其の7 少年よ魔法を使え

 ──魔法。

 大雑把に言えば、空間に存在する魔力素子、通称『魔素』と呼ばれる目に見えない粒子を使い、様々な現象を起こす技のことだ。


「魔素はそこら辺にいくらでもあるので、魔法が使えない環境は絶対に生まれません。ですが──」


 発動の方法は大きく分けて二つ。

 呪文を唱えることで発動する詠唱型。

 これは魔素をある決まった言葉を言うことで、世界へ無理やり影響を与える体唯一の方法。


「アギーレの火よ。世界に灯を映さん。──着火イグニシオ


 フェンがそう詠唱すると、近くにあった木が轟々と燃えた。

 本来、着火イグ二シオという魔法はマッチ一本くらいの火を生み出すはずなのだが、フェンの使った着火イグ二シオは木を燃えつくさんばかりの炎であった。


 これはフェンの魔法の適正の高さが起因している。

 詠唱型は誰にでも扱えるが、その分、才能に恵まれた人間にとって微調整が困難な方法なのだ。


 フェンが燃え盛る木へ水の魔法を放つ。詠唱は無かった。

 炎は徐々に勢いを失くし、時期に炭を残して姿を消した。


 ──これが無詠唱型。

 このように、無詠唱型は自分の体の中で魔素を分解し、『魔力』と呼ばれる魔法を発動させる上で重要な力へと変換させ、魔法陣を構築、発動を行う。


 無詠唱型は詠唱型よりも手順は多いが、必要な分だけ魔力へ変換するため、微調整は詠唱型よりも容易である。

 しかしながら、無詠唱型はかなりセンスを求められる技能であり、習得するのには長い年月を要する。


「体にかかる負担は避けられないので、魔法が数時間使えなくなることはこの前説明しましたね」


「う、うん」


 一応、僕はまだ赤ちゃんだ。だから、理解していない風を装わなければいけない。

 なので僕は少し理解できていないような素ぶりをした。


「……よろしい。

 今日教えるのは魔法の種類についてです。来なさい」


 フェンは森へと歩いていく。

 僕はおぼつかない足取りでついていった。


「魔法の種類というのは未だ完全に分かっていません。

 例えば……そうですね。この辺りでいいでしょう」


 少し開けた場所でフェンは足を止めた。


「例えばこうして木を操る魔法」


 フェンの左右にあった木がグネグネと不可解な動きをし出した。


「そして、木の強度を上げる魔法」


 フェンの右にあった木が左の木を薙ぎ倒して、粉砕し始める。


「さらに元の形へ戻す魔法」


 粉々になった木の欠片がカタカタと揺れ、ゆっくりと木へと姿を戻していく。


「木に関する魔法は更にギレントボレジウ……これは難しいですね。

 要は木だけでも多くの魔法があるということです」


 なんとなく理解した。


「しかし、誰もが同じ魔法を扱えるわけではありません。魔法はイメージを世界へと反映させる行為。ならば、人それぞれ得意不得意があるのと同様、イメージにも個性が表れます」


「へー」


「理解したようですね。それでは、この間の続き、あなたの適正魔法を探すことにしましょう」


 それから、魔法を無詠唱でひたすら連発した。

 雑草を生やす魔法『強草ストウィード』に、土を盛り上げる『盛土ランドフィル』。


 簡単な魔法にも思えるが、自転車をすぐ乗りこなせないのと同じだ。

 普通に難しい。


 フェン曰く、魔素を体の一部だと思うことが魔法を使う第一歩だそう。

 最初は意味が分からなかったが、ずっとやってると何となく掴めてきた。

 魔素の取り込み方は、魔素を取り込むときに毛穴をブアッと広げるイメージだ。

 不快な感覚だが、こればっかりは回数をこなして慣れるしかないかな……。


「息が苦しくなったら私に伝えなさい。いいですね?」


「うん!」


 ある程度、魔法を使っているとフェンの言う通り、汗が滲み、息が苦しくなってきた。

 それなのに、体の奥から心地よい脱力感が湧いてくる。

 今なら何でも出来そうな万能感が脳を満たしていく。


「フェン、僕、えいしょうしてみたい」


「……まだ早いです。今は魔力を扱う感覚を養いなさい」


「むう」


「詠唱魔法は危険です。もし、あなたに炎の魔法適正があれば、どれほどの被害が出るかは全く分からないのですから」


 それでも、やはり好奇心が勝ってしまった。

 たしか、フェンはこう詠唱していた。


「……アギーレの火よ、世界に灯を映さん」


「やめなさい!小さき者!」


 声が出ない。いや、正確には出ている。

 喉が震えているのにも関わらず、声が響かないのだ。

 これも魔法か?


「……なるほど。小さき者よ、言ったでしょう。苦しくなったら伝えなさいと」


 フェンは怒ってはいない。むしろ、申し訳なさそうにも見える。


「あなたはまだ子供。焦る必要はありません。ゆっくりと練習をすればよいのです」


「ごめん、なさい……」


 フェンは尻尾を僕の肩に置き、笑顔で


「いいのです。魔法を使いすぎた反動で、途方もない万能感に包まれるのはよくある話なのですから」


 と、励ましてくれた。


「さあ、そろそろお昼寝にしましょう。帰りますよ」


 フェンは僕を乗せ、家路についた。

 やはり、フェンの毛並みは極上だ。モフモフでサラサラ。

 頬ずりしたくなるほど心地よいフェンの毛に包まれていると、疲れからか凄まじい睡魔が僕の瞼に襲い掛かってきた。


 そして、あえなく睡魔に敗北し、眠りについた。


『順調そうだね。うんうん良いことだ』


 目を閉じるのと同時に、目の前に何もない空間が現れた。

 久しぶり、ミカ。


『どうだい。魔法を使う初めての感想は』


 まあ……最初は感動したよ。


『その感じは、慣れちゃったか。……うーん、君はやっぱり達観しているね』


 達観?僕が?


『君たちの世界の子って魔法となったら目キラッキラさせるんだけど。

 君はそういうのに興味がないようだし、なにやらかなり難しく物事を考えちゃうみたいだからさ』


 ……興味がないわけではない。

 今でもまだ心は少し震えている。でも、僕が魔法を覚える理由は母さんと父さんのためだ。

 喜ぶ必要はない。


『……そうかい。ま、それもそうだね』


 ミカが懐から赤い花を取り出した。

 それは?


『私は花が好きでね』


 は?


『花は良い。

 一輪だけでも綺麗なのに、他の花と組み合わせることで他にはない美しさを持つ』


 そう言ってミカは花を踏み躙った。あまりの出来事に言葉が出てこなかった。

 まるで虫を踏み潰そうように花をグチャグチャにしたミカは僕に向き直り、


『でも、君は花じゃない』


 ……。

 それからミカは一言も喋らなく、迎え?に来た綺麗なお姉さんに連れていかれた。

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