ゆぶね飯

@suzuka_0606

ゆぶね飯

「はぁ、疲れた……」


 家のドアを開けた瞬間、思わずため息が漏れた。


 今日は金曜日だというのに、家に着いたのはたった今だ。本当は18時頃には帰れるはずだったのに、もう22時前になっている。春も近くなり昼間は暖かくなってきているが、夜中は未だ寒い。しかも運の悪い事に夜からは風も強く、身体が芯から冷え切っていた。月曜日からの疲れも溜まっているし、身も心も疲労感で一杯だ。


 大体、こんなに帰りが遅くなったのも課長が悪い。


風呂木ふろぎくん、この案件、帰る前に状況教えてくれない?」


 毎週水曜日の進捗会議で状況は伝えているはずなのに、定時前に声かけられた時点で悪い予感はしていた。

 そこから、「ここどうなってるの?」とか、「それ、月曜日までにないとまずいんじゃない?お客さんへの説明、月曜日の午後一だよね」とか、他にも色々言われた。


 確かに、課長の指摘はもっともだったのは認めよう。認めるけど、進捗会議の時に言ってくれよ、なんで金曜日の定時直前に言うんだ!説明した内容、水曜日と一緒なんだぞ!

 言われた以上、仕方ないから資料を修正して、帰ってきたらこんな時間だ。


 もし居酒屋がやっていたら、誰か誘って外に飲みに行っていたかもしれないが、このご時世だ。居酒屋は20時にはラストオーダーで、21時には閉店。しかも、会社からは社内飲み会や接待も含め、人と飲むのは必要最低限にして下さい、なんてお達しも来ている。


 そんな訳で、金曜日だろうと飲むとしたら1人で宅のみだ。1人じゃ飲まない人も多いらしいが、俺はそもそも飲むのも好きだし、1人だろうと何だろうと飲みたいときは飲む派である。


 金曜日、しかもこれだけ仕事頑張って疲れ切った日は、思いっきり飲むのが一番だ。むしろ、飲まざるを得ない。この日の酒のために仕事頑張ってきた、と言っても過言ではないのだ。……いや、過言ではあるか。


 ともかく、今日は金曜日、明日は仕事も予定もないし、いくら夜更かししても問題ない。二日酔いはさすがに勘弁だから、飲みすぎには注意するが、満足いくまで飲むぞ!


 しかも今日は……。


  街角で聞いた歌を調子はずれに歌いながら部屋へ向かう。電気をつければ、ワンフロアに生活スペースとキッチンのある、住み慣れた1Kの部屋が照らされた。若干ものが散らばる床をスキップでよけながら、壁際のハンガーへとスーツのジャケットをかける。よし、と意味なく呟き、次の目的地へ向かう。向かう先は台所だ。広くはない部屋を軽やかなステップを踏みながら移動すれば、すぐに二口コンロの前に着いた。


 そこには、少し汚れたコンロの上、左側、一人暮らしには似つかわしくない、大きな寸胴鍋が鎮座していた。


「さて、具合はどうかなっと……」


 ドキドキしながら蓋を開ける。ふわっと醤油とニンニクのいい香りが漂ってきた。鍋の中を覗けば、茶色の海の中、手羽先、手羽中、手羽元、大きめに切られた鶏もも肉がゴロゴロ入っていて、存在感を放っている。


「よしよし、いい感じだぁ」


 今日は疲れているだろうと思って昨日作っていた俺、ナイスだ。しっかりと時間を置いているし、煮物としての佇まいはばっちりだろう。


 ふふふ…今日の晩酌は鶏のパラダイス煮だ!!


 鶏のパラダイス煮とは、鶏の様々な部位を一緒くたに醤油で煮込んだ料理だ。カロリーが気になる時はもも肉をむね肉に変えたり、気分によっては卵とか砂肝なんかも入れたりしている。明日は何も予定がないから、今回はニンニク入りだ。

 酒飲みにはやっぱりニンニクは必須だよな。異論は認めるが理解はしかねます。


 何も食べてないから、もうお腹もペコペコだ。いい匂いにつられて、ぐぅぅ、と大きな音で腹も鳴った。だがしかし、今日は金曜日。スペシャルデー。この日を最高の飲み日にするに、もう一工夫が必要なのである。


 まずは一番大事な事、それは風呂だ。


 いったん鍋に蓋をし、風呂を沸かしに向かった。俺の家は部屋自体は普通の広さだが、風呂場はかなり広い。ちゃんと風呂トイレ別で脱衣所があるのはもちろんの事、湯船自体も実家と同じくらいの広さで割と足を延ばせる。元々風呂が大好きので、湯船の大きさにはかなり拘った。探しに探してやっと見つけたこの物件は結構お気に入りだ。


 さてと、まずは掃除だな。ワイシャツを腕まくりし、広めの湯船全体に洗剤をかけ、スポンジで洗ったら泡を流す。水が流れ切った後で栓をし、ボタンを押せば『お湯張りを開始します』という機械的な声が流れた。


 ここからが時間との勝負だ。

 風呂が沸ききる前に全てを準備しおえないと。


 駆け足でキッチンに戻り、真っ先に鍋を火にかける。弱火で鶏パラ煮――鶏のパラダイス煮だと長いので、もっぱら俺は短縮してこう呼んでいる――を温め始めたら、次は野菜の準備だ。


 冷蔵庫からキャベツ4分の1玉を出し、外側から1枚1枚にちぎっていく。千切りでもいいのだが、今日の食べ方では1枚1枚が大きいほうが都合良いのだ。1枚ずつ大き目の皿の上に乗っけてって、皿の底に敷き詰め終わったら完成だ。千切りと違って、まな板も包丁も洗わなくていいのが地味に楽なんだよな、このやり方。


 これで、野菜の準備は終了だ。鶏パラ煮はどうなっているか……うん、まだ全然あったまってないな。量作りすぎたからなぁ、もうちょっとだけ火を強めておくか。


 次に準備するのは、クーラーボックスだ。1人キャンプ用にと思って買ったはいいが、結局1回行って飽きたため、ほぼ出番がなかった置物同然のアイテムである。だが、この青い箱が今日は大活躍する日だ。


 まずは箱の底に大小様々な保冷剤を雑に敷き詰める。

 そしてその上に冷凍庫から出した”これ”を乗っけて……

 ふふふ、”これ”は後からのお楽しみだ。


 さらにその上から保冷剤を乗っけたうえで、冷蔵庫から出した缶ビール2本を左側に埋め込む。右側の空いている所に七味唐辛子、ラー油、山椒などの薬味が入っている小さな箱を中に入れ、さらに袋に入れた氷で隙間を埋めれば準備は完了だ。

 あ、忘れてた。ゴミ袋とタオルも入れとかないと。


「さて、鶏パラ煮はっと…」


 クーラーボックスセットを準備している間にも滅茶苦茶いい匂いがしてきていて、もうお腹と背中がくっつきそうだ。


「よしよし、良い感じにあったまってるな」


 ……本当にあったかいか、確認すべきではなかろうか?

 決してつまみ食いというわけではなく、確認は必要なことだ。これであたたかくなかったら台無しだし、中まで火が通ってないって事たまにあるし。うん、確認は必要だ、違いない。


 まっとうな理由の元、食べやすい大きさの鶏ももを箸でつまみ、一口でパクリ。


「っ~~うまい!」


 味しみしみで、お肉ホロホロで最高だ。ニンニクの香りも相まって、酒の飲みたさがピークだ。おっと、そうだった。美味しさで忘れていたけどあったかさの確認もしないと。もう1つ、同じく鶏もも肉を食べれば、そこそこあったかい、という感じだ。

 あっつあつにしたいので、もう少し温めれば丁度よいだろう。


 焦げないように、鍋の底から鶏パラ煮を掻き混ぜて、もう少しだけ火を強めておく。

 最後の温めに入っている間に、クーラーボックスと防水スマホを浴室に置きに行く、ついでに湯の張り具合も見てみれば、あと5分くらいで完了しそうだ。よしよし、良いペースだぞ。


 またキッチンに戻ってみれば、鶏パラ煮は煮汁がぐつぐつしてきていたので、もう充分にあったまっていそうだ。


 鍋の火を止めてから、キャベツが乗った皿の上に箸で1つ1つ、鶏パラ煮を乗っけていく。お玉でとるとどうしても汁もたくさん一緒に取ってしまうので、面倒だけど箸でやるしかない。汁だくも美味しいのだが、今日は汁少な目がベストな食べ方なのだ。


 落とさないように丁寧に、手羽先、手羽中、手羽元、もも肉……なるべく順番に乗せていって、大き目のお皿山盛りになったら……完成だ!


 山が崩れないように鶏パラ肉の上から軽くラップを被せると同時に、聞きなれた音楽と共に『お風呂が沸きました』とアナウンスが来た。

 タイミングも完璧。


「勝った……!」


 何に勝ったわけでもないが、何とも言えない充足感で満たされる。一仕事終えた時のような嬉しさだ。


 さて、この出来上がった鶏パラ煮をどうするのか、もう分かるだろう?


 ラップをかけたとは言え、転んだりこぼしたりしたら台無しなので、注意しながら風呂場へ持っていく。

 風呂場に着いたら、あらかじめ置いておいたクーラーボックスの上にのっけて、急いで服を脱いだ。スラックスは明日クリーニングに出すので、軽くたたんでおいとけばいいだろう。いちいち掛けにいくのも面倒だし。


 すっぽんぽんになり、超特急で全身を洗う。洗い終わったら風呂蓋の上をシャワーで流し、半分くらいを畳む。これで簡易テーブルの完成だ。この風呂蓋は自分で買ったもので、風呂蓋にも簡易的なテーブルにもなる優れものだ。テーブルの形に変えた場合でも風呂の半分くらいを覆ってくれるので、保温にも効果的だ。これで長時間入っても体が冷えないので長風呂も出来るってわけだ。


 身体の水をぬぐい、合わせてテーブルと床も拭く。あとは、あらかじめ脱衣所に準備していた鶏パラ煮とスマホが乗っかったクーラーボックスを風呂場に引き入れれば、よし、準備は完璧だ。


 いざ、湯船へ!!


 水しぶきが上がらないよう気を付けながら、湯気が立つお湯に足から入る。冷えた体にじんわりとお湯のぬくもりが広がった。足先のぬくもりで温度が丁度良い事を確認し、一気に肩までお湯につかる。


「あ゛~……」


 お風呂って最高だ……。


 少し熱めのお湯が、冷えていた体と乾いていた心に染みわたるようだ。お湯は少な目に張っているから、肩までつかるには足を少し縮こめて腰を落とさないとないといけないが、それでもやっぱり気持ちがいい。お風呂、万歳。


 少しの間そのまま湯に身を委ねながら、この一週間を思い返す。今週も頑張ったなぁ。無茶ぶりされた仕事も何とか納期通りに終わったし、後輩の指導も割と付きっ切りでやったし。まぁ、悪かったこともあったけど、なにより頑張った自分にご褒美をあげたい。


 湯から肩をだし、クーラーボックスの上にあったスマホと鶏パラ煮をテーブルの上に置く。

 スマホリングで良い感じに立てて、忙しすぎて見そびれたバラエティ番組をアプリで再生する。

 にぎやかな予告を傍耳に聞きながら、クーラーボックスを開け、中に手を入れ冷え切ったビールを引っ張りだした。温まった掌に冷たいビールが吸い付くようになじむ。急く気持ちを押さえて、指先で缶のプルタブを引っ掻けた。


 プシュッ


「いただきます!!」


 溢れそうになる泡を一滴もこぼさないようすぐに口をつけ、喉を鳴らしながら、ビールを流し込む。


「ぷはーーっ」


 金曜日の仕事終わりに飲むビール、美味い!!

 普通に飲んでも美味いけど、お風呂の中で飲むビールは特別感も相まってたまらない。こたつで食べるアイスも美味いのだから、お風呂で飲むビールも美味いに決まっている。


 ネットではお風呂で飲むのは危険、みたいなことも書いてあったが、気を付ければ大丈夫だろう。温泉で日本酒飲めるようなところもあるしな。ただ、飲みすぎるのは良くないと思うので、流石に風呂ではビール缶2本までだ。風呂上りにまた飲むけど。


 さて、ビールも美味いが空きっ腹に飲みすぎるのは良くない。ここで、登場するのが鶏パラ煮だ。こんもりと盛られた鶏パラ煮は、早く食べてと主張している。大丈夫だ、美味しく食べてやるからな。


 鶏パラ煮のラップを破れないように慎重に剥がせば、ふわりと醤油とニンニクのいい香りが風呂場に広がる。ちょっとつまみ食いしたはずだが、また腹が小さく音を鳴らした。もう美味いのは分かっているが、お風呂で食べるのはまた違う良さがあるのだ。


 まずは手羽先。いつもなら手が汚れるのが面倒だからと箸で丁寧に上品に食べていただろう。だが、今日は違う。今日は、手掴みで行く。


 手羽先の両端を指で持つ。柔らかく煮てある手羽先は、力を入れたらそのまま関節部分でぽっきりと折れてしまいそうだ。慎重に持ち上げ、1番おいしい肉厚の部分にガブリとかぶりついた。


 一口で半分くらいの肉を食べてしまった……。

 しっかり煮たからか、簡単に骨から肉が離れるので、思わず取れるとこまで口に入れてしまったのだ。柔らかいけど、ほろほろと言うよりも肉のプリッとした触感がきちんと残っていて、肉の旨味が口の中に広がる。肉の部分も美味いが、皮の部分もたまらん。皮の部分ってジューシーで美味いんだよなぁ。


 残りの骨周りのコリコリした部分や、嘴っぽい形の部分も余すところなく食べ、骨は広げたゴミ袋に捨てる。

 骨以外の部分が全部食べられる鶏って、本当に偉大だ。夢中になって食べてて、ビール飲むのも忘れてた。口の中が良い感じにこってりしてきているところに、ビールを一口飲む。あー、やっぱり合うなぁ。


 次は、手羽中、その次は手羽元、さらに次は鶏もも……と順々に食べていたら、あっという間に鶏パラ煮は半分くらいになっていた。当然、1本目のビールも飲み切ってしまっている。

 次を開けねばならないが、余すとこなく食べるために鶏肉をこねくりまわしたせいで、手も口周りもべとべとだ。普段なら、これをきれいにするのが面倒なわけだが、今日この場所は風呂だ。手なんて一歩も動かずに洗える。ちょっと下品だが手に付いたたれを舐めとった後、蛇口からお湯を出して手を洗う。準備してあったタオルで手を拭けば一歩も動かず手洗い完了だ。


 手がきれいになったところで、2本目のビールを開ける。クーラーボックスのおかげでキンキンに冷えたビールが、温まってきた身体をいい感じに冷やしてくれた。熱い身体に冷たいビール、うまい。


 すぐに次を食べたいところだが、また手が汚れる前に薬味をクーラーボックスから出す。このままでも美味しいが、やっぱり味変は重要である。色々な薬味を準備しているから選び放題だが、やっぱり最初は王道の七味唐辛子で決まりだ。


 全体的にかけてしまうと、別の薬味をかけた時に味がまざってしまうので、食べようと思っていた手羽中に3振りくらいかける。茶色に赤のコントラストが見事だ。ちょっと振りすぎたかもしれないけど、七味だし丁度いいくらいだろう。


 骨周りの1番美味しい所を前歯でそぎ取る様に口に含む。ニンニク醤油のガツンとした味に、七味唐辛子の辛みと複雑な香りが口の中に広がって、見事なマリアージュだ。

 七味の香りってたまらなく良い匂いだけど、何が入ってるんだろう。ビールで喉を潤しつつ確認してみると、黒ゴマや山椒が入っていた。他にも麻の実とか入っていたが、どんな香りか全然想像つかない。なんにせよ、七味が良い香りということには変わりないな。


 番組を見つつ鶏パラ煮を食べ、ビールを飲み、薬味をかけて鶏パラ煮を食べ……を繰り返していたら、もう鶏パラ煮はあとわずかになってしまった。それぞれの部位が2、3個ずつくらいしか残っていない。


 名残惜しいが、ビールもあと残り半分くらいしか残っていないし、そろそろ締め時だろう。


 だが、このまま終わらせる気はない。最後のとっておきが残っているのだ。

 ここで、冷凍庫から出していた”これ”の登場だ。


 じゃじゃーん!とろける細切りチーズ!


 袋に入れて小分けにしているから、すぐ使える優れものだ。ただ、そうはいっても多少凍ったままなので、テーブルの上に乗っけて風呂場の温度で徐々に解凍しておく。


 その間に、残った骨付き肉の肉だけを取る作業だ。骨から簡単に離れるので、手で肉をつまみとって皿の上に乗っけていく。手じゃ取れなかった橋の方の部位は、そのまま口に含んで食べて骨だけ捨てる。鶏モモは大きさを揃えるなら千切った方が良いが、そんなに大きくないしそのままでいいだろう。


 地味に大変な作業だ。だけど、この後のごちそうを考えれば、苦にもならない。なんならちょっと楽しいくらいだ。


「ふー。できたできた」


 大体、5分くらいかけて骨から肉をそげ落とし終わる。チーズも、ちょうど良い感じに柔らかくなっていた。凍っている部分もなくなっていて、ちょっと溶けかけって感じだ。


 さぁ、これを、肉の上にかければ……完成だ!鶏パラ煮on theチーズ!


 骨つきのままだとチーズが食べにくいからこそのひと手間。面倒だけどこのひと手間で大きく違ってくるのだ。


 お風呂じゃなければレンチンすればよりチーズがトロトロになるが、俺はチーズの硬さが残っているのも好きだからこのままで食べちゃいます。わざわざレンチンしに行くのも面倒だし。


 さすがにこれは手掴みだと食べにくいので、ここで、用意しておいたキャベツの出番だ。


 大きめにちぎっておいたキャベツに鶏パラ煮とチーズを乗っけて、そのままパクリ。そしてすかさずビール。


「っ~……!」


 チーズは万能だ…とても合う……。


 色々な部位の旨味とその上の濃厚なチーズ、そしてさっぱりとしたキャベツがこってりとした味わいを、爽やかなで瑞々しい香りで包みこんでくれる。最後、流し込んだビールが、口の中の油っぽさを流してくれて、もう、いくらでも食べれそうだ。


 これだけでも美味いが、ここでまたしても薬味の登場だ。なんでも合うが、やっぱりチーズと言えば黒コショウだろう。


 次のキャベツを準備し、鶏パラ煮とチーズを乗っけて、その上に用意しておいた黒コショウを3振りし、大きな一口で食べる。

 うん、ピリッとして美味い!やっぱり黒コショウは王道だなぁ。すかさずビールを飲むのも忘れない。


 さて、次はラー油だ。辛い薬味繋がりだが、合うだろうか?ちょっと不安だったから、今度は3滴くらいだけかけてみる。ちゃんと味が分かるよう、ラー油がかかっている所すべてを口に含むように食べた。

 イタリアと中華と日本の文化融合だ…こんなにもバラバラなのになぜ合うのだろう…美味い……。すかさずビールを飲む。


 よし、次は山椒をいってみるか。うなぎの蒲焼とか、甘じょっぱいタレに合うイメージの山椒だけど、鶏パラチーズとは合うだろうか。鶏パラ煮は醤油ベースだし、かば焼きと似たようなものだから合うだろう。ラー油もバッチリだったしな。ここは沢山かけよう。キャベツ、鶏パラ煮、チーズ、を順々に乗っけて、山椒を6振り。


 ……明らかにかけすぎた。けど、美味しいはず!いざ、実食!


「ゴホッゴホッ!」


 見事にむせた。

 口の中に山椒の舌が痺れる感覚が広がっていって、鶏パラ煮とチーズの味が消えている。残念だがこれは、口の中をリセットしなくては。すかさずビールを飲んだ。


 次こそはと山椒リベンジしたり、他の薬味で食べたり、あえて何もかけずに食べたりしているうちに、ビールはあっという間に残り一口分くらいになってしまった。


 風呂場で飲むのは危ない、と言う話は確かだと思っているので、どれだけ飲みたくても、お風呂につかりながら飲むのは2本までだ。まだ飲みたい気持ちもあるが鶏パラ煮もほぼないし、終わるには丁度いいだろう。

 最後1枚のキャベツに、皿の上に残ったすべての鶏パラ煮とチーズを乗っける。お気に入りの黒コショウを多めにかけて、大きな一口で全部口に詰め込んだ。

 贅沢な一口を噛みしめ、ビールに口をつける。湯に身を任せる心地よさと、お腹が満たされた幸福感を味わいながら、最後の一口を飲み込んだ。


「食べた食べたぁ。うまかったー」


 湯船につかりながらご飯を食べてビールを飲む。あまり褒められたものじゃないから人にはあまり言えないが、これが俺にとっては最高の贅沢だ。


 もう飲んで食べて満足したし、そろそろ出るか。スマホの番組を止めようとした時、見えた画面に思わず手が止まった。


『見てください、この景色!』


 番組のコーナーが変わったのか、画面の中の有名人は大げさに海の見える絶景を紹介している。だが、俺の目に留まったのはそこじゃない。


「あっ!!」


 なんと、紹介されていたのは、露天風呂に入りながら日本酒が飲める宿だった。


 番組では詳しい情報がテロップで流れている。露天風呂付の客室で、夕飯は海鮮料理、そして風呂用の日本酒もついてくるとの事だった。値段はまだ発表されていないが、ほぼ間違いなく高級旅館だろう。


『かんぱーい!』


 タオルを巻いた有名人2人が、仕事とは思えない笑顔で乾杯をし、酒を煽っている。景色やお酒の感想を言い合いながら、楽し気に露天風呂につかっていた。


 羨ましい……めちゃくちゃ羨ましい……。ここ1年半くらい、忙しくてなかなか休みもとれず、泊りどころか日帰り旅行さえ行っていない。温泉に行くにしても、近場の銭湯が関の山だった。


「温泉行きたいなぁ」


 露天風呂で、しかもお酒も飲めるなんて最高すぎる。でも高いだろうから、流石に躊躇してしまう。行けるとしても、日帰り温泉か、1泊2日くらいの小旅行が限界だろう。


 温泉旅行も悪くはないが、温泉に入りながらじゃ酒も飲めないし、飯も食べれないからな。


 やっぱり、自宅でのゆぶね飯が1番だ。

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