其の9 少年、天才につき

「あっ……えっ?マジかよ……」


 ダロ!?

 マズイ……ダロに見られた。

 流石に、これが異常なことだっていうのは分かる。

 どうする。気味悪がられてここを追い出されたら、次こそ野垂れ死ぬぞ!


「お前……まさか……」


「ダロ……これはね」


「こんな天才だったのか」


 あーそっちね。


「ダロ!あんた何して──ってホントに何やってんのよ!?」


 センセイが音を聞きつけてきた。

 ご飯を作ろうとしていたのか、エプロンを身に着けている。


「おい見ろよセンセイ!これこいつがやったんだぜ?

 賢いやつだと思ってはいたがよ~。こりゃ準魔導士級だぜ」


「ウェル……」


 魔導士?ああ、ゲームでいうジョブかな?

 何はともあれ、窓を破壊してしまったのだ。謝っておこう。


「ごめんなさい」


 ダロは僕の頭をポンポンと叩き、二カっと笑った。


「なーに言ってんだ!いいんだよ。

 この歳で魔法使うやつぁそういねぇし、初めて使うんなら勝手が分かんなくて当然ってもんだ」


 ごめんなさい魔法使うの初めてじゃないんです……。


「ちょっと」


 と、センセイがダロの肩を引く。


「あんたまさか教えるとか言うんじゃないでしょうね?」


「……ダメ?」


「ダメに決まってるでしょ?あたしは認めないわよ、傭兵なんて仕事。ここで育てる方がこの子のためよ」


 ──傭兵。

 時々、村に来ては、酒と飯を強引に奪っていくあの荒くれものたちか。僕だってあんなのになるよりだったら、村で穏やかに暮らしたい。

 もっとも、ミカに傭兵になれと言われたらなるしかないのだが。


「んだよ。何も傭兵じゃなくたって、魔法学会の生徒でもいいじゃねーか……」


「あそこの連中、変に理屈ばっかりこねるから苦手なのよ」


「好みかよ……」


 魔法学会、か。少し気になるかもしれない。


「私はダロに賛成です」


 空いた穴からフェンが顔を出す。


「フェン、あなたまで……」


「あくまで意見ですよ。決めるのはこの子です。それに、この子が大きくなった時に自分で決めさせるのがこの子のためでは?」


 センセイは顎に手をあて、考える。

 そして、結論が出たのか、


「それもそうね」


 と小さくため息を吐いた。

 そして、ダロの腹から大きな虫の音が聞こえた。


「腹減った」


「私の子供たちもお腹を空かせてますね。メリィ、ご飯をいただけますか」


 メリィ……センセイの下の名前なのかな?


「分かったわ。作ってる途中だから待ってて」


「わーい!」


 僕は手を広げて喜んだ。


「今日はなんだ?」


「ワームラビットの鉄板焼き」


 ──っ!?ワーム!?ワームってあの細い虫のこと!?

 今までそんなの作ってなかったのに!


「おいおい、どうした?ワーム料理なんて5年振りだろ?」


 作ったことあるのか。

 待て、待て待て待て待て!待ってくれ!?

 今日は何の日だった?この前、センセイが言っていた。あれは確か……。


「今日はウェルが離乳食をやめる日よ?腕によりをかけないとね」


 おお、ジーザス……これも僕への罰なのか。

 僕はスッと天を仰いだ。


「良かったな~ウェル!今日は男としての第一歩だ!」


 明るい口調なのにダロの顔は不思議と笑っていなかった。

 これはつまりそういうことだ。


「心配いりませんよウェル。虫ではありますが、メリィの作るワーム料理の味は絶品です」


 フェンは舌なめずりをした。

 フェンは狼だからそんなことを言えるんだ。大体の人間は虫の料理を敬遠するんだよ。


 それから地獄の時間が始まった。

 ワームラビットは細長い虫にウサギのような耳が生えた気色の悪い生き物で、焼くと凄まじい悪臭を放つ。

 だから、下処理で身に細かい切れ込みを入れ、そして塩茹でするのだ。

 その間、ダロは頬を引きつらせて僕とお話していた。


 時々、ダロが


「食べたくねぇな~」


 と本音を漏らしていたがセンセイ相手に抗議する勇気は出ないらしい。

 そこをなんとか頼むよダロ!僕だって正直食べたくはないんだ!


「はーい!お待ちどうさま!ワームラビット焼き、それからコミラ~!」


 そうこうしているうちに調理されたワームラビットが来てしまった。

 耳は全て切り取られたらしく、細長い麺のようになっていて、見た目は完全に焼きそばだ。


 それと、コミラというのはこの辺りの伝統料理だ。

 パンで肉を挟み、その上を野菜で覆う三重構造の食べ物だ。そのまま食べてもいいらしいが、多くの家庭はある調味料を使っている。

 その調味料というのはムーラットの生き血だ。よくセンセイが捌いているのを見た。


 生き血とはいうものの、そのまま使うのではなく、ある程度濾すと赤色が薄まり、綺麗な桜色へ変わる。

 ダロが皿についたそれを指を使って舐めていたところを見るに美味いのだろう。


「おお!美味そうだなウェル!」


 笑って僕に言うダロだが、またしても目は笑っていない。


「それじゃあ食べるわよ」


「そうだな。いただきます!」


「……いただきます」


 センセイが僕へ焼きそばに似た何かをあーんしてきた。

 食べるのか、これを。

 心なしかワームラビットの小さい目がこちらを見つめているようにも見える。


「あーん」


「あ、あーん」


 ……南無三。

 口に入れ、咀嚼する。噛み応えは悪くない。本当に麺みたいだ。

 ──っ!!?まっっ!?

 ダメだ。顔に出してはいけない。これはセンセイが僕のために作ってくれた大切なご飯だ。

 飲み込まないと……。


「どう?ウェル」


「美味しいよ。ママ」


「良かった」


 うん。これでいいんだ。センセイがこんなに喜んでくれているんだ。それで十分じゃないか。

 よし、そうとなれば全部食べ切ろう。


「おっ!ウェル、そんなにワームを気に入ったか!んじゃ、俺のもやるよ!」


 ダロがとんでもない棒読みでとんでもないことを言いやがった。

 このクソ野郎!!

 心の中とはいえ、自分の口の悪さに驚いた。

 だが、本当に心の奥底からきた思いだった。


「ダメですよダロ。たくさん食べてほしいとはいえ、赤子にたくさん食べ物を与えるのはあまりよろしくありません」


 どこからともなくフェンの声が聞こえてきた。

 フェン、ナイス!


 ダロは一瞬、絶望したような顔をしたが、その後は黙々と食べた。

 あまり良い行いとは言えないが、僕は心の中で軽くガッツポーズした。


 そして、それからフェンとの魔法の訓練を続けたり、ダロが村長の娘に手を出してセンセイの正拳突きを受けたり、色々ありながらも6年の月日がゆるやかに過ぎていった。

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