エルフ88

シンカー・ワン

上か下か

「前から、ヒック。思っていたんだけどぉ~」

 冒険を終え、食べて飲んで騒いで生を実感して今は夜。

 あとは寝るだけとなった宿の一室で、熱帯妖精トロピカルエルフがまだ残る酔いにまかせて、

「あんたたちには、目上の者に対する、ヒック、礼儀ってものが感じられない」

 などとのたまった。

「人生の先達に対して礼は欠いていないつもりだが?」

 いつもの柿色の装束を脱ぎ、自分の寝床に横たわろうとしていた忍びが怪訝な面持ちで答えるが、

「い~や、欠いてるね。欠けまくってますってばよっ」

 局所鎧ローカルアーマーを脱いで裸同然――いつもの格好と変わらないか――でベッド中央に胡坐をかいた熱帯妖精が酔っ払いらしい口調で絡む。

「……お言葉だが、貴様が先達を敬っている姿を見たことはないが?」

 面倒くさい奴だなって態度を隠しもしないで忍びも返す。

「だぁって、ウチより下を敬う必要ないじゃん、ヒィック」

 我が意を得たりとばかりに、ケラケラと笑いながら熱帯妖精。うむ、うざい。

「――ああ、そう言うことですか」

 きちんと寝衣に着替えた女魔法使いが熱帯妖精酔っ払いが何を主張したいのかを察して尋ねる。

「今、おいくつで?」

「八十と八よ」

 同性に対して年齢を問うという極大禁忌を進んで犯す女魔法使いだったが、気にした様子もなく間髪入れず豊かな胸を張り得意げに答える熱帯妖精。

 御年おんとし八十八歳。

 ふたりのやり取りに合点がてんがいった忍びが、

「つまり年上の自分をもっと敬えと?」

 心底呆れたように言うが、

「そのとーりっ。ヒック、もっとウチを立てなさぁい♪」

 熱帯妖精は意に介さず高飛車に返す。

 貴族のお嬢様張りに手首を立てて甲を頬に当て、イラっとする高笑いをする熱帯妖精酔っ払い

「……睡眠ドゥルミ」 

 女魔法使いが小さく唱えた真言魔法が熱帯妖精を捉え、

「――ぐぅ」

 高笑いの姿勢のまま仰向けになり、即効で眠りにつく酔っ払いエルフ。

 いびきをたて眠る熱帯妖精に一瞥いちべつをくれたあと、女魔法使いと視線があった忍び。少しだけためらってから、

「……十七になる」

 と告げる。

「二十四です」

 返ってきた言葉に居住まいを正す忍びへ、

「おやすみなさい」

 穏やかに笑み、就寝の挨拶をする女魔法使い。

「はい、おやすみなさい、です」

 忍びがかしこまった返事をするのを小さく笑って、女魔法使いは部屋の灯りを落とした。


 翌日。

「あーっ、ちょっとちょっとちょっとぉ、おおおーっ」

 ダンジョンの上層で狗頭の骸骨アンデッド・コボルドの集団ふたつをひとり相手取り、旗色が悪い熱帯妖精が叫ぶ。

「み、見てないで手ぇかせぇ、助けろよぉっ」

 長柄武器ポールウェポンを巧みに振るって骨どもの攻撃をいなしながら後ろに目をやり、少し離れたところで自分が戦うさまを眺めている忍びと女魔法使いに救援要請するも、

「頑張れ先達―」

「狗の骨相手に目下の者の手助けは不要かと」

 忍びは感情のこもらぬ声援を送り、女魔法使いは微笑みながら拒絶する。

 明らかに昨夜の酩酊に対する意趣返し。

「なんだよー先達とか―? 助けろよぉ、仲間だろ―?」

 酔いから醒め、昨夜自分が何をしたのかをすっかり忘れている熱帯妖精に、

「――ハッ」

「……」

 吐き捨て冷笑と、容赦のない態度をとる忍びと女魔法使いであった。


 迷宮よもやま話。

 妖精族エルフは総じて長命で、生息域や個体差にもよるが寿命は人族のおよそ五倍、五百年ほどと言われている。

 熱帯妖精の八十八歳は人族に当てはめると十代後半と言ったところ。

 人族はもちろん妖精族としてもまだ若輩である。 

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