第十三章 再びレモングラスの森へ

<ラベンダー山>を爆破した後、今度は遠征部隊を2つに分けることが発表された。


1つは<レモングラスの森>へ向かって<レッドドラゴン>の討伐を目指す。


もう1組は<ミント洞窟>の完全踏破を目指す。


りんご市の討伐隊は、<ミント洞窟>踏破をメインにするため、ほとんどの冒険者が<レモングラスの森>へ向かうことになった。


ワイ達もドラゴン討伐の方だ。


りんご市は相変わらず復興中だが、<ラベンダー山>の<ブルードラゴン>の脅威がなくなったことで、街自体は活気があった。


「このまま<レッドドラゴン>を討伐できれば、すいかシティとの交流が楽になるな。そうすれば、すいかシティの戦力もこちらに移すことが可能だろう。」


地図を見ながらカルドンがそう説明してくれた。


「<レッドドラゴン>も<ブルードラゴン>みたいに、爆破させたりして倒すのでしょうか?」


ワイが訊くとカルドンは首を横に振った。


「いや。<ラベンダー山>は有用な資源がないから、爆破させたのだろうけど。<レモングラスの森>には豊富な資源がある。さすがに燃やしたり爆破させたりは出来ないだろうよ。」


なるほど。ということは正攻法で戦うわけか。


「でもねぇー。<ブルードラゴン>は水。<レッドドラゴン>は火だからねー。どっちが強いか分かるでしょー?」


チーゼルが相変わらず鼻毛を抜きながら話す。


「今度こそ本当に命がかかってるわけよ?太郎。あなただってまだ死にたくないでしょ?」


「う。そ、そりゃ死にたくないけど…」


ずいっと目の前に迫られる。


チーゼルのどアップはかなり迫力がある。


「今回は前線には絶対に出ちゃダメよ。私達パーティは後方支援を担当する。それが出来ないならこの遠征には参加しないわ。」


更にチーゼルに迫られて、ワイはその意見を採用した。


ワイだって命はほしい。


他の誰かが<レッドドラゴン>を倒してくれるならそれに越したことはない。


ワイが同意すると、チーゼルは満足そうにこちらに抜いた鼻毛を飛ばしながら、それでいいのよ。と言った。


毎回毎回、何で鼻毛を飛ばしてくるのか、理解に苦しむ。


「あらぁ?分からないの?」


え?ワイ声に出してないよ?


「顔に出てるのよ。私が鼻毛を飛ばすのは、愛情表現よ♥」


またキスされた。今度は頬だけど。背筋がゾクゾクした。


「あ!ずるいチーゼルちゃん!」


「あんたはもー!またそーやってすぐ抜け駆けするー!」


ヒゴタイとローゼルが怒っているがとりあえず現状の整理が先だ。


ワイはほっぺをティッシュで拭きながら、これから先のことを考えた。


とりあえず3日後の<レモングラスの森>遠征に参加して、後方支援やドラゴン以外のモンスターを倒す。


そのためにしなければいけないこと。それは…


「グラジオラスとヒゴタイの魔法の習得だな。<風の刃>と<プロテクト>は重要だ。」


カルドンがそう言うと、驚くべきことにローゼルから別の提案があった。


「魔法って言うとさ、ウチからも提案なんだけど。チーゼルの地面系の魔法をウチに教えてくれないかな?やっぱ戦って分かるけど、魔法があるのとないのじゃ全然違うんよね。アヤメとカルドンは回復系を覚えた方がいいと思うんだ。」


どうだろう?とみんなを見回す。


「俺はその意見に賛成だな。戦力は少しでも多い方が魔族を滅ぼしやすいし。」


ヤグルマソウが同意し更にオミナエシも、ワシもそう思う。と強く頷いた。


出発までの短い時間で、なるべく魔法を習得していないメンバーが習得を目指すことになった。


そういえば、もう1つ驚いたことがあった。


なんとダリアだが、この街で復興を手伝っていた。城に戻っていなかったんだな。


とはいえ、ワイ達と遭遇しても会話すらしないけどね。


ワイ達にとってダリアは裏切り者みたいなもんだし。


まぁ、事情を知ってるワイは裏切り者ではないことを知っているけど、それでもダリアならワイ達に協力してくれると思ったんだけどなぁ。


そういえば、カルドンに死者を蘇らせる方法がないか聞いたことがあったっけ。


「死者蘇生か。魔法ではそういう魔法はないな。古代から不老不死だとか、不老長寿、死者蘇生などは研究されているが、やはり無理なんだろうな。」


とのことだった。


物語の世界だと、死んだ者を蘇らせることもできるのに、やっぱり現実はこうなんだな。



出発の朝。


天候は雨。気温はやや低い。


カルドンに言わせると、<レッドドラゴン>が弱体化する天候らしくちょうどいいらしい。


魔法はそんな簡単には覚えられないが、行軍中も習得は続いていた。


ヒゴタイがあと少しで習得出来そうらしいが、魔法の知識が全くないワイにはよく分からない。


雨で地面がぬかるみ、<ラベンダー山>の時と比べると行軍は非常にゆっくりだった。


「だ・か・ら!内なる気を見つけるのよ!」


「何?内なる気って。分かるように説明して。」


「キー!何なのよこの子はもう!あなた弓矢魔法使ってるんでしょ!その時に使う魔力のことよ!それを土とか砂とかにイメージして使うのよ!」


「わかんない。ウチいつも何となくやってるもん。気がついたら弓矢魔法も使えるようになってたし。」


後ろではローゼルとチーゼルがワーワーギャーギャー言ってる。


前ではカルドンが、グラジオラス・ヒゴタイ・アヤメに対して魔法の講義をしている。


あれ?カルドンの方がハーレムルートか?


「いつもこんなに賑やかなの?」


隣でモナルダが微笑みながら言う。


「そうですね。だいたいはこんな感じです。緊張感とかない感じで。」


「いつ死ぬかも分からないアチ達冒険者にとっては、常にこうやって元気でいることの方が大切よ。仲間割れなんて絶対にしたらダメよ?」


ワイが答えると今度は、アザミがそう言ってきた。


仲間割れか…そういえば事情を知っていたのはワイだけなのにダリアの意見を無視しちゃったな。


帰ったら謝るか。


それにダリア。1人で街の復興を手伝っているのか。ダリアなりの罪滅ぼしなのかもしれないな。


ダリアに謝って、そうした上でワイらの気持ちを理解してもらおう。そしてまた行動を共にしてもらう。ダリアが望むなら、ダリアとは笑顔でお別れもいいだろう。


「太郎!」


カルドンの鋭い声で我に返った。


<レモグラライオン>がそこにはいた。


懐かしいな。あの時はダリア・グラジオラス・ローゼル・カルドンしか仲間がいなかったっけ。


蛾に追われてたヒゴタイとアヤメを助けたんだよな。


今ではこんなにたくさんの仲間がいるのに。ダリアだけが抜けてるのはやっぱダメだよな。


ワイはナイフを構えた。


構えたがアヤメがライオンを一刀両断にしていた。


「え?」


「また力が漲ってきたんです。」


アヤメが手をグーパーグーパーしながら言う。


またか。ワイは全く感じなかったけどな。


ふと思った。


前にここは結構探索したけど、ドラゴンらしきモンスターはいなかった。どこにいるのだろうか?


「中央に<レモングラスの泉>があるんだけど、そこが<レッドドラゴン>の住処だと言われているわ。」


とアザミが教えてくれた。ちょうどすいかシティ付近らしい。


それはつまりワイらが今いる付近。


言われてみれば遠くの方に何やら影が見えるような見えないような。


「あれが泉ね。」


さすがはローゼル。弓矢を扱うだけあって目がいい。


遠くからドラゴンの咆哮も聞こえる。


どうやら戦闘が始まったようだ。


「いいこと?<レッドドラゴン>は火を使う。最悪の場合にはこの森が燃える可能性もあるの。そのことを頭に入れて戦いましょ。」


そうチーゼルが言って、この場でワイたちのパーティーは展開した。


付近には、蜘蛛や蛾、ライオンなどのモンスターがうじゃうじゃいる。


それらをドラゴンと戦っている部隊に近づけないのがワイ達の役目だ。



ダリアは街の復興を手伝っていた。


重い物を運ぶのは得意だった。


『タローはダリアの事を何にも分かっていないのだ!」


ぶつくさ太郎についての文句を頭に浮かべながらも、街を少しでも復興させようと尽力していた。


「悪いねお嬢ちゃん。」


街の人々はダリアがよく働いてくれるのを見ていた。


誰もまさかダリアが魔王ブッドレアの娘だとは思っていなかった。


ダリア自身も、街が魔族に襲われたのだから、自分が魔王の娘だと告白する気はない。


『ダリアはタローの味方なのだ!なのにダリアを置いて山へ行ったり今度は森!タローに何かあったらダリアはどうすればいいのだ?だいたい最近タローは酷いのだ!ダリアと接吻しようとしていた癖にスカーレットを選んだり、ダリアを1人にすることも多すぎるのだ。』


ふん!と腹いせにゴミをゴミ置き場に投げ捨てた。


「上手くいったようだね。」


ひそひそ話が耳に入る。


ダリアとしては別に聞くつもりもなかったのだが、気になるキーワードが耳に入ってしまった。


「勇者たちはまんまと騙せた。あんた達には感謝しているよ。」


「俺達は金さえ貰えれば何だっていいさ。」


ダリアは声のする方へとそうっと歩く。


どうやらこの先の角で話しているようだ。


そっと覗くと、1人の人間が3人の人間に囲まれているのが見えた。


「金もそうだけどよ。俺は真実が知りたいぜ。何で魔族を村に引き入れて破壊する必要があったんだ?俺達みたいなごろつきが魔族は悪だと言っても聞き入れて貰えないけど、お前みたいに身分が高そうなやつが言ったらみんな聞くんじゃねぇのか?」


先の1人はさっさとお金を受け取りたい様子だが、別の1人は真相を知りたがっているようだ。


『真相?村に引き入れた?どういう事なのだ?』


「そうだねー。あんた達には感謝しているし。どうせ最後になるんだ。教えてあげるよ。ボクは神の軍勢の1人、<土砂のカリモーチョ>。ボク達神の軍勢は魔族を滅ぼしたいんだよね。そのためには勇者の力が必要なわけさ。そのために君たちに働いて貰って、ボクの力で魔族に変身した人形を上手に扱ったってわけさ。」


カリモーチョと名乗る男はひょうひょうと答えた。


「神?何を言っているんだ?」


真相を知りたがっていた男は混乱しているようだ。


「いいからよ。さっさと金よこせよ。」


最初の男は金をせびる。


「わかんないのかい?だから君たち人間は滑稽なんだよ。ボク達神軍勢のおかげで人間と魔族の戦争が始まるんじゃないか!」


イヒヒ!とカリモーチョは不気味な笑いを浮かべ、眩しい光が現れたと思ったら、カリモーチョを囲んでいた男3人は消えていた。


『あいつらのせいで魔族が悪者に!スカーレットを殺したのもあいつらの仕業!』


怒りに任せてダリアは角から姿を現した。


「!あんたは魔王の娘ちゃん。あんたのことは殺せない約束なんだ。悪いこと言わないからさっさと城に戻りな。」


カリモーチョは一瞬だけ驚いた表情を見せたが、すぐに真面目なトーンで忠告する。


「さっきの話。本当なのか?」


ダリアは怒りで声が震えていた。


「ん?あぁ。聞かれていたか。本当だよ。ボク達神の軍勢が人間達をけしかけて、あんた達魔族と戦争させるのさ。勇者の仲間が1人死んだのは仕方ないよね。尊い犠牲とかいうの人間は好きじゃん?」


「ふざけるな!」


ダリアのパンチは片手で止められてしまった。


「やっぱり魔王と違って娘は弱いな。生かしておくつもりだったけど仕方ないよね。さよなら魔王の娘ちゃん。」


男3人を消し去った眩しい光をカリモーチョは放つ。


――ドッ!


りんご市を中心に大きな衝撃が走った。


この時、世界中の魔法を扱える者が震撼した。


世界で何かとてつもない大きな物が誕生し、それが怒っていると感じたからだ――


神の村では、神の怒りに触れたと思いすぐに生贄の儀式が始まった。


「な…何だよその力…」


カリモーチョが慌てる。


攻撃は確かに与えた。確実に致命傷だ。


魔王やその娘の生命力がどんなものかは不明だが重傷には間違いない。


だが、とどめを刺すまで油断できない。出来ないのだが――


『これは…とどめなんて刺せないだろう…退くしか…でも退いたらボクの計略が勇者にバレる危険性も…』


くそ!という言葉を置いてカリモーチョはその場を後にした。


ダリア。魔王の娘というのは伊達ではなかった。


何もしなくともカリモーチョが逃げ出すほどのポテンシャルを秘めていたのだった。


しかし、カリモーチョに攻撃されたダリアはその場でドサリと倒れてしまった。


ダリアもカリモーチョを追う気力はなかったようだ。



時は少々遡る。


「ゼウス様。私の息のかかった者が2名、勇者と接触したようです。」


ジントニックが言う。


ゼウスは、そうですか。とだけ応えて気にも止めていない様子。


『神の村まで勇者を連れて来なければ意味がないということか…』


ジントニックがそう考えるように、息のかかった者が勇者と接触しようと、カリモーチョの扇動が成功しようと、神の軍勢の計略が勇者にバレようとゼウスにはどうでもいいことだった。


ゼウスにとっては、勇者が神の村まで来てゼウスと対面さえすれば魔族を必ず滅ぼすと分かっていた。


だからこそ、魔王ブッドレアもダリアを城に戻そうとした。


魔王なら娘の命を最優先するはず。そして勇者たち人間は自分達の命を優先するはず。


人間は本当に愚かで扱いやすい。そんな人間だから魔王の首も取れるというもの。


ゼウスがニヤリと笑った時、世界に大きな衝撃が走った。


「魔王の娘が覚醒したか…」


ゼウスの小さな呟きは誰にも聞こえなかった。


急がねば。という呟きもまた、誰にも聞こえなかっただろう。



「なんだ今のは?」


ヤグルマソウが周囲を見回す。


ワイは妙な胸騒ぎを感じていた。根拠はないが、ダリアがピンチのような気がする。


よく分からないが、焦燥感を感じる。


「チーゼル。嫌な予感がする。」


ワイは何とも言えない感情をチーゼルに話した。


「どういうこと?根拠は?」


ライオンを叩きのめしながらチーゼルが訊いてくるが、上手く答えられない。


そんなワイの様子を見てチーゼルが、やれやれと首を横に振った。


「どうする?この場を放棄して街に戻る?それともドラゴンの方に行って危険を承知で援護する?」


少し考えてワイは答える。


きっとこれが最善だと考えて。


「みんなで前線を押し上げる!ドラゴンが見える場所でドラゴンに攻撃しつつ周りの敵を倒す。ダメかな?」


「あなたが決めたことならいいわよ。」


ふぅ。と息を吐いてからチーゼルが微笑む。母親のような眼差しだ。


すぐさま、グラジオラス・カルドン・ローゼル・ヒゴタイ・アヤメ・ヤグルマソウ・モナルダ・オミナエシ・アザミが集まって場所の移動を提案した。


みんなワイが言うとみんなすんなり聞き入れてくれた。勇者だかららしい。


ワイ達は少しずつ移動していった。


目の前に綺麗な泉があり、上空に真っ赤なドラゴンが飛んでいた。


口から煙を出しており我々を威嚇している。


討伐隊や冒険者は魔法や矢を打ち込んでいるが、どうも決定打にはなっていない。


「さて、周りにはモンスターの気配がない。魔法や飛び道具が効かない。そんな相手にどう戦う?」


カルドンがワイに問う。


前回の<ブルードラゴン>との戦いをワイなりに考えていたことがある。


ドラゴンは基本的に空を飛んで攻撃をしてくることが多い。


それならばあの巨大な翼を攻撃したらドラゴンの機動力をかなり減らせるのではないだろうか?


「リスクは高いけど、得られる利益はかなり高そうね。」


チーゼルが半分賛成という立場を取った。


「翼に攻撃をしても致命傷にはならないからね。怒りを買うだけの危険性が高いのも事実よね。でもそれで本当に機動力を減らせるなら確実な方法にもなるわ。」


アザミがそう言い、アチの召喚獣で翼を攻撃してみるわ。と言ってくれた。


出した召喚獣は白くてフワフワのネコ。


「アチの召喚獣が翼を攻撃するのを援護してちょうだい。」


よしきた!とヤグルマソウが走り出す。並走するようにオミナエシがいる。


2人とも扱う武器は近接系。


「注意を引き付けてくれ。ワシが一撃を入れよう。」


ヤグルマソウにオミナエシが言う。


ヤグルマソウは1つ頷くと、大きく音を鳴らしてドラゴンの気を引いた。


他のドラゴンと戦っていた討伐隊や冒険者も、背後のオミナエシ、更には影に潜む召喚獣の存在に気づいてドラゴンの気を引くような立ち回りをした。


ドラゴンの気がヤグルマソウたち冒険者に向いた。


ドラゴンの視線から離れるようにオミナエシが走る。その肩には、オミナエシの影に潜むように召喚獣がいる。


ドラゴンが威嚇するように陽動に対して低空飛行攻撃を仕掛ける。


その瞬間をオミナエシが見逃さず、刀で切りかかる。あわよくば翼を狙った攻撃は爪で弾かれた。


しかし、召喚獣のネコがドラゴンの背中に乗ることに成功した。


よし!これで翼を攻撃できる!


ネコがドラゴンの翼を噛んだ瞬間――


「グゴォォォー!」


咆哮だ。


くそ!ネコが振り落とされた。


ヤグルマソウ達も硬直してしまっている。


ブレス攻撃をされたら終わりだ。


「助けにいくわよ!」


遠くで見守っていたチーゼルがワイ達に言う。


ローゼルとアヤメはもう走り出している。


ブレス攻撃をされる前に間に合った。硬直しているメンバーに違う刺激を与えて硬直を解く。


「おかしいな。」


カルドンが違和感に気づいた。そう。ワイもおかしいと思った。


「ブレス攻撃をさっきからして来てませんよね?上空にいた時も威嚇の滑空攻撃じゃなくてブレス攻撃をすればよかったのに。」


「つまり、ブレスが使えない何か理由があるってことね?」


チーゼルが試してみるわ。と走り出した。


ドラゴンの正面からぶつかる。かなり危険だ。ブレス攻撃をまともに受けるぞ。


だがしかし…


ドラゴンは上昇してチーゼルをかわした。


「やっぱり!」


思わずワイは叫んでしまった。


何でか分からないけれどドラゴンはブレス攻撃が出来ないらしい。


そうと分かれば攻め方は単純だった。


討伐隊が、持ってきたかぎ爪のついたロープをドラゴンに投げる。


何本かは避けられたが、複数のロープを投げた結界、何本かのロープがドラゴンに引っかかった。


「引けぇー!」


討伐隊の隊長が叫ぶ。


力づくでドラゴンを引きずり落とすつもりだ。


ドラゴンを引きずり下ろしさえすれば、ワイ達に勝ち目がある。


ここでもドラゴンはブレス攻撃をしてこない。


「決定的だな。ドラゴンはブレスを吐けないようだ。」


カルドンが様子を見ながら言う。


そういうことならと、ワイ達もロープを引っ張るのを手伝う。


ドラゴンは悪あがきに咆哮するが、耳を塞いだり遠くのメンバーが硬直を直したりして対処した。


見る見る内にドラゴンが地面に引きずり落とされてきた。


近接武器が届く距離になった!剣や槍などで攻撃を与えた。


ドラゴンが嫌がる。それでもブレスは吐かず、大きな口と咆哮で攻撃をするのみだ。


「ここら一帯を焼きたくない理由があるようだな。その理由が我々に大きくプラスに出たようだ。」


カルドンが腕組を死ながら言う。


1撃1撃はそこまで大きなダメージではないが、それでも少しずつダメージは蓄積されていく。


カルドンが言うように、確かにブレスを吐けばこの森が燃えてしまう。


それを嫌がる気持ちは何となく分かる。分かるが、果たして自分の命をかけてまでだろうか?


ワイは何となくそこに引っかかった。


燃やしたくない理由が何なのか。それを知りたいと思った。


「カルドンさん。命をかけてまで森を燃やさない理由って何でしょうか?」


ワイが問う。


「む。そうだな。俺ならば例えばグラジオラスが動けずにいる場合などだろうか。あぁもちろん太郎、君たちが森に取り残されてもだが、やはり大切な人がいる場合とかは死んでも燃やしたくないな。」


そう。ワイもそう思う。


では<レッドドラゴン>にとっての大切な存在とは?伴侶?少し違う気がする。


「子供か…」


カルドンが呟いた。


ワイはカルドンの方を見る。


「この森のどこかに<レッドドラゴン>の子供がいる?」


思わずため口になってしまった。


「その可能性が高いな。」


思いもしなかった。


あれ?その子供ってどうなるんだ?やっぱり魔族だし危険だから殺すのか?殺さないと人間に危害を加えるかもしれないもんな。


「逃げるぞぉー!」


その時誰かが叫んだ。


ドラゴンがスキを突いて空中へ再び逃げ出したようだ。


「くそ!ロープを抑えている係は何をやっているんだ。」


カルドンが悪態をつく。


しかし――


「<レッドドラゴン>の子供がいたぞー!」


別の討伐隊だろうか。森を散策していたのだろう。


子供は森の中に隠れていたようだ。


討伐隊の1グループが、3匹の小さな赤いドラゴンをロープでグルグル巻きにして連れて来た。


鼻から小さな炎を噴き出しているが、口からは炎が吐けない様子。


翼も小さくて空も飛べないようだ。


なるほど。こんな子供が3匹もいたんじゃ、森を燃やすわけにはいかないな。


「よし!子供を餌にして大人を討伐する!」


隊長がそう指示を出して罠が張り巡らされた。



見れば見るほど気分が悪くなる。


脅威度がある<レッドドラゴン>を倒すためにやらなければならないことは分かる。


だが、それでもやっぱり気分は良くない。


木に<レッドドラゴン>の子供を1匹縛り付ける。


その子供を助けるために<レッドドラゴン>がやって来るはずだと。


そこを狙って、大きな槍にロープを付けたものを突き刺すという作戦だ。上手くいけば体の中までロープを通せてもう逃がさずに済むし、確実にドラゴンは弱っている。


かなりダメージを与えることが出来ることは確実だ。だが、子供を囮にしておびき寄せるという作戦がワイの個人的には、やや抵抗がある。


「割り切れ。俺だってそこまでいい作戦だとは思えないが、魔族を根絶やしにするためには必要な作戦だ。」


ヤグルマソウが悩むワイを咎める。


ワイが黙っていると、肩をモナルダにポンと叩かれた。


「大丈夫よ。きっと上手くいくわ。」


いや、ワイは失敗を気にしているわけではなく、やり方を気にしているんだが…


「太郎。この作戦が気持ちのいいものでないことは分かる。分かるが反対の色を顔には絶対に出すな。人類の敵になるぞ。」


カルドンがヒソヒソ教えてくれた。


カルドンもこの作戦がいい作戦だとは思っていないのか。仲間がいたようで心強い。


人類の敵にならないためにも、今後の脅威を排除するためにも必要な措置。だから否定的な顔をしてはいけないし、必要なことだと割り切らなければならない。


そういうことか。


「来たぞ!」


討伐隊の誰かが叫んだ。


<レッドドラゴン>が子供を助けに戻ってきたのだ。


そのまま待機していた部隊がロープ付き槍を投げる。


ドラゴンが嫌がる。


槍が刺さってもお構いなしに子供の方へ向かっている。


子を想う母親というやつか。


体中から血が噴き出ても子供のところへ向かう。


人間には目もくれず子供を助けに行き、子供のロープを優しく口で噛み切る。


ワイはそのドラゴンと目が合った気がした。


ドラゴンは優しい眼差しで子を見つめ、ワイに何かを訴えるような目をしたような気がした。


「!」


声が口から出てこない。


ワイは強く頷いた。


何に対して頷いたのかも分からないし、ドラゴンと目が合ったのも気のせいかもしれない。ましてや何かを訴えるなんてきっと間違いだろう。


それでも、ドラゴンは満足そうな表情をしたような気がした。


ドラゴンの目から光が消えた。


「目を逸らすな。その生き様をしっかりと目に焼き付けるんだ。」


カルドンがワイに言うその声は、震えていた。


「よーし!子供も殺せー!」


え?子供も殺すの?そこまでしなくても――


ワイが止める間もなく、木に縛り付けられていた子供が槍に刺されて、他の2匹も殺された。


いくら何でもやりすぎな気がするけど、どうやらほとんどの人は、当たり前といった様子。


「あの子供が成長して大人の<レッドドラゴン>に成長した時に、我々人間に牙を向かない保障はないからな。」


とヤグルマソウが言ったが、それでもワイはやっぱり納得出来なかった。


街への帰り道。ワイはヤグルマソウやモナルダとはちょっと距離を置いて歩くことにした。


言っていることは分かる。甘い考えなのはワイだというのも理解できる。大人になった<レッドドラゴン>は絶対に人間に恨みを抱くはず。それはスカーレットと同じ人を生み出してしまう。そんなことは避けなければならない。


頭では分かっている。でもやっぱりそれでも納得なんて出来ない…


「キュィキュィ。」


変な鳴き声がして見ると、<レッドドラゴン>の子供が1匹、木のウロに隠れていた。


ワイは誰にも気づかれないように、そっと革袋に入れて子供を隠した。


「太郎。悪いことは言わない。絶対に育てられない。野生に返すんだ。」


カルドンにだけは見つかってしまったようだが、ワイの意志は変わらない。


「ごめんなさい。ある程度までは育てさせてください。」


子供がもし見つかったら絶対に殺されてしまう。


そんなことはさせたくない。


カルドンはこれ以上は何も言わなかった。


りんご市に着いたが、ワイの中で魔族が悪という気持ちが少し揺らいでしまった。


<ブルードラゴン>を倒すために山ごと破壊する。


<レッドドラゴン>を倒すために子供を囮に使う。


なんだかやりすぎな気がする。


おまけに、ドラゴンの子供を連れてきてしまった。


いろいろなことが起こり、頭がパンクしそうだ。


それなのに、もっと酷いことがりんご市では起こっていたようだ。

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