第36話  元通り

 ……びっくりした。


 劇が観終わって、街中を再びロイと歩きながらフローラは頬おさえた。

 劇はもちろん楽しかった。

 

 小さいころから憧れていた。


 劇場の中で演者たちの劇を見に行くお話は子どもの絵本ではよくあったから。


 行きたかったけれど、館から出ることが許されなかったフローラにとっては夢のまた夢だった。


 しかも今日の演目は一番見たかった演目。

 もしかしたらロイが事前に調べておいてくれたのかもしれない。


 母親が死に、あとからきた後妻とその子供にいじめられていた少女が、いじめに勇敢に立ち上がり、心優しい王子に助けてもらいながら領主になるお話。


 自分も彼女のように強くなれたら――といつも思っていた。


 私もいつかロイ殿下みたいに強くなれるかな。


 そうロイはフローラの体にいてフローラと条件は同じはずなのに。

 こんなにも毅然と強いのに自分はどうだっただろう?

 びくびくして周りに怒られるのが怖くて少し怖い声をだされるだけで謝ってしまっていた。

 冷静になれば理不尽な事を言われてると気づくのに、怒られているときは本当に自分が悪いと思い込んでしまっていた。


(ロイ殿下を見習って私も毅然としなきゃ)


 そう思っていたところに、急にロイに体を引っ張られた。


「で……」


 不思議に思って話しかけようとしたところで、何故ロイがフローラを止めたのかその意図を理解した。


「フローラなぜこんなところに!?」


 そこには護衛を連れた聖女エミールと王子デナウの姿があった。


 どくん。

 心臓が跳ね上がる。


 幸せすぎて忘れていた。


 どうしよう、怖い。また怒鳴られ怒られる。体が震えそうになる。

 駄目、今はロイ殿下の身体。気弱なところなんて見せちゃだめ。


―― そんなの無理に決まっているじゃない。

   いくら勇敢なロイ王子の身体でも中にはいってるのは気弱なフローラ。

   駄目な子フローラ――


 声が聞こえてきた。そう気弱になるといつも話しかけてくる声。


 やめて、やめて今は違う。


 だってお父様は私を愛してくれていた。

 ロイ殿下だって優しくしてくれる。

 レクシス様だってセクス様だってエルティル様だって。


―― でも他の人は? 

   この国の人には嫌われたままじゃない。

   あなたは何もしていない、ただロイ王子の陰にかくれて強くなった気になっているだけ。

   王子がいなければ、気弱なフローラ、ダメなフローラに逆戻り ――


 違う。違う。違う。

 今はロイの身体で男性なのはフローラだ。

 今は気弱なフローラじゃない、男の私が殿下を守らなきゃいけない。


 そう思うのに体が震えて声がでない。

 

 そんなフローラを勇気づけるようにロイが手をぎゅっと握ってくれて、はっと我に返る。

 そしてフローラの身体のロイがにかっと笑い、毅然とデナウ王子の方に視線をむけた。


「私がどこにいようとも私の勝手。指図されるいわれはありません」


 フローラより一歩前にでて、腕を組んで毅然とした態度でロイが言う。


「婚約者がいながら男と歩いているなど許されるとおもっているのか!?」


「あら、他の女と腕を組みながら歩いているあなたがそれをいいますか?」


 ロイの言う通り、デナウと聖女エミールは仲睦まじく腕を組んでいた。


(そうだ、いつもエミールとデナウ王子は人前で恋人のようにふるまっていたのに私だけ責められなくてはいけないの?)


 ふふんっ腕を組んで笑うロイの言葉にフローラは心の中でうなずいた。


「それに、すでに婚約解消の手続きはすんでいるはずですよね?

 書類はいつこちらに送っていただけます?」


「な!? 父上がそこまで話していたのか!?」


 エミールの手を振り払って慌てるデナウの様子にロイは面白そうに眼を細める。


「さぁ、どうでしょう?

 どちらにせよ聖女様と不貞を働いていたのは公然の事実です。

 エルティル様も保証してくださいますので、私側はとっくに婚約解消を申し込んでおり、裁判所にも申請している状態。こちら側には何ら後ろ暗いことはありません」


「くっ!?」


「滑稽ですね、馬鹿にし見下してきた相手の力で第一王位継承になったのをお忘れで?

 私を愚弄するのはそのまま、愚弄した女の力をかりなければ、第一王位継承者になれなかった殿下の評価にも直結します」


 そういって挑発するように髪をかきあげる。


「ああ、もしかして、愚弄している相手の手をかりないと仕事ができないのが自分の評価に直結してることもわからないのかしら?

 殿下は周囲の貴族になんて言われていたか知っています?」


「な、なんだというのだ……」


「ファルバード家の穴のあいた使い物にならない腰巾着。

 殿下にぴったりの表現だとおもいません?」


「きさまぁぁぁぁぁ!!」


 奇声をあげながら殴りかかってきたデナウにロイは軽くその拳をよけると、足をひっかけて転ばせる。

 王子の護衛達があわててデナウに寄り添い、フローラもあわててロイに近寄った。


「だ、大丈夫ですか!?」


 ロイのそばによるフローラをロイは手で制す。

 そして倒れこんだデナウを見下ろすと


「私にやらせなければ仕事すらろくにできない。

 その無能を隠すために私を貶めなる。

 その程度でしか保てないちっぽけな見栄も虚栄心もいい加減捨てたらどうです?

 可哀想なお方。無能で魔法の力も一番王族の中で低い王子様♡

 劣等感を私を罵る事で晴らしていたのでしょう?可哀想に♡」


 人差し指を頬に添え、ぺろっと可愛く舌をだす。


「き、きさまぁ……」


 デナウ王子が護衛に支えられて起き上がる。

 さすがに護衛も二度も殴らせるのはいけないと、王子がロイに殴り掛からないように体を支えていた。


 そしてロイはくるっとエミールの方に振り返り、エミールが急に視線をあわされてびっくりしたようすでたじろいだ。


「聖女様、実力も魔力もないくせに虚栄心だけ肥大した糞王子をもらってくださって本当にありがとうございます。無能すぎて破れて使い物にならないそれは差し上げますね♪」


「え、そ、そそんな……」


「フローラぁぁぁ!!絶対ゆるさんっ!!!!」


 護衛の兵士の制止をふりきって再びロイを殴ろうとするデナウ。


 が。


 ざんっ。


 杖をもったセルクが突然二人の間に現れて、魔法の力で動きをとめた。


「黒の塔の魔術師!?」


「レディに手をあげるとか最低ですね。人間としても男としても屑だとしか」


 セルクが睨みながら言うと、ロイがすっとセルクの肩に手を置いて、セルク越しにデナウに微笑む。


「正式に抗議いたします。エミールの毒の件で聖王国が動くのと、黒の塔が動くのとどっちが先かしら♡楽しみだわ♡」


 その言葉に一緒にいたエミールもデナウもぺたりと座り込んだ。


「それではごきげんよう」


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