第十一章 りんご市の襲撃

偶然、ワイのところには多くの雨が降って来なかったから他のメンバーに比べたらダメージが少なかったようだ。


とはいえ、両手両足がダメージを受けている。


「タロー…大丈夫か…?」


うわ言のようにダリアが言っている。


全く、こんな時くらい自分の心配しろよ。


ドラゴンの拘束が解けワイらに攻撃を仕掛けて来る。


「こっちだ!」


いつかの<笑う木>での戦闘で助けられたように、今回もまた他の冒険者に助けられたようだ。


鎧に身を纏った男がドラゴンの足元を斬りつける。


――ポロロン。


近くでハープを奏でるような音がする。


女性の歌声が聞こえると不思議と体の痛みが無くなっていった。


「吟遊詩人か。」


カルドンも立ち上がっていた。


「皆さん!ドラゴンは倒せません。一旦りんご市まで退きます!」


ドラゴンの攻撃を巧みによける戦士の男がそう言って、土煙をあげた。


アイテムを使わなくても、剣でこんなことができるなんて相当の達人なのだろう。


戦士の男と吟遊詩人の女に助けられてワイらは何とか、<ミニブルードラゴン>から逃げ出せた。



りんご市に着いたワイらは、とりあえず宿屋で休憩した。


助けてくれた冒険者の2人は、先を進む旅だったのか礼を告げたらすぐに去ってしまった。


「助け合うのは当たり前のこと。」


とだけ言っていた。


かっこいいなぁ。


「さて、どうしたものかしらね。」


チーゼルが言う。


ふむむ。あのドラゴンは厄介だけど、あそこを通らないと先には進めない。


「視界が悪いのも問題だな。」


カルドンが腕を組みながら言う。


「まずはドラゴンの対策を考えましょ。」


スカーレットが言うが、そう簡単に対策は出ない。


「ま、初見ではあんなもんかしらね。攻撃も3つ分かったことだし、それなりに対処できるでしょう。」


とスカーレットは付け足した。


確かに<ミニブルードラゴン>は厄介だし脅威ではあるが、攻撃前には必ず予備動作がある。


しっかりと対策すれば倒せないことはないような気もする。


「問題なのは、あの硬い皮膚だな。」


「ウチの矢じゃ全く効果ないよ。」


カルドンの言葉にローゼルが応えた。


「グラジオラスには<風の刃>を、ヒゴタイには<プロテクト>の魔法を覚えてもらいましょう。」


スカーレットが提案した。


プロテクトとは、その名の通り守護魔法で、1人の体を守りの魔法が覆ってくれるらしい。


「<風の刃>なら傷つけられるかもしれないわけか。」


カルドンがなるほど。と呟く。


「そうと決まれば早速修行だ!来い!グラジオラス、ヒゴタイ。」


カルドン・グラジオラス・ヒゴタイは研究所という名の図書館へ向かった。


「アヤメとローゼルとダリアには私が戦術を叩き込むわ。少しでも戦いを有利に進めるためにいくつか戦いのパターンを作りましょ。」


チーゼルがそう言って紙とペンを取り出した。


「私達は買い出しね。」


スカーレットがにこりと微笑む。


やっぱり可愛いなぁ。


前の世界では女っ気なんてなかったから、こんなにリア充してていいんだろうか?


「さっきさ、私の手を握ってくれたよね?」


にこりとまた微笑まれる。


「あ。あぁあれね。何て言うかうっかりというか。」


「うっかりなの?握りたくて握ったんじゃないの?」


えー。と残念そうな声を出されても。


そりゃ握りたいよ。


「じゃあ今は?」


スカーレットが小首を傾げる。


行動の1つ1つが可愛い。


今はって、今は握りたいかどうかってこと?


ワイがそんなことを考えている間にスカーレットが手を差し出してくる。


「手、繋ぎたい?繋ぎたくない?」


「え?つつつつつつ繋ぎ…たい…」


しまった。また吃ってしまった。


ふふふ。と笑われた。


あまりにも慌てたからか、ワイは握手するように手を出してしまった。


「これじゃ繋げないよ。」


握手されながら優しく言われた。


ぎこちなく笑いながら、ワイは手を下に降ろしてスカーレットから握られるのを待った。


きゅっ。と優しく手を取られ、


「じゃ。行こか。」


と言われた。


緊張が押し寄せてくる。


心臓の鼓動がうるさい。


買い出しと言っても、ラベンダー湿原へ再び向かうのはグラジオラスとヒゴタイが魔法を覚えてからだ。


それまで食糧の調達は少量でいいし、アイテムも服用タイプや時間経過と共に効果が薄まる物は今はまだ購入しない。


つまり、大した物はなく、これはいわゆるデートというやつになっているわけだ。


お金がなくなりそうになったら、<ミント洞窟>でスライムを狩ればいいし。


「あ、これ見て。」


スカーレットが指さすのは、以前にワイが買ってあげた、折り紙で折ったかのような金属製の鶴が付いた髪ゴムだ。


そういえばスカーレットはあれから毎日、あの髪ゴムを付けてくれている。


「懐かしいよね。あの時はまさか私と太郎がこんな関係になるなんて思ってなかったからなぁ。」


ワイも同感だ。


というよりも、いくらハーレムルートだとはいえ、本当にリア充を満喫できるとは思っていなかった。


スカーレットがふふふ。と笑って見上げてくる。


ふと気が付く。


あれ?スカーレットってこんなに背が低かったっけ?


「今日は太郎がいつもよりおっきく見えるなぁ。」


なんて言いながら胸に顔をうずめてくる。


心臓がまた跳ねだした。


やかましい鼓動の音がスカーレットにも聞こえているはずだ。


「心臓の音…安心する…」


胸に顔を押し付けたまま顔だけ上に向けて上目遣いしてくる。


「スカーレット…」


呟きが風に運ばれて遠くへ行った気がする。


スカーレットが目を閉じてゆっくりと背伸びしてくる。


これは!キスだ!


ワイも目を閉じてスカーレットの口に自分の口を近づける。


「へいらっしゃい!」


店主の声がして2人して飛び上がる。


違う意味で心臓がドキドキする。


「また邪魔が入ったね。」


悪戯っぽくスカーレットが笑う。


こんな場所でキスしようとしたからかな?なんて言っている。


「人がいないところに移動する?」


そうすればキスできるよ?とワイが提案してみる。


「やめとくわ。キスはしてみたいけど、きっとそういう風にしてするものじゃないと思うし。」


残念。


でも間違いなく今ワイは、幸せを満喫してる実感がある。



空気が爆発した。


幸せだった空気は恐怖に変わった。


何が起きたのか分からなかったのは一瞬で、すぐに何が起きたのか分かった。


気が付いた時には走り出していた。


「太郎!そっちは危険よ。」


スカーレットの忠告も無視して火の手があがる先へ走り出した。


具体的に何が起きたのかは分からない。だが、さっき空気が爆発した瞬間にりんご市が火の海に包まれたのだ。


何だか分からない。分からないが恐らくこれは魔法。


「そいつらを捕まえてくれー!」


誰かが叫んでいる。


前から5人の男女が走ってくる。この5人が犯人なのか?


「魔法を使われるかもしれないから気を付けて!」


追いついたスカーレットが言う。


5人はそれぞれにナイフやら剣やらを抜いて走ってくる。


ワイも応戦すべくナイフを構える。剣は重くて無理だしね。


5人と対峙しているのはどうやらワイとスカーレットだけのようだ。他の住人は一般人。戦えないのも無理ないし、何よりパニックになっている人も大勢いる。


「その女が急に爆発魔法を使いやがったんだ!」


さっき捕まえてくれと叫んでいた人だろう。息も切れ切れに言う。


「何でそんなことをしたの?」


剣で切りかかって来る男に対して剣で応戦してスカーレットが問う。


「…」


男は無言を貫いた。


「そう。悪いけどここまでした人を野放しには出来ないわ。」


剣の柄で男の頭部を叩く。気絶させようとしたのだろう。


しかし、男は反撃に剣を振り回してくる。


お世辞にも剣術が上手とは言えない。


ナイフで攻撃してくる男もワイのナイフで応戦できるレベル。


やはり魔法がキモなのか?


「こいつらを拘束します!誰かロープを持ってい――」


目を背けたくなるような光景だった。


スカーレットが剣で背後から真っすぐ心臓を突き刺された。


突き刺した犯人は何を隠そう、先ほど捕まえろと叫んでいたおっさんだった。


グルだったのか!


頭に血が上るのを感じる。


「スカーレットォー!」


近づこうとすると2度目の空気の爆発が起きた。


その爆発は、まだ被害が少ない場所を狙っていた。


「この辺は直に火の手が回るだろうよ。行くぞ。」


スカーレットを刺したおっさんがニヤリと笑って他の5名に向かって言う。


待てよ。何でこんなことするんだよ。スカーレットは!誰か!助けてよ!


周りの人が駆け寄ってくれる。


スカーレットの胸からはどんどん血が溢れてくる。


「太郎…ごめんね…」


なんでスカーレットが謝るんだよ。


「こんなことになるなら…私のファーストキスを奪われておけばよかったかな…きちんと付き合っておけばよかったかな…でも太郎の中は常に――」


ここでスカーレットは一息置いた。ゴフッと血を吐き出した。


「もういいスカーレット!喋るな!」


ワイは泣きそうになる。


「太郎。私に生きる理由をくれてありがとね?私は太郎といれて凄く幸せだった。」


スカーレットがにこりと微笑む。血にまみれたその笑顔はとても可愛かった。血に染まる手をこちらに差し伸べる。


どうしてだよ…さっきまではあんなに緊張して手をつないでいたのに、今はこんなにも簡単に手を繋ぐことができる…


「スカーレットォー!」


的確に心臓を貫かれ、スカーレットの処置はどうしようもなかった。


後から駆け付けたワイの仲間達も、空気の爆発に巻き込まれて重傷を負った者が数名いた。


ヒゴタイの回復魔法によって他のメンバーの怪我は治ったが、スカーレットは治すことは出来なかった。


朝日が昇っても、ワイの中には大きく暗い影が残った。


ぽかりと、心の中に穴が空いたようだった。


「おはよう!太郎。」


そこにはスカーレットの笑顔はもうなかった。


スカーレットの影をいつまでも追い求めた。


そんなワイに仲間の誰もが、声をかけなかった。



スカーレットの死後どれくらいの日にちが経っただろうか。


ワイは相変わらず抜け殻のように部屋の片隅に居た。


何もする気力が起きない。


メンバーのみんなはきっと街の復興作業を手伝っているのだろう。


ワイはもう。全てがどうでもよくなった。


「太郎。話があるんだが。」


カルドンが声をかけてきたが、返事をする気力もない。


「どくのだカルドン。ダリアが話すのだ。」


元気いっぱいだなダリアは。


「タロー。スカーレットを倒した犯人が見つかったのだ。タローに話しを聞く気があるなら、下でみんなと一緒に食事を摂るのだ。」


ダリアが手を差し伸べてくれる。



え?スカーレットを殺した犯人を見つけた?


そうか。ワイは復讐をしてスカーレットの無念を晴らすことができる。


ダリアの手を取って下の食堂へと向かった。


カルドンが一言、すごいな。と呟いたが意味は分からなかった。


食堂に着くと、そこには見覚えのある2人が座っていた。


「太郎。来てくれたのね。」


チーゼルが気づいて声をかけてくる。いつもより優しいトーンだ。チーゼルも気を遣ってくれているのだろう。


「こちらの2人、覚えているわよね?」


そう紹介された。もちろん覚えている。<ミニブルードラゴン>からワイらを助けてくれた2人だ。


戦士の男はヤグルマソウという名で、吟遊詩人の女はモナルダと名乗った。


「あの時はありがとうございました。で、チーゼルスカーレットを殺した犯人は?」


今のワイにとってこの2人はどうでもいい。


確かに命の恩人だけど。


「タロー。ちょっと失礼なのだ。」


ダリアに咎められるが無視した。


「実はね、あの後2人が街の異変に気がついて戻ってきてくれたの。で、街から逃げようとする6人組を発見したんだけど、なんとそいつらモンスターだったのよ。」


モンスターが人間に変身して街に潜り込んでいただと?


「かたき討ちをしたいという君には悪いけど、モンスターだったから倒させてもらいました。」


ペコリとヤグルマソウに頭を下げられる。


だんだんとワイも冷静になってくる。


「つまり、スカーレットはモンスターにやられた?モンスターが人間に化けて街に侵入してた?」


「それなんだが、俺たち全員の情報を合わせてもそんな事例聞いたことないんだ。」


カルドンが隣に座りながら言う。


かなりやつれている。毎日情報を集めてくれていたのかもしれない。


「魔族達モンスターは確かに人間達を襲う。だが、今までこういった姑息な手段を使うことはなかった。だからこそ、我々人間も魔族を滅ぼそうとはしなかった。」


カルドンが次に何て言うのか想像できた気がする。


「だが、魔族達が俺たち人間を、手段を選ばず滅ぼそうとするのであれば、俺たちもそれに抵抗する必要があるだろう。」


チーゼルが強く頷いている。


思えばチーゼルは長年スカーレットとコンビを組んでいたんだ。


ワイよりも付き合いが長くて深い。その悲しみはワイよりも大きいかもしれない。


辛いのはワイだけじゃない。


そして怒っているのもワイだけじゃない。


「ウチ的には、勇者もいることだし、魔族を全滅させる戦いを開始してもいいんじゃないかと思うんだよね。」


ローゼルだ。


「俺たちも同感だ。」


ヤグルマソウが頷く。


「幸いにもこの街のギルドは残ってる。ギルド長と私が話した結果、他の街とも連携して魔族を滅ぼす戦争を仕掛けることが正式に決まるわ。」


モナルダがヤグルマソウの隣でワイに向かって言う。


「そうなると、エルフとの契約やドワーフとの契約は白紙ってことになるわ。あの種族たちは魔族の味方だからね。」


ふん。とチーゼルが鼻を鳴らす。


「チーゼルさんから話を聞いたよ。いずれは神の村へ向かうつもりだったとか。確かにあそこなら噂に名高い神様をも味方につけて魔族を滅ぼすことができるかもしれない。」


ヤグルマソウが身を乗り出して言う。更に、俺たちなら神の村まで案内できると。


「俺は…」


ワイの口から言葉がポロポロ零れ落ちる。


今までの空っぽだった感情が急に出てきたかのようだ。


「魔族を滅ぼしたい。スカーレットの仇を討ちたい!」


こんなに感情的になったのは、友達がワイのゲームのデータを消去した時以来かもしれない。


「噂だけどね。魔族を滅ぼす力を神様が与えてくれるんだって。で、その神様に会えるのが神の村って言われてるの。」


チーゼルが詳しく教えてくれた。


決まりだ!仲間を殺されて黙っていられる程ワイは腐っていない。ましてや好きになった女をだ!ワイにできるなら復讐でも何でもしてやる!


しかしこの場に待ったをかける人物が居た。ダリアだ。


「タロー。ダリアは魔族が悪とか人間が善とかそういう考え方は出来ないのだ。確かに魔族が襲ったかもしれないけど、いい魔族もいるのだきっと。」


ダリアは泣きそうな顔をしていた。


だがワイの決意は変わらない。


「ダリアは、スカーレットが殺された事実を見てもそう言えるんだな?それなら俺たちとはもう行動を共には出来ない。」


ダリアに冷たく当たったが、他のメンバーもワイの考えと同じようだ。


1人食堂でポツンと立つダリアを置いて、ワイ達はその場を後にした。



ワイ・グラジオラス・カルドン・ローゼル・ヒゴタイ・アヤメ・チーゼルの7人に加えて、ヤグルマソウ・モナルダが加わった。


「まずはこの街の討伐隊と行動を共にして、ラベンダー山を制覇しよう。」


カルドンが意見を出した。


「<ブルードラゴン>がいなくなれば、この街の脅威も無くなって、他の場所に戦力として送り込めるものね。」


チーゼルが頷く。


そのためにワイ達はギルドへ向かった。


「太郎ちゃん。これ。」


ヒゴタイがワイに何かを渡してくる。


これは!スカーレットにあげた髪留め。


「スカーレットちゃんが握りしめていたから、何か大切なものなのかな?って思って。太郎ちゃんが辛い時は、僕が傍で支えるから。だから1人で悩まないでね?」


心につっかえたものがすっと取れたような気持ちになる。


「ありがとう。今度スカーレットのお墓を案内してもらってもいいかな?」


泣かないように我慢しながらワイはそう言った。


ヒゴタイは笑顔でもちろん!と言ってくれた。


スカーレットと一緒に居れた時間はわずかだった。


でも確実にワイとスカーレットは気持ちが1つになれた気がする。


スカーレットに前に進むように言われている気がする。


魔族を滅ぼして欲しいと。


街に吹く風がワイの中にも吹き荒れた気がした。

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