倭の国
Ray
倭の国
神は暗黒に光る星を創り、
こうして光らぬ碧き星は生まれた。碧き星の神は子供らに天や大地を創らせ、世に息吹を齎した。
その中で国生みの神により創造された倭の国。これはその国を司る神々の話。
『ならぬ。人間と神が契りを交わすことなどあってはならぬことだ』
『しかし御父上、姉らは皆人間と共になっておりますでしょう』
『それは
『では私が地に降り、人間になりましょう』
『ならぬっ! お前は倭の国の神となる者。神は神の子と
君子は怒りに震え、その場を去りました。
『国生みの神よ、我が息子が神々の宿命に反し、人間になろうと申しております。もう私の手に負えるものではありませぬ』
『国を司る神々は人の形を模しておる。それは人に一番近しい存在であるからであろう。寿命が与えられたのもそれが故』
『それが問題であるのです。人に恋をしたのも、我々が揺らぎ易い人間と近く接していたが為。倭の国始まり三千年の時を経て、己の宿命をも揺らがすような心を持つ子が遂に生まれてしまうとは』
『宿命を揺らがすとはいかなることか。あいつがいつ宿命を喜んで放棄したいなどと言ったと申すか』
倭の国の神は黙ってしまいます。
『問題があると言うは汝の心。そのように狭き心を宿したのもまた人間の仕業と呼べるのではあるまいか』
『では、このままあいつを結婚させ、人の女子を神の世界へよこせと、そう仰せられるのか』
『奢ることなかれ。汝らが人の形を模したのも、寿命を宿したのも、神の成した業なのだ』
そこで倭の国の神はある気づきを覚えます。己の思う宿命とは己自身が作り出したものであったことを。自身の両手を見つめ、この形が齎されたのも、皺を見つめ、老いが来るようになったのも全ては宿命ならずとも、運命であったのではないかと考えます。そうならば、息子が人の子と結婚するのもまた運命であると捉えたのです。
『御父上、誠に感謝いたします。初めて人の子を嫁に迎える神として、立派に国を治めさせていただきます』
そして君子と人の子は結婚、たくさんの子らを儲けました。初めの内は疑心暗鬼であった倭の国の神も、人の子の素晴らしさに触れ、我が国安泰とその世を去ります。君子は国を司る神となり、新たな時代が始まりました。
ただ幸せな時が続くわけではありません。そこには新たな困難が待ち受けていたのです。
『国生みの神よ、私共には世継ぎが授かりません。如何いたせば宜しいか』
『お前の息子らはやはり人の子を嫁にしたのだな。はっはっはっ、余程人の子は優れた類なのだろう』
『はい。人の子は想像するより素晴らしい生き物です。優しく慈悲深く、やはり我が子も人の子に惹かれ結婚いたしました。ただ、君子がどうしても授からず、頭を悩ませているのです』
『頭を悩ませるだと? 人のような話し方をするわな。余程人間に近づいておるのだろう』
『はい、思う所はございます。人間の血を流す我が子もまた不安定で、常に思い悩み顔を顰めてございます。そして遂に神の儀式を済ませずに地へ降りた孫娘が現れました』
『はっはっはっ、面白い。人間は素晴らしいばかりではなく、邪念を宿しておるからのう』
『お言葉ですが国生みの神。これは笑いごとではございません。倭の国を司る神の存続の危機が迫っておるのでございます』
『我に口答えをすることもまた、人間の仕業か』
すると倭の国の神は黙り、俯きました。
『寿命ある者はその時々のことしか頭にあらぬのか。お前が人の子を迎える折に考え及ばんかったか。千年後、二千年後、そして
そこで倭の国の神はある気づきを覚えます。己は己の業さえ成せばそれでよしと思っていたのではなかろうか、ということを。素晴らしい存在とはいえ、人の子と結婚することが今後神々の世界へどのような影響を齎すのか、それを今正に突き付けられているような気持ちになりました。
――そして千年が経ちます。
「凄い、倭の国の神々様をこの目に拝むことができるだなんて。冥途の土産になるわい、ありがたや」
「おばあちゃん、そんなに凄いことなの? 神様って言うけど普通の言葉を話すし、ただの人間じゃないか」
「そんなことを言っては駄目だよ。あのお方々がこの国を平和に守ってくださっているのだから」
「へぇ、あの人達が平和にしてくれているの?」
「そうだよ。あのお方々は神の使いのような存在なんだよ。任されているんだ、この国を守ることをねぇ」
「じゃあ、神様とお話ができるの?」
「さあ、どうだろうねぇ。ずっと昔はそうだったと、古い書物には書かれているようだけど」
――このお話を御年八十八の米寿をお迎えになられた上皇陛下、そして今年米寿を迎えられる上皇后陛下への祝辞とする――
倭の国 Ray @RayxNarumiya
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