第4話 夢
俺の目の前に、俺がいる。たしかに背丈とかは一緒だったけど。でも、そんな事ありえるのか?
「まさか、俺は。ずっと、俺を、殺していたという事…………か?」
何がどうなってる。ドッペルゲンガー? そんな物ある訳がない。なら、これは一体…………。
「あーあ、見られちゃったか。なら、もういいかな」
「…………え」
「見られたからさ、もういいや。今の君には、もう興味がなくなった。そのまま疲労と困惑で精神が崩壊。動かなくなるまでがテンプレ。早く永遠の娯楽を楽しむ事出来ないかなぁ。早く気づいてよ」
「何を、言ってやがる…………」
「ん-…………。簡単に言えば、ここから出してあげるって事」
「…………ほ、本当か!?」
「うん。だから、そこから動かないでね?」
「なっ。こ、っちに来るな。来るな…………」
起き上がったあいつが、どんどん近づいて来る。なんか、嫌だ。だめだ、来るな。来るな、くるなぁぁぁぁぁぁああああ。
「バイバイ、僕。またね」
逃げようと後ろに重心が下がった時、こいつは、俺の身体を後ろへと、思いっきり押した。それにより、さっきのこいつのように背中から床に倒れ、勢いが止まらず、後頭部をぶつけてしまった――……
☆
「先生!! 患者さんが目を覚ましました!!」
ぼやける視界。周りからいろんな音が聞こえる。女の慌てた声や、人の足音。
ここはどこだ。なんとなく白い空間だというのはわかるが、視界が歪んでどこなのかはわからない。瞼が重い、体を動かす事が出来ない。
よくわからないまま話は進み、数日の時が過ぎた。今では、体の動きを制限していた管や点滴は外れ自由の身だ。
俺が目を覚ました場所は、街で一番大きな病院。俺は車に引かれ意識不明の重体だったらしい。頭の打ちどころが悪かったらしく、数週間眠っていたみたいだ。
しかも、こんな事は今まで何度もあったらしい。何度も意識を失い、数日眠っていた。でも、こんなに長い間は初めてだったと医師が説明してくれた。
今は病室で一人、本を読んでいる、なぜか何も言わなくても個室に移動され、勝手に部屋を出ないでほしいと言われた。さすがに暇だろうと、本を何冊かおいて看護師は出て行き。今では必要最低限でしか俺の元に来ない。まぁ、一人が好きだからその方が助かる。
俺が今読んでいるのは、快楽殺人鬼が町中を走り回り、もう一人の自分から逃げるという。ファンタジー小説に近い物を読んでいる。
小説自体読んだ事があまりなかったけど、これはこれで面白い。いい暇つぶしだ。でも、なんか違和感を感じる。
なんだこの、胸に引っかかっている物。霧がかかっているようなこの感覚。
この小説、読んでいると何かが頭の中を駆け回る。蓋をしていた物があふれ出るような、変な感覚。
この、快楽殺人鬼が人を殺すシーンを読むと。何でか鳥肌が立ち、気分が高揚する。体を切断して殺すシーンや背後から狙って頭を撲殺するシーン。絞殺もあった。どれも、主人公である殺人鬼が楽しそうに見え――――羨ましいと感じる。
この込み上げてくる感覚、もやもやとした気持ち。
俺は、ただの高校生。一般的な、ごく普通の家庭に生まれ、普通に過ごしていた。
頭の中に流れる、沢山の死体。血だまり。
あ、あぁ。なるほど。思い出した。俺はただの男子高校生。でも、唯一。他の人と違う所を上げるとしたら――……
「香川翔さん。貴方を殺人の罪で逮捕しに来ました」
病室内に警察官が入ってきた。そうか、そうだ。
俺は、ごく普通の高校生。ただ、人が死ぬ顔を見るのが好きという趣味を持っているだけの。ただの、学生だ。
他の奴もそうだろ? どうせ、心の中にはいろんな感情を持ち合わせている。それを出すか出さないか。我慢するかしないか。俺は、しない方を選んだだけ。
だって、隠す意味が分からない。人にはそれぞれ趣味があり、娯楽を持ち、気持ちを安定させる。
俺はその趣味がたまたま、殺人衝動だっただけ。他の人はいいのに、俺は表に出すのは駄目なのか? なんでだよ、意味がわかんねぇ。そんなの理不尽じゃねぇか。俺だって、他の奴みたいに、趣味を楽しんだだけなのに――……
「聞いているか、香川翔さん」
警察官が俺に手を伸ばしてくる。あぁ、駄目だ。この本の人みたいに。殺したい。生で、人の死に顔を見たい。
見たい、見たい。見たいみたい見たいみたい見たいみたいみたいみたいみたいミタイミタイミタイミタイ…………
「おい、聞いてっ――」
見たいよ、君の──死んだ顔。
――――パン
硝煙が舞う。破裂音が聞こえた瞬間、俺に手を伸ばしてきた警察官が床に倒れ込んだ。床には大量の血。白い部屋が、赤く染まる。
警察官の後ろにいたであろう人はみな、恐怖で顔を真っ青にし立ち尽くしていた。その顔、ぞくぞくするなぁ。いい、もっと。もっと、恐怖し絶望の顔を浮かべろよ。
床に倒れ込んでいる警察官を片足で踏み、右手に持っている拳銃の銃口を出入り口にいる人達に向ける。気付かれないように奪い取った拳銃、しっかりと弾が入っていて助かった。
出入り口にはもう二人。拳銃を構えている警察官と、その後ろで体を震わせている看護婦。
銃口を俺に向けて構えているけど、俺は知ってるぞ。
お前らが、人を撃つ勇気がない事を。
パン パン パン パン
ドサッ
「ひっ!?」
あ、腰が抜けたのかな。看護婦が床に倒れ込んで、俺を真っ青な顔で見上げて来る。そんな顔で見上げないでよ、体が反応してしまうじゃないか。
にやけが止まらない、笑ってしまう。
腰が抜けながらも、俺が近づくと後ろに下がろうとしている姿。ゾクゾクが止まらないよ。
「君みたいな綺麗な人が死んだら、どんな顔になるんだろうねぇ」
銃口を向けると、声にならない悲鳴を上げる。それも俺を高揚させるんだよ。
「―――――バン」
――――バン
俺がいた病室は真っ赤に染まり、警察官二人と看護婦一人が血を流し床に倒れ込む。
足りない、まだ、足りない。俺は、まだ。まだ、殺したい――……
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