第十二章 ラベンダー山のブルードラゴン

りんご市の戦力は想像以上あった。


鎧に身を纏った騎士や剣士や戦士などが数十名。


ローブを着た魔導士や回復士などが十数名。


その他大勢の戦力が集結した。


ここに各地から冒険者達が集まっていた。


「我々人族は、今日正式に魔族に対して宣戦布告を行う!ここりんご市を拠点として魔族をどんどん討伐する。まず目指すのはラベンダー山に救う<ブルードラゴン>!そしてミント洞窟の踏破だ!冒険者諸君よ。これはギルドからの正式な依頼でもあるから心してかかってくれ。」


ギルド長が演説している。


なるほどね。周囲の危険を取り除きつつ、他の街へのルートを確保するわけだ。


《依頼内容》


ラベンダー山でブルードラゴンを討伐する


ミント洞窟の踏破


「君たちも冒険者かい?」


ひげもじゃのおじさんが気さくに声をかけてくれた。


何でもラベンダー湿原を抜けてきたらしい。


ワイらが<ミニブルードラゴン>にやられたことなどを話すと、ひどく心配してくれた。


「じゃあ仲間の1人が魔族に?」


おじさんの相棒だと言うおばさんが、気の毒そうな声を出す。


「ワシはオミナエシ。道中よろしく頼む。」


手を差し出してきた。ワイも握手する。


「アチはアザミ。召喚士だから役に立つと思うわ。」


再び握手する。


召喚士か。そう言えばワイもエルフを呼び出せるんだっけ?今となってはどうでもいいけど。


こうして討伐隊は、ラベンダー山へ向かって出発した。



行軍は驚くほどスムーズだった。


先頭は街の自慢でもある討伐隊の銃士隊と呼ばれる部隊だ。


銃はこの世界では特殊な武器らしく、最高峰の飛び道具のようだ。


そんなレア度の高い武器を装備した部隊が最前列に組み込まれ、目標の魔族を発見すれば敵の攻撃の射程範囲外から銃で攻撃をした。


「随分と楽だな。ワシらが以前ラベンダー山を登った時は大変な思いをしたぞ。」


オミナエシが隣を歩くヤグルマソウに言う。


「俺はラベンダー山に登ったことはありませんでした。強力なモンスターがはびこっていると聞きましたが?」


「強力なモンスターだらけよ。それに、この地形がモンスターに合っているのよ。」


アザミがオミナエシの代わりに応えた。


地形がモンスターに合っている?どういうことだろう?


「それはどういう意味ですか?」


ワイの疑問をモナルダが聞いてくれた。


ワイらは山を登っているが、きちんと整備されている街道は1本しか通っていない。


他はいわゆる獣道というやつだ。


「この街道は細くて狭い。魔族たちはわざわざ街道を通る必要がない。周囲の獣道から攻撃をしてくるし、上空からも攻撃ができるのよ。」


とアザミ。


なるほど。道が決められている以上、こちらの方が圧倒的に不利なのか。


なのにここまでスムーズに侵攻している。


「りんご市の討伐隊が余程優秀なのだろうな。」


隣でカルドンがワイにそっと呟いた。


ワイもそう思う。


「太郎ちゃん。上から攻撃されたらどうしよう…」


ワイの服を後ろからヒゴタイがキュッと摘まんでくる。


可愛いなぁ。


「いざとなったら俺が盾になってやるよ。」


かっこいいワイ!ポイントアップ。


「あんた言うようになったわね。」


ローゼルから茶化された。


進軍が停止した。


今日はここで野営をするようだ。


冒険者はそれぞれ自分達のグループで手慣れた手つきで野営の準備をしていた。


「あれ?討伐隊の人達は野営の準備とかしないんですかね?」


討伐隊の人達が右往左往している姿を見てワイが訊いた。


「あぁ。討伐隊は普段野営なんてしないから、何をしたらいいのか分からないのだろう。」


オミナエシがヤレヤレと言いながら、討伐隊の方へ野営の準備を手伝いに行った。


ワイはそんな様子を見ながらせっせと木をくべる。


ワイも手慣れたもんだ。


ダリアと冒険を開始した頃なんか全然そういった準備とか出来なかったのに。


そういえばダリアはどうしたのだろうか?城に戻ったのかな?


「太郎ちゃん。隣いい?」


そんなことを考えていたらヒゴタイが声をかけてきた。


「ヒゴタイ。そうだ。ありがとね。スカーレットの髪飾り。」


まだお礼を言ってなかったことを思い出したのだ。


ヒゴタイから受け取ったスカーレットの形見は、ヒゴタイに教えてもらったお墓に供えてきた。


帰ってきたら、スカーレットが好きだったお菓子を供えてやろう。


「ううん。スカーレットちゃんのことを考えてたの?」


「ん?あぁ。」


曖昧な返事をしてしまった。


「やっぱりそう簡単には吹っ切れないよね?」


「どうなんだろう?正直、しっかりと受け入れられるかと聞かれたら、答えはノーなんだよね。でも、いつまでも立ち止まってちゃいけない気もするんだ。俺の役目が魔族を滅ぼすことなら、俺はしっかりと魔族を滅ぼしたい。」


ぐっと拳を握る。


「それに、あの時の光景を今でも夢に見るんだ。その度に魔族への怒りがこみ上げてくる。」


「スカーレットちゃんはほんとにいい子だったよね。僕みたいな人にも優しく接してくれて。」


本当にそうだ。スカーレットはみんなに優しかった。


「もしも太郎ちゃんが1人で押しつぶされそうになった時は、僕が支えになるからね?だから、僕が押しつぶされそうになった時は太郎ちゃんが支えになって?」


そう言ってワイの手を優しく両手で包み込んでくれた。


「もちろん!」


そう応えて密かにワイは、もっと強くなろうと決意したのだった。



翌日以降も大きな問題もなくスムーズにラベンダー山を登って行った。


「先行している銃士隊は相当な手練れのようだな。」


隣でカルドンも驚く。


確かに行く道々に、倒されたモンスターを目撃するが、中にはあの<ミニブルードラゴン>もいた。


「数も減ってなさそうですね。」


とワイが言うように、銃士隊のメンバーは誰1人欠けていなさそうなのだ。


山頂に着く前に目標と遭遇した。


「<ブルードラゴン>が出たぞ!展開しろ!」


ギルド長が叫ぶ。


さすがに<ブルードラゴン>相手では、銃士隊だけというわけにはいかないようだ。


それもそのはず、戦いが始まってすぐに、ドラゴンの脅威を知った。


皮膚は鋼鉄のように硬く、魔法もほとんど通じない。


<ミニブルードラゴン>とは比べ物にならないレベルのブレスの範囲と威力。


正に天災と呼べる代物だった。


今まで名目上冒険者も参加していたが、さすがに討伐隊から冒険者も手伝うように指示があった。


「いよいよ俺たちの出番か。」


やれやれとカルドンが動く。


「まずはヒゴタイがみんなに<スピード>をかけてちょうだい。<プロテクト>はまだ覚えてないのよね?」


チーゼルが確認するとヒゴタイは、こくんと頷いた。


パーティ―に<スピード>の魔法をかけ始めた。


「グラジオラスはいざという時に魔法を使用してくれ。それ以外は待機だ。」


カルドンが相棒とも呼べるグラジオラスに指示を出していた。


「はい!マスター。マスターは今日は戦うんですか?」


「うむ。どうやら俺の力を見せつける時が来たようだ。」


「頑張ってください!マスター。」


なんか羨ましいな。


「ほら勇者。行くよ。」


ローゼルに声を掛けられて、アヤメ・チーゼル・ローゼル・カルドンと共に前線へ向かう。


ヤグルマソウとモナルダ、オミナエシにアザミも同行した。


ドラゴンは想像以上にでかかった。


討伐隊は、遠くから魔法や銃で攻撃をしつつ、接近戦も展開していたが、今のところしっかりとしたダメージを与えているようには見えなかった。


それにしても…


「おびただしい数の死体ね。」


チーゼルが呟く。


「あんたら今到着したのか?だったら奴のブレスに気をつけろ。一発でこの数が死んだんだ。」


隣の冒険者が教えてくれた。


死んだ人々がスカーレットと重なった。


ワイの頭に再び血が上る。


「やっぱり魔族はみんな敵だ。あり得ない!仲間をみんな殺しやがって!」


思わず声に出していた。


だが、周りのみんながそれに賛同してくれた。


「!何だ?この違和感は。」


カルドンが呟く。ヤグルマソウやオミナエシ達も同様に違和感を感じ取った。


それどころか、さっき親切に教えてくれた冒険者や他の冒険者、討伐隊までもが違和感を感じたようだ。


はて?ワイにはその違和感が全く分からない。


チーゼルが言うには、急に体が軽くなったようで、パンチなどの攻撃力が上がったらしい。


他の人も似たようなもので、驚いたのが、消耗していたはずの体力などが回復したと言う。


ワイに感じ取れないそれら違和感は、ワイに才能がないからなのだろうか?


しかし、<ブルードラゴン>を討伐しに来た全メンバーの能力が上がったことで、討伐がしやすくなった。


明らかに魔法の威力が上昇しており、今まで全くダメージを与えれていなかったのに、かなり効いている。


「やっば。ウチの動き早すぎね?」


ビュンビュン動き回りながらローゼルが言う。


何が原因かは分からないけど、ワイ以外のメンバー全員の戦闘力が大幅に向上したようだ。


「私達は、みんなの援護として、<ミニブルードラゴン>を倒すわよ。」


チーゼルが目の前のドラゴンを指さした。


1匹でもモンスターを減らせば、その分親玉と戦う部隊を増やせるという計算だ。


戦闘力が向上している上に、前回と違って人数もある。


それでも油断できないはずだが…


「凄いです。体が軽くて簡単にドラゴンを切断できます。」


アヤメが改めて驚いていた。


無理もない。あの苦戦していた<ミニブルードラゴン>をたった1人で一刀両断したのだから。


「うむ。何が起きたのかは分からんがこれはいい兆候だ。他の<ミニブルードラゴン>も倒していくぞ。」


カルドンも別のドラゴンを1人で倒していた。


ワイだけは後方支援という情けない役割だった。


<ブルードラゴン>の周りにいた<ミニブルードラゴン>は見る見る数を減らしていった。


「残りは任せていいかしら?私は<ブルードラゴン>本体を叩きにいくわ。」


チーゼルがカルドンとアヤメとローゼルに訊いている。


チーゼルに同行するのは、ヤグルマソウ・モナルダ・オミナエシ・アザミの新人4名。


「相変わらずあんただけ役立たずなのね。」


隣に来たローゼルがニヤッと笑う。


本当、なんでなんだろ?


<ミニブルードラゴン>と戦っていた他の冒険者達も、パーティを二分して、<ブルードラゴン>討伐へ本格化してきた。


「そういえば、この山って危険なモンスターがいるはずなのにドラゴンしか見てないよね?」


ワイがふとした疑問を投げかける。


「あの本体がいるから、同じドラゴンしかいないんじゃないの?」


あの本体と言いながらローゼルが<ブルードラゴン>を指さした。


そうなの?なんか違う気がする。


と思っていると、先ほど教えてくれた冒険者がまた教えてくれた。


「ほとんどのモンスターは討伐隊が倒してしまったようだ。残っているのは、<ブルードラゴン>と<ミニブルードラゴン>だけらしい。」


討伐隊すげえな!


「ということは、ここら一帯を全滅させれば、ラベンダー山は魔族から解放できるということですか?」


カルドンが核心をつくことを聞いた。


そうだ。ワイ達の目的は、この山から魔族を無くすこと。


冒険者は、その通りだ。と頷いた。


そしてその目標は間もなく達成されるだろう。


巣があるのか、無数に湧いて出てくると思われた<ミニブルードラゴン>も残りの数は50もいない。


そして、その親玉であろう<ブルードラゴン>に関しては、先ほどから強力な魔法が炸裂している。


それに加えて、近接部隊が剣や槍などで硬い皮膚を攻撃している。


驚やはりみんな攻撃力や破壊力が上昇しているようで、さっきまで一切通じなかった魔法もかなり効いているし、刃が通らなかった皮膚を傷つけている。


「<ブルードラゴン>を倒すのも時間の問題だな。」


その様子を見ていたカルドンが呟く。


さっきからドラゴンは、攻撃を受けて嫌がり、反撃をしようともしない。弱っているのか攻撃を封じられているのかは分からないが、倒すまで残りわずかなのは確かだった。


その時突如<ブルードラゴン>が咆哮した。


距離があっても音が届いて体が硬直してしまう。


しまった!


前回のように指に神経を集中させてなんとか硬直を解こうとする。


その瞬間、<ブルードラゴン>が口から濁流を吐き出した。


標的となった討伐隊は一掃され、恐らく生きてはいないだろう。


ワイの心にまたざわっとした何かが生まれる。


!解けた!


<ブルードラゴン>がこちらへ濁流を吐き出す前に硬直から抜け出せた。


「退避せよ!<ブルードラゴン>は山ごと爆破させる!準備は整った!すぐに退避せよ!」


ギルド長が叫びまわる。


<ブルードラゴン>を倒す作戦ってそういうことか。


ワイたち冒険者や目の前の討伐隊は囮。


山を破壊できるだけの爆弾を仕掛けることが本命だったのか。


「急いで逃げるわよ!」


チーゼルが鋭く言う。


<ラベンダー山>に遠征した者は皆、命からがらりんご市まで戻った。


数分後、山が爆発した。


跡形もなく山が消し飛ぶ程の爆発。


きっと<ブルードラゴン>も生きてはいまい。


自然を破壊するのは微妙だけど、倒すために手段は選んでいられない。


これでいいんだ。


心の中に何かモヤモヤしたものが残っている気もしたが、それはきっと正攻法での倒し方じゃなかったからだろう。


風が火薬の匂いを街に運んで、そのまま過ぎ去って行った。

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