それでも、祝ってもらいたくて......
ゆりえる
今日は米寿の誕生日
6時を回った頃、小鳥達の鳴き声で目覚め、心の中で替え歌を楽しむ
『小鳥はとっても歌が好き~
トヨさん呼ぶのも歌で呼ぶ~
誕生日、おめでとう
米寿だね♪』
他の大多数にとっては、いつもと同じような一日の始まりかも知れないが......
今日、3月15日は、都代子にとっては、特別な88歳の誕生日。
隣でまだ寝息を立てている、少し認知症が進行しつつある夫の
この日の為に購入しておいた、暖かそうなモヘアのベージュのセーターを着て、鏡の前に立ち、少しポーズを気取った都代子。
先刻までは、寝ている清二に気を遣っていたが、着替えた途端、カラスの鳴き声を聴きながら、急に元気な声で替え歌を歌い出した。
カラオケで歌うのが趣味で、ママさんコーラスにも現役で参加している都代子は、家の中ではいつも、家事をしながら替え歌を楽しんでいる。
『カ~ラ~ス、なぜなくの?
今日はトヨさんの~
米寿の誕生日だから、鳴くんだよ~
べ~い寿、おめでとう
とカ~ラ~ス~は鳴くの
べ~い寿、おめでとう
と鳴くんだよ~
ベージュ色の~セーターを~
着て見てごらん~
い~ままでより、ず~っと似~合うんだよ~♪』
7時になり、清二を起す時も今朝の為の『チューリップ』の替え歌を歌った。
「お~き~て~、お~き~て~
じいさん、起きて~
な~らんだ~、な~らんだ~
数字がな~らんだ~
どの数字みても
お~め~で~た~い~♪」
「はて?そんな歌詞だったかね?」
布団の中で上半身を起こし、キョトンとしながら首を傾げた清二。
「今日は、特別版なんですよ。さあさ、朝ご飯の時間ですよ。やっぱり、日本人にはお米ですね~、米が一番!」
ベージュのセーターを着て、これでもかと「米」を意識させようとしても、清二には伝わらず、朝食後に散歩に誘った都代子。
「梅もそろそろ終わりですね。桜の歌は沢山有るのに、梅の歌が無いのは、残念。そうだわ!」
即興で、『ひなまつり』の替え歌を作った都代子。
『明かりはいらない、眩しいわ~
お花見しましょう、梅の花~
ベージュのセーター着て見たわ~
今日は米寿の誕生日~♪』
これには、さすがに、清二も無視する事は出来なかった。
「はいはい、わしの物忘れがひどくなっても、さすがにそれは忘れてないよ。こないだ、
清二はポケットの中から、娘の佳代子と一緒に選んだ、トップが『米』の形のペンダントの入っているケースを都代子に手渡した。
「まあ、ステキ!『米』の形をしていて、88歳の記念にちょうど良いわね~。じいさん、ありがとう」
家に戻ると、早速、都代子は、お祝いにもらったペンダントをベージュのセーターの上からかけてみた。
思いの他、『米』という字が目立ち、いかにも88歳という事が一目瞭然のように周りに知れ渡りそうで、恥ずかしく感じた都代子は、服の中に忍ばせた。
すると、今度は『米』のでっぱっている部分が胸部にあたり痛みを感じる。
「じいさん、せっかく米寿の記念に頂いて、文句言うのは失礼ですが、このペンダントは、あまり実用的ではありませんね」
「そりゃあまあ、記念メダルのように、88歳の記念に、家の中に飾っといてもらおうと思ってたからのう。そしたら、わしは、ばあさんの1つ上だから、今は89歳だと分かりやすいしな」
「なるほど、確かに」
その言葉で、清二が自分の年齢を思い出す為の手段として、その『米』のペンダントを都代子に贈ったような気持ちにさせられたが......
清二に負けじと劣らず認知症が入りかけているものの、その事を認識出来ていない都代子は、次の瞬間、プレゼントを受け取った事すら忘れ、どんな替え歌で、清二に自分の米寿の誕生日を気付かせようかと、頭の中で練り出したのだった。
【 完 】
それでも、祝ってもらいたくて...... ゆりえる @yurieru
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