マブダチシチューは流星の味

木村凌和

第1話

「あーおいしいーおいしいですぞー」

 もくもくもく、人と同じサイズのブリキロボが口から煙をあげている。ブリキロボは目をちかちかさせ、腕をびょいんびょいん伸ばした。

 ブリキロボの前を歩いていた少女が振り返る。彼女は人差し指を立ててブリキロボに向けた。

「あなたが食べるわけじゃないでしょ。食べるのは私だし、しかもまだ焼き上がってない」

「いやいやロッテどの」

 ブリキロボは少女ーーアンナロッテへ、マジックハンドの手を差し返した。ふふんと自慢げに。

「不肖このワダツミ、ワタシくらいになると腹の中で焼けている食べ物の味くらい超簡単にわかるのです。ええ。ベリーデシシャス」

「あなたに味の感覚ないんだけど……どうしてこんなのできちゃったんだろ」

「聞こえていますぞ、ロ・ッ・テ・ど・の!」

 ワダツミがスキップでアンナロッテの肩をちょんとつつく。アンナロッテは額を抑えた。

 ワダツミは『焼き菓子作りの魔法使い』であるアンナロッテの魔法だった。旅をするために移動ができるオーブン、勝手に動いてくれると更に良い。と、そんなつもりの魔法が形作ったのがこのうるさいブリキロボだった。

「しかしロッテどの、毎日毎日こんな食事ではワダツミも心配です。いえおいしいのですが」

「いやあなたは食べられないからね? 魔法の歩いて喋るオーブンだからね?」

 ロッテが振り返り、ワダツミを座らせた。ワダツミの胴体の扉を開ける。脂が焼けるにおいとあまいにおい。そう大きくない鉄板に指二本分の大きさのベーコン、果物がふたつ、きのこが果物の半量ほど、こんがり焼けて並んでいた。

「そのわりにワタシ、有能なのでは?」

 ワダツミが首を傾げる。ロッテは答えずにパンを割いた。

 鉄板の脂を吸わせて口に入れると、すっかり香りの飛んだはずのパンの風味をかすかに感じる。ベーコンの塩味と果物の甘味、きのこの出汁と香りが溶け込んだ脂はこれだけでじゅうぶんにおいしい。だがグリルされて崩れかかった赤い果物にほんの少しのバターを乗せ、とっておきのはちみつをかけると、しょっぱい中に甘く、カビかけたパンなんて気にならない。

「あーっおいしいですなあおいしそうですなあおいしいですか」

「うん、おいしい」

「でしょうでしょう。ワタシの腹でロッテどのが焼いたのですから!」

 ワダツミがえへんと胸をはる。開いたままの扉ががちゃんがちゃん言った。

「……ワダツミ、ありがとう。あなたがそんな調子だから、私はここまで来られたんだと思う」

「ロッテどの? どうしたんですか改まって。もしやワタシを……棄てようと……?」

「違う違う違う。もうそろそろ旅も終わりだから」

「あれっそういえばどこを目指していたんですっけ?」

 ワダツミが首を傾げる。

「ここだよ」

 ふたりが立っているのはとある山の中腹に突き出した崖の上だった。

「はて、なにもありませんが」

「夜まで待つんだよ。それまでにパンを焼こうか」

 パンが焼き上がる頃にはすっかり暗くなっていた。

 暗くなるにつれ、空にしろくざらついた、砂糖をまぶしたような星空がくっきりとしてくる。

 星がいくつかすっと流れて消えた。

「ほら、流れ星だ。なにかお願いしなきゃ。ワダツミはなにがいい? なんでも叶うとしたら」

「ええーワタシですかあ? ワタシはやはり、なにか食べられるようになりたいです。ロッテどのは?」

「私かあ。私はそうだなあ。お塩をください、かな」

 ロッテは両手を重ね合わせて握りしめ、流れ星に祈り魔法をかける。お塩をください。

 すると、両手の隙間からさらさら、塩が溢れ落ちた。開くと両方いっぱいにしろい粒が溢れている。

「お塩! ロッテどのすごい! えでもお塩? ロッテどの塩作れましたっけ?」

「ここでだけなら作れるんじゃないかなって。やっぱりできた」

 ワダツミが首を傾げる。

「さて、なにが食べたい? このお塩はね、なんでも願いが叶うお塩なの」

「エッ! ワタシですか! ワタシのお願いを? エッじゃあ、じゃあ、まずはさっきのパンが食べたいです」

「それから?」

 ロッテはこれまでの旅の中でワダツミが食べたいとギャーギャー言った品を挙げていった。サワガニの唐揚げ、とびきりリッチなデニッシュ、パイ、ピザなどなど。

「ロッテどのが大体いつも食べてるスープがいいです。なんか色々入ってるやつ」

「手に入ったもの適当に煮てるやつ?」

「そうなのですか? ロッテどのがいつもとてもおいしそうに食べるのが羨ましかったのですが」

「じゃあそれね」

 ロッテは荷物の中の食料を全部出した。立ち寄る町で買いだめしたベーコンの残り、キノコにきのみ、果物。パン作りで残った材料もある。

「シチューかな」

「おお! シチュー!」

 材料を全て鍋に入れ、火にかける。

 ロッテは鍋を見つめたままかき混ぜながら、ひとりごとのようにぽつりぽつり語り始めた。

「ここでね、ある友達と一緒ならお塩が作れるって発見したんだ。小さい頃にね。それで、その友達がいなくなっちゃったから、戻ってきてくれないかなって、魔法の塩で叶えたかった」

 あの友達に戻ってきてもらうために必要な魔法の塩は、あの友達が一緒じゃなきゃ作ることができない。できないはずだった。だから無理な願いだった。

 だけど魔法の塩はこの手にある。

「でももういいかなって」

「つまり、ワタシがロッテどのの第二の親友ということですね……! つまりマブダチシチュー」

「だっっさ! もっと違う名前あるでしょ」

「いーえ! マブダチシチュー。マブダチシチューですワタシ決めました。ワタシの初めてはマブダチシチューがいいです!」

 ふたりでぎゃあぎゃあ言っている間にシチューが煮えた。ロッテが味見をしつつ、塩を加える。

 きのこのうまみが、うすいミルクにコクを与えている。ベーコンの脂と果物の甘酸っぱさが離れ離れになりそうで、ひとつまみの塩できゅっと締められる。きのみの食感も楽しいスープだった。

「味、聞く?」

「はい! あっいえ、やっぱり聞きません!」

 ワダツミは皿を突き出したり引っ込めたりしながらやかましくもじもじした。

 ロッテはわざと乱暴に皿を奪い取って、

「お皿ひとつしかないんだから! 煮詰まっちゃうでしょ!」

 シチューを盛り渡す。

「ハアーーーッ、いきます、いきますよ? 食べちゃいますからね? いただきます」

 ワダツミはスプーンをぷるぷる震わせてシチューをすくい、おっかなびっくり口へ運んだ。オーブンである腹の排気口であったはずの口状の開口部がシチューを飲んだ。

「どう?」

「おいしいです。なんか、キラキラした味がします」

「キラキラ?」

「はい。キラキラして、すぐ消えちゃいますな。あの星に似ています」

 ワダツミはぱくぱくシチューを口へ運んだ。

「うーん、ロッテどのが言うような味がわかりません。うまみとか、脂とか。残念です」

「貸して」

 ロッテがワダツミから皿を受け取る。一口食べてみてもやはり、味見のときと変わらない。いつもの味だ。

「この味嫌い?」

「そんな! 好きです!」

「じゃあこれがワダツミのおいしいでいいの。ワダツミのおいしいは、こういうキラキラした味」

 キラキラした味。魔法の焼き菓子で人の賞賛を集めてきたロッテでも、言われたことのない味だった。

 ワダツミが飛び跳ねる。目をちかちかさせながら。

「ロッテどの、ロッテどの、おかわり! おかわりを所望しますぞ!」

「はいはい。私のぶんも残しておいてよね」

 

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マブダチシチューは流星の味 木村凌和 @r_shinogu

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