其の10 6年
あれから6年近くの時間が経ち、様々な魔法を覚えたというのにミカは現れなかった。
僕はまだ少し肌寒い春風を狼の子供『リュー』の背の上で一身に受けている。程よい温度の風が体を突き抜けるのはとても気持ちがいい。
リューはこの6年でカニスやルプスよりも大きく育ち、七歳半の僕を乗せて全速力で走れる膂力を持った。おまけに頭も良い。彼とはよいパートナーになれるだろう。
僕は今、村へおつかいに出ている。
「おー!ウェル坊!」
肉屋のおじさんが僕を遠くから呼んだ。
「こんにちわ~ドラカスさん!」
「今日は良いの入ってるぜ!」
「ほんとですか!──ほっ!ありがとリュー。遊んでおいで。帰る時、また呼ぶから」
「ワン!」
リューは村の反対側の草むらへと走っていった。
「さっ、どうするウェル坊。豚に鶏、あとジャイアントラーナ。
そして、今日のお勧めはこいつ。
ほれっ!」
ドラカスさんが取り出したのは巨大な牛だった。
「これは……グレボース!!?」
「ご名答!最近、この辺りに怪物が増えたらしくてな。そいつらから逃げてきたこいつらを傭兵共が売りさばいていたんだ」
僕は思わず生唾を飲んだ。
このグレボースという牛はかなりの美味だ。焼けば中からジューシーな肉汁が溢れ出しワイルドな味になるが、野菜と煮れば野菜の甘味を吸い豊かな味わいにもなる。
「どうだい。買うか?」
「買いたい……けど、ぐぬぬ」
持っているお金は晩御飯分のお金と僕の小遣いのみ。そして、グレボースの値段はちょうど全て。
他の材料も買う必要があるから全て使うわけにはいかない。
だけど、食べたい!
値切れば何とかなる……だろうか。交渉なんてやったことないし……。
「もうちょっと安くならないですかね……」
「ウェル坊、値切りたいんなら母ちゃん連れてきな。俺ぁ美人以外に値切るつもりはねぇ」
「そんなぁ……」
「……ぶはは!冗談さ。お前をぞんざいに扱ったら娘にどやされるからな!
今日の晩飯どんくらいかかる?見せてみな」
僕は財布の中を見せる。
「……そうだなぁ。よし分かった!今日は特別だ!持ってけ持ってけ!」
「──っ!!ありがとうドラカスさん!」
「おうとも!その代わり、うちの娘とよろしく頼むぜ?次期店主さんよ!」
「ちょっ!?ドラカスさん!」
いつもこうやって茶化すもんだから、村の人たちが本気で僕が娘さんと結婚すると思っている。毎回毎回違うと説明するのは面倒だからやめてほしいものだ。
とりあえず、これからおつかいとは別の用事があるのでドラカスさんに僕の分を取り分けておいてもらった。
「次の露店はおあずけだな~。……買わなきゃよかったかも。いやでも、皆喜ぶし。うん、いいんだ」
自分にそう言い聞かせ、僕は村の西にある修道院へと足を運んだ。
修道院の外で若いシスターが僕を待っていた。
彼女がドラカスさんの娘さんで、僕の十個年上で僕にとって姉のような存在だ。
シスターがこちらに気づき、手を振る。
長いブロンドの髪がたおやかに風に揺られ、修道服がパタパタと音を立てている。
その情景はまさに絵画のようであった。
「シスターマリー!お待たせしました!」
「ウェールス。今日もおつかいなのね。立派だわ」
「いえ、このくらい普通ですよ!」
僕は胸を張り答える。
「ふふっ。元気ですね。ほら疲れたでしょ。中にお入り」
シスターの後ろをついていき、修道院の中に入った。
一番大きな広間の横を通ると、そこでシスターバーバラが主神ミカエルの像にに祈りを捧げていた。
ミカエル……多分、ミカのことだと思うがこの像を見る限りミカではないように思う。
像は槍を手にしている男の形をしていた。そして、ミカはここまでカッコよくはなかった。
「ん?ねぇシスターマリー」
「どうしました?ウェールス」
「シスターバーバラの横にいるのって?」
シスターバーバラの横で小さい女の子がうずくまっている。しかし、あんな子は見たことがない。
「ああ!あの子ったらまたサボって……。あの子はね、シスターバーバラが最近連れてきた子なの。記憶が無いらしいからここで記憶が戻るまで修道女として受け入れるって」
「記憶が……それは、今まで大変だったでしょうね」
「ええ……最初に来た時は私も驚きました。全身傷だらけで……」
祈りを終えたシスターバーバラが立ち上がった。
「シスターマリー、ウェールスを奥の間に。それと、このお馬鹿さんも連れいていきなさい」
そう言うとシスターバーバラは隣に寝ている女の子を揺さぶった。
「マロン。起きなさい。お勉強の時間ですよ」
「あとに三分……いや三時間」
急に時間めっちゃ延ばすじゃん。いや、ツッコミこれであってるかな……。
「マロン、今日はお菓子もありますよ」
「お菓子!?ほんとかマリー!」
「こ~らシスターマリーと呼びなさいっていつも言ってるでしょ?」
女の子は飛び上がり、シスターマリーに抱き着いた。
「──っ!?」
さっきまでうずくまっていたから気づかなったが、この子……耳が……。
「猫、みみ……」
女の子の頭に猫の耳が生えていた。お菓子がそんなに嬉しいのか耳がピコピコと動いている。
いや、それだけじゃない。
尻尾だ……尻尾も生えている。
いつかダロが言っていた。この世には獣のような見た目の人間が存在する、と。
これがその獣人とやらか。
「ふふっ。それじゃ二人とも行くわよ」
あまりの驚きに「ほぉぉぉ……」と声が漏れる。
初めて見る猫の獣人。
紅蓮の赤い目に、サラサラの黒い毛!これが、獣人!!
見たことのない新しい存在に興奮冷めやらぬまま、僕は勉強のために奥の部屋へと歩いて行った。
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