第八章 エルフの森で
<笑う木>との戦いから数日後、ワイらは順調にレモンバームの丘を進んでいた。
すでに進む方角を南に変えている。
あれから幾度か戦闘があったが、<笑う木>に比べるとそこまで大した戦闘ではなかった。
特に、チーゼルやスカーレットがいれば、<グラスランドタイガー>1匹程度では脅威にすら感じなかった。
「それにしてもあれね。このパーティーはちょっと、私たちに戦闘を頼り切ってるところがあるわ。」
野営中にチーゼルが指摘した。
そうだ。チーゼルとスカーレットの強さについていけてるのはギリギリでダリアのみ。
ローゼルは持ち前の身体能力の良さを活用して、頑張っているが他のメンバーは全然ダメだった。
「一番酷いのはあなたよ?太郎。」
フッ。と引き抜いた鼻毛を飛ばしてくる。
きたな!偏見で見ないようにしているけど、きたな!
分かってるよ。戦闘で見事に足を引っ張っているのはワイくらいだ。
魔力がないグラジオラスも<ファイア>で一応のダメージは与えているし、最近は2発は撃てないにしても1発で魔力が空になることもなくなっている。
カルドンは、チーゼルの戦術をどんどん吸収している。
アヤメは留めを刺すタイミングが上手になっていた。
ヒゴタイも新しい補助魔法を覚えていた。砂の壁を作って目隠しや多少の防御に使える<サンドウォール>と動きを素早くする<スピード>の魔法だ。
ワイだけは、未だに剣すらまともに扱えない。魔法の知識は皆無。チーゼルやカルドンが話す戦術もさっぱり。
「勇者はいいんじゃない?ウチが守るし。」
ローゼルが庇ってくれる。
そういえば、日にちが経ったからかローゼルやヒゴタイ、アヤメの態度は元に戻っていた。
相変わらず怒っているのはダリアくらいだ。
「まぁ私も太郎のことは守るけど。」
そう言ってスカーレットが手を握ってくれる。
「僕たちの前でイチャつくのは禁止!」
ヒゴタイが頬を膨らませてる。可愛い!
これだよこれ。ワイが求めていたハーレム状態!ワイにチートスキルがない以上、戦いに身を投じないでハーレムだけを楽しむことだって本当はできたはずなんだ。
なのにこの世界は、勇者だからと理由をつけて色々押しつけてくるんだよなぁ。
「まぁ。あなた達がいいならいいけど。」
ふわぁー。とあくびをしてチーゼルは寝袋にくるまった。
今夜の見張りはワイとダリアだ。
無言しかない予感。
火が消えないように木の枝をくべる。
やかんに入っているお湯でダリアに香草入りのお茶、いわゆるハーブティーを淹れてやった。
「ほらよ。」
「別に飲みたいなんて言ってないのだ。」
プイっとそっぽ向かれてしまった。
「なんかダリア最近ずっと機嫌悪くない?」
「そんなことないのだ!」
ダリアが食い気味に否定してきた。
そんなことあるだろうに。
そう言えば、この世界の人たちは、ワイに勇者だからと色々押しつけてくるけど、ダリアは勇者だからって押しつけてくることはないな。
代わりに裸を見たから結婚しろと迫ってきたけど。
「なぁダリア。」
まじまじとダリアを見てワイが声をかける。
「何なのだ?」
まだむすっとしながらも、返事をしてくれる。
「俺、もっと強くなれるのかな?」
あれ?違う。
ワイが聞きたかったのはダリアが怒ってる理由だ。
「タロー?」
心配そうにダリアもこちらを見る。
さっきチーゼルに言われて、やっぱりワイも心のどこかで不安に思ってたのかな?
ずっと思ってた不安がここで爆発しちゃったのかな?
「タローのことはみんなが守ってくれるのだ。もちろんダリアも。タローが強くなる必要なんてないのだ。」
なんだかダリアが大人に思えてしまった。
「そうか。」
ありがとう。と小さく呟く。
でもダリアは許さないのだ。
と小さく聞こえた気がした。
●
すもも村は小さな村だった。
りんご市ほどアイテムが揃っているわけではないが、とりあえず必要な食糧やアイテムの買い出しをすることにした。
「小さな村だけど、のどかでいいねー。」
隣を歩くのはスカーレットだ。
最近はスカーレットとペアになることが多くて嬉しい。
「そうそう。エルフの森なんだけど、私たち人間が行くわけにはいかないから太郎1人で行ってもらうことになるけど大丈夫かな?一応護衛で途中までダリアがついていくけど、ダリアのわがままみたいなもんだし途中からはほんとに1人だから。」
そうなの?人間嫌いの種族とかなのかな?
まぁダリアは一緒でも問題なさそうだけど、魔王の娘ってのが秘密だからそのまま帰した方が無難か。
一緒に行けたら変に怪しまれるもんな。
「あぁ。分かったよ。」
次の日の朝食は、落ち着かなかった。
みんなが、エルフを怒らせないようになどとワイに注意してきた。
「まだ食ってるのか?」
相変わらず食べるのが遅いダリアを置いて食堂を出ようとすると、ダリアが待ってーと言ってきた。
「落ち着いて食えよ。入り口で待ってるから。」
そう言い残して食堂を後にする。
ええと。手土産を持って行けばいいんだっけ?エルフの森にモンスターはいないらしいし、まぁワイ1人でも平気だろ。
思えばこの世界に来て1人で行動するのは初めてだな。
入り口にはダリアが待っていた。
「行くぞタロー。」
相変わらず怒っている。ご飯の時待っていなかったからか?いや、それはいつものことか。
村人に案内されてエルフの森の入り口まで向かう。
「どうか。エルフ様を怒らせないでくだせぇ。」
村人に言われて、ワイは1人で森へと入っていった。
「タロー!」
ダリアに呼び止められる。
「早く帰ってくるんだぞ。」
なんだそれ。寂しいのか?ダリアは村人にこれ以上先に進んではならないと制止させられている。
「娘さん。この場自体村人の中でも数人しか訪れることはできぬのじゃ。あなたがここに来たことが知られれば、エルフ様を怒らせてしまう。」
などと村人がダリアに言っている。
エルフってそんなに怖い種族なの?
ワイが思うに、エルフってちょっとエロい服装でお姉さんで優しいイメージなんだけど。
森を道なりに進むと、ものの数分でいかにもエルフという感じの人に出会った。
「人間。ここは聖域だ。去れ!」
「あっと。人間の街で、エルフ様に援軍を要請したい場所があって来た勇者の山田太郎と申します。」
自分で自分を勇者って言うの恥ずかしい!
「人間の世界に勇者が誕生したことは知っている。だが我々が人間に味方をすることはない。」
「待ってください。これは手土産です。」
あれ?手土産がない。確かにモンスターの毛皮で作ったマフラーを手土産にと村人から渡されたのに。
「もうよい。人間は去るがいい。」
ワイがもたもたしている間にエルフが呆れたように言う。
「ちょちょちょちょっと待ってください!あれ?どこ行ったんだろ?」
「我々が手土産なんかに騙されると思うのか?」
あれ?怒らせた?
帰れ帰れと森の入り口まで押される。
意外と力強いな。
「タロー!どうしたのだ?」
あれ?ダリアまだいたのかよ!
「!あの者は!勇者。なぜあの者と一緒にいる。」
ダリアを見てエルフの表情が変わった。もしかしてダリアの正体に気づいた?
「ちょっと訳ありでして。とりあえず話だけでも聞いてくれませんか?」
よかろう。と一言頷き、ワイをエルフの町に案内してくれた。
ダリアが遠くでキョトンとした表情をしていた。
●
エルフの町は、すもも村からエルフの森を東に抜けた先にあった。
徒歩で5時間というところだろうか。
無言で歩かされた。
エルフの町は木造の建物が中心で、かなり発展していた。
「こっちだ。」
エルフの門番らしき案内人がひときわ大きな建物へと案内する。
大きな間で少し待っていると、族長らしき人が部屋に入ってきた。
とても美人なエルフだった。
「お主が勇者か。話は聞いた。まずはっきりさせねばならぬことは、我々エルフ族は人間とは手を組まないということだ。そしてお主がなぜ魔王の娘と行動を共にしているのか、その理由も聞こうか。」
えぇ?エルフはやっぱり人間とは手を組まないの?
「えっと。どうしても援軍の要請は引き受けてくれませんか?」
ダメもとで訊いてみる。
「ならん。我が問いに答えよ。」
ひえー。怒らせちゃダメだから、とりあえずダリアと行動を共にしてる理由を話すか。
「えぇと、俺はこの世界の人間じゃないんです。」
そう前置きをして、ワイはこの世界に転生した経緯とダリアと出会ってから旅をしていることをかいつまんで話した。
「なるほど。となると勇者は魔王の娘の婚約者というわけだな?」
「いや。それはダリアと魔王がそう言ってるだけで、俺はそんなことは思っていないんだけど…」
「否!魔王の決定は絶対だ。とはいえ、魔王の娘の頼みとなれば話しは違う。相手が魔族のモンスターだとしても、我々エルフの精鋭を派遣しておこう。」
ラッキー。ダリアって実は凄いんだな!
「我々エルフ族の願いとしては、勇者。お主に魔族を救って貰いたいものだがな。だが勇者の宿命もあるからな。難しいが、いやはやある意味楽しみではあるな。」
わけわからんこと言われたけど、とりあえずエルフが援軍出してくれるってことで話がまとまった。
そうと決まればワイとしては早くこの場を去りたかった。
堅苦しいし、なんかワイの意見とか無視されてるし。
「それでは勇者よ。我らエルフ族が人間に援軍を送るための儀式をこれより執り行う。」
なに?儀式って?
これはすぐには帰れそうもないな。
その後、30分ほどお経のような呪文を永遠と聞かされた。
ふと気が付くと、ワイの腕にミサンガのようなものが現れた。
「ふむ。これにて儀式は終了だ。我らエルフ族は勇者と正式に契約を結ぶ。ここに血判を。」
血判ってあれ?血のやつ?指をがぶっとか噛んで血を出すやつ?
あんな痛そうなのやるの?
周りを見ると、エルフの衛兵たちがこちらを見続けている。
やらなきゃいけない空気だ。
ガブッ。
痛い…けど血は出ないぞ。
そもそもこんなことで血が出るなんて物語の世界だけだよ。
「何をしておる?そこの針で指を刺せばよかろう。」
鼻で笑われた。
先に言ってくれ。
「あ、はい。すみません。」
だが逆らえない空気。長い物には巻かれろと言うしね。
ぷっ。と軽く指に針を刺した。
ぷくぅ。っと血が出てくる。
「いちち。これでいいですか?」
長い何も書いていない白い紙に血を押し付けると、紙が黄色く光った。
そのまま紙は、ワイの腕に突如現れたミサンガのようなものに吸い込まれるようにして消えた。
「?」
何が起きたのか分からず、指の血を舐めながら呆然とする。
エルフ達からは滑稽に見えたことだろう。
何人かは嘲笑っている。
しょうがないじゃん。分かんないんだから。
「すまぬ。お主がここまで無知だとは。別の世界から来たというのはどうやら本当のようだな。」
族長が頭を下げた。いいのか?王様みたいなもんでしょ?勇者とはいえ、ワイみたいなガキに頭を下げていいのか?
案の定周りのエルフ達が、族長!と言って騒ぎ立てた。
「さて勇者よ。これより、説明をするがその前に何か言っておくことや聞いておきたいことはあるか?」
何もなかったかのように族長が言う。
言っておきたいことや聞いておきたいことか。
「えっと、魔王の娘は普通の人間として生活しています。どうかあの子のことは人間として接してください。」
「ふむ。そうだろうな。でないと他の人間と仲良くできるはずもないものよの。相分かった。他には?」
「どうしてそんなに人間を毛嫌いしているんですか?」
質問をミスったようだ。
周りのエルフ達、族長に睨まれた。
「どうして。だと?人間は勇者にその理由を教えていないのか?」
え?どういうこと?人間もエルフに嫌われている理由を知っているってこと?
そういえば、りんご市のオネェ受付が癪だけどって表現していたっけ?
「人間とエルフ族は仲が悪い?」
ワイがポツリと呟いた。
「その通り。その原因は全て人間側にある。」
族長が頷く。
「俺がいた世界では、魔王が悪で勇者が正義で、魔族も悪って立場なんですけど、もしかしてこの世界では人間や勇者が悪の立場なのでしょうか?」
ワイは悪側に転生してしまったのか?
しかしどうやらそうではないらしい。族長は首を振りながら諭すように言う。
「勇者よ。まだ若いな。いいかね。正義なんてのは立場によって変わるものだ。我らエルフ族は人間を確かに恨んでいる。嫌っている。だが全ての人間を恨んでいるわけではない。だからこそ、勇者に手を貸すことにしたのだ。」
ワイにはちょっと難しく聞こえた。
「さて、エルフ族と人間のいざこざを話すには、勇者という君の立場と魔王の娘と結婚をするという立場からいって、非常に微妙となる。これはまだ若い君に話せば見聞を狭めることになるかもしれん。まずは広く知識を集めて、自分で考えてみることが大事だ。」
この話はこれで終わり。そう聞こえた。
今は言わないけど、いずれ言う。それまでに世界のことを知り、自分なりの考えを見つけろと。
「この儀式によって勇者がそのミサンガに呼びかけることで、我らエルフ族の誰かがすぐにそこから召喚されるようになる。」
すっげー!召喚魔法じゃん!
「ただし、あくまでもこれは契約。呼び出したからには相応の供物を捧げねばならぬ。」
供物?生贄とかそういうの?
「我々エルフ族は、木の実を好む。おいしい木の実を報酬として頂きたい。ということだ。」
にこりと微笑まれた。
「分かりました!この契約はいつまで続くのでしょうか?」
「本当なら、その町を助けたら切っていいのだが、君たちの行く末を見届けるまで有効としよう。」
またまたにこりと微笑まれた。
意外と優しい人なのかもしれない。
「君たち人間のことだ。このあとドワーフの洞窟へ向かってあやつらとも契約するつもりだろう?エルフ族同様にドワーフ族もまた、人間を恨んでいる。気を付けるのだぞ?」
幸運を祈ると言って族長は部屋を後にした。
「晴れて我々エルフ族の同盟者となった勇者殿!今日はもう遅い。我らの宿へと案内しよう。」
族長が部屋を去ると、1人のエルフが手を取って来た。
「私はミシシッピ!人間の世界に興味がある。楽しい話を聞かせておくれ。」
エルフの青年といったところか。
人間がどうやって生活しているのかとか、娯楽は何かなど聞いてきた。
「やはり人間世界は楽しいな!我々エルフ族は、閉鎖的な空間で暮らしている。これが一族を守るためだと言われているが、私はそうは思わない。」
「でも、この広大な森に隠れられるというアドバンテージはでかいと思いますよ?きちんと一族を守ってくれそうな森ですし。」
素直な意見を伝えると、にこりを笑われた。
「勇者殿は本当に若くて素直だ。この森が我々一族を守ってくれていることは分かっている。それでも私は外の世界が見てみたいんだ。族長から許可が下りれば、私が人間とエルフの繋がりとなる。」
宿屋に着いたので、話は終わった。
つまり、ミシシッピが援軍要請を許可すると人間側に伝えるということか。
誰もいない部屋で1人黙々とご飯を食べながら色んなことを考える。
人間とエルフのこと。人間と魔族のこと。正義についても。
考えても答えは出なかった。
そういえば前にダリアが、人間が住みやすいようにこの世界を変えたとか種族と交わったとか何とか言っていたような気がした。
それがもしかしたら、人間が嫌われる理由なのかな?環境破壊とかそんな感じで。
それなら確かに人間側にも正義がないとは言えないし。生きるためだし。
ダリアと言えば、ワイといないのは初めてじゃないか?大丈夫だろうか?
まさかまだ村の入り口で待ってるなんてことはないだろうな。
帰ったらダリアが怒る顔が目に浮かぶ。
ふふ。と一人で笑ってしまった。
●
神の軍勢の幹部達は忙しそうに行ったり来たりしていた。
「カリモーチョ。君、魔王ブッドレアのところに行ったんだろう?」
キティがカリモーチョに言う。
「相変わらずの強さだったよ。忌々しい。我々神の軍勢に勝つ気でいたよ。」
「なんと傲慢な!」
2人の背後から声をかけたのは、食欲のジンバックだ。
「傲慢と言えば、最近シャンディガフを見ないけどどうしたんだろ?」
ジンバックがそう言いながら小首をかしげる。
「ジントニックと共に勇者にちょっかい出しに行ったよ。ここまで連れてくる役目を与えられたそうだ。」
やれやれとキティが首を振る。
「そしてボクたちは、魔族を減らすように人間を焚き付けることが役目と。」
ニヤリとカリモーチョが笑う。
「カリモーチョ。君また嫌なこと考えているだろう?」
「やだなぁ。ボクがそんな嫌なこと考えるわけないじゃんー。でも焚き付けるならボク得意だしー。」
へらへら笑いながらカリモーチョは去っていった。
残されたキティとジンバックは目を見合わせた。
あれは絶対に何かやらかすと。
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