其の11 獣人の少女

 獣人の少女マロンはどうやら猫の獣人らしい。

 そう判断した理由は彼女が昔飼っていた猫のように、窓から差す陽の光の下で丸まりながら眠っているからだ。

 ……可愛い。


「こら、マロン?話を聞けない子にはお菓子あげませんよ」


「うにゃぁ。そんなこと言わないでよマリー」


 猫の獣人で確定みたいだ。


「シスターマリーです。シスターマロン。

 あなたは修道女としての自覚をそろそろ持ちなさい?

 いつまでもそんなだとミカエル様のご加護を受けられませんよ」


「いらない。神なんて奴はいないからな。信じられるのはいつだって自分だけだ」


 ここで、『君記憶ないじゃん』なんて言えば場が凍り付くに違いない。


「もう……またそんなこと言って。いいですか?もう一度言いますよ?」


 そこからまたシスターマリーの授業が続いた。

 授業と言っても算数、それもお金の計算だ。


 この世界の通貨の単位はギルカというらしい。


 1ギルカがボリガという金属で出来た硬貨。

 10ギルカが青銅の硬貨。

 100ギルカが銅の硬貨。

 1000ギルカが銀の硬貨。

 そして、ここにはない10000ギルカが金の硬貨らしい。


 一般に使われているのはせいぜいボリガか青銅のギルカだ。

 銅のも使うが、使われるのは大事な日以外ない。この辺りで生きるならそうそう必要ないと思う。


 この村では、だいたい10ギルカで野菜が、15ギルカで肉類が買える。ちなみにグレボースは50ギルカだ。とんでもなく高価でしょ?


「分かんないよ~マリー。こんなの私知らなくていいじゃんか~」


「シスターマロン、ウェールスを見習いなさいな。もうここまでわかっているのですよ」


「む~~」


 まあ……やってるのは簡単な算数だから……褒められても複雑な気分だ。


「マリー私お外で遊びたい~」


「分かるまではここでお勉強です」


 一足、いや二足先に終えた僕は彼女が算数と悪戦苦闘しているのを、菓子に舌鼓を打ちながら観戦している。


「ねねっ!」


 シスターマリーが席を外すと、マロンがこそこそと話しかけてきた。


「君も飽きてきたんでしょ。二人でこっそり抜け出しちゃおうよ。

 マリーって鈍くさいところあるから簡単だよ!」


 知っている。だが、それが彼女の良いところなのだ。


「ダメだよ。それにシスターマリーが言ってたでしょ?出来なかったらお菓子は無しだって。いいの?お菓子がもらえなくて」


「そこは君が私にちょっと分けてくれればさ」


 涎をたらしながら僕の菓子を狙うので僕はサッと自分の方へ寄せる。


「ダメ。これはシスターマリーが僕にくれたお菓子だから」


「ちぇっ。つまんないの」


「ほら。僕も手伝うから早く終わらせよ?」


 僕が教えようと身を乗り出すのと同時に、マロンが僕のお菓子を奪い去った。


「あっ!!」


「へへーん!」


 マロンはそれから窓を勢い良くくぐり、外へと逃げていった。

 ──あの猫!!マリーからもらったお菓子をよくも!

 僕はそれを追うように窓から部屋を出た。


 辺りを見渡すと、マロンはもう村の中心へと着きそうだった。獣人の身体能力は人間とは一線を画すものがあるとは聞いていたが、ここまでとは……。


 だが、僕には魔法がある。

 今から、使う魔法は体を強化するもの。そして、その魔法を詠唱する。無詠唱でもいいのだが、無詠唱は体の一部を使う感覚なので無意識にリミッターがかかる。

 反面、詠唱型は言葉によって無理やりに発動させるので制限が無い。


「我求む。ガーバンクルの万力を──強体フォルコルプス。ん”ん”っ!?」


 一瞬、全身に力が入ったことで体に鈍い痛みが走るが、これは力加減に慣れていないことから起きているので時期に治まる。

 しかし、このままでは体が強張っているだけで何も出来ない。だから、『軟化テネル』の魔法を使い、体の緊張をほどく。これは無詠唱で十分だろう。


「逃がさないぞ!」


 強く踏み込み、村の中心へと走りだす。道の真ん中を走るのは危ないので屋根の上を渡っていき、マロンとの距離を詰めていく。


「うにゃあ!?なんでそんな速いにゃ!?」


「マリーのお菓子!!」


 ようやくマロンの背後を取ったと思えば、マロンが転んでしまった。


「ほら、もう十分でしょ?お菓子、返して」


「これは私の!」


 マロンはぐるっと振り向くと、握りこぶしから砂をこちらに投げつけた。どんだけ食い意地はってるんだよ!!


「うわっ!?──!!」


 目に入ってしまい、急いで水生アクアウォタで目を洗う。


「へへーん!」と、マロンは小ぶりな胸を張り、森の方へと走っていた。


 ん?待て。森はダメだ。この時期の森にはあのデカいトンボみたいな生き物オーシャが繁殖期で集まっている。繁殖期のあいつらは気性が荒くなるとセンセイが言っていた。


 何としてでも止めないと!


「待って!!」


「待てって言われて止まるやつなんていないよ!」


 なんだ?さっきよりも速い!?このままじゃ森に入る!盛土ランドフィルで転ばせるか……。いや、それじゃあの子が怪我をするかもしれない!


 考えている内に、グングンとスピードを上げるマロンは黒い森の中へと姿を消してしまった。センセイを呼んで一緒に探してもいいが、それでは手遅れになる可能性が高い。


「……行くしかないな」


 続けて、僕も森に入る。

 森の中は静寂ではあるものの、どこか緊張感のようなパリッとした空気が流れている。

 普段、オーシャは臆病な生き物だが、繁殖期に入るとこの辺りの生き物の中ではトップクラスの危険度に変わる。


「地に転がる足跡を追え──探物シェルサーチ


 こめかみが少し痛むが、ある程度調整したので大した問題ではない。

 僕の近くの地面に青い足跡が浮き出てきた。これが探物シェルサーチという魔法の効果。自分の求めているものへの足跡が自分の視界に映し出される。無機物でも可だ。


 足跡は木の上を伝い、森の奥へと続いている。


「きゃああぁぁあああ!!?」


そして、ほどなくして女の子の甲高い叫び声が森に響き渡った。


 最悪の場合を想定した方が良さそうだ……。


「急ごう」


 僕は足跡と叫び声のした方へ全速力で駆けた。

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