第35話 デート

「人を馬車代わりにしないでほしいのですが」


 転移の魔法でフローラを連れてきたセルクがぐったりとして言う。


 転移の魔法は消耗が激しい、往復で転移したうえに、フローラまでつれてくるという荒業で、すでにセルクは立つ力も残っていない。


「あー、ありがとうセルク愛してる!」


 ぐったりしてるセルクにロイが抱き着こうとすると、「フローラ様の体で抱き着かないでください!?勝手にそんなことをしたらフローラ様に失礼じゃないですか!?」と全力で拒否される。


「大体、その言葉でなんでも許されると思ったら大間違いですっ!?

 もう動けません、護衛はできませんから、くれぐれも無茶だけはしないでくださいね」


 べったりと床に這いつくばりながら言う。


「本当にありがとうございます」


 フローラが言うと


「……いえ、悪いのはあちらなのでお気になさらず。

 思い付きでなんでも行動してしまうあれが悪いのです。

 どうか楽しんできてください」


 そう言って、セルクはにっこり微笑む。


「……はい。ありがとうございます」


「ちょ!? 俺の時と態度違いすぎるだろう!?」


 優しい言葉をかけるセルクにロイが抗議の声をあげた。


「決まっているでしょう!?フローラ嬢はカワイイ!王子はかわいくないからです!」


「なんだとぉ! 見ろこの美貌っ! かわいさに満ち満ち溢れているだろう!?」


 ロイは右手を頭上にあげておりまげ、左手は突き出し、右足を宙に浮かせたポーズをとる。


「だからフローラ様の体で奇妙なポーズをとるのはやめなさいはしたないっ!!」


 その姿がおかしくて、フローラは思わず笑ってしまう。


「さぁ、行こうかフローラ」


「はい、よろしくお願いいたします」


★★★


「街にくるのは初めてか?」


 城下町を歩きながらロイ(身体フローラ)がフローラ(身体ロイ)に聞いた。


「はい。移動中馬車の中からしか見たことがありません。こうやって歩くのは初めてです」


 そう言って目を輝かせて見るフローラはとても楽しそうでロイは内心ほっとする。

 

 常になじられ虐げられすごした思春期。

 周りの大人に話すら聞いてもらえず些細なミスで責められ完璧を求められいまにも壊れそうだった少女。

 血のにじむような努力をしていたのに認められない。それが彼女にとってどれほど絶望的だっただろう。


 自分の身体のはずなのに、嬉しそうに街の様子を見るフローラを可愛い思ってしまうのはいろいろ重症かもしれない。


「よし、じゃあここに行こう」


「演劇のチケット……とれたのですか!?」


 昔聖女に自慢されたことがあった街の演劇。

 とても人気で見るまでに予約がとれない状態だと聞いていた。

 行きたかったけど行けなくて、聖女が自慢気に持ってきてフローラの部屋に忘れていったチケットの半券を大事にとっておいたものだ。


(もしかして事前に調べておいてくれたのでしょうか?)


 ロイが自分のためにいろいろ準備してくれたと思うと思わず顔が赤くなる。


「当たり前だろ。公爵様だぞ。とれないわけがない」


 ロイがにかっと笑って言うと、フローラの動きが止まった。


「……フローラ?」


 そう、自分は公爵家の令嬢だった。

 公爵家の力を使えば町の演劇のチケットをとれないわけがない。

 今までは自分がオドオドしていたばかりに、馬鹿にされてなじられてきたけれど、立場だけならもっと自由に権力を行使できるはずだったのだ。


 自分のふがいなさに気が付いて、思わずフローラは視線を落とす。

 その様子にロイは失敗したとぽりぽりと頭をかいた。

 

「君は無力なんかじゃない。

 ちゃんと自分自身で力をもっている。

 いままで不当に搾取されていただけだ。

 これからは胸をはって、俺様は公爵令嬢さまだー!と権力を行使すればいい!」


 そう言ってロイがフローラの姿でガッツポーズをとって、他にもいろいろフローラをほめてくれた。


「ありがとうございます」


 フローラは勇気づけてくれようとする気持ちがうれしくて微笑んだ。

 体はフローラのはずなのにフローラを勇気づけようと笑うロイの顔は自信に満ち溢れていて、自分の身体でも魂が違うだけでこうも違うのかといつも、自分の不甲斐なさに気づかされる。


(……私も勇気をもてばかっこよくなれるのかな?)


 自分の体で微笑むロイの姿にあこがれている事に気づいてフローラはぎゅっと唇をかみしめる。

 問題は容姿じゃない。問題なのは自分のオドオドしている弱い心。


(私も強くならないと)


「さぁ、行こう。はじまる!」


「はい」


 ロイがそう言って手をとると、フローラは思わず顔を赤くした。

 自分の体に手をつながれて胸が高鳴るのはどうしてだろう?


 それでも――微笑むロイの顔にそんなことはどうでもよくなる。


「はいっ」

 

 ロイに手を引かれながら二人は一緒に駆け出した。


★★★


 演劇ホール。

 特等席で舞台を見下ろしながら、ロイは劇の内容でころころ表情を変えるフローラの横顔をこっそりとみていた。

 フローラは本当に表情がころころかわってカワイイ。

悲しい内容なら素直に悲しそうになり、嬉しいシーン自分の身体なのに仕草や表情で可愛いと思ってしまうのだ。  それはある意味重症だと自覚する。


 だがその顔にでやすいため、虐める者たちにとってはいびりがいがあったのだろうとも推測できる。

 公爵令嬢なのになぜか隔離されていて、家庭教師たちからまでもいじめられていたため、自信がない。


「フローラ」


 劇の合間の休憩時間に、興奮収まらぬようで顔を赤くしているフローラに声をかけた。

 そうすると、よほど劇が楽しかったのか嬉しそうな顔でロイをみて微笑む。


「はい」


「可愛いよ」


「……え!? あ、はい。ロイ様の身体ですから、お顔が綺麗ですもの」


「そうじゃなくて、フローラがカワイイ」


「………っ!?」


 ぷー-っと休憩の終わったラッパの合図。


 フローラは思わず、「あ、劇がはじまりましたよ!殿下!」と話をそらした。



 劇中顔を真っ赤にしているフローラをみてやっぱり可愛いなと思う。

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