第3話

 十歳の時、婚約者という少女と引き合わされた。


「アレーリヤと申します」


 そう言って年相応に立派な礼をしてみせた彼女は、王太子の婚約者としての教育も兼ねて、王宮に通う様になった。

 そして時々俺の元にも連れてこられた。

 時には勉強も共にすることがあった。

 彼女は全てにおいて熱心だった。


 姿形――に関しては俺は何も言うことはできなかった。

 俺には人の美醜というものが判らない。

 と、言うより顔の全体像が判らないのだ。

 目鼻口がついている。

 だがさてどういう顔か、美しかったのか、と聞かれると、もう判らない。

 だから問われると「目が大きいな」「唇が厚いな」と部分を言うしかない。


 どうもそれが人と違うらしい、というのは、マーサリーが死んだという知らせを聞いた時だった。

 知らせと共に絵姿が印刷されて配られた。

 そしてその時初めて、俺は最愛の乳母の姿に対して「こんな顔だったのか」と思うばかりだった。

 俺は彼女を他と区別する時、その髪の色や形、声、動き、服の色などで見ていた。

 皆そういうものだと思っていた。

 だがその絵姿につけた文章は、顔全体の美しさを表現していた。

 絵になれば、それはそれとしてひとかたまりとして判る。

 だが現実の人間の顔になると、俺の目は本当にそれを全体として認識できないのだ。


 それはこの婚約者となった少女も一緒だった。

 そして困ったことに、王宮にやってくる少女達というのは、殆ど同じ様な特徴だったのだ。

 アレーリヤが同じくらいの少女達と共に王宮の花園を歩いている時など、絶対に会いたくない、と俺は思った。

 何故なら、彼女達は皆同じ服を着用することが義務づけられていたからだ。

 王宮に来て教育を受ける、それぞれの王子の婚約者とされた少女達はだいたい同じくらいの年格好、容姿だった。

 ある程度整っているし、礼儀も申し分が無い。

 だが俺からすると、同じ様な少女がずらずらと並んでいる様にしか思えないのだ。

 正直困った。

 しかし何度も何度も名前を尋ねるというのは無作法だ、ということはマーサリーから叩き込まれていた。

 特に女の子には、と。

 仕方が無いので、彼女達の声を聞き分けることに俺は集中した。

 背格好も、顔立ちも、服も同じ様な彼女達を区別するのにはそれが最もはっきりしていた。


 これが他国だったら、髪の色や目の色が明らかに違う女性が王宮を闊歩していたのだろうが、この国はそもそもが暗い色の髪と目が多かった。

 特に黒い髪に青い目だと美人だ、と判断された。

 アレーリヤにしても、他の少女にしてもおおむねその傾向にあった。

 目の色が多少明るかったり暗かったりすることはあっても、青系であることには変わりはなかった。

 眉の形。これは「美しい」とされるものに家で整えてくるらしい。

 ともかく少女達は、そうやって声で何とか把握した。


 困ったのは逆に弟やその学友達だった。

 俺もそうだが、何と言っても声変わりがあるのだ。

 唐突に「兄上!」と駆け寄ってきた弟らしき一人の声が、急にがらがらになる。

 こうなると、一体これがどの弟だったのか、というのがすぐには判らない。

 仕方が無いから、昨日はどうだったか、とか話題を振って、その中から相当する弟を推測した。

 だが、正直、それは成長するにつれて俺をずいぶんと疲れさせた。

 特にパーティだ。

 この時はもう、皆煌びやかな格好をするのだが、女性を間違えるなんてことはあってはならない。

 特に有力な貴族に対しては。

 俺は必死で挨拶された時の女性の衣装の色と形を頭に叩き込んで、それでもにこやかに対応した。

 せめて髪型だけでももっと分かり易いものにしてくれ! 

 何度心の中で叫んだだろう。

 そんな時、一人の令嬢がぽつんと壁の花になっていた。

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