第4話
俺は彼女の姿に釘付けになった。
赤茶けた髪、小柄すぎる身体、それに緑の目。
場違いだ、とばかりに会話の輪から遠ざけられている。
俺は彼女がひっそり一人帰ろうとする時に捕まえた。
彼女は自分に向けられる視線を良く知っていた。
だから滅多に社交には出ないのだが、この日はたまたま母親が欠席するから、と連れられてきたのだという。
俺は正直、ともかく人を様々な情報で区別するのに疲れていたので、静かな彼女がありがたかった。
ただ居るだけでは何だし、と話を振ったら、彼女は様々な物語の話をしてくれた。
やはりその外見のせいで、つい一人遊びが得意になってしまったという彼女にとっては、父親が沢山買ってくれる物語の本が友達だったそうだ。
何度も繰り返して読んでいたせいか、彼女は相当な数を諳んじるくらいだった。
声も良かった。
アレーリヤの様に通る声ではなく、低く、ゆったりとしたものだった。
無論王太子妃としてなら、通る声が相応しい。
だがそれをずっと聞いているのはやはり疲れる。
それからというもの、俺はルクレナとこっそり会う機会を作った。
無論義務は怠ったことはない。
とは言え――正直、無理があるのではないか、と自分でも思い始めていた。
国内のパーティでこれだけ疲弊するのでは、対外交渉に当たった時どうするのだろう、と。
俺は時々、父国王にそれとなく聞いてみることがあった。
「もし自分に何かあったら」
「もし自分が大馬鹿者で放逐されたなら」
「もし国外でどうしようもない失態を犯したら」
俺が不慮の死を遂げたら。
その場合王太子の位は速やかに正妃の第二王子に行くとのこと。
特に控えの王子であるため、その下よりは厳しい教育がされているということだ。
「しかし何故その様なことを聞く? 不吉であろう?」
そう言う父上の顔にしても、ああ、髭のカールがこのくらいで、色はこのくらいで――正直、国王の衣服をまとっていることと、特有の言葉づかいがあるから父上だと思えるのだ。
もし、全く同じ格好をした、声が近い者が父上に成り代わったら、と思うと俺はぞっとする。
「いえ、身体の調子が」
一度そう言いかけたら、慌てて主治医に検査を受けさせられた。無論何も出てこない。
俺がもの凄く困るのは、このことを説明が上手くできない――いや、しても理解されない、ということだった。
医者や教師も「目が悪くなったのですか?」と聞くことはあるが、それ以上ではない。
俺は正直そろそろ本気で王太子をするのは限界だろう、と思っていた。
できるだけ早く、弟にその座を譲りたかった。
そうしないと、国が不安定になる。
いっそ馬鹿王子で通していた方が良かったのかもしれない。
必死でがんばってきたことが、ここで枷になるとは。
そして一方で、アレーリヤ自身ではないが、その周辺にまとわりつく女達がとうとうルクレナを見つけてしまった。
ルクレナがよく話してくれる、王子と身分の低い女が付き合っていると邪魔をする者が出てくる話。
俺はそれを思い出していた。
彼女はそういうことがあったら怖い、ということで、ひたすら隠れていた。
だが彼女は、俺が他人と見分けがつく程、特徴のある姿をしていた。
俺にとっては気の休まるその姿も、周囲から見れば――だ。
「私はお会いしない方がいいのです」
「ごめん。君が何かと嫌がらせを受けることは判っていたのに」
「仕方ないのです。私のこの面相では」
「顔なんて俺には判らないんだ」
俺は彼女に打ち明けた。
「俺には人の顔がどういうものか判らない。絵姿になった時の様な顔が、実際に見ると全く頭の中で一つにならないんだ。だから皆、根性で区別してるんだ。君以外の王宮に出入りする女なんて、どれもほとんど同じにしか感じられない」
「たぶんそれは、殿下以外の方が仰ったら失礼な言葉ですね」
そう言って、彼女は背をかがめる俺の頭を優しく撫でた。
何処かで決断しなくてはならなかったのだ。
「もし俺が、廃嫡されて何処かに幽閉されて会えなくなったとしたら、それでも君は手紙をくれるかな?」
すると彼女は俺の頬に両手を当てて。
「私の記憶しているお話をできる限り書いてさしあげますわ」
だから俺は決めたのだ。
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