第3話 狐面の下

 また、廊下を走り出す。多分、今までより時間は稼げるはずだ。

 一番短かったのは撲殺だったかな。絞殺の時より時間が短くて焦った。そのせいで簡単に俺も殺されたけど。

 それで、時間に余裕があったのは切断。体に損傷が多いと、その分時間がかかる。その考えは間違いないだろう。


「はぁ……はぁ……」


 駄目だ、肺が痛くなってきた。喉から血の味がする。でも、足を止めるのも嫌だ。走っていないと気が済まない。


 …………そういえば。この廊下も、どこまで続いているんだ。さっきから曲がり角すらない、ただ真っすぐな廊下が続いてる。こんなに長いのはおかしい。いや、もうこの空間自体がおかしい。


 もしかしたら、空間が捻じ曲げられてる…………みたいな? どこぞのゲームかよ。


 また、どこかの部屋に――あれ。


「前から光? 右側のドアだ」


 廊下に一粒の光。近付いて行くと、右側にある一つのドアから洩れている光だった。鍵は…………開いてる。中に何があるんだ。気になる。

 もしかしたら、ここから出るきっかけがあるのかもしれない。


 …………よし、入るぞ。俺は、入る。ここで戸惑っても意味はない。戻れる確率が少しでもあるなら――――


「…………えい!!!」


 勢いよくドアを引き開ける。な、なんだ。ここって――……


 ――――ドガン!!!!


 ☆


「…………っんあ…………。はぁ、はぁ……。くそ、また殺された」


 しかも、同じ爆発。あの光は俺を引き込むためのトラップかよ、くそ。

 あいつは…………まだ近くにはいないみたいだな。足音も、気配もない。早く立ち上がれ、走れ。

 体力は全回復してないけど、少しは休めた。さっきよりは楽に走れる。


「どうやれば抜け出せんだよっ!?」


 怒りの声が漏れる。我慢できない。

 なんで俺がこんな目に合わなければならない。なんでこんな空間に放り込まれなければならない。

 なんで俺は、殺され続けなければならない。


 ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな!!


 こんな理不尽に巻き込みやがって。どうすれば…………。


「…………やっぱり、記憶が、ここから出るための鍵に…………」

「やっと信じてくれた?」


 っ!? いつの間に背後に!!


「あははっ!! 君は、今君が保有している記憶が正しいと思う? 記憶なんて、簡単に変えられるんだよ? こんな風にね――……」


 血塗られた手を前に出し、俺の頭に乗せてきた。早く逃げないといけないのに、体が拘束されているように動かない。何かに縛られている感覚だ。

 頭が重くなってきた。嫌だ、触るな。俺に、触るな。触れるな。


「君の記憶、少しだけヒントをあげるよ」


 こいつの声と同時に、身に覚えのない記憶が流れてくる。なんだこれ、なんだこれなんだこれ。


 目の前には複数の死体。赤いカーペットがひかれているような床。視界の下に見えるのは、血塗られた――誰かの両の手のひら。


「――――っ、やめろ!!」


 勢いあまってあいつの手を弾いてしまった。でも、痛みなど感じていないのか、狐面の下で笑ってる。


「思い出した?」

「意味わかんねぇもん見せやがって…………。これが俺の記憶のヒントだと? こんなでたらめなもんがヒントになるかよ、ふざけるな!!!!」

「ふざけてないよ? 僕はほんとにヒントを与えたのさ。君が本来の記憶を思い出すための、ヒントをね…………」


 これがヒントだと? 複数の死体、赤く染まっていた床。血がべったりと付いていた、。その手は、まるであいつの手みたいなものだった。だから。今のは俺の記憶じゃなくて、あいつの記憶だ。

 今送られてきたのは、あいつの記憶であって俺には関係ない。


「いつまで逃げるの? いつまで、自分が犯した罪から逃げ続けるつもり? 何度犯した罪をで、犯してしまった罪は消えない。わかってるよね?」

「うるさい!! 黙れ!!!」

「今まで君が僕にしてきた事は、君の罪。罪を犯したんだから、同じ目に合わないと…………駄目だよね?」

「黙れぇえぇぇぇぇぇぇえええええ!!!!」


 体が勝手に動き、こいつを思いっきり押してしまう。何の抵抗もせず、こいつは転び後頭部を床にぶつけた。衝撃で狐面が外れる。


「はぁ、はぁ…………」


 当たり所が悪かったらしいな。意識を飛ばしやがった。いや、また俺がこいつを殺した。


「はぁ、はぁ……あぁ?」


 な、なんだ。なんか、あまり見えないけど、こいつの顔…………。


「…………」


 狐面に右手を伸ばしてみる。触れると、ひんやりとした感覚が俺の手を伝う。まさか、こんなに冷たいなんて。氷を握っているみたいだ。


「…………っ!」


 覚悟を決め、取れかけている狐面を横に落とす。そこから現れた顔は俺にとって、知っている顔だった。知らないはずがない。だって、こいつの顔って……。


「お、れ?」


 俺の顔が、目を閉じて――死んでいた。

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