其の6 狼を師に

 センセイが狩りの準備をしている間、僕はセンセイの手鏡で遊んでいる。 

 自分の顔をまじまじと見るのは、久しぶりだ。やはり、生前と違うな。

 金髪だし、目が緑色だ。

 あっ、髪……だいぶ伸びてきたな。


 ダロのサイクロプス事件からこれといった変化もなく、穏やかに1年が過ぎて、僕は、まだおぼつかないが歩き回れるくらいには成長した。

 それに、周りの人間が話している内容も理解出来るようになってきたな。

 前世では英語を覚えるのも一苦労だったのに、ここまで早く覚えるとは……。赤ん坊特有の飲み込みの速さが理由なのかな。


 センセイが狩りの準備を支度を終え、僕の頭をポンポンと叩いた。


「ウェル、今日はお留守番ね。ダロがいるから寂しくなったらダロを呼びなさい。遊ぶなら、カニスとルプスはご飯食べてるから食べ終わったら遊んでもらうのよ」


「うん!」


 カニスとルプスというのはあの二匹の狼の名だ。僕の顔をベロベロ舐めていたのがルプス。

 二匹はセンセイが村へと出かける度に、僕と遊んでくれる。

 遊びと言っても、ただ僕がカニスの背に乗り、村の方に広がる草むらを駆け回るだけ。


 しかし、これが中々面白い。

 体勢を整えるのが難しく、失敗すれば大怪我間違いなし。それが良い感じにスリルになっていい。

 まあ、僕が怪我をする前にルプスが魔法で助けてくれるので、怪我なんて万一にもあり得ないのだが。


 そういえば、二匹の間に子供が生まれた。本来、何匹も生まれるはずなのだが、なぜか一匹しか生まれない、とセンセイが心配そうにしてたのを覚えている。

 子供はなんの障害も持っていないようなので一安心、といったところだ。


センセイが家から出ていくと、不愉快な声が僕を呼んだ。


「おーい!ウェル!──よっと!」


 この声は……ダロか。ダロが僕の脇に手を通し、持ち上げる。


「おいおい。お前、俺のこと嫌いなのか?すっげー嫌そうな顔してるぞ」


 嫌いだ。


「まあいいや。今日は俺と村に行くぞ!」


「えええ……」


「うはは!そうかそうか!うれしいか!んじゃ、準備してくっからここいろよ?」


 嫌なものは嫌なのでさっさとここから離れよう。


 ……最初はウキウキでこいつと村へ行ったが、ろくに村を見て回れなかった。

 理由はこの男……ダロが僕を、女を釣るための餌にしたからだ!

 イクメン風の面をしながら、女を口説き回るダロの顔を見て、この世界に生まれて初めてイライラした。

 結局、僕はとびきり嫌そうな顔をして、こいつの顔に平手打ちをしっかりと決めて、泣き喚いてやった。

 赤ちゃんの特権とはこうやって使うのだ。


 しかしながら、こいつに対する村の人間の評価は意外にも変わらなかった。

 後に知ったのだが、ダロはこの村一番の色男らしい。


 僕が恥ずかしさのあまりにああいう態度をとったと、ダロが村の人間に説明すると、すんなりと皆はそれを受け入れた。


『イケメンにだって苦労することはある』と言っている知り合いがいたが、これほどデメリットが霞んでしまうほど良い立場にいるのに、良くそんなことが言えたなと僕は今、思った。


 それからというもの、僕のあいつへの評価は下がる一方だ。出来ることなら一緒に行動したくない。


 僕は狼の住む小屋へと足を運ぶことにした。

 小屋は遺跡の外にあるため、行くのは疲れるし転ぶ危険性があり、かなり骨が折れる行為だ。


 だが、そんなことは些細な問題だ。

 今はダロから逃げることを優先しよう。


 センセイの言っていた通り、二匹は小屋の前で肉をムシャムシャ食べていた。子供はというと、巨大な白狼の中で可愛く縮こまっていた。

 白狼は僕が来たことに気づき、藍色の瞳でこちらを見つめる。


「起きましたか小さき者よ」


「おはよう」とたどたどしく挨拶した。


 この白狼はフェンという名前で、センセイの愛馬ならぬ、愛狼だった。センセイとの関係は猟犬というよりかはパートナーと言った方がいいかもしれない。

 更に言うと、フェンはルプスとカニスの母親で、つがいの片方は遠い昔に死んだらしい。


「今日もやるのですか?」


「うん」


 ここ最近、センセイに内緒で僕はフェンに魔法を教えてもらっている。狼に教えを乞うのは変に思われるかもしれないが、そんな事はどうだっていい。

 魔法を覚えること自体が僕にとって重要な事なのだ。


「分かりました。では、少しお待ちなさい。あの子たちにこの子を預けてから始めます」


 食べ終えた二匹はフェンのフカフカな体で寝息をたてる我が子を咥え、小屋の中へ入っていった。


「小さき者よ。魔法を使う上で大切な事、3箇条を唱えなさい」


 フェンが僕に対し、ここまで難しい言葉を使うのには理由がある。

 それは元来、魔法というものは、子供が使っていい代物ではないからだという。


 ソリを浮かせたり、歩くのを補助したりと、応用をすれば生活が楽になる魔法という技は、下手をすれば人間が殺すことなど造作もない危険な技にもなりえるのだから。


 ならばこそ、魔法を行使する時だけは僕を子供として扱わず、1人の魔法を使う大人として接するというのが彼女の言い分だ。


 それでも、一歳半の人間に3箇条を言えというのはいかがなものかと思うが。


「てきとうに、使わない。使い、すぎない。きんきに、ふれない」


「よし。良く覚えていましたね」


 フェンは尻尾をブンブンと振り、僕を褒めた。

 3箇条……ようは、みだりに使うな。使いすぎるな。禁忌を犯すなという3つを守ろうねって話だ。

 魔法には禁忌とやらがあるらしく、それも後々、教えてくれるとのこと。


「それでは……始めましょうか」


 ──魔法の訓練がまた始まる。

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