#2-5「高圧放電」

 シオンが人差し指を弾く。

 横合いで銃口を向けていた男が、腕と胸を裂かれて倒れる。

 シオンが反対の手で中指と薬指を曲げる。

 都合4人のナイフや手斧などを持った男達が、めいめいに吹っ飛んで転がる。

 シオンが掌底を繰り出す。肘打ちを放つ。開いた指を握る。回し蹴りを決める。腕を振るう。踵落としを振り下ろす。裏拳を振り出す。足払いをかける。腕を広げる。

 彼の周りで群がる男達は、みぞおちを、あるいは脇腹を、あるいは四肢を、あるいは顔面を、あるいは全身を、あるいは脳天を、あるいはこめかみを、あるいは足元を、あるいは戦意を、次々に撃ち抜かれ崩れ落ちていく。

 舞う紫電が弾けて霧散した中心に、紫色の髪をした男が立っている。


 ──バー・パンドラはヴェリタスの激戦区たる東京、その新宿にあって、名だたる猛者が集う店として名を馳せている──。


 凶刃や弾丸のみならず、槍や火の玉に、水の鞭やら氷の礫、岩の拳、疾風も迅雷も、絶え間なく飛び交う戦場で……彼は何ひとつ掠りもせずに舞い踊る。

 歴戦のロクデナシ共から刺さるような殺気を一身に浴び、しかし藤堂紫苑は、黒い仮面の奥で笑っている。口の端を吊り上げ、鋭い犬歯を剥く。

 仮面の裏で、紫紺の眼光を煌めかせ嗤う。


 ──かつて空間を歪める篝火イグニスによって開拓され、スタジアムを建造した地下闘技場に……後に伝説として語り継がれる男が君臨していた──。


「そうッ、まさに伝説だッ! 異例だッ! 前代未聞だッ! このパンドラに集う、イカれたメンバーを十把一絡げに丸ごと翻弄するッ! 舞い踊るッ! 薙ぎ払うッ! 目にも留まらぬッ! 疾・風・迅・雷の血祭りだァ! さあさあッ、遠けりゃ寄ってブッ飛ばされなッ! 近けりゃ飛び込み痺れやがれッ!」


 ついに興奮が極まった様子のレフェリーは、耳をつんざく声で裏返したまま叫ぶ。


「誰がシオンを殺すのかッ! それとも、誰もがシオンに敗けるのかッ! さあさあさあさあ、さあさあさあさあッ! シオンッ、対ッ……バー・パンドラッ! ンッ、レッドゥルルルリィイイイ……」


 シオンが広げた五指にワイヤーを引っ掛け振り抜く瞬間と、レフェリーがゴングを鳴らす瞬間は、奇しくも一致していた。


「ン、ッヌファッァアアアイ!!」

「【紫電フルグル】──『範囲掃討ビートダウン』」


 闘技場に張り巡らされたワイヤーから幾本も電撃の槍が飛び交う。

 淡い藤色の輝きが屈強な男どもを十把一絡げに打ち倒す。


「雑な前戯じゃねえかッ! こんな火花じゃ俺様は殺れねえぞ! シオン!」

「私だけを見ろッ見てッ見てよ藤堂紫苑!」


 閃光のド真ん中を突破し、鬼気迫る勢いで猛進するふたつの影があった。

 ひとりは岩石を纏った巨漢の岩猿だ。片やプラチナ色の髪をなびかせる少女だ。

 岩石で象られた鉄拳が振り下ろされる。巨大ノコギリの刃が横薙ぎに襲い掛かる。

 十字を描く致死点に……けれどシオンの姿は無かった。


「よう」


 姿を眩ませたシオンは、ただ眼前の光景に圧倒されている少年へと声をかけた。

 シオンはスタジアムの天井からワイヤーで足を吊るしている。

 逆さのままで黄河一馬と目線を合わせている。

 シオンは……紫苑は黒い手袋に包まれた手を、一馬へと差し出した。


「呆気にとられている暇は無いだろうが。さあ……アンタは、どうする?」


 黒い仮面に並んだ、紫の六眼が問い掛ける。

 一馬は全身の毛穴から、衝撃が吹き抜ける心持ちを味わった。

 一馬の口元がニヤけて抑えられない。これまでの人生で味わった事もない高揚が、昂りが、常識も理屈もスッ飛ばし、たったひとつの感情を駆り立てる。

 コイツと戦いたい、コイツを超えたい、という熱情を。


「──テメエに勝つ!」


 一馬が刀の鞘から白刃を振り抜いた時、しかしそこに紫苑の姿は無かった。

 紫苑はすでにワイヤーを解いて、再びスタジアムの中央へと舞い戻っている。

 紫苑を追い掛けていた少女と岩猿に並ぶ形で、一馬は彼に向けて切っ先を構える。

 岩猿も足元に手を当て、スタジアムの地面を隆起させてゆく。

 少女も巨大ノコギリで手首を裂いて、滴る雫で赤い水溜りを拡げてゆく。


「【国つ神の槌ギガァアアアスハンド】ォ!」

「【21期60号ヴァンパイア】!」

「行くぜ……【エルドラド】ッ!」


 間欠泉の様に石柱が幾つも噴出する。

 血の海から赤い槍が何本も伸び上がる。

 一馬がガスマスクのノズルを回す。

 スタジアムが黄色と灰色と紅との色彩で引っ掻き回される。

 呼吸も止まる熱風と轟音が辺りを席巻し、暴威の嵐が、彼へと押し寄せる。災害を招いている3人が見据えているのは、ただひとりの男、その背中だけである。

 三者が睨みつける視線の先で、紫苑は振り向きながら言った。


「そう来なくっちゃ」


 紫苑が左の手の平をかざす。

 淡い藤色の電光が全てを受け止め競り合う。紫電を纏ったワイヤーが岩石をも切り飛ばして弾く。紫色の髪が風圧で揺られ躍る。紫苑が立つ足元の直前まで抉られる。

 左手だけで3人の全身全霊を迎え撃つ紫苑は、右手を頭上へ振り上げる。

 右手は人差し指を立てたまま、鋭く迸る紫電を纏っていた。


「まだまだァ! イキり勃て世界ッ! 『ギガントマキア』ァ!」


 いきなり岩猿が叫んだ。

 紫苑が指を鳴らすより早く、スタジアムの大地が鳴動する。

 あちらこちらが盛り上がって、まるで無秩序な砦を形成する。

 石柱に岩石の壁やら、お互いが立っている足場をも無視した。

 スタジアムの天井から照らす照明さえも割り砕く。何本も歪なコンクリートの柱が突き立ち、闘技場の地面と天蓋を繋ぐ。

 しかし紫苑は好機とばかりに三度続けて腕を振るう。投げ放ったワイヤーをまるで蜘蛛の巣みたいに張り巡らせる。

 紫苑が縦横無尽に空間を跳ね回る。彼を少女が追撃する。一馬は2人の姿を目の端に捉えるだけで精一杯だ。頭上、横合い、斜め上の前方、後方、目と鼻の先と、激突する金属音だけが連続して鳴り響く。

 それから紫苑が少女に引き付けられている間に──少女の背後から、幾本もの腕を背負った岩石巨人ティタノマキアが迫る。


「『ヘカトンケイル』ゥウアッ!」


 紫苑と少女は互いに飛び退いてそれを避ける。

 即興の足場が降り注ぐ拳で打ち砕かれてゆく。

 一馬と少女と岩猿は、周りごと崩落して落ちてゆく自分たちの更に下方で、紫苑が自由落下しつつも左手を自身らへと向けている事に気付いた。

 彼の左手は紫電を纏い、3人へと人差し指を向けていた。

 それから、彼はを端的に詠唱する──……。


「……──【紫電フルグル】、『高圧放電ダウンフォール』」







「勝者ぁあああッ……シオンッ!!」


 まるで無様にオレも、プラチナブロンドの髪をした少女も、岩猿も……パンドラに巣食うヴェリタスユーザー達も、誰もが瓦礫にまみれ、スタジアムで倒れていた。

 その中にひとりだけ、勝者が立っている。

 淡藤色の髪を揺らし、シャツもメンズパンツもブーツも皮手袋も、そして仮面も……全てを漆黒に包んだ装いの華奢な男である。

 おそらく17歳のオレと、歳は大して変わらない少年だ。それがこの場に横たわる誰もを圧倒し、ただ静寂の中に佇んでいる。

 シャツを捲った腕からでさえ、傷のひとつも見当たらなかった。


「楽しかったぜ」


 見慣れた映画の感想を呟くように言い捨ててから、おもむろに転がっているオレの方へと、紫苑は歩いてくる。それから転がっているオレを見下ろすようにしゃがむ。仮面を外し、笑顔も何もない全くの無表情で問い掛ける。

 その無表情は、まるで飽きた遊びを終えた後の幼稚園児みたいだった。


「なあ……アンタはどうだ?」


 仰向けに転がっているオレは、それがたまらないほど悔しく思えた。

 だから奥歯を噛む。

 清々しさと、煮え切らない悔しさが入り混じった混沌の心持ちで吐き捨てる。


「ちっとも楽しくなんて無ぇよ。次こそは、テメエをブッ倒すからな」


 ほんの一瞬だけ目を見開いた紫苑は、そこでやっと口端を歪める。

 わずかに目尻を細めてから、顎に指先を当てる。

 オレを見下ろしたまま、少しばかりそうしてから、おもむろに立ち上がる。

 それから視線も合わさずに、踵を返しながら言い放った。


「上でさっきのジイさんに怪我を治して貰え。それが終わったら焼肉を喰うぞ」




Chapter2『VS血姫&パンドラ』END


NEXT⇛Chapter3

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