星空の下に咲く百合の花

月夜るな

星空の下で


「ふふ。お父様もお母様も元気そうで何よりだわ」


 その日の夜、私はお父様とお母様から届いた手紙を読みながら軽く笑っていた。

 少し前までは戦争を仕掛けられていて、とてもではないけど安全とは言い難かった自分の国が大分落ち着いたみたい。

 侵攻してきた国はそれなりに大きな隣国ではあったものの、私の国であるセフィリア王国は山や大きな森に囲まれているのもあり、地の利ではこちらが優勢だったのが幸いした。


 それに言うほど小規模な国ではないからね、セフィリアは。あちらはそこを少し見誤ったんじゃないかしらね。

 でもまあ、たしかに小さな国なのは小さな国なんだけどね……それでも、少数精鋭とでも言うべきか、小国には小国なりの戦い方があるのよね。


 お父様とお母様も出陣したみたいで兵士たちの士気もかなりのものだったみたいね。まあ、お母様は回復エキスパートだし、一部からは聖女とか言われてるものね。

 お父様は剣と魔法に長けていて、いうなれば攻撃のエキスパートと言うべきかな。魔剣士とも言われてるくらいの実力を持っている。


 そしてそんな二人の血を持つ……いや私もそうなんだけど、私にはもう二人兄と姉が居るのだけど、お兄様はお父様のように魔法と剣を習っているし、お姉様は魔法と回復を習っているのよね。

 お兄様もお姉様も参戦していたみたいね。

 まあ、お兄様もお姉様も最初は退避するように言われていたけどそれを良しとせずにお父様とお母様と共に戦争に出たらしいわ。

 私にはそんな優れた能力はなかったので戦争に出ても無駄に死ぬだけだろうし、避難したのである。


 それは置いとくとして、戦争が終わりセフィリア王国の勝利ということで最初こそはやはり国内も結構荒れていたようだけど、ようやく落ち着いてきたようね。


 そろそろ呼び戻されるのかしら? 今回の手紙には特に書いてなかったけれど。でも仮にそうだとすると、ちょっと残念ね……この自由気ままな生活は結構気に入っていたのに。


 でもまあ、私って末っ子だし……お兄様やお姉様と比べればかなり自由に出来ていたわね。


 ――コンコン。


 そんな事を思ってると、自分の部屋のドアがノックされる。


「どうぞ」


 そう言うとガチャリと音を立てながら一人の少女が部屋の中に入ってきた。


「ルルア様」

「うん? どうしたの? リリィ」


 彼女の名前はリリィ。歳は今の私と同じで15歳って言ってたわね。まあ、身長は若干私のほうが高いけれど、それでも私の身長って低い方なのよね。


「えっとその……」

「?」


 私が聞けば、リリィは何処か恥ずかしそうに口だけを動かしていた。顔もちょっと赤いような……不覚にも可愛いと思ってしまった。


「あの、ルルア様。今時間大丈夫でしょうか?」

「え? ええ。今は暇だけど……」


 さっきの手紙は読み終えているので今は特にする事がないので時間はある。


「外……行きませんか。ルルア様にお伝えしたい事があります」

「外? 私は別に構わないけれど……冷えるわよ?」


 既に日は沈んでいるので夜である。

 この季節の夜は結構寒いというか冷える。その代わりと言っては何だけど、この季節は空気が澄んでいるというのもあり星空がよく見えるのだ。

 特に街の外などの光が少ない場所であれば更に綺麗に見える。


「大丈夫です!」

「そ、そう? それなら行こうかしらね」


 すごい元気な声でそ返してくるリリィを見て苦笑いする。リリィが良いのであれば別にいいけれどね。この時間なら星も綺麗に見えるだろうし。

 とは言え、流石にこのままでは寒いので上に今着ている服の上にケープを羽織る。今私が着ているのはシンプルな白の少しだけフリルが入っている厚手の長袖のワンピース1枚だけである。流石に外に行くにはこれでは、冷えるだろう。


 ……まあ、寒いのは別に嫌いではないけれど。この季節が一番好きだし。


 そんな訳で私は簡単に身だしなみを揃えた後、リリィと共に外へと出るのだった。





□□□





「星が綺麗ね」

「そうですね。でもルルア様の方が星や月の光に照らされてとても綺麗に見えます」

「ふふ、ありがとう。それで、話っていうのは?」


 言われるまま私はリリィと一緒に家の外へと出て空を見上げればそこには満天の星空が広がっていた。

 私の髪の色は銀色だけれど、リリィの髪は金色だ。リリィがさっき、私のことを綺麗と言ってくれたけれど、リリィの方が綺麗だと思う。


 そんな事を思いつつ、私はリリィに尋ねる。


「話と言いますか……あの」

「?」

「えっとその……ルルア様」

「なあに?」


 名前を呼ばれたのでそう返せば、もじもじとしながら何とか口を開こうとしている様子が窺える。顔も赤いし、熱とかあるのかな?


「ルルア様。私は……リリィは、ルルア様の事が好きです!」

「ふえ?! えっと……私もリリィの事が好きよ?」

「違うんです。……一人の女性としてルルア様の事が好きなのです」

「っ!?」


 頬を赤く染め、瞳をうるうるさせているリリィの姿がなんとも可愛らしい事か。

 いやそうではなく……え? リリィが私の事を好き? 一人の女性として好き……そのままの意味なのだろう。

 リリィを見れば嘘を言っているとは思えない表情をしているし。


「こんな私を拾ってくれて……色々と良くしてくれて。そんな優しいルルア様が好きになってしまいました」

「リリィ……」

「こんなのおかしいですよね? 私もルルア様も同じ女性なのに……」

「おかしくはないわよ」

「え?」

「今どき、同性愛なんて珍しいいものではないでしょう? まあ、一部の国では同性愛に否定的なところもあるけども。とは言え、リリィに告白されるなんて思っても見なかったけれど」


 同性愛に同性婚。

 別におかしいものではない。愛というものに性別なんて関係ない……と私は思ってるし。セフィリア王国でも同性愛とか同性婚は少なからず、例があるし。

 今居るこの国でも事例はあるようだしね。この国は知らないけれど、セフィリアでは過去に同性同士で結婚した王族も居るし。


 同性同士でも子供を作る方法がない訳ではないし。魔法が発展しているのだしね……養子を取るっていう方法もあるけれど。


 とは言え……さっきも言った通りまさか、リリィに告白されるなんて思わなかった。


 いや……薄々は気付いていた。半年くらい前から普通ではない視線をリリィから感じた事があったしね。


 思い当たる節……まあ、結構あるわよね。

 リリィは最初、凄いボロボロな姿で偶然かどうかは知らないけれど、私の今のこの家の前に倒れていたのだ。息も絶え絶えだったし、放って置いたら死んでしまうくらい弱っていた。

 それを見つけた時は本当に驚いたわ。私は慌てて当時のリリィをいわゆるお姫様抱っこというものをして家の中に入れてベッドに寝かせた。それが今から1年と半年くらい前。


 自分が使える回復魔法とかを何とか駆使して治療したり、汚れてしまっていた髪や身体も拭いたりしてあげたのは今でも思い出せる。

 私は末っ子だし、魔法や剣の才能とかについてもそこまで優秀でもなかった。魔力量も少なかったし……言わば落ちこぼれみたいなものだ。


 お父様やお母様はもちろん、お兄様やお姉様は優秀なのに私はといえば……人並み以上ではあるけれど、それでもやはり劣っているというのは自覚していた。

 と言っても皆それでも優しくしてくれていたし、それはそれで幸せだった。


 2年ほど前に隣国であるリンドル帝国は攻めてきて、セフィリア王国と帝国は戦争状態になった。

 それで話が冒頭に戻るけれど、私だけは別の場所に避難したのだ。

 昔から私って自由に憧れていたし、冒険者として活動したいなとかも思っていたのよね。私は末っ子なので特に後を継ぐなんて事はなく、かなり自由だった。


 着替えとかだって複雑なドレスとかではない限り、自分で着れたしね。

 それもあり、避難とは言ったものの私はここで一人で暮らしていた。冒険者登録をしてひっそり活動をしているってところね。


 お父様もお母様も昔から私がそんな事を言っていたので、渋い顔をしたものの無理をしないようにと念を押されてこうやって避難兼冒険者活動という気ままな生活をしていた。


 そんな中、リリィと出会った訳ね。

 拾った日から1ヶ月くらい経った頃、リリィが自身の事について話してくれたのだ。無理に聞くつもりもなく、こちらから聞くようなことはしてなかった。

 犯罪者……と言うようにも見えなかったしね。それで、その話してくれた内容が酷いのなんのって。


 彼女の本名と言うか、かつての名前はリリィ・フォン・クレーテル。クレーテル伯爵家の長女だったそうで、ある侯爵家と婚約していたそうだ。

 最初はいい感じになっていたようだけど、次第に婚約者はリリィを相手しなくなっていたようね。他の女性と交流していたのを見てしまったそうなのよね。


 そして気付けば身に覚えのない罪でその婚約者に婚約破棄されたそうな。

 伯爵家も伯爵家で、リリィを切って勘当したそうで……。証拠も不十分な上での断罪とか、何やってんのと言いたくなるけれど。

 伯爵家も酷いよね。実の娘なのに簡単に切り捨てるとか。しかもそのまま放り出したですって? 流石に許し難いわよね。


 流石に私も怒ってしまい、自分の国へその内容を送ってやったのよね。そしたら昔から仲良くしてくれていた子の家がこちらに国にも爵位を持っていたので、裏で色々と調べてくれたのよね。戦争中なのに。


 結果……さっきも言ったように状況証拠だけでリリィを貶めたというのもあるけど更に酷いのがそれらを仕組んだのがその男だということ。

 別の女性と居たと言ったと思うけど、その人の事が好きになってしまい、でも婚約しているので結ばれない。その子と婚約したいがためにリリィを嵌めたのである。


 ……救いようのないクズ男である。

 まあ、結局私と言うか、あの子の家が行動してくれたことによって、その事実が明るみに出てリリィの婚約者だった男は断罪されたのである。


 家自体は残ってるけど、その男は勘当されたみたいね。今何処で何しているのかはわからないけど、あの子は知ってるみたいなのよね。まあわざわざ、リリィを貶めたやつの顔なんて見たくもないけれど。


 当然ながら侯爵家も伯爵家も評判ガタ落ち。伯爵家は必死に彼女を探しているけれど、残念ながら私のところに居るのよね。ざまあ。


 それはさておき。

 実はこの事についてはリリィには伝えてないのよね。伝えるべきか悩んでいるのもあるけれど、家に戻りたいって言われないか不安でもあったし。


「冗談とかではないのよね」


 そんな事を考えながら私はリリィに聞き返す。


「はい。……本当に好きです」

「な、何だか面と向かって直接言われると恥ずかしいわね……」


 自分の顔が赤くなっているのを感じる。

 リリィの告白……流石に驚いたものの、私自身としては嫌という気持ちはなかった。リリィと一緒に暮らし始めてから結構楽しかったし。


 一人で冒険者活動をひっそりしているのも楽しいけれど……リリィが来てからは更に楽しくなってきていたのも事実。

 一人より二人。一人でも不自由はなかった。これでも、才能がそこまでなくてもそれなりには色々と鍛えていたし学習もしていたんだから。


 でもまあ確かに一人っていうのはちょっと寂しかったのかも知れない。

 それに、さっき考えていたことではあるけど彼女が家に戻りたいって言うのがちょっと怖かったのよね。それはつまり、リリィには戻って欲しくないっていう気持ちがある証拠だろう。


「リリィ」

「ルルア様?」

「リリィは元の家に帰りたいっていう気持ちはある?」

「え?」

「もし、家に戻れるのであれば戻りたいと思う?」


 隠しておく訳にも行かないものね。仮に私の事を好きだと言ってくれても、家に戻りたいという意思があれば……尊重したい。今になってようやくこんな事を聞く私は何だか情けないわね。


「いえ。戻りたくないです。このままずっとルルア様と一緒に居たいです」

「……」


 嘘を言ってる様子もないし本音なのだろう。私はその答えにほっとする。


「嬉しいこと言ってくれるわね」

「はい! だって、ルルア様の事が好きなんですから。それでルルア様の答えを聞きたいです……」


 うっ……その目は卑怯よ。

 でも……確かに私はリリィの事を好きなんだと思う。だって今もこうやってドキドキしているし……実際、少し前から意識するようになっていたのも否定できないのよね。


「でも私、まだリリィに言ってない事が結構あるのよ」

「それは何となく分かってます。それでも……何を隠していても私はルルア様が好きなので」


 リリィの事は知ってるのに私の事は話してない。不公平よねこれは。


「ふふ……嬉しいわね。私もリリィの事は嫌いじゃないのよね。むしろ、好きよ? 友達とかそういった感覚ではなく、一人の女性として、ね」

「!」

「後でちゃんと話すつもりだけれど今はまだ……それでも、いいかしら?」

「もちろんです! 大好きなルルア様と一緒にずっと居たいですし!」

「恥ずかしいわね」


 でも、嫌ではない。

 私の国……セフィリアでは同性愛も同性婚も合法だし問題なはないわね。お父様とお母様には伝えないといけないけれど、事例が実際ある訳だし駄目とは言わないはずね。


「ルルア様……」

「……リリィ」


 そんな事を思っていると、私とリリィの目が合う。


「……しても良いですか?」

「ええ」


 恥ずかしいけれど。

 私とリリィはお互い見た後、目を瞑ってはそのまま近づき、そして私の唇に感じた温かい感触。

 この星空の下で私とリリィはキスをしたのである。流石に恥ずかしくないといえば嘘になるけれど……でもやっぱり嫌という気持ちはなくて。


「このままずっとお側に置いてください」

「リリィもね」


 そんな私達は星空を見上げたのだった。





□□□





「ルルアリア・セレスト・セフィリア……ルルアは王女様だったんですね」

「ふふ。驚いた?」

「はい本当に……それに、私の実家や侯爵家に対しても色々としてくれたみたいで」


 あれから1年後……リリィと私はセフィリア王国へやって来て正式に結ばれた。お父様もお母様もお兄様もお姉様も特に何も言わず祝ってくれたのが嬉しかった。

 それと同時に私が隠してきていたことを全部リリィに話した。当然のようにリリィは驚いていたけれど、それでも好きと言ってくれたのが嬉しかった。


 ルルアリア・セレスト・セフィリア。

 これは私の本当の名前で、ルルアっていうのは愛称のようなものだったのよね。名前にセフィリアと入っている時点でお察しの通り、私は王族なのよね。


 セフィリア王国第二王女。

 それが私である。お兄様が第一王子、お姉様が第一王女といった感じである。王位継承権順位はお兄様が第一位でお姉様が第二位。

 セフィリア王国では男女関係なく、第一子が王位継承権第一位を持つのよね。お兄様の方が最初に生まれたから第一位と言った感じね。


 まあ、お姉様はそもそも王位に興味がないみたいだったし私も王位継承権第三位だし、同じように興味がなかったわね。


「気にしないでいいわよ。あれは私が好きでやった事だから。でも、実家の評判をガタ落ちさせてしまったのは申し訳なかったわね」

「いえ、それは大丈夫です。お母様を亡くしてお父様は、私の事なんて見てくれなかったですからね」


 つくづく酷い親だとは思う。

 まあ、あっちはあっちで何も調べることもせずに勘当したような家だ。ロクに相手してくれてなかったのは普通に分かる。

 妹が居るらしいけれど伯爵はその妹ばかりを可愛がっていたみたいね。何というか……もうこれ以上は何も言うまい。


「これからはルルアと一緒に居られるんですから」


 そう言って照れるように言うリリィはとても可愛らしい。つい最近まではルルア様って呼んでいたけど、こうやって結ばれたのも有り呼び捨てで話すようにもなった。

 まあ、私は最初から呼び捨てしていたけれど……。


「でも、私は第二王女とは言え王族だから結婚式とかはかなり賑やかになると思うわよ?」

「ふふ、それもそれで楽しそうです。……ルルア、これからもずっとよろしくおねがいします」

「こちらこそ」


 そう言って私とリリィの唇が触れ合うのだった。






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