4話 人形の街、ベルディモード

 ラドラスティア王国の南部、リティアの地下神殿の近くに森と湖がある。

 バディが王国に右手を届けてから1ヶ月後、森と湖の真ん中に街が出来た。

 街の名前はベルディモード。住人の9割が元奴隷たち。

 赤い目をした住人たち。

 そんな街に行商人ハウリィは訪れる。

「さて、ここいらで始めるか」と、敷物を広げると宝石が出てきた。

「さあさあ、よっといで、見ておいで。安くするよ、本物の宝石だよぉ」

誰も見向きもしない。

黒い蜘蛛が道を行軍している。

赤い目をした黒い蜘蛛たちが、行軍している。

「おい、おい。しけた街だなぁ。しゃーね、場所変えるかぁ」と、宝石を敷物で包みこみ、ハウリィは顎髭をかきながら立ち上がる。オレンジ色の髪を切り揃えていて、青い目で当たりを見る。建物は立派だ。歩く人々も笑顔が絶えない。ただ赤い目をしている。何だろう、何か違和感を覚える。

「ウワサはホントだったって事かぁ。」と、ハウリィは顎髭を触り、王都の酒場で聞いて来た事を思い出す。

「神の名前を出せば飛ぶように売れる。……だが気をつけろ。あの街は長居するな。何かおかしい」

神の名はリティア・ウィズ・クライン。試してみるか。

ハウリィは中央広間で敷物を広げて、同じように声を上げて宣伝する。

誰も見向きもしない。

また黒い蜘蛛が目の前の道を行軍している。

「はいはい、リティア様。リティア・ウィズ・クライン様の宝石だよ。どうだい、買っていかないかい」

赤い目をした男が、ハウリィの胸倉をつかむ。

「おい、貴様ぁ」と、ハウリィは宙に持ちあげられる。

持ち上げられ、投げ捨てられる。

背中を強く打つ。

「がはっ、な、何しやがる?どういうつもりだ」と、ハウリィは叫ぶ。

「最後のかみさま、お慈悲を」と、男は跪いて祈りを捧げている。

「……なんだ」ハウリィは大事な事を思い出す。

「神の名は住人から聞け。間違って自分から言ってしまうと助かる道は無い」

助かる道は無い。

助かる道は無い。


え?


「ひ、ひわぁあああああ」と、ハウリィは慌てて立ち上がり、走り出す。

笑顔で歩いていた住人たちが、怒りの形相でハウリィに向かってきたからだ。


頭の中でリピートされる言葉。

助かる道は無い。

助かる道は無い。


いやだ、いやだ、いやだぁああああああ


後ろからも前からも。


右も左も。


ハウリィは意識を失った。



「あ、あぅ。どこだここ?」

腕が縛られている。身体も何かに括り付けられている。


足元には乾いた木材が積んである。

「は?」火あぶりだ。火刑だ。

「着火する」と、たいまつを持った男が油をかけて、乾いた木材に火をともした。

勢いよく燃え上がる。

燃える。燃え続ける。「あがぁ、ごほ、ごほ」黒い煙を吸い込む。

もうとっくに窒息してもいいぐらいだ。

槍が投げられる。

心臓を貫かれる。

絶命できない。

痛みは続き、思考は止まらない。

「やめろーーーー」と、叫ぶ。さらに槍は飛んで来る。

足元から黒い巨大な狼が、大きな口でハウリィを飲み込んだ。


集まっていた住人たちは地面に跪いてお祈りを捧げる。

「ああ、偉大なる最後のかみさま」


ハウリィは目覚めた。

黒い蜘蛛がまた行軍している。

青かった目は赤くなっている。

「独房か……。」そうつぶやいて、石畳みの上で起きた事に気づく。

そこは中央広場だった。

「夢か?夢を見ていたのか」と、ハウリィはつぶやく。

赤くなった目は夢で無かったと教えてくれている。

だが、まだ、彼は気づいていない。

「はは、なにがリティア・ウィズ・クラインだ。ふざけやがって」

<うふ、こんばんは、リティアよ>


脳裏に響く声。


「……」言葉を失う。

「はは、はははは」と、笑いだすハウリィ。

また走り出した。自分と同じ赤い目を住人たちはハウリィの走る道を自分たちから避けて行く。


<わざわざリティアのところへ走って?来てくれるの。いい子ねぇ>


脳裏に響く声。


ハウリィは転倒した。動けなくなる。

足音が聞こえてくる。


<今、心臓を食べてあげるわ>


ハウリィは目を覚ました。


水の中にいるようだ。

冷たい。


グラス?


グラスを誰かが持ち上げて鏡に映す。

グラスの中に目玉があった。

青い目をした目玉だ。


俺の目だ。ハウリィは理解した。

自分の目玉がグラスに入っている。

それも飲み物と一緒に。


それを持ち上げた誰かは飲み干して、またグラスに注いだ。

注ぐとき、ハウリィは痛みを感じた。

「あご、おごぁあああああ」切断された首が叫んでいる。

それをグラスの中から眺めている。

やめて、やめてくれぇええええ


「わかったぁ?潰して飲んでいるのは…あなたの心臓の血よぉ」

長い黒髪、赤い目、白い肌をした少女がほほ笑む。

少女はまた飲み干し、グラスに注いだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る