第一章 香り袋と桜餅、秘密入り。⑤

    七


 それにしても……。

 あんも束の間、小春は衝撃にしばし呆然としていた。

 弥生の言葉がグルグルと頭の中を駆け巡る。

 ──祇園の拝み屋って?

「あー、バレちまったな……」腰に手を当てて、天井を仰ぐ宗次朗に、

「まあ、仕方ないやろ」と、吉乃が肩をすくめる。

「ど、どういうことなの?」

 静かに尋ねた小春に、吉乃は覚悟を決めたような笑みを見せた。

「今日はもう店じまいやし、そこで、さくらもちでも食べながらゆっくりしゃべろか。宗次朗、用意してくれへん」

「おう」

 そうして小春、宗次朗、吉乃の三人は赤い傘の下の飲食スペースで、宗次朗の作った桜餅を食べながら、話をすることになった。

 テーブルの上には、種類の違う桜餅が二つ並んでいる。

 ひとつは、桜の葉と共にピンクの餅生地があんをクレープ状に巻いている、みの桜餅。

 もうひとつは、同じく桜の葉に包まれているものの、ピンクの餅が粒々としていて、餡をすっぽり包んでいるタイプの桜餅。

「いいか、小春、桜餅は関西と関東で違うんだ。クレープ状のが関東風で『ちようめい餅』ともいわれている。こっちの粒々しているのが関西風で『どうみよう餅』だ」

 桜餅のうんちくよりも、例の話が聞きたいのだけど、と小春はまゆを寄せた。

「いいから、まず聞け」

 そんな小春の心を察したように手をかざす。

「まず、一口ずつ食ってみろ」

「……うん」

 まずは、関東風クレープ状の『長命寺餅』を口に運んだ。

 クレープのような餅の食感に、中はこし餡だ。

 一口ずつということなので、次は関西風の『道明寺餅』を手に取る。

 粒々の食感の餅が、とても柔らかくて、中は粒餡だった。

 小春は指についた餅をおしぼりでぬぐい、祖母のれてくれたお茶を口に運んだ。

「──どっちも美味おいしい」

「で、これが、俺の作った桜餅だ」

 宗次朗は新たに、桜餅をテーブルの上に置いた。

 形状は丸く餡をすっぽり包んでしまっている。餅は粒々していない。

 一言で言うなら、関東風のクレープ状をしっかりと丸めた雰囲気だ。

「食ってみろ」

 うん、と手に取る。

 一口食べて分かった。中には『道明寺風』の粒々の餅が入っている。

 つまり餅が二層になっていた。道明寺餅の上に、薄い餅皮で包んでいる感じだ。

 道明寺の粒々餅は柔らかさが良いけれど、手につきやすい。

 それを上から包むことで食べやすくしている。

 中の餡はこし餡。そしてさらに……。

「あ、いちごが入ってる」と小春は目を開いた。

「おう、ほんの少し生クリームもな」

 宗次朗は、ニッと笑う。

「邪道極まりないやろ?」

 吉乃は肩をすくめつつ、宗次朗オリジナル桜餅を口に運んだ。

 関東風と関西風を一緒にして、なおかつ苺に生クリームまで。

 伝統も何もない上、和洋折衷。たしかに邪道極まりない。

 だが……。

「宗次朗さん、これ、すごく美味しい」

 美味しさからいつもより声が出た小春に、宗次朗は満足そうに胸を張った。

「そうだろ? 一見、ただの桜餅。だけど秘密入りだ」

「……本当だね」

 この桜餅が人気なのも、吉乃が『邪道や』と言いながらも、つい食べてしまうのがうなずける気がした。

「小春。ばーさんも一緒なんだよ」

「えっ?」

「一見、和雑貨店を営む、ただのばーさんだけど、秘密入りなんだ」

 いつもは見せない宗次朗の真剣なまなしに緊張を感じて、ゴクリと息をんだ。

 吉乃は苦笑した後、ゆっくりと口を開いた。

「……実家の賀茂家がな、そういう家なんよ。賀茂家はおおくにぬしの子孫と言われていてな。有名どころではべのせいめいの師匠をやってたものただゆきさんやろか。さらにその子孫はかみ・下鴨の両神社のかんにならはったりしてん」

「そ、それは先祖がおんみようだったってこと?」

「そやねん。まあ、いうても私等は直系ちゃうで。賀茂姓を受け継いでいるだけの、子孫の端くれなんやけどな」

 そう話す吉乃。

 小春は何も言えないまま、次の言葉を待った。

「ほんでも、隔世遺伝なんやろか、ときどき賀茂の家に『拝み屋』の素質を持った子が出てきてな。私も子どもの頃からなんや勘が強うて、除霊まがいなことはできてん。

『陰陽師』ていうほど大層なものとはちゃうし、表立って看板を掲げてへんけど、困ってる人を見たら放っとけへんし、助けてあげることがちょくちょくあってな。

 そうしている内に、いつの間にか『祇園の拝み屋さん』なんて、言われるようになってん」

「……知らなかった。どうして、今まで教えてくれなかったの?」

 心から問うた小春に、吉乃は申し訳なさそうに目を伏せた。

「宗一が、そんな力がまったくのうて、なかなか理解もでけへんかって。私のこうしたことを嫌がって、早々に家を出て行ってしもうて。ほんで、『絶対に嫁や子どもに、裏でそんな怪しいことをしてることを言うな』て、言わはって……」

 吉乃はそう言って、ふぅ、と息をつく。

 ──そうだったんだ、と小春は強く頷いた。

 とても父らしかった。人と違うこと、目に見えないことや、非現実なことをとても嫌う人なのだ。

 いつも、まやかしだ、思い込みだと、文句を言っていた。

 もしかしたら、それはこの家に育ったからこそなのかもしれない。

 何も見えない、分からない中、母親がおはらいをしていたりすることが、父には耐えられなかったのかもしれない。

「まぁ、『拝み屋』って言ってもおおなもんじゃなくて札を書いたり、ちょっとしたものを祓う程度で、基本的には和雑貨屋のばーさんなんだけどな。俺の桜餅と一緒で、ちょっと秘密入りってやつだ」宗次朗は自分の作った桜餅をパクリと食べた。

「そやで、怖いことはあらへんで」

 心配そうな顔を見せる吉乃に、小春は「うん」と頷いた。

「それじゃあ、澪人さんが、お祖母ちゃんの香り袋は『秘密入り』って言ってたのは、魔除けの効果のことだったのかな」

「小春、『香り袋』いうのは、それ自体で元々けなんよ」

「えっ、そうなの?」

「ああ、『邪悪なものは、良い香りを嫌う』と言われていて、そのために香り袋を持ち歩いたものなんだけど、うちの香り袋にいたっては、こんなものが入ってるんだ」

 そう言って宗次朗はポケットから、香り袋を取り出した。

「宗次朗さんも持っていたんだ……」

 宗次朗はその豪快な性格からは考えられないほどに手先が器用だ。

 丁寧な指遣いで、小さなきんちやく袋を開けると、そこからコロンと小さな透明の玉が出てきた。

「これは……ビー玉?」小春は透明の玉を手に取って、中をのぞいた。

「水晶だよ。この香り袋はばーさんが作ってる上、香と粗塩と水晶が入っていて鈴まで付いている。最強の魔除けなんだ」

「そうなんだ、それで秘密入りなんだ」

「そういうことだな」

 すると吉乃は、ふふふ、と笑って、ピンク色の香り袋を私に差し出した。

「これをあんたにプレゼントするわ。桜の香りやで」

「あ、ありがとう」

 両手で受け取って、手の中に入れるとチリンと鈴が鳴って、同時に、ふわりとさくらもちのような香りが広がった。

「あー、これでなんだか、スッキリしたな。隠して生活って、どうにも性に合わねぇ」

「私もやで。バレてしまうのは仕方ないんやけど、宗一の手前、自分からはなかなか言われへんし」

 ほっとしたように肩を落とし、湯飲みを口に運ぶ二人の姿がそっくりで、小春はくすりと笑った。

「かんにんえ、小春。気味が悪いやろ?」

「う、ううん。そんな……。だって、この香り袋や桜餅と一緒で、ほんの少し秘密があるってだけでしょう?」

 笑顔を見せた小春に、吉乃は安心したように微笑んだ。

「──そういや、小春があん時、彼女が『縁切り碑』に抱き着いたってことが分かったのには、ビックリしたよな。どうして分かったんだ?」

 思い出したように尋ねる宗次朗に、小春の肩がピクリと震えた。

「あー、えっとね。……口の動きを見て、なんとなく」

 話しながら、小春の鼓動がばくばくと強くなっていた。

 伝えるならば──今かもしれない。

 そう思うも顔がこわって、声が出なかった。

「それって、スパイ映画でいうところの『読唇術』ってやつか?」

「そ、そんな大袈裟なものじゃなくて、本当になんとなくで」

 目をそらしたままぎこちなく言う小春に、宗次朗は「ふーん」と、もう興味が失せたような声を上げて、立ち上がった。

「まあ、小春も活躍してくれて、わが家が拝み屋もやってることをカミングアウトもできたことだし、よっしゃ、今日は美味うまいものでも食うか」

「わ、わあ、うれしい」

 話題がそれたことに、小春はあんして胸に手を当てた。


 ──祖母が『祇園の拝み屋』だった。

 それは、もしかしたら突然自分に起こった不可解な出来事と、関連があるのかもしれない。

 この家ならば、いつか話すことができるのかもしれない。

 私も、この『香り袋』同様、ほんの少しの秘密入りなんだ。

 小春はもらった『香り袋』をポケットに入れて、ぎゅっと握りしめた。

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わが家は祇園(まち)の拝み屋さん 望月麻衣/角川文庫 キャラクター文芸 @kadokawa_c_bun

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