第34話 幸せと不安

「フローラ様嬉しそうですね」


「え!?……そ、そう見えますか」


「ええ」


 執務室でロイの仕事をしているとレクシスがきいてきた。


 父アレスが帰ってきてからもう10日。

 エルティルが治療に加わってくれたおかげで順調に回復しつつつある。

 体の傷はかなり前に治っていたらしいのだが、呪具の影響であの世とこの世の狭間でさまよっていた状態だったらしい。

 いまだにうとうとと寝ぼけた状態と寝ている状態を繰り返してはいるけれど、体にも魂にも致命的な損傷はないため一か月もしたらもとの状態に戻れるとエルティルは説明してくれた。


 いまだぼーっとした状態なため話しかけても、返事もないけれど、手を握ると弱弱しくも握り返してくれて、仕事がないときはずっと父のそばにいれる。


 エルティルがアレスの治療で通うようになってから、エルティルのテレポートでロイも一緒に遊びにくるようになった。


 フローラのところに遊びにきてくれて、エルティルがアレスを治療している間ははいつも二人で語り合っている。

 たわいのない話から、仕事の話、未来に対する展望など。

 ロイの語る理想はまるで夢物語を聞いているようだけれど、もしかしたらロイならなんとかしてしまうのではないかという、気持ちになるのがとても不思議だった。

 

 毎日がとてもたのしい。



(……お父様が目覚めたらちゃんとお礼を言わなくちゃ……)


 ずっと愛されていないと思っていた。

 でも父はちゃんと愛してくれていた。それだけで嬉しくて、頬が緩む。


 アレスがフローラを心配してロイに頼んでくれたからこそ今がある。


(心配してくれていた父のため、助けてくださった殿下のためにちゃんと強くたくましくならないと)



★★★




「レクシスが仕入れた情報だと、どうやらあのバカ王子、国王が呪いで気が狂った殻状態なのをいいことに好き放題やっているらしい」


 シューゼルク王国の会議室。

 会議室にはロイ、フローラ、レクシス、セルクの姿がある。


「デデル国王がまともにしゃべれないのを隠し、実権を握ったという事ですか?」


 セルクが角砂糖をお茶に何個も入れながら尋ねる。


「ああ、そうだ。今度の舞踏会で国王が狂った事を告げ、エミールと結婚しそのまま国王に即位するつもりだ。

 黒の塔がデナウの制裁に動きだす前にフローラに国王が狂ったことの罪をきせ、婚約破棄するつもりらしい」


「フローラに罪をきせって……普通にロイ様のせいですよね」


 セルクが薄目で見るがロイはにかっと笑う。


「証拠がないのだからなんとでもごまかせる!

 証拠がなければ推定無罪だ!!!!」


「屑だ、やっぱりこの人屑だ」


「誉めてもなにもでないぞ」


 なぜか胸を張るロイにセルクはあきらめたようで、ため息をついただけでそれ以上は突っ込んでこなかった。



「とにかく、あっちの予定ではそのままフローラを殺し聖剣を奪う。

 そしてキャロルをファルバード家の当主に任命するつもりらしい。」


「プライドの高い黒の塔が、自ら調査中のものを許可なく一方的に殺すなど、許すはずがない。

 殺せばうやむやにできると思っているところが救いようのない馬鹿ですね」


 セルクが言う。


「馬鹿の考えを考察しても馬鹿がうつるだけだ。

 とにかく、その時が勝負だ。こっちは独立する」


「その時ファルバード家は独立を宣言するということでしょうか?」


 一緒に話を聞いていたフローラが尋ねる。


「ご名答。

 独立宣言をしたら、テレポートですぐここに戻ってくるから体をもとに戻す。

 独立の後処理は氷の騎士と俺がうまくやるからフローラはそのまま元の身体でここに待機していてほしい」


「……体が戻る」


 どくんと胸が高鳴る。

 いままで王子の身体だったから皆優しくしてくれた。

 でももしまたダメなフローラに戻ったら……。

 またあの陰湿な虐められる生活に戻るのではないのかと不安になる。

(大丈夫、殿下が配下に加えてくださるはずだから。

 絶対前みたいになることなんてない)

 そう思うのに、心が締め付けられて息が苦しくなる。


「……フローラ?」


「……いえ、なんでもありません」


「……ふむ。そうだ。明日は暇か?」


「あ、明日ですか? はい。仕事を今日中に終わらせてしまえばなんとかなると思います」


「よし、それじゃあデートしよう!」


「……で、デートですか!?」


「ああ、セルク、明日も転移を頼む。たまには息抜きにいいだろう?」


 その言葉にフローラは顔が赤くなる。


(気を使ってくださってるんだ)

 その気持ちがうれしくて、フローラはぎゅっと手を握りしめ、ためらったあと頷いた。


「は、はい。よろしくお願いします」


 と。

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