第6話 北別府さんのお夜食インスタントラーメン 1

 楽器が好きだ。

 初めて触れたのは俗にガラガラと呼ばれる乳児用玩具で、ピンク色のクマが蝶ネクタイをつけたものだった。畏まっているのかいないのか分からない無茶苦茶な設定のそれを力任せに振ると、これまた予想外に甘い音色がコロリンコロリンと溢れ出て、幼い私はたまらなくそれが大好きになった。

 音楽が好きだ。

 幼児用ピアノからお子様用バイオリンまで、望む物は全て与えられた幼少時。単純に、自分の指先からメロディが生み出されることが大好きで、また、それは両親も喜ばせた。



 少しだけ開けた窓から湿った夜の気配が忍び込む。春の晩。出始めの柔らかな葉が、さささわさわと揺れて、細かく空気を震わせた。こんな夜に似合いそうだ、と棚に置いたカリンバに手を伸ばす。軽く爪弾けばホワンホワンと音が立ち昇って、とても良い気分になった。

 そのまま何となくカリンバを触り続けていると、キッチンの方から、何やら物音がする事に気がつく。床の軋み具合、戸棚の開け閉めする強さ、ガスコンロを捻るタイミングの長さ。

 間違いない。

 理解すると同時に体が動いて、部屋のドアを開けて廊下に出る。一歩、二歩。軽くジャンプするように軽やかに珠暖簾をくぐり抜ける。

「来たか」

「来ましたよ」

 じゃらりらと背後で珠暖簾が鳴る。

 深夜のキッチンで顔を見合わせて笑顔になってしまうのは、一度や二度ではなくて。何を隠そうこの男、森高穂高と私は夜食同盟を結んでいるのだ。

「何それ」

「ん? あ、これはカリンバ」

 つい持ったまま出てきてしまったのをホワホワポロロンと鳴らす。森高穂高が面白そうな顔をしたので、興が乗ってそのままもう数フレーズ演奏を続け、そしていつものチャルメラの音で締める。

「今夜はなに?」

「これ」

 持ち上げられた袋は青い。なるほど今夜は温かな夜。清涼感が恋しい夜だ。

 納得した私を認めては得意げに袋の口を開いた。

「冷やし中華、始めました!」

 歌うように宣言する森高穂高の声に続けて、私はもうワンフレーズほどカリンバを爪弾いた。

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