魔導狩人 ~金色のフクロウ~

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魔導狩人 ~金色のフクロウ~

 ある日、ミブロウ国の山岳地帯の麓にある、30名ほどで構成されている村の住人全員が老人になるという、不可解な事件が起きた。

 一晩で老若男女、更には生後間もない赤子でさえ急速に成長して老人と化したのだ。

 〈魔導界〉ラヴィーンでは不自然な老化現象を引き起こす魔導具はいくつか確認はされており、明らかに今回の事件も魔導具を悪用化したものと思われた。

 不可解な、と呼ぶのは例外があったからである。

 老化現象の状態を解析した途中で、村の最高齢である、村長の父である96歳の老人が、


「老化を引き起こす魔導具に〈玉手箱〉や〈生命の樹の実〉などがあります。でも多数の人間を同時に老化させる魔導具となると、正直言ってあたしには心当たりがありませン」

「うーん 明日の夜には送ったサバ缶のサバのスパゲティ喰えるかと思ったが、ちょっと先になるかなあ」


 海賊討伐後に依頼を受け、ミヴロウ国の北に位置する港町と王城の中間に位置するその村で調査をしていた鞘の質問に、カタナはそう答えて頭を振った。


「ふわぁ……」

「大きなアクビ」

「なんか知らないけどこの村来てから眠くてな。しかし、だとすると、〈魔皇〉おやじたちが扱った魔導具の可能性は低いか。老化の仕組みを利用して新しく造られた魔導具なんだろうか」

「でも……何故一人だけ若返ったのでしょうか」

「それなんだよなあ」


 今は住人が避難した無人の村を見渡して、鞘はやれやれと肩をすくめる。


「せめて何が起こったのか覚えていればいいのだが、誰も彼も老化のせいで覚えていないとか……おや」


 そこで鞘は山村の入り口に居たはずの、調査に同行していたミヴロウ騎士団のイチエが駆け寄ってくるのに気づいた。


「鞘くん、大変だ、この上の山村でも同じ事が起きたのが分かった」

「え」

「各村からの連絡が遅くなったので事態の把握に時間が掛かったが、この事件面倒くさい規模になりそうだ」

「各村?」

「そうだ。ここだけではないのだよ、来てくれ」


 頷くイチエは山村での調査に利用している村長の家まで鞘たちを呼んだ。

 室内にあるテーブルの上に広げられていた山岳地帯の地図にはこの村を含めた一連の村の場所が記されていたが、この村から山の中腹にある山村まで6つの村に×印が書かれていた。


「念の為に山の上へ調査に行っていた部隊からの報告を受けて記したものだが、やはり全員老化していた」

「6つ全部同時?」

「それは分からない。ただ、上の村では2名、逆に若返った被害者ろうじんもいた」

「え、そっちでも」

「僥倖にもそのうちの一人が老化した時のことを覚えていた。――金色のフクロウが現れたそうだ」


   *   *   *   *   *   *   *   *   *


 日暮れ時、どことも無く飛来してきた金色の光に村人たちが目を奪われると、そこには金色に光るフクロウが夕映えを滑っていた。

 村人たちがそれが見慣れたフクロウの形をしていると理解したその時だった。

 一斉に、村人たちが老化したのである。

 証言する老人は最後にこう言ったという。


「俺たちは、魅入られた」


   *   *   *   *   *   *   *   *   *


「金色のフクロウが飛来してきたのは東の方か」

「ここから東側だと森林地帯……魔導具の技師たちが住む魔導都市セフィロトがある方向ですね」


 魔導都市セフィロト。〈魔皇〉亡き後、彼が遺した様々な、古代より存在する魔導具の解析を行う魔導技師たちが多く集まって出来た、ミヴロウ国に次いで新しい国家である。鞘も何度か訪れたことがあるが、職人気質の人間たちが多く、訪問する度にカタナの解析をさせろとしつこく申し出る技師が大勢寄ってくるので出来る限り立ち寄るのを避けるようになっていた。


「あそこの技師が造ったシロモノかなぁ」

「もしかしてあそこ行かなければならないンですか……嫌だなぁ」


 はぁ、と二人してため息をつくのでイチエは苦笑いした。


「手懸かりはそれしか無い以上、覚悟を決めるしか無いですね。今日はもう遅いし、今夜はここに泊まって明日朝出立しましょう」

「了解。……ふわぁ」

「鞘くん、お疲れですね」

「海賊と大立回りした後だからね。このまま寝かせてもらうよ」


 そういうと鞘は居間の奥にあったソファへ横になると、そのまま直ぐ寝入ってしまった。


「もう寝てる……相変わらず肝が据わっているな彼は」


 感心するイチエに、カタナは苦笑いしてみせた。


   *   *   *   *   *   *   *   *   *


「お久しぶりです」

「ん」


 鞘は気がつくと村の真ん中に立っていた。

 声がした方へ振り返ると、そこには最近知り合ったあののあさぎか立っていた。


「あれ、なんであさぎさんが……」

「イメージを拾っただけなのだが、ふむ、コレは君の好みの女性というワケでは無いのか」


 あさぎは自分が掛けていた眼鏡と胸元が開いたメイドドレスを触りながら興味深そうに言う。

 鞘はしばらくその不審な行動を見ていたが、やがてあることに気づいた。


「そうか、これは夢か。どおりで眠いワケだ――〈夢見人〉」

「相変わらず察しが良くて助かる」


 あさぎの顔をしたそれは、意地悪そうに微笑んだ。

 対して鞘は腰の得物を探るが、丸腰の自分を確認して舌打ちをする。


「おいおい、そんな警戒しなくてもいいさ。キミが私の獲物ターゲットではないから。もっともキミが夢を見てしまった時点で詰んではいるがね」

「相変わらずおっかないな、夢の中で相手を殺す殺し屋、〈夢見人〉レム。いったい何の用だ?」


 鞘は警戒しつつ、あさぎの顔をしたレムに問いかける。


「この村を襲った金色のフクロウの件でお話ししたいことがあります」

「はい?――なんで知ってるの?」

「おおむね察してらっしゃるようですが、今回の騒動を生んだ金色のフクロウは、魔導都市セフィロトのある技師が作り出した魔導具です」

「やっぱり」

「ちなみにその魔導技師は既に始末しております」

「そいつがあんたの獲物ターゲットだったのか」


 レムは頷いた。


「魔導都市のギルドからの依頼でした。その老技師は近年、魔導具による若返りを追求していたそうで、複雑な導式を毎日解析しているうち、心を病んでしまったとか」

「病んだ……」

「あそこの住人は顕示欲の強い人たちが多いですからね、成果が出ず毎日無為に重ねると焦りが精神を追い詰める事もあるでしょう。問題の人物は老化の魔導具を解析してその反転を図ったようですが結局果たせなかったようです。代わりに、ある導式を完成させました」

「ある導式?」

「対象物を88歳に変えてしまう導式です」


 それを聞いて鞘はその場で頭を抱えた。


「私も依頼を受けた時、貴方と同じ反応を示しましたよ」

「ちなみにその技師の歳は」

「ご想像の通り88歳の老齢です」

「バカだろ」

「まあ、病んでましたからねぇ。導式も相応に歪んでいたせいで、自分と同い年に年を取るモノを作ってしまったわけです」

「考えようによっちゃ。それを例の金色のフクロウの魔導具に組み込んだワケか」

「屋外警備用自律型カメラの改造品です。私が技師を始末する前には既に証拠隠滅で放出されていました」

「それが今回悪さしているのかぁ」

「因みに、ギルドが彼の遺した研究資料を解析した結果、そのフクロウの魔導具を破壊すれば老化した人たちは元に戻るそうです」

「生まれて直ぐおじいさんになっちゃった赤ん坊もいるからなあ、早くなんとかしないと」


 そこまで言うと鞘はレムを指し、


「で、俺の前に現れたって言う事は、

「話が早い。奴の可動時間は管理登録されていた夕刻のみ、それ以外はこの村から先にある洞窟で待機します。しかし、今のままでは貴方でも破壊する前に老化してしまう危険があります」

「だが、〈夢見人〉は夢を見ない魔導具あいてには叶わない。策はあるのか」


 訊かれて、レムは頷いた。


「その為に貴方に夢を見させたのですから」


   *   *   *   *   *   *   *   *   *


 問題の洞窟に潜入した鞘は、洞窟の天井近くにある張り出しに居る金色のフクロウを見つけた。

 問題の老化現象はこのフクロウに魅入られる、つまり認識されることで発動する。

 剣技が主体の鞘には飛んでいるフクロウを攻撃する術が無い。今回はイチエに用意してもらった小筒で狙撃することにした。サインペンほどの徹甲弾を3発発射出来る掌に収まる小型の銃だが、レムからフクロウの強度が低い事を聞かされていたのでコレで足りると判断した。

 鞘は銃口をフクロウに向けて狙いを定め、発射した。

 だがフクロウは直前に察知して飛び立ってしまった。

 そして下界の鞘を認識してその姿を睨んだ。

 鞘は一瞬にして88歳の老人に変わり果ててその場に崩れ落ちしてしまった。

 フクロウはそのまま慌てて飛び去ろうとした時だった。


「『操刀必割!』」


 魔導具であるフクロウにはその声は聞こえない。しかし急速に膨れ上がる魔力は感知することは出来た。


「「一刀両断! 『流星光帝斬』!!」」


 高濃度圧縮された強大な魔力の光が一瞬にしてフクロウを飲み込み、洞窟は入り口から鞘の居る突き当たりの天井まで魔力の光によって消滅する。

 真上から届く日差しの中、老化した鞘の身体がみるみるうちに元の若さを取り戻していく。

 フクロウは理解出来ないまま消滅した。まさか老化させたはずの少年が


「夢の中なら歳は食わないとはいえ、無茶なコトを思いつくものだ」


 まだ夢を見ている鞘は、隣に居るあさぎの姿をしたレムに呆れたふうに言う。


「我が奥義〈夢遊人チェザーレ〉。夢の中から肉体を動かすことで老化の干渉を受けずに動かせます。フクロウの動きを封じられる洞窟内で確実に破壊するにはこの方法しかありませんでしたから」

「はあ……」

「お疲れ様でした」

「なんで俺の周りにはこんな無茶させる奴ばかりかね……よぼよぼ」

「貴方に期待しているからですよ。さて私からの報酬ですが、慰労もかねてこの姿で一晩お付き合い、でどうです?」

「それは勘弁して……」


 呆れる鞘に、あさぎの顔をしたレムは意地悪そうに笑った。


                        了

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