幸運のお弁当
五条葵
第1話
「お願いですっ!今週の日曜日、僕の為にお弁当を作ってくれませんか?」
一応目立たないよう配慮はしてくれたのだろう、構内では比較的人気の少ない東棟と北棟の間の中庭。とは言え刈り込まれた芝にポカポカとした日差しが気持ち良いこの時期。少し遅めのお昼をここで取る学生も結構いるわけで。
「えっ、告白?」
「あの子野球部の一回生だよね。相手の子は?」
と、ヒソヒソ声が聞こえてくる。
違います!それなら嬉しいけどどうやら違います!そう声を大にしたいけどそんな勇気はない私の戸惑った様子に向こうも観客の存在に気付いたのだろう。
「あっ、ごめん。ここも注目されるみたいだね。どこかへ移動しようか」
「そ、そうだね。あっ北棟のカフェはどう?あそこは教育学部の学生が多くてみんなぎっしり授業だから割と空いているよ」
そう言いつつ私はベンチに置いてあった紙袋を取ろうとする、が早いか彼がさっと紙袋を抱え
「ありがとう橋上さん、案内してくれる?」
と言う。そのあたり紳士なんだな、目の前のスポーツマンを見上げた。
私は橋上星花。去年の春に地元、京都の私立大学に入学した2回生。専攻は英文学。
そして、目の前の男は同じく2回生の本田正樹。野球部の投手で、私としては関西では名門とされるこの大学の野球部に入るだけで結構な実力だと思ううけど、本人曰く「全然だよ」とのこと。
本田くんはオリエンテーションゼミで一緒になったり、教養科目で何度か一緒になったりで、他人以上知り合い未満ぐらいの関係。そんな彼が私を呼び出したのか。残念ながらその心当たりは大いにあった。
教育学部、心理学部、スポーツ科学部が入る北棟の一回のカフェは洒落てるとは言い難いが、のんびりした空気感が好きで課題をするときなんかによく利用している。目立たない奥の方のテーブル席を確保すると本田くんが空いた席に紙袋を置いてくれる。
「ありがとう、重くなかった?」
「俺はこれぐらいどうってことないよ。けど橋上さんにはきつくない?これ何冊入ってるの?」
「英和と和英と英英と、あと教科書に参考書かな。電子辞書も良いんだけどね、でも紙のほうがおちつくんだよね」
「気持ちわかるよ。僕も六法は紙派だしね。それにしても今日は講義ないんでしょ?まあ、そんな日に呼び出したのは申し訳ない限りなんだけど、勉強熱心だね」
「ううん、それは気にしないで、どっちにしてもこっちに来ないといけない課題があったしアルバイトもあったから」
「そう言ってくれると気が楽になるよ。前に聞いた感じだと塾講師だっけ?」
「そうだよ、人に教えるのは良い勉強になるしね。幸いまだ続いているよ」
「そうなんだ。橋上さんみたいな才色兼備な人に教えてもらえる高校生が羨ましいね。僕が受験してるときの講師も橋上さんだったら良かったのに」
(な、何言ってるのこの人)
本田くんは真摯なだけでなく、お世辞が息をするように出てくる人らしく、これまでも不相応な賛辞をくれて私の顔を赤くしてきた。
そんな私の様子に気付いてか気付かずか、彼は飲み物を取ってきてくれるという。
「呼び出したのは僕なんだから当然ごちそうするよ。なんでも好きなのを選んで。僕は・・・・・キャラメルラテにしようかな」
(え、本田くんで甘党だったっけ?)
目の前のスポーツ刈りに日に焼けた肌と爽やかな笑顔が眩しいスポーツ青年とはやや似つかわしくないチョイスにまたもや絶句する。と、いや・・・・・と私はあることに思い至った。
(オリエンテーションゼミのみんなで何度がお茶したけどいつもブラックのアイスコーヒーだったはず。もしかして私が遠慮しなくて良いようあえて高いのを選んでる? )
勿論一年半で好みが変わった可能性もあるが、なんでもの言葉に甘えて、私は季節限定のいちごラテをお願いする。
そして彼が持ってきたトレーを見てその推測は確信に変わった。私の前には丁寧に砂糖とマドラーがセットで置かれているが、彼の前にあるのはマドラーだけだ。それに私のカップの横にはスライスされたパウンドケーキのった皿が置かれていた。
「季節限定の抹茶のケーキだって。よかったら食べて?」
「あ、ありがとう」
確かに呼び出されたとは言えなんだかいたれりつくせりの彼にこそばゆい気持ちになる。
(やっぱり人って変わらないんだな)
そう思いつつ、私は本題に入ることにした。
「で、どうして急にお弁当なの?」
そう言いつつなんとなくの予想はついている。そして本田くんの言葉はその予想を裏切らないものだった。
「ほら、この前お弁当をくれたでしょう?」
そう、この前私は彼にお弁当をあげた。その時のことを思い出して私は苦笑する。
先月のある日。経済学入門なる講義を終え、ランチに向かおうとすると、「あっ、昼ごはん買ってくるの忘れた!」という聞き覚えのある声が聞こえた。
思わずそちらを見ると、おそらく同じ野球部の友人だろう、に「何やってんだよ、今日は2コマ目終わったらすぐ移動だろ」とこづかれている本田くんを見つけた。
おそらくこのあと練習試合でもあるのだろう。「まあ、一応これはもってるし」と大きなカバンからコンビニなんかでよく売っているゼリー飲料を取り出して笑う彼をみて、
「あの、よかったらこれ食べてください。」と自分のお弁当箱を押し付けて、逃げるように去った自分は傍から見てもどうかしていたと思う。
今思い出しても、恥ずかしくて汗が出てくるが、あの時は彼を放っておけなかったのだ。単純に彼がそそっかしいだけならもしかしたら「意外と抜けてるんだな」で終わったかも知れない。でも朝、駅で自分のお昼らしき袋をあげる彼を見ていた私は彼がお昼を「買い忘れた」わけではないことを知っていた。
今日は課題がギリギリだから、とかなり早めに大学に来た私は最寄り駅で本田くんを見かけた。とはいえ声をかけるほどの関係でもないし、隣には弟らしき中学生くらいの男の子もいる。
(朝練かな、こんな早いんだ)
大変だな、と思いつつ改札に向かったのだが、すると「えっ、きょうお弁当だっけ」という声が聞こえた。声がした方を見ると友達と合流したらしき本田くんの弟が困惑した顔を浮かべていた。おそらく何らかの事情で給食が休みなのだろう。どうやらお金も余分には持ってきていなかったらしい。
すると、先に改札を出た本田くんもその声を聞いたのか改札の方へ弟を手招きする。どうしたのかなと思っていると、本田くんは弟に何やらビニール袋を渡しなにか声をかけてポンポンッと頭を軽く撫でる。困り顔が笑顔になった弟はそのまま友人と駅の外へと駆けていった。
おそらくあの様子からするに本田くんは自分のお昼ごはんを弟にあげたのだろう。ところがいざ大学に来てみると忙しくてお昼を買う時間がなかった。一周すれば15分はかかる広大な校舎を持つ我が大学は、選択する講義によっては教室移動だけで休み時間が終わることも多い。
そんなわけで、たしかに彼は私のお弁当を食べたことがある。あるのだが、
「うん、でも誰かにあげようと思って作ったわけじゃないから昨日の残りと冷凍食品にあとちょっとってくらいだったし、何なら本田くん自炊できるよね」
勿論自炊が出来るのと、お弁当づくりはまた別だし、野球、講義、アルバイト、と忙しい本田くんにお弁当を作っている暇がないのもわかる。かといって大学には学食もあればコンビニもある。私の知る限り常識人の本田くんが突拍子もないお願いをする理由にはならないと思う。
「いや、あのお弁当は本当に美味しかったよ。僕はあんな上手には作れない。ただ僕がこんなお願いをするのには他にも理由があって」
「理由?」
「そう・・・・・、実はあのお弁当をもらったあと・・・・・すごく運がよくなったんだ」
「へ?あっ、ごめんなさい」
思わず変な声が出てしまい私は顔を赤らめる。
「いや、こんなこと突然言われても、だと思うんだけど、まずあの日、本来僕は登板予定はなかったんだけど、監督の気が変わったのか突然リードしている場面で登板することになった。それもそんな日に限って球がすごく走っていて絶好調だったんだ」
「そ、そうなんだ」
「それだけじゃない、翌日は厳しいことで有名な労働法の教授に課題を褒められたし、アルバイト先では僕の好きなメニューがまかないで出た」
(そ、それはなんというか幸運の振れ幅がなんとも広いような・・・・・)
「とにかくあのお弁当を食べて一週間位良いことが続いたんだ。それで今度の日曜日、リーグ戦があるんだけどその日に橋上さんのお弁当が食べたいんだ」
なんでもその練習試合で結果を残した彼は、その後もちょくちょく練習試合で使ってもらえるようになった。そして今回、ついにリーグ戦で起用する予定だと監督に告げられたのだという。
「もちろん、最終的には僕の実力が全てなのはわかってる。でも神頼みしたいくらい今度の試合は重要なんだ」
そう言って彼はまっすぐ私の方を見つめる。我が大学の野球部は名門だけ合って部員数も多い。更に本田くんの学年にはプロも注目する左右エースが揃っていて、反対に言えば控え投手のチャンスは少ない、と恋人が野球部員の友人から聞いた。
「どうだろう、勿論無理にとは言わないんだけど。なんとかお願い出来ない?」
「えっ、えっと・・・・・、そんなに凝ったものは作れないし、ご利益については全く保証できないけどそれで良ければ」
流石にここまでお願いされて断るのも気が引ける。困惑しつつも了承した私に本田くんは以前お弁当をあげたときのような満面の笑顔で
「本当に!ありがとう」
と言う。
(もしかして、私この笑顔に弱い?)
そんなことを思いつつ気づけばそろそろ移動時間。私はお弁当の受け渡し場所だけ決めて、彼と別れてのだった。
(と、了承したは良いものの、どんなお弁当にしよう。私もあの日はたまたまでそんなよくお弁当を作るわけでもないんだよな)
今日はアルバイトがないから、講義が終わったらすぐに帰れる。駅までは完全に緑色に変わった桜並木を眺めつつ歩いて、そこからは市営地下鉄。終点まで乗ったらそこからは私鉄に乗り換えて更に15分。その間私はずっとお弁当のことを考えっぱなしで、気付いたら駅前の小さな本屋のレシピ本コーナーに立っていた。
(お弁当のこと考えすぎて無意識に来ちゃった。でもせっかく出し買っていこうかな)
いくつかの本を見比べて、比較的初心者向きそうな本を買った私は、駅前から自転車で我が家に帰る。家に帰ってからも私の頭はお弁当をどうするかでいっぱいだった。このままだと明日の講義に支障が出る。困った私は充電器に刺してあったスマートフォンを手に取った。
「それで・・・・・星花は私に電話してきたの?」
目の前で呆れたような顔をしているのは片山琴音。高校生の時からの私の友人だ。
「だってこんなこと相談できるの琴音ぐらいしかいないんだもん」
「そんなこと言ったって私が料理できないこと知っているでしょ」
「そうだけど・・・・・、ほら琴音の彼って野球部でしょ。野球部男子が好きそうなメニューとかわかるかな?って」
琴音の彼は野球部の4回生だ。だから私よりも運動部員の好みにも詳しいのでは?という思いもあった。そんな私の言葉にしばらく考えた琴音は「そうだ!」と声を上げる。
その声に驚いて顔を上げた私と目が合うと、
「良いことを思いついたよ」
と言ってニコッと笑った。
昼間はそろそろ暑くなり始めたとはいえ、まだまだ肌寒い夕方。私と琴音は大学から少し歩いたところにあるグラウンドに来ていた。琴音いわく今日はここで練習しているらしい。
そう、琴音の「思いつき」とは本人に好みを直接聞くこと。
「同じ大学何だから、聞いちゃえば良いんだよ」
と言って琴音は渋る私を引きずるようにここへと連れてきた。
そろそろ練習も終わりらしい。最後のクールダウンに入っていたから 野球部っぽい練習姿は見れなかったが、それでも真剣に練習している姿はやはり格好いい。思わず本田くんを目で追っていることには気付かないふりをした。
30分ほど待っただろうか。グラウンドの整備も終えて出てきたがっしりした体格の青年たちが出てくる。ただその中に本田くんはいなかった。
「どうしたんだろうね?ま、とりあえず荘司くんに聞こうか」
そう言って琴音は一人の青年のもとへサッと向う。置いていかれた私が慌てて向うと、琴音は彼氏の荘司くんと話していた。
「でね、本田くんと話したいそうなんだけど、もう来るかな?」
「本田?なら道具の手入れをしていたからもうすぐで来ると思うよ。そこの子は本田の彼女?」
突然振られた私はブンブンと顔を振る。そんな私に苦笑した琴音は少し声を小さくすると
「まだ違うよ。本田くんにお弁当をお願いされたそうで、彼の好みを聞きにきたの」
「あぁ、じゃあ『幸運のお弁当』の作り手なわけか」
(え、なにそれ?)
琴音の彼氏の言葉に私は沸騰したように顔を赤くする。慌てる私を見た彼は気まずそうに笑った。
「あっ、ごめん。いきなりそんな事言われても困るよね。大丈夫、俺は偶然本田がえらく可愛いお弁当箱を持っているのに気付いていじったから、この話を知っているだけで、本田がみんなに言って回っているわけではないよ」
どうやら、野球部の間で有名になっているわけではないらしい。少しホッとしていると、またがっしりした団体が来る。そのうちの一人を琴音の彼氏が手招きした。
「先輩、どうされましたか?」
そう言って小走りにこちらに来た本田くんは私を見て驚きの表情をする。
「星花がせっかくだったら本田くんの好きなものを作りたいんだって」
「琴音!いや別にそういうわけでは・・・・・あるんだけど」
しどろもどろする私を横目に琴音はさっさと彼氏と向こうへ言ってしまう。
「えっと、その、私もいつもお弁当なわけじゃないからどんなのにしようか迷っちゃって、男の人の好みとかわからないし、なにかリクエストとかある?」
そんな私の言葉に本田くんは一瞬ポカンとする。それもそうだろう、突然ここまで来て「お弁当の中身何が良い?」と聞かれても困るだろう。かといって引き返すことも出来ず私もあたふたしていると、少し考えた本田くんが声を出した。
「おにぎり・・・・・かな。実は僕、おにぎりは作れなくて。こっちに来てから手作りのおにぎりって食べてないんだ。だからおにぎりを淹れてくれると嬉しいな」
おにぎりか。確かにお弁当の定番だし、試合の前でも食べやすいだろう。それにしても
「わかった、おにぎりだね。でも本田くんにも苦手なことってあるんだ」
私のしる本田くんは文武両道で何でもそつなくする人のイメージだったから思わずそう言うと、本田くんは苦笑した。
「もちろん苦手なことは山程あるよ。おにぎりに至っては何回か挑戦したんだけど、全部ボロボロになっちゃって・・・・・」
その時のことを思い出したのか苦笑いする本田くん。目の前で爽やかなスポーツ青年がご飯と格闘している様を想像すると私も思わず笑ってしまった。
「確かにおにぎりってなれないと難しいよね。わかった、じゃあご飯じゃなくておにぎりにするね」
「ありがとう。あっ、そろそろ行かないと。じゃあ楽しみにしてるね」
そう言ってあの爽やかな笑みを浮かべると結構向こうに行ってしまった一団の方へ彼はダッシュする。琴音みたいにそんな彼について言ってもう少しお話しよう、なんて勇気は勿論私には無くて、ただただ彼の後ろ姿を見ていた。
迎えた日曜日。練習と称してここ一週間は毎日手弁当だったからちょっとはお弁当作りの腕も上達したし、早起きにも慣れた。昨日、予約しておいた炊飯器を開けてみるとホカホカのご飯がつやつやと輝いていた。
おにぎりはひとまず置いておいてまずはおかず作り。色々迷いに迷い、またしても琴音に電話して呆れられた挙げ句、おかずは定番のものを中心にすることにした。
まずは卵焼き。卵2つを割りほぐしたら砂糖は少し多めに。卵焼き器に流したらここからは特に真剣勝負。クルッと手前に巻いてきてはまた卵を流し、を繰り返す。少し焦げてしまったのは砂糖が多いから仕方がない、ということにしておこう。
昨日のうちに下味をつけておいた鶏肉は片栗粉をまぶして唐揚げに。フライパンに薄く油を引いて揚げ焼きにする方法はこの前買ったレシピ本に書いてあった。
肉料理はもう一品。レンジで柔らかくしたアスパラは一口大に切って何本かまとめてベーコンで巻く。爪楊枝でバラバラにならないようにしたらフライパンで焼いて軽く醤油を垂らす。朝からキッチンに醤油の良い匂いが立ち込めた。
あと2つは昨日のうちに用意してある。ごろっとしたポテトサラダはコーンときゅうりを入れて色鮮やかに。
そして地味だけど自信作なのがトマトのピクルス。プチトマトをお酢と砂糖で作ったマリネ液に漬け込んでピックに刺してある。私からすると少し酸っぱいぐらいだけど汗を書いていたら多分ちょうど良いはずだ。
おかずが出来たらあとは主役のおにぎり。手を軽く濡らして塩を振ったらご飯を手の上へ、少し熱いけどそこは我慢して具材を載せたらあとは両手で握っていく。
お母さん譲りのおにぎりはちょっと丸っぽい三角形。コロコロっと手の中で回していくうちにだんだんとご飯がおにぎりの形になっていくのは気持ちいい。
おにぎりの具材は梅に昆布に鮭フレーク。せっかくだからと、自分のお弁当や家族の朝ごはんの分まで握っったら炊飯器の中はあっという間に空っぽだ。
大皿に乗せたおにぎりから特に形の良いのを選んでラップにくるんだら、おかずもお弁当箱に入れて準備万端。
結構朝早く起きたつもりだったけど、自分の身支度も整えていたら、なんだかんだでもう出発する時間。朝ごはんのおにぎりをテーブルに置いて、私は駅に少しだけ急いだ。
場所は変わって大学の中庭。5月のポカポカとした日差しの中私の前では琴音がまたしてもちょっと呆れた苦笑いを浮かべている。
「星花。試合結果を見るのが怖いからって何も私を呼ぶことないんじゃない?」
「だって、一人じゃ心細くて。ね、ちゃんと琴音の分のお弁当も作ってきたから」
そう言って私は二人分のお弁当を取り出す。今朝作ったときに琴音の分も作っていたのだ。
「まあ、私は暇だから良いけどね。じゃあ早速頂いて良い?」
そう言ってお弁当の包みを開けるとまずはおにぎりをぱくつく琴音。そんな彼女の様子を私は見守った。
「おいしい?」
「うん、美味しいよ。星花のおにぎりってふんわりしていて美味しいよね。大丈夫だって本田くんも絶対気にいるから」
私の気持ちなどお見通しなのだろう。琴音はにっこり笑ってそう言ってくれる。
パクパクとおにぎりを一つ食べきった琴音は今度はお弁当箱を開けて、卵焼きに手を付ける。
「この卵焼きも甘くて美味しい。あぁ私も料理が出来たらなあ。前、星花のお弁当を見て私も試してみたけど、炒り卵になっただけだったよ」
料理は苦手だという琴音の言葉に苦笑しつつ、美味しそうに食べてくれている琴音の様子に安堵しつつ私もお弁当に手を付ける。
正直ドキドキして味なんてわからなかったけどとりあえず失敗はしていないはず。琴音もずっと美味しい、美味しいと言ってくれていたし大丈夫だろう。
そんな少し挙動不審気味な私の様子をみた琴音は「駄目だこれは」とでも言いそうな顔をしつつ
「そんな心配しなくてもどれも美味しかったよ。それにそもそも、もう本田くんはとっくに食べ終わってるでしょ?試合始まってるんだから」
そう、実はそうなのだ。本田くんが出る試合の開始は13時。もう試合は始まって30分は立っている。
「それより試合はどうなの?」
そう言って私が持つスマホを覗き込む琴音。一応地元ラジオ局で中継もされていたが、それを聞く勇気もない私は大学野球リーグの公式HPが提供している速報をチラチラと見ていた。
「まだ0対0。本田くんは先発じゃないから出るとしてももっと後かな。ね、お願いもう少しだけ一緒にいて」
「言われなくてもそのつもりだよ。せっかくここまで来たんだしね」
優しい琴音と一緒に課題を進めたりしながらチラチラとスマホの速報を覗く。そんなこんなで1時間くらいたっただろうか。琴音が「あっ」と声を上げた。
私も慌ててスマホを覗くと、
「投手大田に変わって本田」の文字が流れる。そこからはもうスマホに釘付けだ。数秒ごとに画面を更新してはそこに流れる彼の一挙一動から目が離せなかった。
「橋上さん。お弁当ありがとう。本当に美味しかったよ」
「どういたしまして。それより試合大活躍だったじゃん。すごいね」
「いや、そんな褒められるほどではないよ」
そう言いつつ、少し顔を赤くする本田くんはなんだかんだ嬉しそうだ。
そう、あの日本田くんは1イニングを打者3人で完璧に抑えた。三振も一つ奪ったし、それに球速も普段より良かったそうで、監督の評価が更に上がっている、というのは琴音の彼氏情報だ。
無事『幸運のお弁当』の役目を果たせたことにホッとしたのもつかの間。その夜にお弁当箱を返したいから月曜日に会いたい。というメッセージをもらった私は慌てて翌日の服を選び直し、この前彼と会ったカフェのまえへ来ていた。
「そう、それでお弁当箱を返さないとね。一応きれいに洗ったつもりなんだけど」
そう言ってお弁当の包みを取り出す本田くん。包みをもらうと明らかにからのお弁当箱ではありえない重さを感じる。思わずはてなマークを飛ばす私がその包みを開けるとそこには可愛らしい包装のクッキーが入っていた。その心遣いに本田くんらしいと笑みが溢れる。
「えっと、ほんのちょっとだけどお礼にと思って。昨日活躍できたのは橋上さんのおかげだし」
「いや、そんな。本田くんの実力だよ」
そう言って包みをもう一度締める。そろそろ次の講義だから移動しなくては行けない。でも、その前に私は心に決めてきたことがあった。本田くんとの関係が2回のお弁当で終わるのは寂しすぎる。昨日の夜なんて彼に作りたいお弁当が次から次へお思い浮かんだ。
「それでね、本田くん・・・・・・」
告白するわけではないのに、何なら初恋でもないのに鼓動が早くなる。それでも彼の目を見て、私は言葉を続ける。
「あの、これからも時々お弁当を作らせてくれませんか?」
その言葉に一瞬驚いた彼だが、すぐにニッコリと笑うと、
「本当に!もちろん、とても嬉しいよ」
彼の嬉しそうな様子に胸を撫で下ろす私だが、彼の言葉はその後も続いた。
「あっ、でもその前にまずは今日のお礼をさせて欲しいな?」
「お礼?こんなにお菓子をもらったのに」
「いや、まあそうなんだけど・・・・・・」
そう少し言いよどんだ彼は気合を入れ直すような仕草をしてこちらを見る。その真剣な眼差しに思わずドキリとsると
「昨日のお礼になにかごちそうさせてくれない?週末あたり、一緒にご飯食べに行こう!」
「えっ」
これってもしかしなくてもデートの誘い?でも答えは決まっている。彼のニッコリした笑みに私はもう掴まれてしまったのだから。
「もちろん、喜んで」
そう満面の笑顔で告げると、彼はホッとしたような笑顔を向けてくれる。
さて、そろそろ本当に移動しないと。でもせっかくなら途中まで本田くんと一緒に行こうかな。幸運のお弁当。その効果はどうやら私にもしっかりあったみたいだ。
幸運のお弁当 五条葵 @gojoaoi
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