6話 ベルディモードの宿屋にはお化けが出ます。

私はドルミー。奴隷だった女性。髪は黒髪で肩まである。

目の色は緑色。おかげで奴隷として値段は高かった。

それだけが私の価値だと思っていた。

私はここに来て、栄養失調で死んだ。

私の血がついた物が、宿帳として使用されている。

おかげで私は宿に泊まる人間を驚かす事ができた。


最初はほんの遊び心で。やり始めるとだんだんと楽しくなってきて、とうとう宿屋で働く従業員にまで説明される名物にまでされてしまった。


今日も誰かが泊まってくれるようだ。盛大に驚かそうと思う。

ん?

リティア・ウィズ・クライン???


違和感を感じる。宿帳に書かれた文字は間違いなく、リティア・ウィズ・クラインと告げている。いつも通り、個室の扉の前で名前を呼んで、扉を開けたところで部屋に入って驚かせてやればいい。そう、その御方がその通りの人間ならば……。


人間???


紫の司教の法衣…最上位。

ううん、違う。違う。


観察するところを間違っているよ、私。

真紅に赤い目。街の人たちはほんの少し赤く光っているだけ。

あんな綺麗な目は見たことがないわ。


リティア・ウィズ・クラインは仮のお名前。


ついつい御方と呼んでしまうぐらいに。


そう。何か大きな勘違いをしている。

私は跪いて許しを請うべきなのかもしれない。

この御方は誰?


ああ、とうとう個室に入られようとされている。

私と同じ黒い髪。でも腰まである長い髪。


それに白い肌。美しい。


従業員がいつもの説明をしているわ。

「…最後のかみさま、もしも名前を呼ばれるような事があればどうかお慈悲を」

「今宵は面白い夜になりそうだわ」と、御方、いえ、少女は個室に入って行ってしまう。どういうわけか最上級の個室に。


最後のかみさま。

しっくりくるわ。きっとそう、それがこの御方のお名前。唯一の呼び方。


私はゴーストらしく、感情をこめて扉を叩く。

こん。

1回しか叩けなかった。

ああ、申し訳ない。申し訳ない。


私の背後にすごい気配を感じる。

私はそっと後ろを振り向く。

目が無い。黒いローブを着ていて、黒い魔導書を持っている少女。

空洞のはずの無い目の中から赤い光が。赤い光に照らされて、言葉が伝わって来る。

ゴーストである私が脳裏に響くというのもおかしな話だけど、ルキフグスと。


その左隣には、また赤い光に照らされて伝わってくる。七つの大陸を飲み込むと言われるレヴァイアサンこと、ヨルムンガンド、世界蛇が小さくなってとぐろを巻いた蛇様。目は赤い。きっとヨルムンガンド様なのだわ。


次から次へ伝わってくる。暴食の魔王、フェンリルもその左隣に。

黒い大きな狼様。目は同じく赤い。


次に伝わってきたのは、シルクハットの帽子を被った目と鼻の無い執事、メフィストフェレス様も左隣に現れる。


その左隣には黒い蜘蛛たちが集まって行く。赤い目をした黒い蜘蛛。伝わってきたのは、冥府の大蜘蛛様。


その左隣には13の棺を翼のように背中に浮遊させている金髪の少女、片目は無く、ある方の目は赤い目をしている。伝わってきたのは、タナトス様。


さらに左隣には九つの尻尾を持つ九尾狐様。


どうして左へ?


あれ?手が握れる。

え?

あれ?

私、肉体を持っている。これはまさか。蘇生魔術?ううん、違う。

七人の魔王が私のために器を作ってくれたんだわ。左回りは逆循環。

そして七人の魔王の主こそ、あの御方。


扉が開き、最初の御方が現れる。


「最後のかみさま、お慈悲をいただき、ありがとうございました」

「よい」と、だけ言われる。私は跪いて、御方の足の甲を舐めて、隷属の証を立てた。そこで意識が途切れる。


宿の個室で起きると、従業員として働く事を許された。



旅の人間が宿に泊まりに来る。

「けひひ、リティア・ウィズ・クライン。3億ラドル…ひゃっはーいいねぇ。最高だ。必ず捕まえてやる。けひひ」

宿帳にはいまだに私の呪いがかかっている。

名前はセドル・ヴァイオル。私を売った奴隷商人だ。ああ、こいつがここにやってくるなんて。こいつは手ごわい。

何体もの悪魔と契約していて、とてもやっかいな奴だ。

例え壊されても、最後のかみさまから貰ったこの器。

最後のかみさまのために役立てる。


個室に入ったのを確認してから

「セドル・ヴァイオル」と、呼ぶ。


「ああ、なんだ?」と、気だるそうな顔をして出て来る。茶髪でぼさぼさ。背丈は156センチと小柄な方で、土木作業員のような服装をしているが、こいつはサモナー。召喚士なのだ。

「私を覚えていないか」

「…栄養失調で死んだ奴隷に似ているな。くはっ、何だ?喰われてくれるのか。喰え」と、セドルはガーゴイル、翼を持つ悪魔を呼び出す。

「う、うあああああああ」と、私は力任せに殴る。

ガーゴイルは私の腕をつかんで引きちぎった。

体勢を崩した私は心臓をつかまれて握り潰された。

ああ、ごめんなさいませ。最後のかみさま。


ガーゴイルは血をすすっている。

「けひひ。辺境伯の第三女らしいが、この女と同じ運命を辿らせてやる」

セドルの高笑いが耳に入って来る。

ああ、ごめんない。私はただ謝った。どういうわけか、意識は途切れない。

心臓をつぶされたにもかかわらず。

私は黒い蜘蛛が床を進軍しているのを見る。

顔から熱いモノが流れ落ちる。

ああ、ああ。こんな私のために。

動いてくださるなんて。


「けひ?」と、セドルはキョロキョロと周囲を見る。

これは大蜘蛛様の視点だろうか。本来、見えるはずの無い視点だ。

「いでよ、悪魔たち」と、セドルは次から次へ召喚を成功させる。

何を贄(にえ)にしているのかと思ったら、私の身体を贄にして召喚していた。

申し訳なさがつのる。


「けひひ、いつもよりも極上な悪魔たちが召喚できているじゃねえか。ベルディモード、やっぱりこの街に来たのは正解だったようだぜ」と、セドルは高笑いする。

ガーゴイルに、ヤギの顔をしていて、黒い大きな翼を持つグレーターデーモン(上位魔人)の姿も見える。

全部で30体もの悪魔たちが勢ぞろいしている。


悪魔たちはどういうわけか、廊下に全員が跪いて誰かを待っている。

私にはそう見える。

セドルは何を勘違いしたのか、高笑いして満足そうに頷いている。

「けひひ、そうかそうか。オレの召喚士しての腕前も上がったにちげぇねぇ。呼び出してすぐに完全服従するなんてな。こりゃあ、すげぇ」そう言ってまた高笑いする。

よく笑う男だ。


身体のいろんな部位を贄に取られた私…。首だけがまだ残っている。

「けひひ、こんなところで元奴隷に出会ったのも運がいい証拠だ。けひひ。さあ、最後にお前の頭を使って飛び切りの奴を召喚してやるぜ」と、セドルは召喚の魔法陣を再び起動させた。


「けひ?」セドルは大切な事を思い出していた。

そう言えば何でオレはもっと悪魔を召喚しようと思ったんだ。

今、感じている違和感を消すためだろ?


今、感じている違和感。


異質な魔力の流れ。

ここが宿屋の廊下だと言うのに感じる寒気。

「だ、誰だ!」と、セドルが叫んでいる。


私は大蜘蛛様の視点でそれを眺めている。

魔法陣の上には最後のかみさまがおられた。

セドルは腰を抜かしている。

「人型だと?ありえねぇ。ありえねぇ。そんな事が起きるわけねぇ。そんな悪魔を召喚する魔法陣じゃなかったはず…なんだ。どこで間違えた?」と、セドルは尻餅をついたまま後ろへ下がっている。

後ろへ下がると廊下が濡れていく。

尿をもらしたようだ。


「けひ、動かねぇって事は服従するのか。オレに…」と、セドルは立ち上がろうとする。壁をつたって立ち上がろうとする。


長い黒髪で紫の司教の法衣を着た少女は目を閉じていた。


セドルの腕が黒い狼、フェンリルの巨大な口に喰われる。

「ひぎゃああああああああああ」と、セドルの叫び声があがる。


「あが・あがひ・あ、腕、うでがぁああ」と、右腕の在った場所を左手で抑えている。少女の赤い目はセドルを見つめている。


「や、やめへ。オレはあんたなんか召喚してない。召喚してないんだぁああああああ。やめへくれぇ」と、セドルは叫ぶ。


にっこりと、笑われた。口角をあげて。

少女の笑顔を見て、セドルは口をパクパクしている。


黒い蜘蛛たちがセドルに集まっている。

断末魔を上げる事さえ許されず、セドルは消えて行った。


次の日の朝、声を聞く。

<よい。励むがよい>

私は涙を流して、最後のかみさま、お慈悲を…と、祈りを捧げた。

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