ひいおばあちゃんの再婚

空草 うつを

88歳

 ひいおばあちゃんが、再婚した。


 御年108歳になるひいおばあちゃん——柳原やなぎはら三枝みつえ——が余生を共に過ごすと決めた人は、私と同い年の20歳の男。ふたりの年の差は88、超が3回つく程の年の差婚。


 男の名前は名前は須崎すざきゆう。婿に入ったから、皆下の名前で呼んでいる。

 優さんとは結婚前に私も何度か顔を合わせたことがある。一年位前から、ひいおばあちゃんの身の回りの世話をするヘルパーに入ってもらっていた。


 明るくて優しくていつも笑顔を絶やさない優さんは、あっという間に家族と打ち解けた。ひいおばあちゃんがデレデレなのは仕方ないとして、お母さんもおばあちゃんも、お父さんも、優さんのことをとっても気に入っていた。


 だけど、私だけは騙されない。


 だって88歳も歳が離れているんだよ?

 もしも私だったら、88歳年上のおじいさんと結婚なんてしない。ありえない。無理、無理、無理、無理!

 絶対に、何か企んでいるに違いない。


 とは言っても、私の家は名家でも富豪でもない、いたって普通の家だから遺産目当てとは考えにくい。

 だとすると、考えられるのはひいおばあちゃんの仕事関係。


 ひいおばあちゃんはイタコだった。今は引退しているけれど、昔は死者と話がしたくてひいおばあちゃんのもとにやって来る人達が後を絶えなかったと言う。

 ひいおばあちゃんは断ることはしなかったけれど、たったひとり、丁重に断った人がいるのだそうだ。


 その人は、ご先祖様がどこかに隠した遺産を探したいから先祖を呼び寄せてほしいと言ってきた。遺産に関するゴタゴタに巻き込まれたくなかったひいおばあちゃんは断ったと言っていた。

 けど本当は、その人を憑依させる所までいったんじゃないかと思ってる。直前で言うのを止めたのは、依頼主が嘘を吐いていたのを知ったから。

 依頼主は、子孫でもなんでもない赤の他人だった。


 断られた依頼主は諦めきれずに次なる手を考えて、送り込んできたのが優さんだとしたら。

 ひいおばあちゃんは優さんの偽りの愛に騙されているのではないか。家族全員、あの人懐っこい笑顔にすっかり気を許してしまっているのではないか。


 疑いだしたらキリがない。こうなったら、優さんの本性を暴くまで。


 私は優さんをこっそり尾行することに決めた。


 そしてついに、尻尾を出した。優さんが夜中にこっそり本宅を抜け出して、裏山にある古い小屋に入っていくのを目撃した。

 私は知ってるんだ。そこに何があるのか。


 小さい時、従兄弟にかくれんぼで絶対負けたくなくて、小屋に忍び込んだ。ここならバレないって思ったから。

 でも、小屋に入ったことを知ったひいおばあちゃんは、いつもは穏やかなのにその時ばかりはすごい剣幕で怒ってて。それ以来小屋には行っていない。

 今でも覚えてる。その小屋の扉の奥、重厚な金庫が鎮座しているのを。


 憑依させた霊からの依頼で、ひいおばあちゃんがこっそり遺産をその金庫に移し替えたのだとしたら?

 それを、優さんが狙っているのだとしたら?


 私の妄想は止まらない。確かめなくちゃ。それで家族の前に優さんの本当の姿を突きつけるんだ。騙されていたんだと、こんな笑顔は嘘っぱちなんだ、と。


 優さんが去ったのを確認してから、小屋の奥にある金庫の前に立つ。


 取っ手に手を伸ばした矢先。

 私の手首を男の手が力強く握ってきて金庫を開けるのを妨害してきた。


 振り向き見た先、月明かりに照らされた優さんは笑ってなどいなかった。

 冷酷な表情で私を見下ろす眼差しの、氷をも凌駕する冷たさに背筋が凍りつく。


「何してるの?」


 いつもの優さんの明るい声じゃない。


「ここに来ちゃダメって言われてたんじゃないの?」


 低くて攻撃的な声だ。


「もしかして、見た? 中身」


 怖い。恐怖で声が出ないから、思い切り頭を振って否定する。ここから逃げなくてはと本能が警報を鳴らしている。でも、男の力には敵わない。拘束された手首は鬱血寸前だ。


「そっか……って、信じるとでも思った?」

「……え?」

「ぼく、用心深いんだよね。例え本当に見ていないとしても、きみがここにいる以上見過ごすわけにはいかないんだ。分かる?」


 足が完全にすくんでしまっておまけに泣きっ面、そんな私に向かって優さんはにこっと笑った。でも、目だけは座っていて怖さが倍増している。


「まあいいか、バレたらバレたで。後始末をきちんとすれば良いんだから」


 あとしまつ。


「安心して。悪いようにはしないから。共犯になってくれたら、の話だけどね」


 きょうはん。


 物騒な単語を並べながら、優さんは私から手を離して金庫のダイヤルを慣れた手つきでくるくると回した。

 優さんは既に金庫に隠していた遺産を見つけ出し、あまりにも大量だから少しずつ抜き取っていたのかもしれない。


 きっと私に大金を押しつけて、黙っているように脅すんだ。そうしたら私も共犯だ。もし誰かに話したら私の命を奪うのかも。後始末って、そんな意味?


 逃げることもできずに震える体を抱きしめていれば、金庫の扉は音を立ててゆっくりと開いた。

 そこには、眩いほどの光を放つ金塊や一生のうちでは稼ぐことのできない位の札束が————って、あれ?


「何、これ」


 金庫一杯に詰められていたのは、フリフリのリボンやスケスケのレースで装飾された可愛らしい洋服達。

 そのうちのひとつを優さんが引き出せば、薄いピンク色のドレスがふんわりと広がった。


「これは……ロリータドレス??」

「三枝さんが趣味で集めてたんだって。恥ずかしいからって家族皆に内緒にしてたんだけど、三枝さん、足腰が弱っちゃってドレスの管理ができなくなって。それで、ぼくが変わりにクリーニングに出したりしてたってわけ。だから、きみも誰にも言わないでいてほしいんだ」


 なるほど、小屋に近づいた幼い私に激怒したのはその為か。ひいおばあちゃんの、威厳を保つ為、なのか?


「それでさ」


 優さんがよいしょと金庫の最奥から取り出したのは、フリルたっぷりの水色のロリータドレス。


「三枝さんにとっても似合うと思って買ってきたんだ」


 ドレスを私に見せながら、頬を桜色に染めてとろけた優しい笑顔になっている。声のトーンも急上昇、いつもの明るい声音を遥かに超えている。

 私は確信した。


「どうかな? 絶対、ぜっっっっっったいに、似合うよね? ね?」


 疑った私が、間違ってた。


「う、うん。そうだね?」

「やっぱり!? きみなら分かってくれると思ったんだ!!」


 この人は、ただ。


「可愛い人に可愛いの着せたら最強だよね!!」


 ただ純粋に、ひいおばあちゃんのことがめちゃくちゃ好きなんだ。



(完)


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