第7話 三日で飽きた。

さて、どうやら異世界農家となってしまった俺のサバイバルな生活が、次の日から始まった。


ルルガを始め、長老たちは別に魔王を倒してくれだの、世界を救えだのということもなく、とりあえずただ暮らしていても特に何の文句も言われるようなことは無かった。

なので俺は、折角異世界に来たのだからとあちこちうろついてみたのだが……。


三日で飽きた。


なんせ周りはただの自然しかないのだ。

一日中歩いたところで、特に何もあるわけでもない。

確かにきれいな景色や神秘的な風景などはあるものの、そんなものはたまに見るからいいのであって、毎日見るようなものでは無い。


それに何より、出てくる食事の酷さと言ったらなかった。


熱帯のフルーツならまだいい。

というかかなりおいしい。

食べ物はほとんど向こうの世界と同じだったし。


しかし、それ以外のものは酷かった。


……まず、米がない。

一応この村の主食はトウモロコシのようなのだが、ここでは乾燥させた粒を粉にして焼いた、トルティーヤみたいなものに、様々な具をのせて食べる料理が主流のようだった。


だが、調味料と言うものがまともになく、辛いか甘いかの選択肢しかない。

どこからか塩は手に入っているようだが、スープにはもちろん出汁などといったものはないし、料理のバリエーションも全くなかった。


どこかの島国では、タロイモが主食で、それしかほとんど食べていないと言う話はどこかで聞いたが、まさにそれと同じ状態だ。

こんな状態では、すぐに飽きるのも仕方がないだろう……。


俺は「安西先生、和食が食いたいです……」と思わず呟きたくなるのをこらえて、ルルガに尋ねる。


「あ、あのさぁ、毎日こういうの食べてるの……?」

「何がだ?」

「……いや何でもない」


なんだかこれ以上聞くのは忍びない気がして、俺はそれ以上何も言うことができなかった。


そして四日目。俺はとうとう決意する。


(……ダメだ、このままでは味覚が寂しすぎて孤独死してしまう……。何とかうまい飯を作らねば!!!)


思い立って、俺はついにこちらの世界で農業することを決意した。

魔王を倒すでも、世界を救うでもなく……この俺の食欲を満たすためにっ!!!


テントの中で拳を握りしめ、両目に農業の熱い炎を燃やしながら、俺は仁王立ちで何処かへ向かって固く誓う。

……よし、そうと決めたらまずは手元の持ち物の確認だ。


こっちの世界に来たときに持ってきたものは、数種類の種。

そして、帽子と手拭い、スマホ位だ。

だが、種以外は全く役に立ちそうな気配がない。


種だ。

種をどう活用するかで、この世界での俺の人生は決まる……!と、さっきからやけにテンション高く、アガリ目な俺。


そして、ふぅ〜と深呼吸し、改めて持ち物を眺めるのだった。

……この中から、何とかしなければならないのだ。一粒だって無駄にはできない。


種を確認してみる。

たまたま夏野菜の収穫と秋冬に向けて準備をしていたのが助かった。

袋に入ったそこそこの種類の種を持ってきていた。


その中身は……。


・とうもろこし

・ナス

・トマト

・きゅうり

・大根

・カブ

・キャベツ

・ズッキーニ

・ブロッコリー

・葉物各種


これぐらいか。

我ながら結構種類が豊富だ。

……もし、これらの野菜がちゃんとできたら、十分これまでとも遜色ない食生活が送れるに違いない。


わずかな希望を持って、俺は早速畑の準備に取り掛かるのだった。


まずは、自由に使える土地をルルガに確認した。

すると彼女は、すぐに長老に話をつけてくれ、村はずれの小さな空き地を紹介してくれた。

何しろ土地だけはいくらでもある場所だ。


そして早速、俺はその土地の様子を調査することにする。

……いよいよ異世界農家の本領発揮だ。


まずは土質。

農業には土作りが何よりも大切だ。


以前に東南アジアに旅行した俺の経験からすると、やはり辺りの環境から見て、ここも向こうと同じような環境だと見ていいだろう。


そして思った通り、赤土が多い。

ラテライトという奴だ。


ラテライトというのは、簡単に言えばレンガに使われるような、赤くて固い土のことだ。

……正直言って、農業には向いていない。

だがやりようによっては、何とかなる可能性もある。


一般的には、日本の土は農業がやりやすい部類に入るので、熱帯地域とは勝手が違う。

ここも日本と同じように考えていてはいけないのだ。

……その辺り、心してかからねばならんな。


いや待て、そもそも育苗から始めなきゃいけない場合はどうするんだ?

これは根本的に考える必要があるぞ……?


種は、そのまま土に蒔いていいものと、一度小さなポットに蒔いて苗を育ててから土に植え付けるものとがあるのだ。

まず、現代で使われている資材がすべて使えないと思った方がいいな。

ビニールハウスなんてあるはずが無いし、水道だって無い。

その辺をうまく工夫する必要があるか……。


そのまま播種……種を蒔いて何とかなりそうなものといえば、この中ではとうもろこしぐらいだろうか。

もともと熱帯地方の高原地域が原産地だし、既にトルティーヤという前例がある。

これは期待ができそうだ。


逆に難しいものといえば、カブやキャベツなどのアブラナ科だろうか。

これはヨーロッパのある程度寒い地域が原産なので、この辺りで栽培するのは難しいかもしれない……。

だが、東南アジアでも一部で作ってる所があったので、良さそうな場所を見つければ何とかなるだろう。


……その辺はこれからの課題だ。


そして機械類などもないことを考えておかなければ。

頑張れば、有機肥料ぐらいは作れるかもしれないが、まず工場で合成する必要がある化学肥料は無理だし、電気もガソリンも無いことから、トラクターやその他の機械も使うことができない。

なんだかうまい魔法なんかがあればいいんだが。……魔法肥料的な何かが。


だが今のところ、それらしい魔法を使っている人を見たことがない。

そもそもこの村においては、少なくとも魔法は日常的なものでは無さそうだった。


ルルガが俺の世界に来た時は魔法で来た、とは言っていたが、それが一体どのような魔法なのかはよくわからない。

……これも少し聞いてみる必要があるだろう。


よくあるラノベのように、なんだか色々とうまいこといくような方があったら助かるんだが、今の所それは無い前提で考えておく必要があるかもしれない。

まぁ、何の特殊能力も魔法もチート能力もないようなので、自分がやれることを地道にやっていくしかないか……。


改めて、自分のチート能力の無さにがっかりしながらも、考えを巡らせる俺なのだった。

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