第七章 再戦!笑う木!
翌朝、日も登らない内にワイは目覚めた。
ほんの数秒しか寝ていないような気分だ。
結局ワイとスカーレットは付き合ってはいない。他の人よりも進展したような関係ということだろう。チーゼルに言ったら怒られそうだな。
朝食を摂りに行くと、スカーレットがもう起きていた。
「あ、おはよう。昨日のことでドキドキしちゃってあんまり寝れなかったよー。」
そう言いながら、隣に来る。
「俺も。何だろうね?俺らが進展したってことなのかな?」
「進展?お互いに恋愛のれの字も知らないのに?」
笑いながら言われてしまった。
「でもま。みんなよりは頭一つ分くらいは抜き出たかな?」
こちらを向いて小首を傾げる。可愛い!
頭一つ分どころか、三つも四つも抜き出てるよ!
でも上手く言葉には出せないワイ。
そんなワイを見て、スカーレットが微笑む。
「まずは太郎が緊張しないようにすることが先決だね!」
ちょびっと寂しそうな顔をしたように見えたけど気のせいか?
そうか。ワイが緊張しなければ、上手にスカーレットと話も出来るし、関係が更に良くなって付き合うことも夢じゃなくなるんだ!
よーし!とワイが心の中で気合を入れると、背後から声がかかる。
「朝からイチャついてるんじゃないわよー。」
チーゼルだ。
ドンッ。とローゼルからは無言のパンチを喰らった。痛いな!
「太郎ちゃんのバカ…」
グスリとヒゴタイには泣かれてしまう。
うっ。こういう時ってどうしたらいいの?
「ダメなのだヒゴタイ。そういうことは言わない約束なのだ。」
ダリアがヒゴタイをなだめている。珍しい。それにしても…
「約束?ってなんだ?」
「タローには関係ないのだ。教えてあげないのだ。」
べー!と舌を出されてしまった。あのやろ!
どうせ、スカーレットとワイを祝福しようとか、文句は言わないとかそんな感じの約束だろ。
ったく。いちいちダリアは子供なんだよ。
「どうかした?」
おおぅ!隣にスカーレットがいてビックリ驚く。
「え?いや。なんかみんなよそよそしいなと。」
ははは。と苦笑いする。
「私たちが祝福されるのは、もうちょっと後のようね。」
そう言ってスカーレットはワイの手を引いて席に誘導してくれる。
「太郎の分も取ってきたわ。食べましょ。」
優しいね!ダリアとは大違いだ!ヒゴタイもこれくらいはしてくれそうだけど。
これから戦う敵を思うと全員緊張の糸を切らさないようにするのも分かる。
分かるけど、この張りつめた空気はそれだけが原因じゃない。
もくもくと食事をした後は、ポツリポツリと各々が部屋へ戻り、荷物を取りに行った。
ワイもそろそろ部屋へ戻ろうとしたけれど、まだスカーレットが食事を終わらせていない。
水でも飲みながらスカーレットが食事を終えるのを待つ。
「お先~。」
気楽な調子でチーゼルが部屋を出る。
ローゼルはアヤメと共に無言でワイの横を通り過ぎる。
「寝坊してしまった!」
バタバタとカルドンが慌てた様子でやって来た。後ろにはグラジオラスが控えている。
「マスター。パンだけでもかじったほうがいいです。」
そう言ってワイの隣の席に腰掛ける。
ヒゴタイが向こうからやって来てグラジオラスの隣に座る。
「カルドンちゃん。この前の理論もう1回教えて。」
パンをかじりながらカルドンがヒゴタイとグラジオラスに魔法の理論を説明しているが、ワイには難しすぎてさっぱりだ。
「お待たせ。」
向こう側でスカーレットが食器を片付けていた。
「行きましょ?」
にこりと微笑まれる。
部屋を出ようとすると背後から食器の音が聞こえる。
カチャカチャ。
「あ。」
ダリアだった。
確かダリアは食べるのが遅いくせに人一倍食べるんだっけ。
「な、何なのだ?」
ワイに食器を落としたシーンを見られて頬を赤らめている。
「急いで食べると、喉に詰まらせるぞ。」
「余計なお世話なのだ!ダリアは子供じゃないのだ!」
まったく。
ワイはくるりと背を向けてスカーレットの後を追った。
タローのバカ。とダリアの呟きが聞こえたが、いつものことだ。
「私のこと待っててくれてありがとね?」
ワイの気遣いを気づいてくれていたのか。
「いやいや。当たり前のことだよ。」
ちょっと緊張しながらも平然を装って答える。
ふふ。と微笑まれた。
「今日が正念場ね。太郎と私は多分違う場所に配備されるけど、頑張って戦いましょ。」
ぎゅっと手を握ってくれた。
顔が赤くなるのを感じる。
スカーレットも頬が赤くなっている。
くるりと背を向けて部屋に入ってしまった。
残念。本当ならここでキスとかあるのかな?
こんなところで突っ立っててもしょうがないので、ワイも荷造りをするために部屋に戻った。
●
荷造りを終えたワイらへなちょこでヘンテコなパーティー一行は、再びレモンバームの丘へ向かった。
狙うは<笑う木>だ。
昨日行動不能にしたというヘビは、そのまま地面に刺さっていた。
生命力があると言われているだけあって元気いっぱいだった。
いつ何が起こるか分からないという理由から、アヤメとスカーレットが留めをさした。
目の前には、怒りに満ちた雰囲気の<笑う木>が居た。
周囲には3匹の<グラスランドタイガー>と1匹の<デスストーカー>が控えている。
「やる気満々って感じね。」
チーゼルが呟く。更に続ける。
「私とアヤメで本体を叩きましょ!ローゼルとスカーレットはトラの1匹をお願いね!ダリアと太郎はヘビを倒してちょうだい。カルドン・ヒゴタイ・グラジオラスでトラ2匹をお願いするわ。ローゼルとスカーレットがすぐに援軍に向かうはずだから。」
「ちょっと無謀すぎないか?」
ワイがチーゼルに言う。さすがに無謀な作戦に思えたのだ。
いくらアイテムが豊富だからと厳しい気がしてならない。
「今日1日で敵を倒そうとは思っていないわ。厄介なトラとヘビがいなくれなれば儲けものってところね。」
そう言って木に向かって走り出す。一拍遅れてアヤメも後を追う。
ローゼルとスカーレットは<姿隠しの粉>で姿を隠した。不意打ちで大打撃を与えるつもりだ。
大勢いるから音消しや匂い消しは意味ないし、色んなところに注意が向くから夜襲とは違った不意打ちができるということだろう。
ヒゴタイが最初から覚えている魔法に、守りの魔法がある。
<ブロック>という見えない薄い障壁を作る魔法だ。
その魔法をカルドンの指示通りに上手に使うことで、トラの突進を抑えていた。
「目の前に集中するのだ!」
ダリアに言われて気がついた。
目の前にヘビが迫っていた。
しまった!周りの戦いに引き込まれていた。
ぐぼっ!
ダリアに蹴られてヘビの噛みつき攻撃を避けれた。
ダメージはでかいけど。
ワイは<蛇掴み>を構えた。
「よし!こっちに誘導してくれ!」
「必要ないのだ!ダリアだけで勝てるのだ!」
と言われてもそうはいかないだろ。
ワイだって本当はヘビなんて近づきたくないし触りたくもない。
でも戦いだし、この長いトングならいけそうな気もする。
ダリアはワイのことは無視してヘビを殴ったり蹴ったりしている。
皮が厚いからなのか、決定打がなかった。
しかも時折周囲と擬態してダリアの目から逃れるのがまた厄介だ。
ワイも苦手だけど、恐る恐るへっぴり腰でヘビをトングで掴もうと試みた。
あの、ゴから始まる不愉快な虫をシューってスプレーで退治する時になるような、へっぴり腰だ。
「タロー!危ないから下がっているのだ!」
ワイに気を向けたのがスキになったのだろう。
そのスキを突かれてダリアが噛まれた。
「ダリア!」
全身から血が吹き出そうな感情がこみ上げてくる。
蛇の毒に血清も毒消しもないはず。
苦手とかそういう感情は吹き飛び、とにかくダリアを助けなければという気持ちだけで<蛇掴み>でヘビをダリアから引き剥がす。
「大丈夫か?」
ワイのせいでダリアが死ぬようなことがあればワイは立ち直れない。
――!
ダリアは見たこともないような形相をしていた。
さすがは魔王の娘というところか。
起き上がると、傍にあった岩を片手で持ち上げ、ヘビをそのまま潰した。
同時にダリアはその場に倒れた。
「ダリア!ダリア!」
急いで毒消し草と回復薬をダリアに使う。
効果があるかは分からない。
使わないよりはマシ程度かもしれない。
こうしている間にもダリアは汗をかき、熱が上がってきている。
そういえば、傷口から毒を吸い出すという方法を聞いたことがある。
ダリアの腕にはヘビの牙に噛まれたような2つの穴があった。
確か間違って毒を飲まないようにすればいいはず。
ワイは夢中でダリアの傷口から毒を吸い出し、外に吐き出した。
途中で、ダリアの傷口を消毒したり回復薬をかけたり、毒消し草をぬったくったりした。
ワイ自身もうがいをして、念のため毒消し草をむしゃむしゃ飲み込んだ。
とにかく夢中だった。
その甲斐あってか、ダリアの様子が穏やかになった気がした。
「タロー。大丈夫か?」
弱弱しくダリアが訊く。
何でダリアがワイの心配するんだよ。
「やられたの?」
戦線離脱してきたチーゼルが訊く。
「一応毒は吸い出してみたんだけど、さっきまで喋ってたしたぶん平気だと思う。」
そう願っているだけだが。
戦いを見ると、離脱したアヤメがローゼルとスカーレットと共に2匹のトラと戦っていた。
木は<砂塵の包み>で目隠し状態だった。
「ある程度はダメージを与えたけどまだまだね。かなりタフだわ。」
チーゼルも戦いに参加して2匹のトラも倒した。
だが、全員満身創痍だった。
「ダリアが回復するまで、街で休みましょう。アイテムの補充も必要だわ。」
チーゼルがそう言って再び街へ戻った。
<笑う木>との3度目の戦闘は痛み分けとなった。
●
ダリアは3日後に目覚めた。
医者によると、毒を吸い出したおかげで血清の効果があったのかもしれないが、信じられないと言っていた。
もしかしたら、たくさん毒消し草を使ったからか、はたまた魔王の娘だからだったのかもしれない。
ワイは、毒消し草を生で食ったせいでお腹を壊した。
「生で食べるものじゃないよ?」
とスカーレットに笑われた。
かっこ悪い。
ダリアが寝ている間にスカーレットと共にアイテムの補充を終わらせておいた。
「次はようやく本体を叩けるわね。」
「でもまだハチがたくさんいるし、ヘビだってもっといるかもしれないんでしょ?」
やる気になっているスカーレットだが、一応の懸念を話す。
「トラがいないだけでも、かなり楽に戦えると思うわ。むしろ叩くなら早い方がいい。共生するモンスターが増えない内に。」
なるほど。
時間をかければ、新たなモンスターのと共生する可能性があるわけか。
ダリアも復活したことで、今回は全員で夜襲をかけることにした。
音も姿も匂いも消して木に近づくワイら。
<笑う木>は寝ていた。
木を守るヘビもトラもいないのに随分余裕だな。
作戦通り、ダリアとチーゼルが思いっきりパンチを食らわせ、退いた瞬間にグラジオラスの<ファイア>が飛んだ。
音が聞こえないから分からないけど、カルドンは詠唱をしたのだろうか?
そんなことをふと考えて、ちょっと笑いがこみ上げてくる。
おっと。目の前に集中集中。
ワイの役目はタイミングを見てみんなや敵にアイテムを使うこと。
つまり補佐的な役割だ。
木が炎上しているからなのか、ダリアとチーゼルのパンチが強力だからなのか、さっきから木以外のモンスターが現れない。
ヘビやトラはいないにしろ、ハチはいてもおかしくないはずなのに。
「様子が変よ!気を付けて!」
チーゼルがみんなに注意を促す。
チーゼルもワイと同じように違和感を感じ取ったようだ。
木にパンチ攻撃を仕掛けたことでダリアとチーゼルの姿は見えている。
隠蔽系のアイテムの効果はやはり効き目が弱い。
グラジオラスの姿が現れていないのが幸いか。
そう思った瞬間、<笑う木>が体を揺らした。
苦々しい記憶が蘇る。
「避けて!」
ダリアに向かってチーゼルが言うが、もちろん他の仲間に向かっても同じだ。
<笑う実>と<ジャイアントビー>がたくさん頭上より降り注ぐ。
ダリアとチーゼルは巧みに避けながらも、時折パンチを繰り出している。
「ダリアのパンチを何発も食らってるのに倒れないとは!かなりタフなやつなのだ。」
「ほんとに嫌になるわ。」
チーゼルも同意する。
ハチに対しては<煙玉>で対処するようにいわれていたワイは、<火打石>を使って何とか<煙玉>に火を点けようと悪戦苦闘いていた。
何しろ現代っ子。
ライターとかなら使ったことあるけど、マッチすら使ったことがない。
テレビとか色んな情報で<火打石>の使い方自体は知ってるけども、いざ点けようとするとこれが難しい。
――カッカッチッ!
よし!点いた。
時折、タローは何をやっているのだ?とか、まだなの?なんて声が聞こえた気がしたが、きっと気のせいだ。
日の点いた煙玉を木に向かって投げる。
こう見えてもワイは、物を投げる力には自信がない。
考えてもみてほしい。陰キャのワイに運動神経があるとでも?
案の定、木まで届かずに地面にポトリと落ちてコロコロ転がって行った。
「なんでここで煙玉を発動させるのよ!」
チーゼルが怒っているが仕方ないじゃん。投げる力弱いんだから。
何にしろ、これで<ジャイアントビー>への対策にはなっただろう。
<笑う実>はとにかく避けるしか対策のしようがない。
後はアヤメが<火付石>で大剣に火を纏わせて攻撃をすれば倒せる算段だ。
<火付石>も煙玉などと同じく火を点けてから使うアイテムだ。
火を点けて使用することで、武具に火を纏わせることができる。
「はぁ!」
作戦通りアヤメが、ダリアとチーゼルとは違う場所から突如現れた。
その大剣は火を纏っており、木を切りつけた時にその火が木に燃え移った。
<笑う木>は身を激しく動かした。
そのせいでたくさんの実が地面に落ちて爆発した。
更には、<ジャイアントビー>の巣もいくつか地面に落ち、煙玉で退治されていった。
「しっかりと倒せるまで油断しちゃダメよ。」
チーゼルが全員に注意を促す。
危ないところだった。油断するところだった。
実際最後の悪あがきに地面からたくさんの根っこを突き上げてきた。
さすがは熟練の冒険者だ。
こうして何とか強敵<笑う木>の討伐に成功したのだった。
目的地のエルフの住む森には、このレモンバームの丘を途中で東に向かって進み、途中で南に折れるとすもも村がある。
すもも村は、北部をレモンバームの丘が、他の周囲をエルフの森に囲まれた村だ。
まずはその村を目指すことになった。
「油断しないでね。レモンバームの丘にはまだまだたくさんの強敵がいるから。」
スカーレットがみんなに注意した。
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