第3話 丸岡さんのオニオンスープ 2
学生の頃、遺跡群を見たくて、そういう学部に所属していた。発掘調査や文献を調べる中で、私のように「視える」人物は既に居たようでそのような記述が散見された。祠や人型の出土物などは遡れば縄文時代には存在しており、それらは信仰の対象となることが多かった。
ある時、アシスタントとして発掘作業に参加していた事があって、その時に祭壇のような設備とともに丁重に埋葬された人骨と人型の焼き物が出土した。
教授によれば、今で言う「神主」か「巫女」みたいな人物だったのでは、という話だった。
それを聞いて、でもきっと、それらの人々もちょうど今の自分のように、ちょっと視えるくらいの普通の人間で、悩んだり迷ったりして、それでも崇められて教えを請われたりして、たくさんたくさん葛藤があったんだろうなとか思ってたら何の前触れもなく涙が流れてしまった。
ちょうど教授の背中に隠れる位置だったので誰にも気付かれることなくその場は誤魔化せたものの、その晩、夢を見た。
夢の中に現れた男は、出土した装身具を美しく身につけていた。
笑うでもなく怒るでもなく、伸びた背筋のままこちらを静かに伺っていて、ふと、手に持った釈のような物を私に向けた。隙のない、ゆっくりした動き。避けようとか、受け止めようとか、そんな思考を思い起こさせないそれは言ってみれば「舞」のように優雅なもので、気付くと左の手首に光が宿っていた。
光はゆっくりと形を成し、ふわり、くるりと、手首に絡まるように円を形作る。
パチリ。
何かが弾けたような感覚がして飛び起きる。寝汗でパジャマが張り付いていた。呼吸の乱れた胸を押さえる。流れで目線が左手首を通過して、戻った。
そこには、ぼんやりと赤い輪っか状の印がつけられていたのだった。
数日続けて同じ夢を見て、その度に段々と濃くなる手首の痣を目の当たりにしてさすがに怖くなり、いわゆる霊能者を謳っている占い師的な人の元を訪れてみた。
ある人は先祖の祟りだと言い、またある人は強力な守護霊だから恐れることはないと言った。どれも腑に落ちない上に夢も止むことがなかった為、私はそれこそ何かに取り憑かれたように占い師を検索しては訪問する事を続けた。
何軒目かの占いの館を訪れた時、引き戸の把手に手をかけた途端「帰ってください」と声が聞こえた。
「帰ってください。私では祓えません」
祓う、とは初めて出てきた単語だった。「祓う」類のものが憑いたと言うのか。なるほど、と思って私は引き戸を開け放った。
「来ないでって言ったのに!」
大柄な人だった。
紫やピンクのヒラヒラした布を体に巻いたような衣装の上には、下膨れの顔が乗っている。怒ったような焦ったような挙動で、下まつ毛まで入念にマスカラが施された瞼をバチバチと瞬かせながら、それでもこちらをじっと見た。てらてら光る唇が歪み、んまぁ〜と開く。
「アンタ、それ、どこで憑けてきたわけ? 相当な古さよ!」
「たぶん、遺跡だと思います」
「遺跡!」
「えぇ。恐らく、縄文時代の」
彼女は大袈裟な仕草で白眼を剥いて見せてから、手前の椅子を指し示した。
「良いんですか?」
「良いも何も、こんなの放っておけないわよ」
まったく迷惑だわ! と、金魚みたいな衣装の奥から彼女が漏らして、それが光希さんと私の出会いだった。
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