第3話:マッドカウの首にクリスタルを付けた奴、出てきなさい

 郊外の草原にやってきた。ここには野生のマッドカウが多くたむろっているはずとあたりをつけてやってきたのだが……。

「なんだ? 今日は居ないな」

「おかしいねー。いつもならその辺で草食べてるイメージなんだけどー」

二人は違和感いっぱいの表情でキョロキョロとあたりを見回す。

 マッドカウは攻撃すれば普通の牛以上の筋力と体力で人間を圧倒してくるが、特に手を出さなければ我関せずという態度をとる動物である。人間を襲うことがあるからモンスターと同等の扱いを受けているが、基本的には野生の食肉動物である。家畜でない分希少であり、滑らかな繊維と程よい脂で構成された肉には、家畜の牛では得難い旨味がある。

 二人もあまり食べたことのない食材で、胸が高鳴ってしょうがない。早く見つけて戦闘に持ち込みたいところだ。

「ちょっとつついてみようか? アイスボールあたり地面に打って様子見てみる」

レンは氷魔法の力を掌に溜め始めた。すると、意図せずその場の空気が張り詰めてきた。

「ねーぇ、レン」

「うん……」

「おでましかもしれないねぇ。めっっっちゃ見られてる感あるよねぇ」

レンは前を向いたまま、小声で叫ぶ。

「魔法溜め始めたばっかなんですけど! 何なの? 反応早く無い?!」


ふぅぅぅーーーーーーーっっ。


低くくぐもった、鼻息のような音が静かに響いた。

「レン、氷魔法の準備はやめて、3秒数えたら左右に散ろう。そこから補助魔法かけていくから。3、2、い……」


ブオオオオオオオオオーーーーーーーーーー!!!!


ライトが数え終わる前に、相手が動いた。岩場の陰から現れたのは、今日の獲物のマッドカウ。既に興奮状態で、目が赤く変色している。

「わーーー!!! なんだよ、普通に草食って待ってろよ! 手間かかんだろ! 」

「こっちの思い通りにはいかないね! レン、『ディフェンスアップ』! 」

ライトは会話の合間にレンのために防御魔法をかける。

「サンキュー!」

マッドカウはレンに照準を合わせて突進してくる。目の赤さも相まって、非常に獰猛な印象である。

「適当なとこでバーストアップ使って、体力削いでから決めちゃって! よさげなタイミングで筋力強化かけるから! 」

「了解! 」

直線的な物理攻撃がメインのマッドカウは、レンと相性が良い。マッドカウは回復魔法が使えないので、体力を削げば良いのだ。魔法耐性も無いので、緊急時には正面から攻撃魔法を当てるのもアリだ。でも、今回は食肉クエスト。できる限り傷を付けずに手に入れたいところだ。急所に一発攻撃で決められたらベスト。攻撃前にはライトの補助魔法で威力を上げる算段である。


「よし、『バーストアップ』!」

加速魔法を皮切りに戦闘開始。突進してくるマッドカウを横にかわして距離をとる。

「・・・?」

マッドカウがレンの移動方向に合わせてきた。ぶつかりはしなかったものの、マッドカウの頭部がレンの肩口をかすめた。そして至近距離で避ける瞬間にレンは見た。

マッドカウの首元に、俊足と回復、それに筋力アップのクリスタルの付いたベルトが巻かれていることを。

「・・・、ヤバくない?! 」

大きくは方向転換できないマッドカウは、いったん、レンの後方まで走り抜けた。しかし、減速後はすぐにまたレンに照準を合わせて突進してくる。

「ば、『バーストアップ』! 」

追いバーストアップをして、必死の形相で駆け出すレン。

「レン? なんで追いバーストアップしてるの? 」

ライトが杖を構えながら叫ぶ。

「なんかあいつ、首に色んなクリスタル巻いてやがる! 」

普段のバーストアップよりもさらに軽快な足捌きと速度で地表を駆けながら、レンは窮状を伝える。

「どのクリスタル!?」

「俊足、回復、あと筋力アップ! 」

「えぇー!! マッドカウの長所と弱点補えるやつ! 」

追いバーストアップをしているにも関わらず、マッドカウとレンの距離が縮まっている。

「誰だよあんなの首に巻いた奴……。・・・、ヤバい。まだ何もしてないのに疲れてきた」

土の乾いた地面を走りすぎたうえに呼吸しすぎて、口の中は砂でざらつき血の味がしている。不自然な負荷がかかって、脚と尻の筋肉が引き攣れそうである。でもここで気を抜いたら、マッドカウの餌食待ったなしだ。

「ミドルヒール! 」

ライトが筋力強化ではなく回復魔法をかけてくれた。途端に身体から苦痛が取り除かれ、口の中は砂っぽいだけになった。


「ライト! 次に俺が空中飛んだら、筋力アップの魔法かけてくれ! 」

「・・・、分かった! 」

レンの意図するところを悟り、ライトは応答する。


「フルバースト! 」

レンは加速の上位魔法を唱えた。これならマッドカウを上回る速度が出る。ただし、消耗が激しく、ライトの回復魔法に頼らざるを得なくなる。しかも今回は既に想定外のタイミングで一回、ライトは魔法を使っている。事実上、マッドカウを倒すチャンスは一回しかない。


 マッドカウのアタックをギリギリ引き付けてかわした後、レンは地表を蹴り上げて空中に飛んだ。

「オフェンスアップ! 」

ライトが杖を掲げて叫ぶ。レンが淡い閃光に包まれる。

 地上ではマッドカウが方向転換のため減速していた。

「もらったーーー!!!」

レンは空気の壁を蹴って、マッドカウの背中を追った。そしてそのまま、渾身の力を込めてマッドカウの首にベルトごとナイフを突き立てた。ぶちりとベルトが切れて地面に落ち、ナイフは深くマッドカウの肉体に刺さった。


ぶぉぉおぉぉぉーーーーーー……。。。。


クリスタル付きのベルトが切れて回復が叶わなくなったマッドカウは、そのまま事切れた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る