第2話 丸岡さんのオニオンスープ 1
物事ついた時から、いわゆる「視える」側の人間だった。
人には「普通の人」と「透けてる人」がいて、子供心に不思議に感じて眺めていると、周りの大人に笑われたり、気味悪がられたりしたものだ。
最初の頃はよく事情が飲み込めないものだから、
「あの人だぁれ?」
「なぜ浮いてるの?」
「その道は手が出てるから通れない」
などとフランクな霊感発言をしては周りを凍りつかせていたものの、しばらくすると子供なりに空気を読み始めて、そういった発言は飲み込むようになった。
思春期とやらがやって来ると、自分の境目とでも言うか、そんなものが曖昧になる感覚が強くなり、常に違和感に付き纏われた。
必然的に、笑顔が少ない、無愛想な子供が出来上がって、そっくりそのまま大人になる。何というか、その方が好都合だった。キリがなかったのだ、自分の目で認識したものに逐一反応していたら。
湯沸かしポットがピーピーと電子音を出して思考が区切られた。
出来上がったお湯を注ぐと、中身には色が付いている。湯沸かしポットに見えるそれは漢方薬の煎じ機で、だから、私がいつも飲んでいる独特の匂いがするお茶の正体は漢方薬ということになる。
カップを両手で包んで暖を取る。これは「師匠」の調合による漢方薬で、師匠は職場の上司であり、恩人だ。
左手の手首には見慣れた痣のような跡が、まだ薄らと這っている。
カップを持ったままドアを開けて、板張りの廊下を通り抜ける。朝の陽射しが正面から目に入ってネガフィルムみたいに色彩が反転に近い変化をする。気にせず歩を進めれば視界が開けて、人影のあるダイニングルームに出る。
「おはよう、丸岡さん」
「おはようございます」
挨拶を返して椅子を引く。テーブルには白州さんと、最近住み始めた高校生が既に和定食をつついている。
南向きのダイニングルームは太陽光と熱に包まれていて、コーヒーと味噌汁と焼き鮭と、パンの焼ける匂いがする。
「今朝は胡桃パンだって」
向かいに座った白州さんが、茶碗についた米粒を箸で丁寧に取りながら言った。並べられた皿には鮭の骨が礼儀正しく鎮座している。
胡桃パンは悪くない。座るのをやめてキッチンに向かうと鶉山さんの姿はなかった。ただ湯気の立つコーヒーメーカーとカゴに盛られたパンの山があり、横に並んだ水切りカゴにはこれでもかと、ちぎったサニーレタスが積んである。
棚から小さめの皿を取り、パンに切れ込みを入れたところへ水切りカゴのサニーレタス一掴みと、冷蔵庫のプロセスチーズとスライスハムをほとんど押し込むようにして挟む。少し迷ってマヨネーズはかけず、キッチンの珠暖簾を一瞥したものの鶉山さんは戻って来る気配もなさそうなのでダイニングルームに戻る。
テーブルに皿を置くと森高弟が目を丸くし、白州さんがクククと肩を揺らした。
「豪快」
「乱暴」
二人して失礼なコメントをする。炭水化物、食物繊維、タンパク質。胡桃パンはビタミンやミネラルや、オメガ3脂肪酸も含まれてるから、悪くない。
胡桃パンのサンドイッチを三分の二ほど食べた所で珠暖簾がじゃらりと鳴って、鶉山さんが顔を出した。
「丸岡さん、スープわかった?」
スープ?
「オニオンスープ。少しだけだからお皿に入れて冷蔵庫に隠しておいたの」
玉ねぎとは悪くない。オニオンスープにはアリシンが多く含まれる。
「それ、まだ貰えますか」
「あるよ! 温めるね」
すみません、と、ありがとうございます、をもごもご呟きながら目線を上げると、雑誌のDIY特集を読んでいた白州さんが少し笑う。こんな時の白州さんからは日向の匂いがするから不思議だ。
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