第九章 ラベンダー湿原へ

次の日にはすもも村に戻ってきた。


「タロー!遅かったぞ!」


相変わらずダリアは怒っているが、今回のは違う理由で怒っているようだ。


「どうだったの?」


チーゼルが聞いてくるので、とりあえず援軍を引き受けてくれる約束を取り付けたことを話した。


「お疲れ様。」


スカーレットが隣に来て笑顔で迎えてくれた。


「昨夜今後のことを話してたの。私たちはドワーフの洞窟へ向かわなきゃいけないんだけど、ドワーフの洞窟はエルフの森の真南にあるの。もちろん私たち人間はエルフの森を通れないから迂回しなければならないの。」


スカーレットが説明してくれた。


その説明によると、ドワーフの洞窟へ向かうには、りんご市まで戻って南下する。ラベンダー山を迂回もしくは登って下ってラベンダー湿原へと出る。


湿原の南方には山脈が続いていてここを通るのは不可能。真横は川が通っていてここも通行不可能。山脈を越えた先にドワーフの洞窟はあるらしい。


「仕方ないから、山脈を迂回して洞窟を目指すことにしたの。でね、一番近い街がみかん町ってところらしいんだけど、若干山脈から離れてて洞窟とは反対側にあるみたいなの。」


なるほど。ちょっと厄介なんだ。


とはいえ、ここで話していても仕方ないので、ワイたちはすもも村を後にしてレモンバームの丘を通り、再びりんご市へと戻ることにした。



丘を北に進み、途中で西に折れた辺りで<グラスランドタイガー>が現れた。


「ち!」


カルドンが短く舌打ちをする。


トラは2匹いた。


「!気を付けて。<デスストーカー>が隠れてるわ。」


チーゼルが素早く気づいて注意を促す。


「風の精霊よ我が呼び声に応えよ!万物の法則を捻じ曲げ今、神速を与えん!」


カルドンが無駄な詠唱をしてヒゴタイを見る。


ヒゴタイが<スピード>の補助魔法をローゼルにかける。


「あんがと。」


ひょいひょいと、素早くローゼルが移動を開始した。


チーゼルとスカーレットはそれぞれ別のトラを叩きに向かう。ローゼルが狙うのはヘビだ。


アヤメは3匹のどれでも留めをさせるように待機している。


グラジオラスとダリアは第二陣として待機している。


ワイは少し離れた場所で見守る。


ん?なんだこの黄色い気味の悪い蛙は。でかいし集団でいるし、絶対モンスターだ。


「タロー!離れるのだ!」


「む。モンスターか。」


ダリアとカルドンも気づいた。


グラジオラスが詠唱を待たずに<ファイア>を、ヒゴタイが<サンドウォール>を唱える。


蛙が数匹炎上し、目の前に砂の壁が出来た。


「<レモンバーム蛙>だな。毒を持ってるぞ。何匹いた?」


カルドンが注意してくる。


「ぱっと見ですけど、5匹くらいかと。」


「ふむ。蛙に限って5匹ということはないだろう。」


もっと多いということか。


目の前を見るとチーゼル達がモンスターを倒して戻ってきた。


「どったの?」


砂の壁を見てローゼルが訊く。


「<レモンバーム蛙>だ。少なくとも5匹いる。」


「後方の憂いをなくすためにも倒しておきましょ。」


チーゼルの意見にみんなが賛同した。


ヒゴタイが魔法を解くと、砂の壁が消えた。


2匹の蛙が焼けて倒れていた。


素早くアヤメがグラジオラスの前に出る。


グラジオラスは<精神薬>を飲んで、魔力と体力を回復させた。


更にヒゴタイがカルドンの詠唱を無視してアヤメ・チーゼル・スカーレットに<スピード>の魔法をかけた。


目の前には倒れていない蛙が10匹以上いた。


「ちと多いな。」


カルドンが呟く。


「アヤメと私とスカーレットとダリアとローゼルで前線を叩くわ。カルドンと太郎は援護して。ヒゴタイとグラジオラスの護衛がいなくなるから速やかに終わらせるわよ。念のため<毒消し>を飲んでおいて。」


チーゼルが素早く指示を出す。


ワイとカルドンは、<手投げナイフ>を使って誰も攻撃していない蛙を攻撃した。


素早さが上がったローゼル・アヤメ・チーゼル・スカーレットは次々に蛙を倒す。ダリアは元々速かった。


「我が疾風の刃を受けよ!」


こういう攻撃でもカルドンは謎の言葉を発するらしい。


10分もしない内に蛙は全滅した。


「ちょっと休憩しましょ。」


スカーレットが提案して、食事の用意をした。


すもも村で仕入れた野菜とミルクをふんだんに使ったシチューだ。


「ミルクも野菜も日持ちしないから早く使わないとね。」


というチーゼルの意見を採用した。


旅をするなら、そういう知識も必要なんだ。


「お、兎だ。ちょっと捕まえてくる。ダリア手伝って。」


ローゼルが兎を発見した。


分かったのだ。とダリアと2人で兎を追いかけた。


「勇者様これ。」


グラジオラスが香草を渡してきた。


「兎を入れるなら、これも一緒に煮込んだ方がおいしいです。」


そういうものか。料理はアヤメが意外と上手なんだよな。


でも、今はワイが料理当番。アヤメに教えられながらシチューを作る。


「兎は私が捌いちゃいますね。」


小さい声でそう言って、手慣れた手つきで兎を捌くアヤメ。


ワイには出来そうもない。


そうこうしている内に、シチューが完成した。


「ふっふっふ。俺がこのシチューのおいしい食べ方を教えてやろう。」


カルドンがグラジオラスとヒゴタイに話している。


2人とも目を輝かせて、お願いします!マスター。なんて言ってる。


スカーレットはチーゼルとこの後のことを話している。2人ともラベンダー湿原より先には行ったことがないって言ってたな。


「なぁなぁローゼル。ダリアが捕ってきたきた兎の方が美味しいな。」


「あんたねー。こんなの煮込んじゃえば一緒よ。どれがどっちが捕ってきた肉かなんて分かんないでしょーに。」


そりゃそーだ。


「そんなことないのだ!ダリアには分かるのだ。」


そう言ってこちらを見る。


ダリアと目が合うが、プイっとそっぽ向かれてしまった。


いつもなら、なぁタロー?とか言われるんだろうけど、最近はずっとこんな感じだ。


まぁ、いつも引っ付いていたのが離れたような感じか?


「あんたまだ怒ってんの?」


「別に怒ってないのだ。」


怒ってるじゃん。


ふと、ダリアが怒っている原因である、ワイとスカーレットの関係を思い出す。


街中でゆっくりする時とかは、2人きりで買い物とかするけど、よくよく考えたらこうやって旅をするとあんまり2人きりって感じはないな。


お互い好き同士でも、これが付き合ってても、きっと今と変わらないんだろうな。


「難しいものだな。」


ふと隣でカルドンがワイに言う。


「え?」


「考えていたのだろう?スカーレットとのことを。こうして旅をしていると、普通の恋愛というものが出来なくなるものだな。その点、ダリアはすごいと俺は思うがね。」


ワイにはダリアの何が凄いのかは分からなかったが、普通の恋愛が出来ないという点には、同意できる。


ひと時の安息だ。


休憩が終わると再びレモンバーム丘を進む。目指すりんご市まではそう長くかからない。



へなちょこでヘンテコなパーティーは無事にりんご市に到着した。


あの休憩以降、主だった戦闘はなかった。


<グラスランドタイガー>1匹。


<デスストーカー>2匹。


<デスストーカー>1匹と<レモンバーム蛙>7匹。


くらいで済んだ。


最近ここを往来しているからモンスターが少なくなったのだろう。とカルドンが言っていた。


何はともあれ、宿屋でゆっくりと休める。


ふかふかの布団、それに――


「お風呂ー!」


ローゼルが服を脱ぎながら言う。


そう。汗を流せる機会が少ないから、お風呂は最高なのだ。


ワイらは暫くりんご市を拠点にラベンダー湿原攻略を開始する。


今日明日でアイテムの補充を終わらせる予定だ。


山に向かって右側(西側)は、湿原の影響で霧が濃く出ているので、そちらを周ってモンスターを減らすのが目的だ。


何しろここから先は、ワイらのパーティーは誰も行ったことがない地域。


地図によると、ラベンダー湿原を抜けた先に山脈があり、ここを登らず周ると、山脈の西側には砂漠が広がっている。


砂漠を更に西に進むと平野があり、その平野に囲まれるようにみかん町がある。


平野を北上すると川が流れていて、その川の向こうはレモングラスの森だ。


川は流れが強くて幅も広く、橋もないため渡れないらしい。


さっきの山脈の東側にドワーフの洞窟がある。


みかん町で休まないと厳しいだろうが、そこまでの道中も厳しいと思われるので、とりあえず湿原周辺のモンスターを減らすことを目的とした。


「さ、買い物に行きましょ。」


お風呂上りの夕方。


ワイはスカーレットと一緒に買い出しに出た。久しぶりのデートだ。


すもも村では少ししか2人きりになれなかったから、ほんと久しぶりな気がする。


「とりあえず各自でアイテムは調達することになってるから、私たちも自分たちで必要だと思うものを調達しましょ。」


ふとここで重大なことに気が付いた。


「そういえばそろそろ俺のお金なくなってくるんだ。」


「ほんとに?あ。私もだ。みんなも同じような感じかしら?」


「ここを拠点にするなら、少し資金稼ぎもした方がいいよね?依頼の掲示板見てみる?」


ワイが提案して、掲示板を見てみた。


《依頼内容》


・ブルードラゴンの討伐 金金金


・ミントスライムの粘性液の採集 白


・グラスランドタイガーの討伐 白白白


・ミント洞窟の踏破 金金金


などがあった。


「ミント洞窟に関するものが多いわね。ラベンダー湿原に関するものをやるかミント洞窟に関するものをやるかね。」


スカーレットがブツブツ言い始めた。


ここで考えても仕方ないので、色々買い物をして周って、夕食前には宿に戻った。


夕食の席で、みんなにも懐事情を聞いてみると、やはりみんな所持金がなくなりつつあった。


そこで、さっきみた依頼内容を話した。


「私たちの目的でもある、ラベンダー湿原に関する依頼をするのが一番効率がいいけど、ミント洞窟のミントスライムの依頼は魅力的なのよね。」


スカーレットがみんなに言う。


チーゼルも、そうねぇ。と言いながら悩む。


というのも、ミントスライムから採れる粘性液は非常に高価な値段で取引されるらしい。


「正直、報酬の10銅なんて割に合わないくらい高価で取引出来てしまう。」


カルドンもそう言うように、かなり高価なものらしい。


「でも、ミント洞窟は危険なのではなかってですか?」


グラジオラスだ。


「それにウチらの目的地とは反対側っしょ?」


ローゼルもミント洞窟に向かうのは反対のようだ。


「ラベンダー湿原関連の依頼をこなす?」


スカーレットがみんなに聞きながらワイの顔を見る。


決めるのはワイということか。


「依頼を出しているってことは、困ってるってことだから、俺的には効率的でないにしてもミントスライムの依頼を受けてあげたい気持ちがあるかな。」


正直な気持ちだった。


困ってるんだろうし、多く素材が取れればラッキーだし。


「そこが太郎のいいところだな。」


カルドンに頭をポンとされる。


なんだか子供扱いされた気分だ。


何故かワイの一言で決まったようだ。


《依頼内容》


・ミント洞窟でミントスライムの粘性液を採集する


・ドワーフの洞窟でドワーフから同盟の約束を取り付ける



りんご市を北へ進むとミント洞窟がある。


「この洞窟は上に向かう層と下に向かう層に分かれてて、今のところ上は5階まで下は7階まで踏破されてるの。」


チーゼルが簡単に教えてくれた。ミントスライムは入り口すぐの1階層に出現するらしい。


「1階層は比較的弱いモンスターしかいないから安全のはずよ。」


と締めくくった。


入り口は外からの灯りで明るいが、奥に行くにつれてだんだんと暗くなってきた。


購入しておいた松明に灯りを灯して先に進む。


奥でも酸素があるということは、所々穴でも空いているのだろうか?


「いたぞ。」


周りをキョロキョロしていたワイにカルドンが教えてくれる。


いかにもスライムという感じのモンスターが目の前をぷよぷよしていた。


「この世界で最も弱いモンスターの1匹だな。」


両腕を組んでカルドンが説明する。


ああいうのならワイでも倒せる気がするな。


「2階に上がれば<グラスランドタイガー>もいるから、その依頼もこなしちゃいましょ。」


チーゼルがそう言って、ワイとダリア、カルドンとグラジオラスでこの階のスライムをなるべくたくさん倒すことにした。


他の5人は2階層へ上り、<グラスランドタイガー>を倒してくることになった。


1階層のモンスターはすでに見たことあるモンスターばかりだった。


大きめで毒がない<レモングラスの蛇>。あのダリアが非常食とか言って捕まえてたやつだ。


巨大な毒蜘蛛<レモグラスパイダー>や、集団で毒鱗粉攻撃をしてくる蛾<悪意の蛾>などがいた。


強敵と言っても、<レモグラライオン>くらいで、以前は苦戦したが1匹ならダリアとグラジオラスで楽勝だった。


「アイテムがあるとここまで違うものなんですね。」


素直にワイは喜んだ。


グラジオラスの魔法が連発できるのは非常に助かった。


「あぁ。だが資金稼ぎをしているからアイテムの連発は控えた方がいいだろうよ。」


カルドンが釘を刺す。


確かに、お金を稼いでいるのにお金を使うようなことをしていては意味ないな。


<精神薬>は意外と高めのアイテムだし。


「なるべくダリアが倒すのだ。」


倒したライオンの肉は、食用となるので、カルドンが器用に燻製に仕上げる。


洞窟内が煙いが肉のためだ!


「む。煙いのだ。前が見えなくなるのだ。」


とダリアも文句言ってるがまぁ気にしない。


ダリアが2匹目のライオンと戦っている間にワイも2匹目のスライムと戦ってみよう。


人生初の戦闘だ。


1匹目のスライムはダリアがさくっと倒しちゃったし、今はグラジオラスが粘性液を絞ってるはず。


どう頑張っても扱えないであろう剣を鞘から抜く。


重い。。。いつも戦闘中は鞘ごと地面に置いてたからな。


両手で持っても重すぎる。


でもこれだけリーチが長ければ、飛び道具のないスライムから攻撃されることもないだろう。


「はぁ!」


よろめきながら高く剣を掲げて下に振り下ろす。


ビチャァッ!


スライムが砕け散った。


倒した…のか?


剣でツンツンしてみるがびくともしない。


よし!これでワイもレベルアップだー!


グラジオラスの見よう見まねで粘性液を絞る。


驚いたのが、飛び散ったスライムの破片からも粘性液が絞れたことだ。


ダリアを見ると、パンチの連打でライオンを寄せ付けていなかった。


確かあのライオンは動きが少し素早かったな。


そう考えながら、ダリアの隣に剣を構えてライオンと対峙する。


「何をしているのだ?タローには荷が重いのだ。」


「いいんだよ。俺は囮みたいなもんだから。ダリアが倒してくれ。言っておくけど、俺この剣扱えないからな。」


「タロー!それは足手まといというやつなのだ。」


うるさいよ!


「はぁ!」


とワイは大げさ剣を振りかぶる。


当然のようにライオンの意識はワイに向いた。


ワイは上手に剣が扱えないので、少しよろける。


スキだらけのワイにライオンの鋭い爪が迫る。


ドゴォー!


ダリアのキックが炸裂した。


「貸すのだ!」


ワイの剣を泥棒の様に奪ってライオンに留めを刺していた。


「よし。食べれる部位に切り分けるのは俺に任せろ。」


カルドンが言い、手際よく解体する。


ライオン2匹から非常にたくさんの燻製肉が出来上がった。


「当面の食糧には困らなそうだな。」


それにしてもこの洞窟。普通の街道と違って次々とモンスターが出てくる。


ワイはもう剣が使えない。筋肉が悲鳴をあげている。


ダリアは蛾と戦っていた。


「お待たせー。」


そう言って奥からチーゼル達が帰ってきた。


<グラスランドタイガー>を倒した証として、毛皮を剥ぎ取っていた。


「ここ、資金稼ぎには持って来いの場所だぞ。」


カルドンがやや興奮気味に言う。


「そうねぇ。スライムとライオンをたくさん狩るって手もあるけど、私としては湿原のモンスターを狩った方が効率的だと思うわ。」


ワイもチーゼルの意見に同意した。


こうして村へ戻って、依頼達成の報酬を貰い、余った粘性液は売却した。


「当面のお金にも困らなそうね。明日湿原へ向かいましょ。依頼もついでにこなす?」


チーゼルがワイに訊く。


「いえ。モンスターを限定してると大変ですし、とりあえず暫くはモンスターを減らすことを目的として、依頼はお金がなくなってきたらにしませんか?」


「うむ。俺もその意見に賛成だ。いざとなれば、また洞窟で稼げるだろう。」


カルドンも賛同してくれた。


こうしてワイらは、ラベンダー湿原へ向かうことになった。



ラベンダー山に向かって右側(西側)を迂回するように歩くと、ヒゴタイとアヤメが以前に言っていたように、途中から荒地となり濃霧が出てきた。


気味の悪いような空気が辺りを包む。


「恐らくだけど、湿原も同じような霧が発生しているはずよ。視界が悪いから注意してね。」


スカーレットが忠告する。


そう言った瞬間、目の前に黄色い蛙が現れた。<レモンバーム蛙>だ。


やはり霧で視界が悪く、発見が遅れた。


「気を付けるのだ!他にもいるのだ!」


蛙は3匹しか見当たらなかったので、全員で囲って倒そうと思った瞬間、ダリアが叫ぶ。


ダリアの視線の先には何やら人影があった。霧で姿は見えないが人間みたいな姿だ。


手早く蛙3匹を倒すと、影がぬっと霧のカーテンから姿を現した。


腐った人間だった。いわゆるゾンビというやつだろう。


「確か<死を呼ぶ者>とかいうモンスターだ。」


カルドンはモンスターに詳しいな。


ゾンビは一般的な人間には出来ないような動きを見せた。


体が腐っているから出来る芸当なのか、体を背中方面に倒して弓なりに反り、その反動で飛びかかってきた。


その威力は荒れた地面を簡単に抉った。


「気を付けろ!異常な攻撃力だ――」


カルドンが途中で言葉を切った。


ゾンビは、攻撃してきたのではなかった。地面にいた<レモンバーム蛙>を食べていたのだ。


ワイらが倒した3匹の蛙をぺろりと平らげた。


「あれって食べれるの?」


うえぇーとローゼルがカルドンに訊く。


「普通は毒があるから食べれないと思うがな。」


口の周りに蛙の黄色い体液を滴らせてこちらをゾンビが向く。


「ヒゴタイ!我が呼び声に応えよ!風の主よ!」


カルドンが声をかけて無駄な詠唱をすると、ヒゴタイが<スピード>をみんなにかけ始めた。


「あなたよく何の魔法か分かるわねー。」


チーゼルが感心する。


全くもってその通りだ。


「何となく分かります。」


にこりとヒゴタイが笑っている。うむ。可愛い。だがワイには<スピード>の魔法をかけて貰えないのは何でなんだ?戦力外だとでも?グラジオラスにもかけているのに?


「ゾンビなら火に弱いだろう。グラジオラスいくぞ!生きとし生ける者全てを灰とかせ!」


グラジオラスの<ファイア>がゾンビを包む。


効いている。やはり弱点は炎のようだ。


アヤメが真っ二つに切って留めを刺した。


「きゃあ!」


ヒゴタイの声だ。


全員がヒゴタイの方を向くと巨大で色鮮やかな蜘蛛がいた。


気絶しそうになった。


両手には大きなハサミを持ち、針のような尻尾、口元にはムカデの顎のような牙まである。


ヒゴタイは蜘蛛の糸に搦め捕られていた。


「たぶん<ラベンダー蜘蛛>だ。確か牙と尻尾に毒があるはずだ。」


カルドンが持っている知識をフル活用している。


度々カルドンは街中で本を買っていたが、こういう時のためだったのか。


「複数の箇所に毒を持つのは厄介ね。」


チーゼルが舌打ちする。


ローゼルが弓矢を射る。


思えば最近のローゼルの弓矢の技術は進歩している。


今までは10本に1本くらいの命中率だったのが、最近は7本に1本は当たるようになってきていた。


みんなも、飛んでくるローゼルの矢を避けるのは難なく避けれるようになっていた。


「ローゼルの弓矢は下手すぎるのだ!」


叫びながらダリアがヒゴタイ救出に向かう。


「まぁ、少しは上達してるんだけどねぇー。」


やはりチーゼルもローゼルの上達に気が付いているようだ。


「グラジオラスは、少し休んでいろ。」


カルドンがグラジオラスを背中に庇うように立つ。


「悪いが太郎。後ろを見張ってくれないか。」


そう言われて、ワイとカルドンがグラジオラスを挟むように立って守ることになった。グラジオラスの横からはローゼルが弓を放っている。攻撃しながらグラジオラスの横を守っている形だ。


ローゼルの反対側の横にはアヤメが身構えている。


霧が濃いから目の前の蜘蛛だけを相手にせず、他も警戒せねばならない。


ダリア・チーゼル・スカーレットの3人がヒゴタイを救出しつつ蜘蛛と戦っているが、ワイからは後ろになっているのに見えない。


それに、こっちもそれどころではなくなってしまった。


「青い…竜?」


思わず絶句してしまった。

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