だからこういう行動を取らなければいけない!ということがないように?
ちょっとよく分からないけど…
「分かりました。」
そう返事していた。
カルドンと入れ替わるようにローゼルが来た。
しばらく離れることになるからな。寂しくさせてしまう…
「勇者。ありがとね。昨日はウチの人生で最高の日だったよ。」
ワイの首に抱き着いてくる。
「だからさ、ウチら別れよう?」
え?
思わずローゼルを離していた。
「なんで?」
自然と言葉が口からこぼれ落ちる。
「最初から決めてたことだから。1日だけ付き合って別れるって。これもみんなで決めてたこと。あんたは無自覚かもしんないけどさ、あんなの中には常にダリアがいるんだよ。スカーレットだってずっと気が付いててあんたと付き合ってたんだよ?たった1日でもさ、幸せな時間を貰えてウチは嬉しかったよ。ダリアを幸せにしなかったらウチが許さないからね!」
涙を浮かべながら笑顔でそう言うローゼルにワイは何にも言えなかった。
さぁ。とカルドンに促されてワイとダリアは先を進むことにした。
心に穴が空いたような、逆に妙にすっきりしたような不思議な気持ちになった。
ワイの中には常にダリアがいた。
出会ってから最初からずっと。
ワイは認めていないだけでダリアのことをずっと好きだったのだろうか?
ヒュイと、ティムがワイの近くに飛んできて頷いたように見えた。
「タロー?」
少し前を歩くダリアがこちらを振り返る。
朝日を背にしたその姿は、なぜか神々しかった。
あぁワイはきっと、この子を守るためにこの世界に転生してきたんだ。
勇者に転生したワイは魔王の娘に好かれたけど、ワイも魔王の娘を好いてしまったんだな。
これが悲報なのか朗報なのかは、今のワイにはまだ分からないことだった。
ワイはそっとダリアの手を握ってゆっくりと歩きだす。
驚いた表情を見せたダリアも、にこりと笑ってからワイと共に歩む。
目指すは山脈だ。
日の光が筋となって、ワイ達の進むべき道を照らしてくれているような気がした。
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