其の5 センセイとダロ
それから、赤毛の逞しい体の女性が僕を育ててくれた。
女性は母乳が出ないのか近くの村の娘に乳母を頼んだ。言葉が分からないので何となくだが。
毎日のように来る女性の乳を吸う時、僕は何とも言えない気分になる。
「あぶ!」
罪悪感を拭うために僕は精一杯の笑顔でお礼をした。中身が小学生とは言え、僕にだってそう言ったことが悪いことだと理解しているつもりなのだ。
娘はそれを見ると笑顔になっていたので悪くは思っていないようで安心した。
衣食住の内の食はこんな感じ。
この世界の文化レベルはまだハッキリとしていないが、この辺りは結構昔の方だ。
一度、赤毛の女性に連れられ、村へ行き、指をしゃぶりながらこの目で見た。
家は全てが石造りで、巨大な建築物は風車以外ない。そして、村の主な特産品は小麦?と織物だと思う。
あと、機械的な物はあまり見当たらず、あるとしても時計くらいだった。
これ以上はまだ一人では何も出来ないので調べることは出来ない。
正直、僕は少し興奮している。
自分にとって未知の領域に足を踏み入れるのは怖いが、やはり好奇心が勝ってしまっているんだ。
「ハウトー」
赤毛の女性が肉屋の店主にそう言った。
何か物を買うたびに言うのでこの世界でいう『ありがとう』だと勝手に解釈した。
そういえば、簡単な単語なら分かってきた。
小麦はシャオズ、芋はグロッゾ、豚はブーロと言った感じ。
これでもかなり頑張ったほうだ。さっきの女性と店主の会話を分かるところだけを訳すと、
「ホロミルタ豚」
「30ギルカ」
「ゴロ二ありがとう」
「ミエグライスセンセイビロデール~」
「アハハッ!ありがとう」
これだ。なに言ってるのか分からない。
まあニュアンスは分かってきたからあとは成長してから勉強しよう。
衣食住の話に戻ろう。
衣はそれほど悪くはない。見た目は民族的な服で、ベージュの布地に青の糸で模様が描かれている。肌ざわりも多少はザラザラとしているが着心地が悪いわけではない。
住も良い。遺跡は巨大で見れていないところが半年経った今でもある。もう少しで歩けそうなので、歩き回れるようになったら全て見て回ろう。さらに、この遺跡は夏や冬でも適温になる設計になっているらしい。理屈は分からないが、どんな日でもそうだったからそう推測した。
ちなみに、あの遺跡は赤毛の女性の家として認知されているようだ。村の人間が、採れた農作物を女性へ渡しに遺跡を訪れてくる。
そして、その時に知ったのだが、女性は村の人間からセンセイと呼ばれていた。
──センセイ。それが女性の名前らしい。
憶測でしかないが、センセイはこの辺りの生まれではない。村の人間の髪は全てブロンドなのにも関わらずセンセイの髪は真っ赤だった。そのことから迫害を受けているかと聞かれれば、答えはノーだ。
皆、センセイに対して敬意を払っているように見受けられる。
意外にもセンセイの職は狩人ではなく、薬師だった。
森で採れた草を調合して、村人に売り、お代として生活の雑多なものをいただいている。薬の価値がどれくらいなのかは分からないが、村人が何度も申し訳なさそうに頭を下げているあたり、高価な物と見ていいだろう。
買い物を終え、遺跡に戻ると日が僕の頂点を通過しようとしていた。
さて、そろそろ昼だな。
気を引き締めないと……。
僕がなぜ深呼吸をしているのか。それは、部屋に入ってから時期に分かる。
「ウェル~~!!」
「ふぎゅっ!?」
昼になるとセンセイが僕をもみくちゃにしてくるからだ。ここで僕はウェルと呼ばれている。
本名はウェールスだ。名前の由来は知らない。
頬ずりまでは許せるが、僕的には筋肉質な腕に揉みくちゃにされるのが中々キツイ。ゴリゴリと僕の体に石を押し付けられているようでいい気分ではない。なので、これをされる前は心の準備をしなければならない。
「ミルカラノールウェル~!」
多分、可愛いね~的なやつだ。
「ああ……うるせー……マルネアジロンドマイ……」
いつぞやの飲んだくれがまた這って部屋に入ってきた。最初はこの男がセンセイの恋人かなんかだと思ったが、そうではないらしい。
センセイが酔いつぶれたこの男に桶一杯の水をぶっかけているのを見たが、男のあの態度は恋人に向けていいものではない。少なくとも、父は母に対して、あんなにキレたりはしなかった。
彼は恐らく二日酔いでこうなっている。まあ最も二日酔いをしているところ以外を見たことがないのでこれが彼の素なのかもしれないが。
「メルトローニェミレダロ」
多分うるさい的な意味だ。そうそう、この男の名前はダロだ。時々、ヒンバスと呼ばれているので、もしかするとダロ・ヒンバスか、ヒンバス・ダロっていう名前なんじゃないかな。
「マルネアジロンドコリブダン!?」
どういう関係なのかは正直、どうでもいいかな。ダロは世に言うヒモとかいう人種だ。僕はあいつらが心底嫌いだから、必然的にダロも嫌いなのだ。
彼が誰のどんな存在だろうと、僕からしたらどうでもいい。
しばらくセンセイとダロは口論をしていたが、ダロが完全敗北する結果となった。
決め手はやはりダロの『サイクロプス』という発言だったな。
ダロが面白がってサイクロプスの絵を見せてきたのだが、サイクロプスというのは一つ目の鬼のような角を生やした、とても大きな怪物の名だった。
それを女性に言ったとなれば、結果は分かりきったこと。
センセイは平然とした面持ちで、ダロのこめかみに鋭い右フックを決めた。
ダロは壁に叩きつけられ、ダウン。
普通なら死ぬが、この世界は皆頑丈なのか意外と次の日にはケロッとしているので安心だ。……安心か?
センセイに対して酷いことを言ったとはいえ、流石に可哀そうだと思い、彼に近づき、肩を二回叩いてあげた。
次からは気を付けてね……。死んじゃうよ。
「サイクロ」
まだ言うかこの!?
いひぃ!センセイめっちゃ睨んでる!?
「あぶっ!」
僕はダロの口を手で思いきり叩き、塞いだ。
「……」
僕はにへっと笑い、なんとかやり過ごした。ダロめ~!赤ちゃんにこんなことさせないでよ!
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